「しいて言うならシネマティック・ソウルみたいなバンドかな」
メルボルン拠点のサプライズ・シェフ
来日直前インタヴュー
サプライズ・シェフは、オーストラリア・メルボルン出身のインスト・ファンク・バンドだ。まもなく初の来日公演が行われる。5月16日には4作目となる『Superb』を《Big Crown Records》からリリースする予定だ。《Big Crown》は、日本でも厚い支持を集めるレーベルで、サプライズ・シェフは前作『Education & Recreation』から所属している。憧れのレーベルからのコンタクトに彼らは大興奮したそうだ。
古いソウルやファンク、サイケ、サントラやライブラリー音源などを愛するディープなレコード・マニアたちが実作に取り組むという意味では、クルアンビンやスヴェン・ワンダーとも響き合っているといえる。
サプライズ・シェフのユニークな点は、徹底してミニマリストであることだ。彼らのミニマリズムは、DJシャドウやドクター・ドレーがサンプリングしたことで再評価が進んだデヴィッド・アクセルロッドによる特異な空間設計に影響を受けたものだ。
彼らはレコード・マニアであると同時にビンテージ機材の愛好家でもある。レコーディングには必ずアナログ・テープを使用するという。スタジオはメンバーの一部が共同生活を送る一軒家に備えつけられている。新作『Superb』もこのスタジオで制作されたものだ。
今回はバンド結成の経緯や共同生活、制作環境、レコード愛、曲作り、インスピレーションの源などについて、バンドのギタリスト、Lachlan Stuckeyにたっぷりと話してもらった。(インタヴュー・文/鳥居真道 通訳/竹澤彩子 協力/岡村詩野)
Interview with Lachlan Stuckey
──非常に変わったバンド名だと思うのですが、由来を教えていただけますか。
Lachlan Stuckey(以下L):いや、バンド名に関してはミステリアスな部分を残していたいのでね(笑)。色々想像してもらいたいので、残念ながらお答えできないんだけど。これだけ唯一NGの質問ということで、それ以外は何でもNGなしでお答えさせてもらうよ。
──了解しました(笑)。バンド結成の経緯を教えていただけますか。
L:メンバー全員ともオーストラリアのメルボルンで音楽をやってる中で出会ってるんだよ。学校で一緒にジャズを学んだ縁だったり地元もミュージシャンのコミュニティなんかを通じてね。そこから何年間か様々なバンドのセッションに参加する形でそれぞれ活動していたんだけど、2017年にインストゥルメンタル音楽をやりたくてサプライズ・シェフを結成したんだよ。それまで色んなバンドで演奏してきたけど、当時なかなか自分達がやりたいと思うような音楽に出会えなくて、それで初めてこの5人で自分達にしかできない音楽を作ろうと決心したんだ。当時、メルボルンではなかなかない種類の音楽だったからね。
──それっていうのは基本的にジャズをベースにした音楽だったんでしょうか?
L:そうそう、しいて言うならシネマティック・ソウルみたいなバンドかな(笑)。インストゥルメンタルかつファンク的な。
──海外のインタヴュー記事で、何人かのメンバーがレーベル兼レコーディング・スタジオ兼自宅で共同生活を送っているとで読んだのですが、この認識で合っていますか?
L:そうそう、5人中3人がメルボルン郊外のコーバーグにある、今まさにZOOMを繋いでるこの家に住んでる。ドラマーのアンドリュー(・コンゲス)は結婚してるから今は一緒には住んでなくて、パーカッションのハドソンは隣町に住んでるよ。ただ、ベースのカール、キーボードのジェスロ(・カーティン)と自分はスタジオ兼自宅のこの家に一緒に住んでるよ。
──それは濃いですね。何年くらい一緒に暮らしてるんですか?
