Back

ただ、ギター・ロックを──
TOURSの山本達樹と猪爪東風(ayU tokiO)に聞くファースト・アルバム『Legacy』のストーリー

12 January 2022 | By Ryutaro Amano

TOURS。シンプルな、ミステリアスな名前を冠したバンド。『Legacy』。謎めいたアルバム・タイトル。そして、きわめて抽象的だが、どこかポップなカヴァー・アート。TOURSのファースト・アルバム『Legacy』は、なにか具体的な手触りのあるものを聴き手に伝えるよりも先にどこかへと逃げ去っていって、なにかとなにかの「あわい」へ、するりと入りこんでしまう。しかし、アルバムを聴いてみれば、すぐにわかる。ここには、突き抜けた美しさをたたえたロックが、ギター・ミュージックが、ただそれだけがあると。

TOURSのライヴを初めて見たのは2014年で、そのころから今に至るまで、彼らのロック・アンサンブルとすぐれたソングライティング、そして、なによりもエレガントな山本達樹のヴォーカルとリリックは、心のどこかに沈着していた。今思えば、当時のバンドは、メンバーも現在とは異なっており、その短くないキャリアにおいて、まだ活動のとば口に立ったにすぎない時期だったのだが。

YOMOYAの中心人物であるヴォーカリスト、ギタリストの山本達樹。元シャムキャッツのドラマーである藤村頼正。元SuiseiNoboAz、現在はTHE RATELのメンバーとしても活動しているベーシストの溝渕匠良。『Legacy』は、削ぎ落とされたトリオとして活動してきたバンドの記録が、谷口雄のキーボードや浜本亮のギターのバックアップを得て、ソリッドかつみずみずしいサウンドで刻みこまれたレコードでもある。

ここでは、山本と、『Legacy』をリリースしたレーベル《COMPLEX》のayU tokiOこと猪爪東風に、アルバムについて、TOURSというバンドについて、じっくりと聞いた。山本達樹という音楽家の美学はもちろんのこと、猪爪の鋭い批評眼や音楽観、そして2人の友情のありようをも伝えていると思う。

なお、『Legacy』のリリース後、バンドからは藤村が《TETRA RECORDS》の運営に徹するために脱退、2021年6月28日に徳山大輔がドラマーとして加入した。インタビューの最後にもあるとおり、彼らはその旅路に新たなページをつけ加えている。
(インタビュー・文/天野龍太郎)

2021年4月15日 青山《月見ル君想フ》にて行われた TOURSレコ発ライヴの模様



Interview with Tatsuki Yamamoto, Ayu Inotsume

──YOMOYAの解散後、山本さんのソロ・プロジェクトとして始まったのがTOURSなのでしょうか?

山本達樹(以下、Y):楽曲の作り方はソロ寄りですが、ソロ・プロジェクトではなく、新しいバンドとしてスタートさせました。コンセプチュアルなことは考えていなくて、僕と藤村を軸に、この2人なら自分の根幹にある好きなジャンルの音楽を素直に衒いなく出すのがいいだろうなと考えていたんです。それで、僕の声やメロディー、藤村のパワフルで華々しいドラム・プレイを活かしたオルタナティヴ・ロックをやる方向性に、自然となっていきました。やっぱり、音を出して楽しいのはギター・ロックなんですね。それをメンバーのプレイが思い出させてくれました。

──YOMOYAはシンプルなギター・ロックというよりも、ポスト・ロック的なアンサンブルが軸になっていましたからね。

Y:YOMOYAも最初からコンセプトがあったわけじゃなくて、4人の演奏をすり合わせる作業に時間がかかるバンドだったので、当時影響を受けていたポスト・ロックやエレクトロニカに着想を得て、アンサンブルをパズル的に考えるようになったんです。

──TOURSの活動は、どのようにして始まったのでしょうか?

