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岡田拓郎とduenn 往復書簡
アート原初体験が生む表現欲求の螺旋

27 May 2020 | By duenn / Takuro Okada

ギタリスト/シンガー・ソングライターの岡田拓郎と、福岡在住の音楽家/サウンド・クリエイター/キュレーターのduennとが初の正式なコラボ・アルバム『都市計画(Urban Planning)』を5月20日に突如リリースした。

この2人が一緒に作品を制作したのはこれが最初ではなく、下記往復書簡でもduennが触れているように2016年に1曲40分強の作品『Mujo』がリリースされているし、この二人に京都在住の音楽家、Madeggを加えた3人の名義で『OUT』というCDR作品を発表もしている。バックグラウンドが似て非なる彼らの交流は、エリアを超え、時間をかけて育まれ、そして、互いに様々な可能性を引き出すに至った。

配信限定でリリースされた今回の『都市計画(Urban Planning)』は、昨年米《Light In The Attic》から編纂・リイシューされた『Kankyō Ongaku』にも通じる環境音楽、ニュー・エイジ的な側面のある作品だ。日本のアーカイヴ音源を集めたあのオムニバス・アルバムさながらに、岡田とduennとが遠隔で制作したこのアルバムも、まるでモダンで前衛的な建築を音像化したような楽曲が集められている。それも、照明や日差しの角度によって刻一刻と陰影が建物に変化をつけられていくように、1〜2分程度の小品の連なりが表情を形作っていく……それはアーキテクチャー・サウンドとでもいうような仕上がりだ。

duennは本作についてこう自嘲気味に説明する。「今までメロディを書いた事がないサンプラーしか扱えない音楽家と本職はギタリストなのにギターを一音も弾かず編集に徹した音楽家による倒錯した作品」と。なぜそのような制作プロセスになったのか? 互いにその過程やルーツなどを思い返し、記憶を辿りながら交換した岡田とduennの往復書簡の全貌をお届けする。なお、この往復書簡は日本中がコロナウイルス感染症で緊急事態宣言を受け、ステイホームが余儀なくされていた5月半ばに行われた。その後宣言は解除されている。(企画・構成/岡村詩野)



岡田拓郎(Photo by 廣田達也)

duenn




岡田拓郎 → duenn

duennさん、こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか。お元気でしょうか。

住んでいる所も離れているし、初めてのやり取りも確かメールで、その後1、2年後くらいは顔を合わせることなく、どんな風体の人か、幾つくらいの人か分らないまま連絡を取っていて、作品の漆黒のイメージに”ダエン”という匿名性の高い名前もあってか、最初の方は、”いまメールでやり取りしている人物は、ネット上にしか存在しない人工知能なんじゃないか”とか思いながらやり取りをしていました。

そもそも最初のやりとりってどんなんでしたっけ。僕は森は生きているをやっていた頃だったと思うので、かれこれ5、6年くらい前でしょうか。当時《Meditations》(京都のレコード・ショップ)の新入荷は欠かさず見ていたので、はじめ連絡があった時に“カセットの人だ!”と思ったのを思い出しました。テイラー・デュプリーがアートワークをやったduennさん企画の1分間しばりのコンピもありましたね。たしかあれが最初のやり取りでしょうか。

岡田



duenn → 岡田拓郎

岡田君、こんにちは。

手紙を受けて、改めて岡田くんとの出会いを思い出してみました。

初めて存在を知ったのは、とある雑誌のインタビュー。前衛音楽や実験音楽、ポップ・ミュージックを同一線上に愛好しているというところにシンパシーを感じ、当時運営していたカセット・レーベル(duenn)のコンピ作品の参加オファーをしたのが最初のファースト・コンタクトだったような。そこからライブ共演、2016年に畠山地平君のレーベル《White Paddy Mountain》からコラボ作品(『Mujo』)をリリースしたりと交流を深めながら今日に至るって感じだよね? (実現した経緯はここでは割愛するけど最初のコラボ作品のジャケは何とあのアートディレクター木村豊さん……)

あと岡田君が所属していた森は生きているが解散した直後に、madeggこと小松千倫君、岡田君、ダエンの3人行ったで京都~名古屋~伊勢のツアーがきっかけで今回の『都市計画』に繋がったといっても過言ではない印象的な出来事だったよね。ただ3人で演奏して録音した時点では都市計画というコンセプトはまだ存在してなく、必然と偶然が繰り返しながら、ゆっくりと、でも確実に計画が進行していくのでした……。

duenn



岡田拓郎 → duenn

duennさん、お返事ありがとうございます!