L:たしかに(笑)。ジェスロと自分は一緒に暮らしてもう10年ぐらい。この家に暮らしてからすでに5、6年目ぐらいになるよ。
──5、6年でも十分長いですね。
L:間違いない(笑)。そりゃまあ、これだけずっと一緒にいたらお互いにぶつかるときもあるけど、長年連れ添った夫婦みたいな関係だよね。険悪なムードになっても一緒に暮らしてると毎日普通に顔合わせるから、いつの間にか仲直りしてるみたいな(笑)。
──新作『Superb』のジャケットは自宅をイメージしたイラストなのでしょうか。
L:そうそう、まさに自宅を漫画にしたジャケットになってて。
──猫ちゃん、ベイビー・ヒューイちゃん? もいますね。
L:そうそう、うちの愛猫(笑)、フルネームはファビュラス・ベイビー・ヒューイだよ(笑)。
──私がサプライズ・シェフを初めて聴いたのは『All News Is Good News』がリリースされる直前だったと記憶しています。楽器のトーンがむき出しになったミニマルなアレンジに感動しました。空間が演奏で埋め尽くされておらず、呼吸できるスペースがあるので、聴いていて安心できます。どういう形でこうしたスタイルが固まったのでしょうか。
L:メンバー全員ともデヴィッド・アクセルロッドから相当影響を受けててね。言うまでもなく偉大な作曲家で、このバンドを始めたときもそうだし、いまだにインスピレーションを受けてる。自分達がアクセルロッドの作品から一番学んだことで、特に60年代後半の作品から受け取ったものとしては、空間を使ってムードを描き出すことがいかに重要であるかということで……もう本当に、自分達の今のスタイルも根源にある音楽というか、まさに道標を示してくれた人でね。アクセルロッドの空間の使い方もまた好きなんだ。もちろん、それが以外にもアイザック・ヘイズも空間使いの名手だよね。あるいは、偉大なピアニストのアーマッド・ジャマルもすごく上手に空間を操っているし。ただ空間使いにかんしてもともと、特に初期に関してはデヴィッド・アクセルロッドから完全に影響を受けてるよ。
──派手なリバーブを使用せずに、空間をそのままにしておく無骨なスタイルがクールだと感じます。リバーブを使わない理由はありますか。
L:いや、リバーブもちょいちょい使ってはいるんだけどね。まあ、今回のアルバムに関しては若干控えめかもしれないけど。自分達がこれまで出した作品のすべて、ヘンリー・ジェンキンスという人にプロデュースしてもらっててね。彼自身も素晴らしいミュージシャンで、Karate Boogalooってバンドをやってて、うちのバンドも相当インスピレーションを受けてるんだけど、彼がうちのバンドのプロダクションにおける構想を具現化してくれる影の立役者というか、ミックスにおけるとの配置やレコーディングやリバーブの使い方に関して決断を下してくれている。自分達の音楽的な意図を理解してくれる人物で安心してすべてを任せてる。そこから今回のアルバムみたいな方向性に結果的になっていったんだよね。
──新作はヒップホップ的なグルーヴが目立つような気がしました。たとえば、2000年代のネプチューンズやティンバランドのようなタイプのグルーヴです。意図したことでしょうか。
L:そうなんだよ、昔からヒップホップに影響を受けててね。たしかに主な影響としてはソウルだのジャズになるんだけど、ヒップホップ的なアングルからの視点が確実にうちのバンドの中に存在してるし。要するに、サンプリング文化からの影響だよね。これまで00年代初頭のヒップホップからの影響をあまり掘り下げてこなかったなあと思って。ただ、それこそザ・クリプスやザ・ネプチューンズのプロダクションなどを聴いて育ってきてるし、そこに違う角度からアプローチして自分達の音楽に活用できないかと思ったわけさ。そこから今回のアルバム独自のエネルギーを描いていきたかったというか、活気に満ちたよりグルーヴ感のある作品に仕上げたいと思ってね。それで全体でダイナミックな弧を描いていく代わりにポケットやグルーヴに焦点を当ていったんだよね。そのへんに関してはまさに今言ったような人達からの影響だよ。
5月のリリース予定の新作『Superb』からの先行曲「Dangerous」──今回のアルバムに関してグルーヴが先だったんですか、それともヒップホップ的な影響が先だったんでしょうか。
L:いやもう、単純に自分達が好きだった音楽がそのまま作品のほうにも出てるだけというか。それこそ60年代や70年代のデヴィッド・アクセルロッドからアイザック・ヘイズだのザ・JBズが好きなのと同じ感覚で。その一方でエル・マイケルズ・アフェアやメナハン・ストリート・バンドなんかも大好きなんだよね。自分が彼らがやってる音楽に惹かれるのも、みたいな20世紀に生まれた音楽スタイルをすべて網羅して表現してある気がするからで……それこそ60年代や70年代に生まれたアプローチを90年代のヒップホップ・プロデューサーの観点から再構築し直すところに魅力を感じているからで。だから、グルーヴとヒップホップとの影響の両方が同時に炸裂してるというか、その先に広がるファンキーな音楽という巨大な海の中で泳いでる、的な感じかも。
──アルバム『Education & Recreation』以降、ニューヨークの《Big Crown》から音源がリリースされています。どういうきっかけだったのでしょう。
L:そうなんだよ、面白いというか、あまりにもできすぎたストーリーでね(笑)。想像の世界の中で描くレコード契約に至るまでのシナリオってあるけど、現実にはなかなかそうはいかないわけで。実際、《Big Crown》は自分達の一番好きなレーベルのうちの一つで、とくに初期の頃にものすごく影響を受けてたし、長年コレクションしてきたんでね。か。ある日、レーベルの主宰者で今では良き友人のダニー・アカレプスがインスタグラムで“ハーイ、君達の音楽、すごくクールだね! もしよかったら話でも?”ってDMを送ってくれる……って、音楽をやってるファンならだれでも夢見るシナリオなわけじゃないか(笑)! 自分のお気に入りのレーベルから契約の話を持ちかけられるなんて(笑)、想像の中だけのストーリーのはずが実際に自分達の身に起こって(笑)、朝起きてスマホを確認したら、ビッグ・クラウンのオーナーからDMが入ってたら“これって夢じゃないよな⁉”ってなるに決まってる(笑)。もう本当に予想外だった。
──実際に一緒に働いてみてどうですか?