Y:藤村は以前から目を引くドラマーだったので、声をかけました。話してみると、好きな音楽も近かったですし。当初のベースは、古い友人のアルガです。彼は常に僕らの周りにいて、ライヴの現場で撮影とかをしていた人物なんですけど、楽器は弾いていなかったんですね。でも、耳は肥えていて知識もあるので、バンドを一緒にやったらおもしろいんじゃないかと思って声をかけたら、渋い顔をしながらもやってくれました。もう一人、ギタリストがいたんですけど、彼は仕事の関係などでだんだんと参加できなくなってしまって。そのころは僕と藤村とアルガ、あと小林4000という以前どついたるねんにいたキーボーディストの4人でしたね。そのメンバーでEP(『Kittens e.p.』、2014年)を作りました。

──そして、山本さん、藤村さん、溝渕さんのスリー・ピースになったのが2015年。

Y:小林もアルガも脱退して、また藤村と2人だけになってしまったんです。それで、YOMOYAをやっていたころから仲がよかった溝渕に入ってもらって。スリー・ピースになってからは、今までやっていた曲も考え直さなきゃいけなかったんですね。3人の持ち味を活かそうと、アンサンブルをかためることに時間をかけました。それぞれの楽器の個性がより色濃く出るようになったので、それをすり合わせるために、1年ほどライヴをやらずにスタジオでの練習を続けて。そこからはコンスタントにライヴを続けて、2曲入りのEP(『No Color Soda / Parakeet』、2016年)を作りました。


リーダーの山本達樹

──『Legacy』の制作を始めたのは?

Y:スタートしたのは2018年です。レコーディングに1年ほどかかったことやレーベルを探していたこと、藤村がシャムキャッツに専念していて時間がとれなかったこともあって、牛歩になってしまいました。

──アルバムの青写真はあったのでしょうか?

Y:コンセプト作品というよりは、「ありもので仕込みをする」というアルバムにはなってしまいました。でも、ファースト・アルバムって、そういうものですよね。ファースト・アルバムというには、時間が経ちすぎているのですが(笑)。実は、最初のレコーディングでベーシックが録り終わっていたんですね。そこからメンバーそれぞれのタイミングで、少しずつ音を重ねていきました。

──ミキシングに時間がかかったそうですが。

Y:ミックスには1年以上かかって……。当初、ちがう方に頼んでいたり、曲によって変えたりしていて、なかなかうまくいかなくて。結局、岩谷啓士郎くんに一任しました。彼とはデータのやりとりだったこともあって、それにも時間がかかり、並行してレーベルも探して……。最初は早く出したかったんですけど、コロナ禍でライヴができなくなったことや生活の変化も影響して、結果的に時間がかかってしまいました。

──ミックスは、ウォー・オン・ドラッグズの作品の音像や質感を参考にしたそうですね。

Y:僕らの曲って全曲同じ調子ではなくてバリエーションがあるので、調整しつつではありますが、ショーン・エヴェレットの作品を主に参考にしました。

──ウォーペイント、オッカーヴィル・リヴァー、グリズリー・ベア、ハイム、フォクシジェン、カート・ヴァイルなど、インディ・ロックのアーティストの作品をたくさん手がけているエンジニアですね。アデルの新作『30』にも参加していました。

Y:大きかったのは、アラバマ・シェイクスの『Sound & Color』(2015年)です。かなりクセのある録り方をしているそうで、すごくカラーがあるのですが、そう感じさせないクリアなプロダクションでもあるんですよね。あと、ウォー・オン・ドラッグズの『A Deeper Understanding』(2017年)は、楽器の数が多いのにすごく聴きやすくまとめられている。(ウォー・オン・ドラッグズの)アダム・グランデュシエルは同世代でオルタナをやっているミュージシャンであり、しかも作品がいいので、ちょっと無視できなくて、影響を受けざるを得ませんでした。

──東風さんとはいつ出会ったんですか?

Y:晴れ豆(晴れたら空に豆まいて)で対バンしたんですよね。

猪爪東風(以下、I):ayU tokiOでTOURSと対バンしました。


Y:その後も顔見知り程度ではあったのですが、東風くんが楽器や機材などのリペアをやっていることを知って、ペダルやギターの調整を頼みだしてから交流が始まりました。

──東風さんの、当時のTOURSの印象は?