前衛音楽や実験音楽、ポップ・ミュージック、不思議と10代の頃からレコード体験として分け隔てなく聴いていました。

そういえば、こんな話をするのは初めてですが、エクスペリメンタルな音楽に手を伸ばした入り口ってどんな感じでした?

僕は、たしか中学2年生の頃に買った『ギター・マガジン』がノイズ・アヴァンギャルド特集で、そこでデレク・ベイリーやキース・ロウ、大友良英なんかの名前に出会ったのが最初でした。

と、書き連ねながら小学生の時に聴いたビートルズの「Revolution 9」の存在も大きいかもしれません。小学6年生くらいの時に当時MTRは持ってなかったのですが、家にあったビデオ・カメラとビデオ・デッキのピンポン作業を繰り返しギターとベースを使ったちょっとした多重録音をしていく中で、テレビの音やCDの音、家の窓の外から聴こえる音なんかを加えたコンクレート的な事をやっていたのを思い出しました。あの時の音源、いまは全然手元にないのですが、実家に残ってないかな。よく言えば「Revolution 9」とポーツマス・シンフォニアがちょうど混じったような感じだったと記憶しています。



京都~名古屋~伊勢のツアーは楽しかったですね。音源はまだ手元に残っていて、とくに伊勢での演奏の、久しぶりに聴き返しましたが面白いですね。真っ暗な納屋に入れられて、視覚の要素がほとんどないまま耳の感覚だけを頼りに何時間も演奏するというかなりヒプノティックな演奏だったと記憶しています。この日の帰り道に、視覚も遮られた状態で3人が電子音を出していると、誰がどの音を出していたのか分らなくて、「あの時みんな何していたの?」という漠然とした質問を投げかけた所、ダエンさんが「音を観察していた」と言っていたのが、『都市計画』のインスピレーションだったりします。せっかくなので、一般的に音楽ってメロディーを歌ったり、ある和声に対して楽器で旋律を奏でながら形作るものと思われている中で、ライブ中の演奏者が「音を観察していた」というのは、一般的な音楽の範疇とは異なる視点だと思います。よかったらここの話もっと詳しく聴いてみたいです。

……とこんなペースでやっていると『都市計画』の話までいくのに半年くらい掛かりそうですね(笑)。とぞなに!

岡田



duenn → 岡田拓郎

岡田君、こんにちわ。

この手紙を書いている最中に緊急事態宣言が39県で解除になりました。これからどんな時代に突入していくのか分かりませんが、出来る事をやっていくしかないよね……。

さて、エクスペリメンタルな音楽に手を伸ばしたきっかけですが、実は音楽からではなく、中学時代に愛読していた雑誌『宝島』のジョン・レノン特集で、「オノ・ヨーコと一緒に前衛音楽や実験映画を制作していた」という記事中に掲載されていた映像作品『FILM NO.4』のスチール写真を見て、「これが芸術なんだ」という中学生らしい感想を持ったのがこの方向にドップリ浸かるきっかけでした。そう。音楽ではなく、文字や写真などの視覚から入ったのでした。



そこから数年経って自分でも作りたいなと考え(機材購入を検討して実際に購入するまで10年!このタイム感がアンビエントでしょ笑)、一番最初に購入した楽器がBOSS SP-303というサンプラーでした。そこから制作したり人前でライヴ・パフォーマンスをするようになり現在に至ります。

自分のやってることを第三者に説明する際に便宜上、演奏という言葉をよく使用しますが、サンプラーは事前にサンプリングすれば、あとはパッドを叩くと音が鳴るので、演奏というよりオペレーションという意識です。

ただ一口にオペレーションといっても動作は非常に多く、所謂演奏をしない分、「バランス」「響き」「構成」などがどのように視えるか、聴こえるかを常に俯瞰しながら、目に見えない(でも見える)デザインや造形物を作るイメージでライブパフォーマンスを行っています。書きながら気が付いたけど、その俯瞰癖が「演奏中に音を観察する」の発言に繋がるんだと思います。

余談ですが機材購入してから現在に至るまで、サンプラーがROLAND SP-404に、台数が2台に増えた以外、全く形態が変わってません。1つの機材を使い倒す方が自分には合っているようです。