L:いやもう、本当に有難いし素晴らしい。自分達が音楽をやる上で大切にしてるものを本当に尊重してくれていてね。《Big Crown》との契約を決めた一番の理由もそこにあって。自分たちの音楽を本当に理解して信じてくれてるのが伝わってきたので。しかも《Big Crown》を通じてブレインストーリーや、レディ・レイや、ジ・マーローズ、ボビー・オローザ、ハート・トーンズのような才能あるミュージシャン達との出会いにも恵まれてね。しかも最近になってから、僕達のヒーローのデイヴ・ガイに出会うことができてね! 海の向こう側にいる才能ある素晴らしいミュージシャンと出会う機会に恵まれたことは本当に自分達の人生にとっても貴重な糧になってる、どんな人達もミュージシャンとしてだけじゃなくて人間的にも本当に素晴らしい人達ばかりなんだよ。
──アルバム制作についておうかがいします。何か統一的なテーマを決めて制作に入るのでしょうか。それとも、曲がたまったらアルバムにするといった感じでしょうか。
L:過去作の『All News Is Good News』、『Education & Recreation』、『Daylight Savings』に関しては、セッション入りする前にほぼすべて書き上げてて、曲作りからアレンジからリハーサルまですべて準備した上で、あとは実際の音を録音するのみっていう形で臨んでたんだよね。ただ、今回はそれとはまったく異なるアプローチを取りたくて、意図的に未完成のままの曲をセッションに持ち込んでレコーディングしてる最中に自然に湧き起こる即興的な音を捉えることを自分達に許していったんだ。というわけで、15、16のアイデアを持ってスタジオに入ってレコーディングに挑んだという。未完成の状態の曲の中からベストの12から14曲をセレクトして、その場で迅速かつ直感的にそこでセレクトした曲を完成させようとしたんだ。完璧を目指さず、深く考えすぎることもなく、その場のフィーリングで突発的に動いている感覚を捉えたくてね。そこで生き残ったのが今回の11曲ってわけさ。
──とはいえ、アルバム作りにおいて一応コンセプトみたいなものはあったんですか?
L:いや、それも作ってる間に自ずと浮かび上がってくるだろう的な姿勢で臨んでて。何かしらのコンセプトを持ってスタジオに入ることはまずない。もちろん、自分達の元々の音楽性であり、目指してる方向性であり、今回その中のどこを強調したいか、どういった特定のムードなりフィーリングを捉えたいのかっていう、ある程度のイメージは共有し合ってるものの、あくまでもイメージ・レベルもので、全体で行われてる作業としてはもっと現場が主体というか。実際に自分達の手を動かしてそれを形にしていくことから始めようぜ、的な。
──曲のほうから自分達が作ってるものが何なのかを教えてもらうみたいな感じ?
L:まさにそれ。
──その結果、今回のアルバムはどういう着地点に至ったと思いますか?