I:藤村くんがシャムキャッツではないところでドラムを叩いているのが新鮮だったのと、かなりしっかりしたロック・バンドだなという印象でした。あと、バンドにいる人たちが、ストーリーを物語っているようにも感じたんです。つまり、音楽ってメンバーの関係性で成り立っているわけですけど、そこがけっこう複雑かもしれないなと。音にもそれは表れていたので、演奏を一聴して軽口を叩くのはよそう、と思ったんです(笑)。もちろんYOMOYAのことは知っていましたし、その周りのシーンとは交流があったのですが、ジャズマスターを弾くギター・ヴォーカルの人なんて、緊張するじゃないですか。

Y:なんですか、それ(笑)。東風くんの動向はSNSを通じて常に知っていたので、僕はおもしろい人だなと思っていました。

──マスタリングするかしないかのタイミングで、『Legacy』のリリースを《CONPLEX》に相談したそうですね。

Y:なので、アルバムの制作に東風くんは関わっていないんです。ただ、東風くんのバンドにもレーベルにも東風くん自身にも、すごく魅力を感じていました。なんて言えばいいのか、いつも言葉にできないんですけど……。

I:山本くんと溝渕さんと話した時、「2人はいったい僕になにを求めているんだろう?」と、ずっと考えていたんです。自分が《COMPLEX》でTOURSのアルバムをリリースをする意味を見つけられないと、お互いにいい感じになれないんじゃないかなって。なので、壁にボールをぶつける感覚でいろいろなことを提案して、確かめていったんですね。そうしたら、たぶんこれは、僕のことが好きなんだなと(笑)。

──ははは(笑)。

I:それ以外に理由がなさそうだなって(笑)。最終的に、「東風くんと一緒になにかしたいんです」と白状したんですよ(笑)。《COMPLEX》は、レーベルとはいえ、セールスを求める活動をしているというよりも、音楽を作ることそれ自体を音楽活動とみなして、その補助をおこなうことが目的のひとつなんですね。なので、すでにできあがっているものをリリースするのは初めてだったし、どうすればいいのかなと思ったんですけど、そこに《COMPLEX》が活動できる隙間があったことは発見だったし、勉強になりました。僕は、山本くんたちの士気を高めるための後方支援をひたすらやっていたんですね。というのも、時間をかけて作られた作品なので、当初の情熱や熱量が変質したり、少し収まっちゃったりしている部分もあると感じたんです。それを確認することを、僕はやりつづけました。「ほら、どんどん鮮度を取り戻してきていますよ!」って(笑)。

──「あのころの気持ちを思い出してほしい」と(笑)。

I:普通は「前を向こう」と言うものですが、原点回帰するための回想を補助することって、案外だれもやらないじゃないですか。でも、特に社会人の大人が音楽制作を続けていくことって本当に難しいと思うので、そのための応援はしなきゃいけないなと確認できました。だから、TOURSのセカンド・アルバムはありえますね。

Y:制作に時間がかかりすぎていて、僕らも方向性がわからなくなっていたので、その面では助けてもらいました。東風くんの活動を画面越しに見ていて、この人とやれたら僕らの考えも変わるかもしれない、と思ったんです。「変えてほしい」というほど他力本願じゃないですけど、きっとなにか新しいアイディアが生まれるだろうなと。あとはやっぱり、東風くんはプレイヤーであり、レーベルの運営者であるだけではないので、話していて目から鱗なことがたくさんありますね。

──東風さんは、『Legacy』を聴いてどう思いましたか?