さぁ、ここから無理やりアルバムの話に持っていこうかな(笑)と思ったところで段々字数が迫って来ました。作業自体は3人で行ったツアー後に(2017年春頃?)madegg小松君も含めて始めたけど、小松君がその当時あまり音楽モードでなかったので、一旦3人での作業はストップして2人やりはじめたんだよね? ただ最初から今回のアルバムタイトルでありコンセプトである『都市計画』という青写真が明確にイメージしたわけではなく、実際の『都市計画』と同様にカンファレンスから始まったのでした。

duenn



岡田拓郎 → duenn

duennさん

お返事ありがとうございます。
緊急事態宣言、東京もいよいよ解除になりそうな風向きです。

これからの時代興味深いですよね。90年代に生まれてたかが28年しか生きていませんが、事の大小、立場も様々それでもあまりに多くの臭いものに蓋をし続けた、と言われ続けた国民性みたいな所は、少しづつ変わっているように感じます。

緊急事態宣言も、あくまで国のデータに基づく数字的な判断の結果ですが、この数年程、国の提示する数字の信頼が落ちた事もこれまでにないのではないでしょうか。 それゆえに、家から出れない今だからこそ、ネット上で様々な言説や意見が飛び交っています。

いままで通り啀み合うだけの場合も多くありますが、“自分はこういう風に感じているからこういった意見を表明するけれど、間違っているかも知れないと思うから違う意見も聞かせて欲しい!”みたいな議論は今まで以上に多く行われているように感じます。これはとても良い事だと思います。国がこれまでに明確な情報や立場を表明してこなかったが故のツケを、なぜここまで市民同士が身を削りながらさせられるのかは甚だ疑問だとも思ってしまいますが、民主主義自体が本来こういうものなのかとか考えさせられもします。

さてさて、前置きが長くなりましたが、ポップ・ミュージック側の人間にしては、我ながら「表現する事」や「芸術とはなんだろう」という事について僕は注意深い方ではあるとは思うのですが(笑)、そういったことのベーシックになっているのは、やっぱりオノ・ヨーコとジョン・レノンに出会った小学生の頃の影響は大きいなあと思います。

duennさんは、「FILM NO.4」のスチール写真を見て「これが芸術なんだ」という中学生らしい感想を持ったそうですが、ぼくも全く一緒で、梯子に上ってルーペで真っ白な天井を覗くと「Yes」の文字が浮かび上がるヨーコの作品の話に、「これが芸術なんだ」と思い、よく分からないけれどそれにいたく感動をしたのを覚えています。大人になってから振り返ってみると、そこにある「Yes」が、普段会話で使われるような「Yes」の意味よりももっと広い意味を内包していて、それは幾つもの時代を経て2000年頃に同じ「Yes」を覗いた僕自身にもなにか密接に関わってくるようなモノになぜかその時感じられて感動したのだと思います。

子供の頃に何かしらの芸術作品に触れて直感的に感じた事や機微は、なんだかんだで大人になった今の創作にとても密接で、大人になってある程度の自分自身のコントロールが出来るようになって、感受にも自覚的になってきた今は、久しぶりに無鉄砲に何でも作りたくなるような意欲がメラメラします。

そういえば昨年、あらためてジョンやヨーコが時代ごとに、どんな事を考えていたのかすごく気になって『ジョン・レノン 音楽と思想を語る 精選インタビュー1964-1980』という本を買ったのですが、とても面白かったです。特に、歳を経るごとのジョンの成熟ぶりというのか、考え方が自身の置かれている状況、環境によって変わっていく実直さにグッときましたよ……。

それにしても、はじめにサンプラーを選択するのがとても興味深いですね。僕はやっぱり、ロックのレコードで育ったからその中で一番音の大きいギターにすごく魅せられてはじめの楽器はギターを選びました(笑)。

“機材購入を検討して実際に購入するまで10年!”というアンビエントな時間パラダイムも、落ち着いて椅子に長時間座っていられない自分とはまったく異なる思考だから、その辺りの話も是非詳しく聞いてみたいです。

はじめて触る楽器がサンプラーの人が、はじめにサンプラーで奏でた音とかも興味があります……聞いてみたい事が尽きない(笑)。ここでいうオペレーションの話は、とてもおもしろいですね。すごく納得出来る話です。ギターやピアノってある種、自分の手足というか”ボールは友達”みたいな(笑)、動物っぽい感覚と密接だと思っていて、 アンサンブル構造の中で自分自身の役割を客観視する事は出来ても、自分自身の器楽音やアーティキュレーションを俯瞰しながら演奏するというのは、かなり冷静と言うか冷徹なくらいじゃないと出来ない。よって僕には出来ない(笑)。

ここまで来るのに、けっこうな文量になってしまいました。常に頭の中でいろんな事を渦巻かせながら生きているので、どうしても文章となると長くなってしまうんですよね……考えるのは好きだけど、それを纏めるのは苦手以前に出来ない……(笑)。