L:いや、というか、今回のアルバム・タイトルを『Superb』にした理由もまさにそこにあるんだけど……この言葉が日本の人にどれだけ馴染みがあるのかわからないけど、とりあえず内輪でよく使ってるフレーズで意味としては“超最高”みたいな。なんかこう、無理して何かを捻りだすみたいな形にはしたくなくて……目的とかコンセプトはいったん脇に置いといて、とりあえず全員で集まって“超最高の作品にしようぜ!”的なノリ。年齢だのキャリアだの作品数を重ねるごとに、よりフォーカスしたコンセプトの元にアルバムを作りたい欲が出てくるものなんだけど、今回のアルバムではその真逆のことをやりたかった。頭で考えることをいったん放棄して、ただ気持ちいいかどうかだけを指針にしたかった。あと、うちのバンドってPC編集なしのテープ&ライヴ録音でレコーディングしてたりするんで。誰かがミスをやらかしたら、あとからPCで修正することもできないし、最初から全部やり直しってこともしょっちゅうだし。自分達にとっては素晴らしい、心から大好きな作業方法なんだけど、時として恐ろしく手間がかかりすぎて、何かの苦行みたいに感じられることもある(笑)。今回の『Superb』では、その拷問に感じられる部分を最小限に抑えて、純粋に楽しむことを目的にしてるんだ。だから、頭の中にあるアイデアを実際の曲にはめ込もうとしてなかなかうまくいかないっていう壁にぶち当たったとき、一番簡単な方法を選んで、とりあえず前に進むってことをしてた。とりあえず作ってる人間が思いっきり楽しんでたら、アルバムのほうもマックス楽しい感じになるだろうし、そのエネルギーをそのまま聴く人にも伝染していくようにしたかったんだ。
──曲作りはどのように行っていますか。ジャムを通じてアレンジを広げていくような感じでしょうか。
L:だいたい、誰か一人が作ってきたアイデアをリハーサルに持ち込んで一緒に作っていくみたいな感じかな。週に一度このスタジオ、通称《The College Of Knowledge》に全員で集まってるんだけど、そのときリハーサルをしながら曲を書くパターンが多い。自分がアイデアを出すこともあるし……自分とキーボードのジェスロの2人で一緒に書くパターンがわりと多いかも。あるいは今度の新作ではヴィブラフォンを担当してるハドソンの場合もあるし、ドラムのアンドリュー、ベースのカールもカイルも最近ちょいちょいアイデアを持ち込むようになったんで、それもかなり新しい動きで。そこから実際のリハーサル中に、そのアイデアについて話し合って、最初に曲を書いた人間が音楽的にどういう方向を目指してるのか理解するために曲を参照したり、そもそものインスピレーション源になってる曲を全員で聴くこともある。そこから全員で曲をアレンジして最終的にバンドとして一つの作品に仕上げていくことが多い。曲を書いた人間だけじゃなくて、メンバー一人一人の解釈なり音なりを反映した曲になるように。よくあるパターンとしては、誰か一人が持ち込んだコードなり楽譜なりメロディの断片だったり、リハーサル・ルームで叩き台に上げて全員でそれを曲の形にしていくみたいな書き方をすることが多い。
──ファンクやソウルに始まり、エチオピアのジャズやアレッサンドロ・アレッサンドローニやピエロ・ウミリアーニといったイタリアの作曲家、先ほどから名前が出てるデヴィッド・アクセルロッドなど様々なジャンルの影響が感じられます。みなさんはレコード・マニアでもいらっしゃるのでしょうか。
L:幸か不幸か、お察しのようにレコード・コレクター狂であり(笑)。それもあって来日が楽しみなのもある(笑)。
──ちなみに最近の掘り出し物は?
L:おお、良い質問。長年探してたレコードで最近ようやく手に入れた一枚があって……もともとメンバー全員ともレゲエ、ダブ、ロックステディなんかのジャマイカ音楽全般が好きなんだけど、その中で有名な曲があって……70年代初頭から中頃のエロール・ダンクリーの「Movie Star」って曲があって、クライヴ・チンとエロル・トンプソンが《Randy’s Studio17》で録音したヴァージョンがあるんだけど、それを先行用にクレジットなしでリリースした盤があって。クレジットがないから誰が演奏したのかわからないけど、おそらくグラッドストーン・アンダーソンかタイロン・ダウニーのどちらかがピアノを演奏していて。