I:コンスタントに活動しているバンドって、音源のリリースのスパンが短いじゃないですか。だから、作品には鮮度があって、時代性や現行のテクノロジーをはらんでいるので、それを聴ける魅力はありますよね。でも、TOURSの音源は、そういうものとはまたちがったベクトルでクオリティがばっちり担保されている印象を受けました。単純に「時間をかけたから」というわけではなくて、メンバーはみんなキャリアがある人たちですから、この人たちのパーソナリティや高いレベルのプレイヤビリティがちゃんと音になっていて、それが魅力的だと思ったんです。こういう活動をしている人たちがこんなファースト・アルバムをいきなりリリースすることって、そんなにないことですよね。「ない」ってことは、「難しい」ということだとも思う。でも、こういうことがありうるんだ、それでいいんだという世の中になってほしいし、希望を見いだせる作品だと思います。だって、40代の人がファースト・アルバムをリリースするって、めちゃくちゃいいじゃないですか。

Y:うん。自分にとっても、ぜんぜん違和感がないんですよね。

I:気がついたら変わったことをしているタイプの人っていると思うんですけど、変わっているものって、やっぱり受け入れられにくかったり、なかなか机の上にあげてもらえなかったりする。でも、僕は、そこにもう一個、別の机を作りたいんですね。たとえ机から落っこちても、その下に土壌を作っておきたい。その方が絶対に世界が広がるし、まちがいなくおもしろいですよね。

──まさに、東風さんと《COMPLEX》の哲学ですね。『Legacy』は、時間をかけて作られている点も異例で、そのこと自体がオルタナティヴですよね。

I:そうなんですよ。TOURSは、存在がかなりオルタナティヴなんです。

──その後、リリースまでの工程は、東風さんと二人三脚で進めていったのでしょうか?

Y:そうですね。先にデジタル・リリースをして、その手助けもしてもらいました。

I:メンバーに《TETRA RECORDS》を運営している藤村くんがいて、彼には僕より詳しいことがいっぱいあるんですね。でも、レーベルをやっているからこそ、僕が立ち回るポジションをちゃんと確保してくれて。《COMPLEX》からはカセットテープをリリースすることになり、藤村くんはカセットのこともよくわかっているので、藤村くんと僕の連携はけっこうありました。デザインに関しては、山本くんがめちゃくちゃこだわっています。山本くんと溝渕さんの美意識は、本当にすごいですよ。

Y:そうかな(笑)。

I:小出しにしていくんですけど、そのやりとりがすごくて。

Y:伝えるのが下手だから、時間がかかるんですよね(笑)。

I:でも、伝わっていますよ。「こうしたい」という意志がしっかりとひとつずつある人だから、それを大事にしないといけないという統一見解のもとで作業ができました。

──なるほど。それにしても、不思議なカヴァー・アートですよね。ネジが描かれています。

Y:デザインをやってくださったのは脇田あすかさんというプロのデザイナーで、ドラえもんのポスターなども手がけているすごい方です。ジャケットに描かれているネジは、「ネジをお願いします」とは言っていないんですね。オーパーツってあるじゃないですか。なんなのかはわかっていないけど、なにかのツールだったもの。それをモチーフにしかったんです。というのも、僕らの音楽も無形というか、言い表しにくいものですし、この世代の人間がそういう音楽をやっているということもあって、「なんだかよくわからないもの」というイメージを伝えたかったんですね。

──まさに、「オーパーツ的な音楽」ですね。

Y:そうです。「これはなにかの形状に近いけど、でもちょっとちがうな。本来の目的はなんだろう?」みたいな。僕たちTOURSの音楽がそういう形で受け取られたらいいなという思いがあって、そのコンセプトでデザインをお願いしました。それで、なぜか「ネジ」と「山」になったんです。脇田さんのデザインと僕のコンセプトが、ポップな形で昇華されました。「抽象的なものの方が伝わる」というと変ですけど、人それぞれの感覚で捉えてくれたらいいなと以前から思っています。

──“Legacy”というタイトルも印象的です。

Y:僕は、曲にコンセプトを持たせないんですよ。歌詞も言葉遊びが多いので、アルバム・タイトルも言葉の響きで決めることが多い。ファーストなのに「遺産」という不思議さは、おもしろいと思っています。“Legacy”って言っているけど、いやいや、ファーストじゃんって(笑)。

──たしかに、再発された名盤のタイトルみたいですよね(笑)。あと、TOURSの独自性として、オルタナティヴ・ロック・バンドにはあまりないリズムの感覚があると思うんです。跳ねたビートやシャッフル、三拍子系のリズムが特徴ですよね。

Y:カントリー調の音楽が好きなんです。ウィルコがすごく好きで、彼らに憧れているのもあって、そういうものが出ていると思います。ダークで退廃的で暗いものと、かわいらしい軽快なリズムをあわせるのが好きなんですよね。「安全な人」は、それをわかりやすくやった例です。二面性がすごく好きで、音楽でいうと、激しいものと優しいものとか、遅いものと速いものとか、そういうもののあいだにあるものを、自分なりに表現しています。

──どうして二面性に惹かれるんですか?

