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「深く関係する人間同士のコミュニケーションが複雑であればあるほど後世にまで残る音楽作品が出来上がる」
ayU tokiO 猪爪東風の人と人とを繋ぐインディー精神

08 October 2020 | By Shino Okamura

ayU tokiO(アユ・トーキョー)として活動する猪爪東風(いのつめ・あゆ)は日本の音楽シーンにおいてかなり特異な存在だ。自身はウェルメイドな曲をかける優れたポップ・ソングライター。2014年に発表されたミニ・アルバム『恋する団地』の邪気ないポップ感覚はもとより、2018年の傑作アルバム『遊撃手』のアレンジャーとしてのセンス、楽曲の構成力などは、本来もっと高く評価されてもいい。若い世代においては、この人こそ日本のヴァン・ダイク・パークスになれる人だ。

でも、彼は決して自分のためだけに音楽に向き合わない。自分もいい音楽を制作していきたいけど、志を同じくする周囲の仲間やミュージシャンたちのことも放っておけない(?)、面倒見のいいフィクサーでもある。楽器リペアの仕事をしていることもありミュージシャンからの信頼も厚い。大ベテランの鈴木博文(ムーンライダーズ)が自分の息子ほどの年齢である猪爪にサウンド・プロデュースを委ねた『どう?』が高く評価されたことも記憶に新しいだろう。最近ではSaToAとのスプリット作品『みらべる』を発表したが、これも猪爪がSaToAから録音について相談を受けたことに始まった企画。レコーディングの現場はもちろん、楽器選びからメンテナンス、機材の使用方法までSaToAは猪爪に全面的にサポートしてもらったのだという。

そんな猪爪が主宰するインディー・レーベル《COMPLEX》のコンピレーション・アルバム『REV.01』が発売された。初期からこだわってきたカセットテープ(サブスクリプション・サービスでも試聴可)でのリリースも彼らしいが、そこに参加しているアーティストたちの顔ぶれの広さに驚かされる。もちろん、猪爪がこれまで関わってきた信頼するラインナップ。プロデュースした鈴木博文、初期からの付き合いになる辻睦詞といった先輩的存在から、KONCOSの佐藤寛、SaToA、そしてayU tokiOのメンバーでもあるやなぎさわまちこ、クマに鈴、sing on the pole、すずきみすず(恋のパイナップル)といった同世代の仲間たちまで……さらにはカジヒデキやそのカジやHARVARDのサウンド・プロデュースなども手がける橋本竜樹(Nag Ar Juna)、さらには「かもめ児童合唱団とゆうらん船」の共演も実現した。しかも、全ての楽曲が初出になり、そこに制作として猪爪が関わっているというからすごい。もはやハル・ウィルナーの域だ。

彼の活動を見ていると、もっと自分本位になってもいいのに……と思ったりもするが、インディーというフィールドから文化としての音楽の未来を見て行動しているかのようなその使命感に胸が熱くなる。そんな猪爪にこのコンピレーション・アルバムについての話を聞いた。
(インタビュー・文/岡村詩野)

Interview with Ayu Inotsume

——このカセット・コンピレーション『REV.01』の制作のアイデアはいつ思いついたのでしょうか。企画の発端を教えてください。

猪爪東風(以下、A):レーベルを始めてからしばらく経ったのでそろそろコンピレーション・アルバムを作ってみよう思ったのですが、自分の主宰する《COMPLEX》レーベルでコンピレーションを作る ということで、レーベルのコンセプトに則って考えると「多種多様な音源制作(音楽活動)をリポートする」という形が良いだろうと思いました。これまでに自分自身のayU tokiOとしてのアーティスト活動の他に、他のアーティストのプロデュース活動なども行ってきたのですが、そうした音楽活動の中で、楽曲や音源を共に制作することは実に濃密な他者とのコミュニケーションの時間になると感じていたので、今作のコンセプトとして全組の楽曲・音源制作をそれぞれのアーティストと一緒に行っていくことにしたんです。

――全曲の制作に関わったというと?

A:制作は実は去年の夏から始まっていて、それぞれのミュージシャンから曲を出してもらって少しずつ少しずつ一緒にアレンジなどを進めながら録音していたんですね。ドラムの録音が必要な場合は基本的には自分がレコーディング・スタジオで録音をして。SaToA、ゆうらん船、sing on the pole、クマに鈴のようなバンドの場合は全体のアレンジをしたり、バンドのサウンド+αで自分に出来ることをそれぞれ考えて隙間に入っていった形です。楽曲によっては、(ayU tokiOのメンバーでもある)やなぎさわまちこに依頼して演奏の手伝いをしてもらっています。あと、佐藤寛さんやすずきみすずさんの様に、ソロ活動としては初めての音源制作となるアーティストに関しては「この人たちに演奏をお願いするのはどうですか?」と提案してみて、ミュージシャンを連れてくることもしました。今年に入ってからレコーディングの予定だった数組に関してはコロナの影響でスタジオに集まることもなかなか出来なくなってしまいましたけど、鈴木博文さんや彼の楽曲参加メンバーのように、幸いもともと自宅でのレコーディングが得意なミュージシャンも多かったので、それぞれの自宅にて録音を進めていく制作方法にシフトすることが出来たパターンもありましましたね。

――なるほど、言わば制作総指揮、トータル・プロデュースですね。まだほとんど知られていないアーティストから誰でも知ってる人気者、芸歴の長い人から若手まで参加ミュージシャンの顔ぶれもとても広いですし、音楽性もポップなものという共通項はあるもののスタイルは様々です。どのような目線で今回の12組を選んだのでしょうか?