それが歌なしのピアノだけのインストゥルメンタルっていう超レアなヴァージョンで、「Movie Star Version2」とも呼ばれてるんだけど、それをもう何年も前から探してて、最近ようやくその盤を手に入れたんだよ! もうめちゃくちゃ感激したよ。基本ソウル、ファンク45だの、モダンソウル、ディスコ、90年代のヒップホップを中心に買い漁ってるよ。80年代中盤から後半のヒップホップやヒップホップも集めてるし、ああ、それにエチオピアのファンクおよびジャズだよ。The Walias Band、ハイル・メルギア、ムラトゥ・アスタトゥケなんかまさにどストライクだし。あとはアフリカ系、70年代の西アフリカのファンクのフェラ・クティ、K・フリンポン、オフィージなんか大好き。その手のレコードを集めてて、それが全部サプライズ・シェフの音楽のインスピレーション源として確実にいかされてるし、ツアー中にレコード屋巡りをして掘り出し物を漁ってメンバー内で自慢し合うのがうちのバンドの音楽に大切なリソース源になってる(笑)。
──過去の動画でメンバーがファルフィッサ(Farfisa)のオルガンを弾いていたのが印象に残っています。ギターやベースも珍しいものを使っていますね。ヴィンテージ機材へのこだわりは強いのでしょうか。
L:うん、そっちもガチで。20代前半の頃からジェスロと一緒にヴィンテージ楽器を買い始めて……お金はなかったけど、2人の持ち分を合わせたら手が届くかもってとことで、最初は本当にお気に入りの楽器からコツコツ買いためていってね。それこそ自分達が大好きなレコードの中で使われた楽器から……ファルフィッサを購入したのも自分達が大好きなファンクの名盤に使われてた楽器だからで。ブードス・バンドが大好きなんだけど、彼らがファルフィッサを演奏しているのを見て……それからクラヴィネットも、フェンダーのローズ・ピアノやウーリッツァーも購入したし、昔の真空管ギターアンプも持ってる。ただ、単なるコレクターとして写真を撮ったり愛でるためにヴィンテージ機材を集めてるわけじゃないからね。実際に活用してるからね。しかもツアーにも全部持ってて、実際に人前で演奏してるから。ちょうど今週末も地元のコーバーグのライヴで駆り出したくらいだし。基本的にスタジオを丸ごと移動させながらツアーもまわってる感じ。海外遠征するときですらノード(Nord)とかキーボードとかソフトウェア系の機材はなるべく使わないようにしてる。というのも、ヴィンテージ楽器の音の感触もまたうちのバンドの音楽における重要な要素の一つだと思ってるんで。
──そうしたヴィンテージ楽器のサウンドのどういうところに魅力を感じますか?
L:ああ、良い質問……でも、実際のところ何がそこまで好きなのかわからない。ただ、確実に好きってことだけは言える。緑が好きか青が好きかみたいな、完全に個人的かつ直観的な好みによるもの。だから、ヴィンテージの音のほうがモダンなテクノロジーの音よりも優れているとか言うつもりもないし、音楽を作る方法は人それぞれでキーボードだろうがテープマシンだろうがデジタルだろうが、自分の好きなものを使えばいいと思うんだよね。別に新しいか古いで優劣をつけてることもないし、そのへんは本当に全然こだわりがないんだよね。ただ、自分の好みであり、うちのバンドの好みであり、一番ツボに響く感じが60年代や70年代の音楽の中にある独特のエネルギーだったり空気感で……それって、もしかして自分が知らないだけかもしれないけど、今どきの音楽からは滅多に感じられなくなってる気がして。だから、自分達はヴィンテージの楽器を使ってるから特別だとか主張する気は毛頭なく……単に自分達はこういうやり方をしてるっていうだけで。自分達の求めてるサウンドがたまたまこういう音だったからっていう感じなんだ。
──YouTube上の動画などでたびたびテープでレコーディングする様子を見かけます。一発録りが多いのでしょうか。さっきそれで苦戦することもあるとのお話しもありましたが。