Y:抽象的ですけど、2つのそれぞれにちがう文化がミックスされたところにこそ、いつも本当のことがあると思っているんですよね。

──カヴァー・アートの色もグレーで、はっきりしない「あわい」を表現していると思います。

Y:つかみどころがない、はっきりしない、そういうところに自分はいたい、自分の音楽はあってほしいと思っているので、「あいだ」ということは常に意識しています。

──そして、お聞きしたいのは歌詞についてです。山本さんの歌詞って、すごく魅力的ですよね。

I:いい歌詞だなって、本当に思います。

Y:他にない歌詞だとは自分でも思うんですけど、いいのかどうかはさっぱりわかりません(笑)。

──歌声もあいまって、すごくエレガントに響きますし、言葉の扱いや選択における上品さや美的な感覚、イメージの面で、一本筋が通っていると思います。

I:山本くんの美意識、山本くんが思うかっこよさを感じますよね。それがすごく好きです。

Y:一人の人間から出てくる言葉なので、美意識みたいなものは変わっていないと思います。ちょっと毒々しい言葉だったり、退廃的なイメージだったり、そういうのは大事にしているところです。温かみは、あんまりないと思うんですけど(笑)。

I:それを山本くんが歌うと、ちょっと優しい雰囲気になる。それがいいなあって。かっこよくてキザな言葉なんだけど、温かい雰囲気がにじんでいるのが山本くんの歌だよね。他の人が歌ったらそうならないし、山本くんの歌詞と声は絶妙なバランスで、魅力的だと思います。「安全な人」なんて、完全に空耳していましたから。優しい曲なのかと思ったら、「返り血で真っ赤さ」なんてラインが出てきて、すごいなと。

──(岡村詩野)YOMOYAのころから、山本くんの歌詞には、居場所のなさ、居心地の悪さが表れていると思うんです。「世界中」(2009年)なんてまさにそうで、それはTOURSを聴いていても変わっていないな、と。

Y:「世界中」の歌詞を書いたころは、すべてが嫌で、疎んでいたんです。恋人といようが、友だちといようが、バンド・メンバーといようが……。その感覚は、今でもふとした瞬間に出てくるんですね。常にどこにも馴染めない、という感覚は、社会性がある人間だったら持っていちゃいけないものだと思うんですけど、でもそういう感覚を捨てずにおきたい。持っていてはいけない感覚を持っているんだけど、なんとか日々暮らしているんです。以前よりは弱まりましたが、常にその感覚に苛まれていて、つい出ちゃうんですよね。

──「Parakeet」には、「巨大な迷路 僕だけ出られない」という強烈なラインがあります。

Y:あれは半分フィクション、半分実体験にもとづいた歌詞で、居場所がないことについてというよりは、恋愛についてのものなんですね。暗い気持ちになることは、ひとそれぞれ、少なからずいろいろな場面であると思うんですけど、そういうちょっと落ちこんだ時のことを誇張した表現ですね。

──最近は、そういうパーソナルな思いを歌詞にはしないんですか?