A:さっき言ったような《COMPLEX》レーベルの主旨に合っていて、さらに今回は自分自身がこれまでに何かしらでご一緒したことのある方の中からオファーさせていただきました。かもめ児童合唱団に関しては、ゆうらん船の楽曲の歌詞のムードにとても合うと感じたので特別にオファーをさせていただいて。そういうコーディネイトも自分でやりました。

――カジヒデキさんの参加に驚いた方も多いのではないかと思います。

A:カジさんとは実はずいぶん昔、自分がayU tokiOを始める前から少しだけ面識があって。ミュージシャンとしてご一緒したのは、2016年に『新たなる解』というアルバムをリリースした際にカジさんと同じレーベルからだったことがきっかけでした。カジさんのマネージャーの方が自分のこともお世話してくれている時期があって、その時からお二人と仲良くさせてもらっているんです。

――加えて、初期からのおつきあいの辻睦詞さん、アルバム(2017年『どう?』)をプロデュースもしたムーンライダーズの鈴木博文さんといった先輩アーティストも参加していますし、同世代ともコミットしています。こうして世代を超えることの意味はどういうところにあると考えますか?

A:鈴木博文さんや辻睦詞さんはミュージシャンとしてとても尊敬する先輩なんですけど、彼らが実際にこれまでやってきたことを彼らの言葉できちんと伝えてくださって、音楽的にも活動的にもいつもとても大きなヒントになるんです。知った気になることはとても手軽になりましたけど、実際の感覚というのはやはり当事者でなければ持ち得ないものだと思うんですね。なので、自分は彼らの言葉をヒントとして受け取って、2020年の自分なりの考えとして作品をアップデートさせていきたいと思っています。そうすることで文化として先人の努力が続いていく可能性があるんだなと思いますし、とても大きな意味を感じることができます。逆に、自分よりも若いミュージシャンに対しては自分は世代間のハブとして機能して行ける様になりたいと考えていて。今回の作品の最年少はかもめ児童合唱団のほのかちゃん(4歳)だったのですが、彼女からは単純に多くのエネルギーや感動を受け取ることが出来たので、世代間の交流はとても良いものなんだと思います。

――結果として、《Cherry Red》《Rough Trade》《ZE》といった70年代~80年代の英米のインディー・レーベルのあり方を思い出しました。本当の意味での自主制作、DIY精神のあるレーベルであろうとしているような……。

 

A:実はインディー・レーベルのあり方、というものに対して特別なこだわりがあるわけではなくて。なので、そうした昔からのインディー・レーベルに関して具体的なイメージがあるわけではないんですけど、精神性としては「なんでも自分の手を使ってやってみる」ことで多くの立場の価値観に触れることが出来ると考えているんです。その感覚はコミュニケーションや音楽制作においてとても重要な事だと認識していて、それを音楽活動にスライドさせた結果、たまたま「インディペンデント・レーベル」という括りに近かったということなのかなと解釈しています。ただ、『REV.01』は全楽曲をプロデュースする形で制作しましたが、その参考にした作品の一つにジョイ・ディヴィジョンなどを手がけたイギリスのプロデューサーのマーティン・ハネットのプロデュース・ワークスをまとめた『Zero:A Martin Hannet Story 1979〜1991』(2016年)というコンピレーション作品があります。この作品に出会った当時、バズコックスとU2が同一の音源作品の中に同居しているのがとても面白く感じたんです。多様な音楽を一つの作品にまとめることのヒントとして参考にしました。

そういう意味でも、マーティン・ハネットとトニー・ウィルソンが立ち上げた《Factory》が、音楽プロデューサーがいることにより、サウンドでレーベルのブランディングをしているという点にはとても興味があります……ピータ・サヴィルによるデザインによるところも大きかったとは思いますけど。他にも彼らがオープンさせたナイト・クラブ(ハシエンダ)にレーベルの品番(FAC51)を与えるというところもとてもかっこいいなと思います。音楽作品だけでなく、様々な方向からレーベルとして作品制作と向き合うという点には深く影響を受けています。これはまさに「インディー・レーベル」ならではのことなのではないかと思いますね。

それと、鈴木博文さんがやっていらっしゃる《Metrotron》に関するお話をご本人からいくつか聞かせていただいたことがあって。のんびりと自分のペースで音楽活動とレーベル活動をやっていくうちに、気がついたらよく似た感覚のとても素晴らしいミュージシャンが博文さんの周りに集まってきた……というような。運営の方針というより生き様という感じのムードを纏ったレーベルとしてのスタンスには強く憧れますね。