L:そう、常にテープを使うという、そこは絶対的にこだわってる点で。たしかにテープ録音には一定の確率で苦行的要素を孕んでるけど、それも込みでテープ録音は絶対に不可欠なものだし、そうした苦労もひっくるめてテープ録音にまつわるすべてを愛しちゃってるんで……テープで作業をすること自体が好き。テープだと耳を頼りにしていかないといけないからね。目よりもただひたすら耳だけを使っていくしかない。画面上で波形を確認することもできないし、軌道修正するにもパソコンじゃなくて、その場で自力で修正していかないといけないから。最初にサプライズ・シェフを始めたときからテープ録音を使ってたし、自分達が目指している音を形にする一番最適な方法がテープ録音であることを全員が信じて疑わないので。そこは昔も今もずっと変わらないし、これからもテープ録音を貫いていくよ。
──2022年に日本人尺八奏者、村岡実の「陰と陽」(The Positive and the Negative)をカヴァーされていましたね。どういう経緯でしたか。
L:そう、うちのバンドは最初イギリスのファンクおよびジャズ老舗リイシュー・レーベル《Mr Bongo》から何枚かリリースしてるんだけど。当時レコード・ショップで働いていて、そのとき《Mr Bongo》から出てる村岡実さんの「陰と陽」を見つけて、めちゃくちゃハマってね。自分がその種の音楽で大好きな、暗くておどろおどろしいドラマティックな要素が詰まってて。しかも村岡実さんは言うまでもなく尺八の巨匠で、彼の尺八演奏は他に類がないわけで。そしたら当時所属してた《Mr Bongo》から同じレーベル内の曲をカバーして45インチを出すっていう企画を提案されて、村岡実さんへのリスペクトの意味も込めて「陰と陽」をカバーさせてもらったんだ。村岡実さん然り、特にあの曲に関してはうちのバンドも相当影響を受けていて。実際、かなりの頻度でバンド内で参照曲として登場してる。曲を作ってて何かがしっくりこないとき、自分達の好きなレコードをかけて、ああだこうだ「あー、この感じだよ」、「目指すのはこっち方向で」とかいうやりとりが行われるんだけど、「陰と陽」のおかげで何度行き詰り状態から脱出できたことか。あのとき出した45インチに関しても、《Mr Bongo》があの曲のライセンスを所有してたから、45インチの片面に自分達のヴァージョン、もう片面に村岡実さんのオリジナル・ヴァージョンを収録する形で出させてもらって。サプライズ・シェフを知ってる人の中で村岡実さんを知らない人にもあの偉大な音楽家の存在をぜひ知ってもらいたかったし、その逆の可能性もあると思ってね。も本当に自分達が影響を受けてる偉大なアーティストの一人だから。
──サプライズ・シェフの音楽は“シネマティック”という形容詞で紹介されることが多いと思います。先ほど“シネマティック・ソウル”なんて言葉も出ましたが映画音楽の仕事には興味がありますか。
L:めちゃくちゃあるよ。実は去年、オーストラリアの名画といわれる『荒野の千鳥足』(Wake In Fright)のスコアを制作させてもらったんだよね。71年の作品でそこに新しいスコアをつけて、メルボルンのコンサートホールで映画を上映してる横で実際にライヴ演奏もさせてもらったんだけど、それが動画のために音楽を書いた初めての経験というか、いわゆるヴィジュアルおよびストーリーという枠組みを設定して初めての経験で。映画のサウンドトラックにものすごく影響を受けてるにも関わらず。特に60年代のイタリアのいわゆるジャッロ映画と呼ばれる低予算のホラー映画に影響を受けてるよ。ピエロ・ピッチオーニやピエロ・ウミリアーニだったり、あるいはカーティス・メイフィールドの手掛けたいわゆるブラックスプロイテーション映画やあの時代の映画音楽からすごく影響を受けていて。にもかかわらず、これまで一度も映画や映像用に音楽を書いたことがなくて。それが今回その『荒野の千鳥足』で実現してね。めちゃくちゃ大変だったけど、達成感が半端なくて、まさに感無量だったよ。
──お気に入りの映画などは?
L:いや、それで言うなら、まさに今の話に出た『荒野の千鳥足』かもしれない。カナダのテッド・コッチェフ監督の作品だけどオーストラリアで制作された映画で原作もオーストラリアの小説なんだよね。ストーリーとしては移動の途中にオーストラリアの田舎町にひょんなことから滞在することになった男性教師が主人公の話で、オーストラリアの過剰な男根主義文化、飲酒文化、暴力、ギャンブル、男性的な害悪について描いている作品で、サウンドトラック制作中に何百回となく観返して、ものすごい深いレベルで繋がったと思う。ものすごく不穏な映画なんだけど、どこか笑えるところもあって、すごく好きなんだよね。テッド・コッチェフの『荒野の千鳥足』だよ、おすすめ!