Y:歌詞はパーソナルなところからじゃないと生まれないので、本質は変わっていません。ただ、以前は自分の中から言葉を紡ぎだしていたんですけど、今回は小説や映画などからモチーフを借りて書いているものもあります。でも、それは語ることがなくなったということではなくて、切り口を変えたかったからなんですね。2020年(のコロナ禍)以降、この状況に即した歌詞を書いている方も多いと思うのですが、自分は平常の生活の中での機微や疑問に思うこと、嫌だなと思うことしか歌詞にできないと思います。

──「Neutrinos Nautilus」では“パンデミック”という言葉が出てきて、はっとしました。

Y:あの曲を書いたのは、かなり前なんですよ。YOMOYAの「ギフト」(2008年)も似たテーマで。日常って簡単に変わってしまう、と僕は思うんですね。たとえば、交通事故だったり、自然災害だったり。今、僕らが生きている日常は尊くて、儚い。たまたま“パンデミック”という言葉を使った曲を2021年に出しましたが、以前からその感覚を歌詞にしているだけなんです。

──それと、『Legacy』を聴いて思ったのは、清々しいくらいにギターの音楽だということなんです。ギター・ロック、ギター・ミュージックについて、山本さんはどう考えていますか?

Y:自分のオルタナ像の根幹にあるので、それがこのバンドの核にありますね。……エレキギターって、すごく楽しいんですよ(笑)。飽きずにやれる楽器ですし。あと、僕はペイヴメントがすごく好きで。

──どういうところが好きなんですか?

Y:ギター・ロックであること、歌詞がよくわからないところ……。突き詰めていくと、僕を構成している要素は、全部ペイヴメントからきていると言っても過言じゃない。曲のよさや歌心だったり、ギター・サウンドだったり。あのバンドって、なんだかかわいらしいじゃないですか。ああいうへなちょこなアメリカのバンドの感じに自分が持っている重さや冷たさをミックスしたのが、僕の音楽だと思います。

──東風さんは、ギタリストとしての山本さんについて、どう思いますか?

I:今回、リミックス※ もやらせてもらったんですけど、ギターの音に対するこだわりは、トラックからもよく感じられました。クリーン・トーンとオーバードライブとディストーション、ファズ、それぞれに音が作りこまれていて、そのこだわりは録音したエンジニアにもよく伝わっているなと。そういう録り方なので、ギターのバンドであることは明らかで、まちがいないことだと思います。あと、山本くんはジャズマスターの音をすごくきれいに響かせているので、本当に好きな人が使っているな、オルタナティヴ・ロックに対する愛情をよく含んだロック・バンドだなと感じます。ジャズマスターの使い方がジャズマスターっぽくないギタリストってけっこういるんですけど、山本くんはレガシーなタイプのジャズマス好きだなって。

※カセットテープの特典であるダウンロード・コードから「Parakeet」と「安全な人」の2曲を聴くことができる

──ジャズマスターのよさを引き出しているギタリストなんですね。

I:パソコンを使って編集作業をしていると、周波数帯として可視化されるので、視覚的にも感じたり考えたりすることは多かったです。本当に好きな人が鳴らしているギターの音の周波数帯ってあるんですよ。「これはギターじゃなくてもよさそう」という周波数帯を鳴らすギタリストもいますし。山本くんの場合、たとえば、ファズ・トーンではローを聴かせたいのがよくわかるし、クリーン・トーンではローもミッドもカットされていたりして、「アルペジオを優しく美しく響かせたいんだな」というのがわかる。音域がばっちり整理されていたので、リミックスはやりやすかったですね。

Y:……そうなんですね(笑)。

I:それを感覚的にやってるじゃないですか。溝渕さんのベースからも、音に対する意思をめっちゃ感じます。

──スティーヴン・マルクマスもジャズマスターを弾いていますよね。

Y:マルクマスが弾いていたから買ったんですよね。あの楽器っていろいろな音が出せるんですけど、一番の魅力は(弦の)テンション、張りが弱いことなんです。それが表現の幅を広げていて、自分が書く曲や歪みにマッチしているなと思います。最近は、ストラトキャスターも弾くんですけどね(笑)。だけど、やっぱりジャズマスターが一番好きです。

I:山本くんのストラトはエリック・クラプトン・モデルなんですよ。それがまたいいですよね。ジェントルな感じが出まくっていて。

Y:音からね。

I:いやいや。ルックスを含めてですよ。こういう人が持つと、プレイヤー・モデルっていいなと思います。

Y:あれは本当にいいギターなんです。

I:名機ですね。

Y:ネックが三角形で、手の小さい人でも握りやすいんです。あと、ミッド・ブースターが搭載されているので、音がめっちゃ太くなって、それが楽しい(笑)。それから、ピックアップがレース・センサーといって、シンプルな形をしていて、おしゃれでかわいいんですよね。