――なるほど。なにかと近いもの同士が寄り集まる傾向にある中で、東風さんのこうした様々な垣根を超越したボーダーレスな作品はとても大きな意味を持つと感じます。

A:縦横のつながりをより一層意識して、「集合」として考えて活動していくことが大事なのかなと思っています。お互いの主張などで分かり合えない部分にも理解を示す様なアイデアを持つことを心がけて活動していけば、自然とそういう風になると。ただ、全てを受け入れてしまう様な感覚でいても集合体が前進する力を得ることは難しい。真逆の価値観として、「個」であるという自覚もしっかりと持ち、自立するアイデアを持つこともまたとても重要なことなんだと思います。自分は音楽をやっていて現場ごとの「社会性」を考えることがとてもよくあるんですけど、人と人との距離感の測り方がとても難しく感じられるこれからの時代には、このバランス感覚の成長が個人個人に求められる様になっていくのではないかと思います。。偉そうに言いたくはないのですが、主観として日々とても強く感じています。

――しかも、長い目で見たときに、この作品は単なるコンピではなくある種の「文化政策」という域でやっていたことだと認識されていくのではないかという気がしていて。音楽を含めた文化事業が縮小されていく一方の日本で、東風さんはどのように抗い、どのように爪痕を残していきたいと考えますか?

A:サブスクリプションサービスの登場によって音源のコンテンツとしての価値が下がって、音楽に関しては録音の費用を抑えざる得ない状況となっていますよね。ミュージシャンや音源制作を支えるスタジオやエンジニアの方々も苦しいと思うんですけど、そもそも音楽としては深く関係する人間同士のコミュニケーションが複雑であればあるほど、味わいのある、後世にまで残る様な作品が出来上がると思っているんですね。多くの人間の関係性をスタジオでパッケージした録音物を残せるように、画一化することのない世界を目指して自分たちの位置を確認・発信しながらインディペンデントな活動を続けていきたいと思っています。なので、音源のリリースはその都度フォーマットを選びながら、これまでよりもさらに「イベント」として楽しんで取り組んでいくようになるかなと感じています。自分なりに、完全に自分の方で製品を生産できるノウハウが身についてきたので、レーベルとしてはカセットテープは引き続き少量生産で行っていくつもりです。

――東風さんは活動初期からカセットテープでのリリースにこだわってきました。

A:昔から自分の中で感じているカセットテープ自体の魅力にさほどの変化は無く、「ユーザーの持つ環境によって音質の変化が大きい面白いフォーマット」というのが一番大きな認識です。その他に、「ユーザーのリスニングシチュエーションによってはとてもユニークな聴体験を得ることの出来るフォーマット」という認識もあります。レコードと違って、ポータブルプレイヤーと共に持ち運んで移動中に聞くことが出来たり、デッキを搭載した車の中で聞くことも出来たり、体感的にも聴体験が記憶に結びつきやすい気がします。ユーザーごとの、様々な再生機による音質のヴァリエーションによって、さらにそれぞれの聴体験に個性が生まれてくると思います。10年ほど前、カセットテープでリリースを初めた頃はまだカセットテープの存在自体にフォーカスされることが多くはなかったので、リリースをすると「珍しくて面白い」と反応されることが多かったのですが、それから時間が経ってCDやレコードの販売数も偏移しながら少しずつカセットテープの存在が今の時代のものとして若い世代にも新たに認識されたと思っています。現在ではデジタル音源を端末とイヤホンで再生する事が多くなり、そこまで固有の視聴環境が発生する要素は少なくなったと考えているのですが、リスニングに関するいくつかの所作が必要なメカを使うことは実は音楽体験を豊かにするために良いことなのではないかと最近では改めて感じています。結局、ポータブルプレイヤーの「ピッ」というコントローラーの音とか、テープやケースのデザインや質感など。そういう些細なことなんですよね。これが実はとても大事な要素だったと今は感じています。

――あらためて、《COMPLEX》というレーベルは、どのようなレーベルであると自負されていますか?

A:自負というほどの歴史は無く手探りの状態でやっていることなのですけど、念頭に置いているのは《COMPLEX》は多様性を意識した音楽好きの集まりであるということです。音楽活動の中でも自分は特に録音物を残すことにとても興味があるのでレーベルを名乗っていますが、30代になり普通の暮らしのことを考える様になるととてもお金や手間暇のかかる音楽活動との距離が少しずつ出来ていってしまうものだと思います。しかし、寧ろ普通の生活の中で得た感覚こそ音を鳴らすことに相応しいものであったりするとも思うので、そういう人の中でシンパシーを感じるミュージシャンと一緒に音楽をやっていく場所を作っていけたらと思っています。

もう一つ、30代を過ぎて少しずつ音楽から遠ざかっていく理由に「商業性」との乖離があると思っていて、「商業性」に気が向いていないミュージシャンの中にも卓越した能力を持った方が沢山いるので、そういった方々の技術を伝えて絶やさないようにしたいとも考えています。


<了>


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Various Artists

REV.01

LABEL : COMPLEX
RELEASE DATE : 2020.09.23


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Text By Shino Okamura

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