──最近お気に入りのバンドや曲などあれば教えてください。
L:これは内輪の宣伝になっちゃうかもしれないけど、さっきも話に出た友達のバンドのKarate Boogalooで。うちのバンドのハドソン(・ウィットロック)がこのバンドでもドラムを叩いてるんだけど、2024年に出た『Hold Your Horses』ってアルバㇺがマジで良くて。インストゥルメンタル・アルバムなんだけど、サプライズ・シェフとしてもものすごく影響を受けてる。ドラム、ベース、ギター、オルガンの4人編成なんだけど、空間使いがまさにお見事で、そういう音楽がツボの人には全力でおすすめしたい、本当にヴィヴィッドで明瞭な音をやっててね。だから自分の一番の推しはKarate Boogalooの『Hold Your Horses』。ちなみにハドソンは The Pro-Teensってバンドもやってて、故MFドゥームのトリビュートとしてMFドゥームのカヴァー・アルバムをリリースして、それもすごくいいよ。また、メルボルン出身のシンガー、エラ・トンプソンのアルバム『Ripple On The Wing』もすごくいい、間違いなく最高のソウル・レコード。あと、他にないかなあ……あ、そうそう、最近会った人で、ジョン・キャロル・カービーのところでドラムを叩いてるウィリアム・アレクサンダーってアーティスト、すごく美しいフォーク音楽をやってて日本のレーベルから作品をリリースしてるんだけど、メンバー全員とも本当に大好きなアルバムだよ。
──なんかずっとお話を聴いててバンドのメンバーみんなで一緒に暮らしててスタジオもあってミュージシャンにとって理想的な環境に暮らしだなあって思いました。猫ちゃんもいて。
L:そう、猫が大事(笑)、猫のおかげでみんなが円満に暮らしていける(笑)。うん、でも、自分でもつくづく理想的だよなあって思う。このバンドの音楽の強みであり、このバンドの強みは、メンバー全員ともものすごく密に結ばれてるところにあると思う。それは音楽的にも人間的にも感情的にもね……ものすごい深いレベルで結びついているって自覚してるので。お互いのことを知り尽くしてるし、しかも生活も共にしてるわけだからね。ただ一緒に音楽をやってるっていう以上に繋がってるから。どんなときに機嫌が悪くなって悲しいのか幸せなのか、さんざん見てきてるし、お互いを知り尽くしてる。それが自分達の友情を豊かにしてくれてるし、わだかまりを解決して、ひいては自分達の音楽を豊かにしてくれてる。とはいえ、何か月もツアーで狭いバンで移動してホテルでも相部屋で疲弊してきって、ようやくそこから解放されて我が家に戻れたと思ったら、さんざん見飽きたむさ苦しい男どもの顔が相変わらずそこにあるという(笑)、さすがに息が詰まると感じることあるけど(笑)。若干閉塞感を感じる場面もあるけど、もう本当に結婚生活みたいなものだよね。良い日もあれば悪い日もある。それでもどんなに腹を立てて顔も見たくないと思っているときでも、お互いに愛し合ってる、もうほんとそれがすべて。そう、だからコロナのロックダウンのときとかめっちゃ楽しかったし。もうはるか昔のことのように感じるけど。知り合いの多くが隔離生活を送ってる中でも、自分達は一緒に暮らしてる家があって、音楽があって、ひたすら音楽を演奏したり音楽について語り合っては、そこからまた音楽を作り出してっていう、すごく有意義な時間を持つことができた。結局、いつでも一緒に音楽を作れるっていうメリットがあるからこそ暮らしてるのもあるし。すごく面白いよ。自宅がそのままリハーサル場所だから、朝起きたとき誰かが汚れた皿をシンクに放置してるのを見つけて「ざけんな!」って思いながらリハーサル・ルームに行って一緒に音を重ねながらも、さっき見た汚れた皿のことではらわたが煮えくり返ってたりとか(笑)、そういう弊害はあるけど、でもね、愛しちゃってるんだから、こればっかりはもう仕方ない(笑)。
──ギタリストで影響を受けた人は?
L:良い質問だね。一番影響を受けてるのは間違いなくトーマス・ブレネックだよ。メナハン・ストリート・バンドやブードス・バンドでも活躍してて、チャールズ・ブラッドリーの作品を始めとしていくつもの名作に参加しているギタリストで。もし僕のギターを聴いて“わー、ユニークだね”って思う人がいたら、単にトーマス・ブレネックのギターを聴いたことがないから(笑)、さんざんパクリまくってるよ(笑)。“もし誰のギターの真似してる?”って聞かれたら、速攻でトーマス・ブレネックの名前を挙げる、だって紛れもない事実だから。あとメルボルン在住の友人でもあるDavid Thorにもものすごく影響を受けているよ。本当に素晴らしいギタリストで、先ほどから話に出してるKarate BoogalooとThe Pro-Teensで弾いてる。それにヘンリー・ジェンキンスとハドソンと3人でFrollen Music Libraryっていう音楽プロジェクトもやってるよ。あとは同じくメルボルンのギタリストでトム・マーティン。メルボルンの素晴らしいインストゥルメンタル・ファンク・バンドのザ・プット・バックスで弾いてる人なんだけど、うちのバンドとしてもすごく影響を受けてる。本当に素晴らしいギタリストで、すごく豊かな感性に溢れたクリエイティヴなギターを弾く人なんだよね。一音一音が本当に明瞭で言いたいことがたくさんあるのに、それをきちんと音に込めている。何しろメロディックでファンキーなギタリストだよ。というわけで、トーマス・ブレネック、David Thor、トム・マーティンの3人を挙げるかな。
──日本のアーティストで注目してる人は?