──……なんか、「ギターって楽しい!」という話、いいですね(笑)。

Y:それを好き放題やらせてもらっているのが、TOURSですね。

──すごくいい話です。YOMOYAのインタビューでは、ハード・ロックが好きだったとおっしゃっていましたよね。

Y:今でもぜんぜん聴きます。

イ:ハード・ロックを通過してオルタナをやっているのは、山本くんの世代におけるすごく重要なポイントですね!

Y:全員ではないですけど、nhhmbaseやmooolsのメンバーはそういうルートをたどった世代なんです。

I:エモーショナルで熱血なところがありますよね。冷たい言葉を歌っていても、血が通っている感じがすごくする(笑)。

──三つ子のハード・ロック魂百まで(笑)。さて。今後、TOURSはどうなっていくのでしょうか? 藤村さんの脱退は、新章の始まりでもあるわけですよね。

Y:バンドの方向性は、新しい方に持っていきたいと思っているんですよ。藤村が抜けることは以前から話し合っていたことだったので、彼が辞めたからというわけではないのですが、アルバムの制作が終わったころから、別のことを少し考えていて。

──『Legacy』で表現した音楽とは、まったく異なる方向にいくのでしょうか?

Y:器用な人間ではないので、それはないと思いますが、やってみないとわかりません。もっとコアな、おなじ曲調の曲ばかりをやるバンドをやりたいんですね。ただ、僕が絶対に崩したくないのは、曲のよさ、いい曲を書きたいということなので、それを残しつつも、もっと歌を重視する方にいくと思います。スロウコア寄りの音数が少ない、ゆっくり弾く曲ばかりをやる方に、ちょっと持っていってみようかなと。それは、シンプルに、僕が今、YOMOYAもやっていることが大きいんですけど。

──2020年に再始動しましたね。



Y:ええ。いろいろなジャンルをがちゃがちゃとミックスさせるのも楽しいんですけど、自分はひとつのことを突き詰めることをやってこなかった人間なので、TOURSではもっとシンプルに自分のコアにある部分を突き詰めたい。僕はロウ(Low)がすごく好きなので、今この年齢でああいう音楽をやってみたらどういうものが見えてくるのか、ちょっと気になるんです。溝渕もそれを望んでいるんですよね。ただ、去年(2020年)からライヴの回数が少なくなって、バンドのコミュニティが破綻していることが気になっていて。その中でどういう活動をしていくのかは、まだ手探りですね。

──「バンドのコミュニティ」とは、ライヴ・ハウスを中心としたコミュニティのことでしょうか?

Y:そうですね。僕らの世代って、音楽を作って、ライヴをやって、表現の幅を広げて、それをコンスタントにやることで自己実現につなげていたんですけど、それが難しくなった状況で、やるべきことを見失ってしまった人も多いと思うんですよね。なので、音源を発表する場面をもっと作っていけたらなと思っています。その中で、今回手伝ってもらった東風くんとも制作をしたいなと。

I:やりましょう!

Y:やろう! また時間は少し空いちゃうと思うんですけど、新しい顔を見せたいです。現状、留まることはあまりいいことじゃないと思うので、臨機応変に変化していけたらなと思います。

<了>


Text By Ryutaro Amano


TOURS

Legacy

LABEL : COMPLEX
RELEASE DATE : 2021.02.24 (配信) / 2021.04.15 (カセットテープ)


購入はこちら
COMPLEX STORE

ハイレゾ含めた配信リンクはこちら
Legacy by TOURS – TuneCore Japan


関連記事
【INTERVIEW】
「深く関係する人間同士のコミュニケーションが複雑であればあるほど後世にまで残る音楽作品が出来上がる」
ayU tokiO 猪爪東風の人と人とを繋ぐインディー精神

http://turntokyo.com/features/ayu-tokio-interview/

1 2 3 72