『都市計画』の話は、他の媒体でも結構沢山やらせてもらったので、『都市計画』をどういった思考で作ったかはググってもらえれば幾つか出てくると思います。ので、その手前にある“どういった思考が創作に続く思考をもたらすのか”っていう話にシフトしましょうか(笑)。もっとベーシックの話。種明かし的に捉えられて作り手も受け手も遠ざけがちな話かもしれませんね……。

質問責めで恐縮なのですが……ダエンさんは、自身の創作の傍ら、常々、積極的なコミュニケーションがないと交わる事のなさそうな人(包み隠さずいうなら、群れる事を拒絶していそうな人たち笑)の間に入って、つなげる事を意識的にやっていると思います。たとえば小松くんと僕、ナカコーさんと秋田(昌美)さん、そして大野(松雄)さんも巻き込む!みたいな!



シンプルにまず共同作業をどのようなものと捉えていますか。ダエンさん自身の1人の創作と、共同創作はどんな意識的な違いがありますか。

ダエンさんがこれまでコラボレートした音楽家のタイプで、さっき出たような器楽タイプの人とオペレーションタイプ(という言い方で良いですかね)の人と制作していると思いますが、客観的にこのタイプごとで共通しているように思うな〜。みたいな事があれば聞いてみたいです。

うん、一筆書きで書いたらとっても長くなってしまいました(笑)。

岡田



duenn → 岡田拓郎

岡田君

一旦やり取りを始めると話が尽きないよね。色々書き始めると収拾がつかなくなりそうなので今回は岡田君が提案してくれた”どういった思考が創作に続く思考をもたらすのか”というベーシックな話に岡田君からの質問を絡めつつ進めようと思います。

  共同作業について。

どのように捉えているか。あまり考えた事がなかったな(笑)。

一つ言えるのは、自分のイメージを出来る限り再現しようとするのがソロ・ワーク。具体的なイメージをあまり(極力)持たずになすがままにやるのが共同ワーク。という位置づけです。どっちが好きかというと、どっちも好きです。脳の使う部位が異なるので(気がするので)、その都度バランス良く取り組むのがベストだったりします。本来は積極的に人とコミュニケートしていくタイプではないけど、繋ぐ役割を果たすのはコラボレーションは大体において自分が発案する事が多いからだと思う。あとコラボレーション作業を行うにあたって、注意するのは自分が役割分担や作業分担をある程度、効率よくスケジューリングしていくことかな。じゃないと相手の貴重な時間を無駄にしてしまうしね。

  これまでコラボレートした音楽家の器楽タイプとオペレーションタイプで共通している点について。

オペレーションタイプ→音をデザイン的に取り扱う。
器楽タイプ→あまりプレイヤー志向ではない。

どちらかというと器楽タイプの人と一緒になることが多いけど、自分の音がアンサンブルや素材の一部になる事を厭わない、けどその人しか出せない音がさりげなく主張されているように思います。また両タイプに共通しているのは、耳がいい。波長が合う。ということが挙げられます。個人的には波長が合うということを重視しています。これは、単純な理由で、気が合わない人と一緒の時間を過ごすのは、お互いにとってデメリットが多過ぎるからです(笑)。

余談だけど、サンプラー購入後、初めてサンプリングしたのはビートルズのブート盤に収録されていたジョージ・ハリスンのインタビュー。なぜこれを選んだかは多分部屋に転がってたのを適当に拾ったんだと思う笑 ジョージの声を逆回転させたりエフェクトをかけたりしてコラージュらしきものを作った時にこれからはCDの中に入っている音を自由自在に素材として取り扱って無数に曲を作れと感動した記憶が……。今も当時もやってる事が殆ど一緒だけど(進歩がないとも言えるけど笑)、未だに飽きない。

こうやって、往復書簡形式でやり取りすることで相手の考えを知ったり、自分の考えを整理できて、とても有意義だった。

岡田君にも、まだまだ聞きたい事があるんだけど、また別の機会に取っておきます。
今回のコラボレーション作品『都市計画』は今までメロディを書いた事が無いサンプラーしか扱えない音楽家と本職はギタリストなのにギターを一音も弾かず編集に徹した音楽家による、実は倒錯した作品としても楽しんでもらえると嬉しいね。

では、岡田君、またどこかで。

duenn



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Text By duennTakuro Okada

Photo By Tatsuya Hirota(岡田拓郎)


Wake UP!

Okada Takuro + duenn

都市計画(Urban Planning)

LABEL: Newhere Music / Space Shower Music
RELEASE DATE: 2020.05.20


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