L:何か月か前にタイのバンコクのフェスに参加したんだけど、そこでなんと坂本慎太郎さんのステージを間近でみせてもらうという贅沢すぎる機会に恵まれてね。メンバー全員でステージ脇に陣取って観てたんだけどすごく感動して釘付けになった。あの音楽の精神性に触れることができてすごく感激だった。もうめちゃくちゃ大尊敬してる大好きなアーティストの一人だよ。他にも日本の昔のレコードもたくさんコレクションしてて、フュージョン・ギタリストの渡辺香津美さんの作品とか……70年代と80年代の日本の音楽が本当に好きで。福居良さんとか……あと80年代のジャパニーズ・レゲエのパーカッション奏者のペッカーさんとか。『ペッカー・パワー+インスタント・ラスタ』って作品がスリー・ブラインド・マイス作品とかすごく好きで。あと、『Green Caterpillar』ってアルバムがすごく好きで、あー、アーティスト名は忘れちゃったけど(*今田勝トリオ)。あとは言うまでもなく坂本龍一さんとか、最近だったらDJ KOCOも好き。キーボードのジェスロがクリスマス・ホリデーに日本に行ったときにDJ KOCOのプレイを観てすごく良かったって言ってたよ。あと45トリオもすごく好きで。
──渡辺香津美さんは去年大きな病気をされたんですよ。
L:そうなんだ。知らなかった、なんと……。そうなんだ。どうか回復に向かいますように。心から。
──最後にメルボルンの音楽シーンの現状について教えてもらえますか?
L:すごくいい感じだよ、ほんとに。10年前のメルボルンでこの手の音楽シーンって、ほぼネオソウル・ジャズ的一色で、それこそハイエイタス・カイヨーテみたいな素晴らしいバンドが出てきたこともあり、みんなそれに影響を受けてるみたいな感じだったのが、今ではシネマティックなインストゥルメンタル音楽が出てきてたり、あと今アメリカでキテるスウィート・ソウル的みたいな音をやってる人達も出てきてて……それこそセイクリッド・ソウルズみたいなバンドからの影響でスウィート・ソウル的なバラードをやってる人達も増えてきてて、そういうのもすごくいい感じ。さっき言ったエラ・トンプソンのアルバムなんてまさにその系統に入るし、音楽的に凄く面白いことになってるよ。あるいは、さっきも言ったうちのバンドのハドソン&ヘンリー&デイヴィッドの3人によるFrollen Music Libraryだったりとか……うちのスタジオを使ってるから、家にいると普通に音が聴こえてくるんだけど、毎週毎にごとに進化してる。あと若いバンドでインストゥルメンタルをやってる人も増えてきてて、数年前にロニー・リストン・スミスがオーストラリアに来たんだけど、それがきっかけで彼のレコードを見つけて影響を受けた人が絶対にたくさんいるはず。いわゆる70年代のアメリカのファンキー・ジャズの特有のサウンドを発見して、マイゼル兄弟やドナルド・バード、ジョニー・ハモンド・スミスのレコードなんかが今メルボルンの若手世代のバンドの間でかなり人気なんだよね。しかも、みんなフレンドリーですごく仲良くていい感じの雰囲気で……競争とかもなくて。うちのバンドはレコード・マニアでもあるからDJカルチャ―とライヴ音楽の両方の視点を持ってるけど、少なくとも自分達のこれまでの実感すると、DJカルチャ―のほうはわりと競争心剥き出しで敵対構造とかあったりするような……ただ、ライヴ音楽の側にはそういう感じがあんまりなくて、すごく健康的でいい感じのコミュニティができてる。《PBS》および《Triple R》っていう地元のラジオ局があって、そこで番組を持っているMiss GoldieやDJ Manchild、John Bailey、Sio Otani、Mike Gurrieriのような素晴らしいDJが音楽シーンを盛り上げてくれたり、《Northside Records》の地元の良質なレコード・ショップが今のメルボルンの音楽コミュニティを屋台骨的な感じで支えてくれてる。本当に恵まれた環境にあると思うし、その結果すごく活気に満ちた健康的な音楽シーンが生まれてると思う。すごくいい感じだよ。
<了>
Text By Masamichi Torii

Surprise Chef JAPAN LIVE 2025
◾️2025年3月26日(水) 東京・渋谷 WWW X
開場18:00 開演19:00
問い合わせ : SMASH
https://smash-jpn.com/live/?id=4343

New Album
Surprise Chef
『Superb』
LABEL : Big Crown
RELEASE DATE : 2025.5.16