永遠の過渡期を生きつづける姿
ここ数年のスパークスの活動を追い続けてきた自分にとって、彼らの現況はもっぱらライヴ・バンドとしての印象が強く刻まれている。若いサポート・メンバーを率いた近年のステージでは、ラッセル・メイルのハイトーン・ヴォーカルがその勢いある演奏にも埋もれることなく響きわたり、ただそこに〈居る〉だけで圧倒的な存在感を放つロン・メイルの姿とともに、スパークス兄弟ならではの最強のライヴ・エンターテインメントが繰り広げられている。
彼らの代表曲「This Town Ain’t Big Enough for Both of Us」──近年ではAppleのコマーシャル・ソングにも起用された──でさえ、レコーディングされた音源を聴くかぎりでは、その独特すぎるスタイルに熱狂しつつも、どこか肉体的なグルーヴ感とは距離のある、あくまで知的に構築された音楽として受け止めるに留まっていた。しかし、近年のライヴにおけるエネルギッシュな演奏に直面して、その印象は大きく覆されることになる。知的に横へと流れていく音符たちが、ひたすら拍打ちするドラムスの打撃をエンジンとして、正しくロック的な、強烈な縦ノリのグルーヴをそこに生み出していたのだ。その場に居合わせた往年のスパークス・ファンでさえ、彼らがこれほどまでに「ロック」バンドであったことに、驚きを隠せなかったに違いない。
しかしながらスパークスは、永続的なライヴ・ツアーを活動の中心に据えることは決してなかった。あくまでも現役のバンドとして、実に精力的なペースでオリジナル・アルバムを発表し続けてきた彼らは、今年ついに通算28枚目となるアルバム『MAD!』をリリースするに至るのである。
近年のアルバムと比較してもアグレッシヴなエレクトロニック・サウンドが際立つ本作は、彼らが年齢にふさわしい老境に達したとも、また成熟期を迎えたとも感じさせない、永遠の過渡期を生きつづける彼らの姿をそのままに映し出している。その姿勢は、アルバム冒頭を飾る「Do Things My Own Way」という楽曲タイトルにも象徴されているだろう。常に「自分たちのやり方」を模索し、決してそれを曲げることなく歩み続けてきた彼らだからこそ掲げることのできる、バンドにとっての揺るぎないスローガンを表した一曲で本作は幕を開ける。
ミュージック・ビデオも制作された「Downed In A Sea Of Tears」においては──映像はデヴィッド・リンチへのオマージュにも思える──変調されたピアノの残響音に始まり、繰り返されるメランコリックな歌詞を、ボーカル担当のラッセルが彼のトレードマークともいえるカウンターテナーをハーモニーに織り交ぜながら歌い上げ、スパークスならではの独自のポップ・ソングを展開している。
オート・アルペジエーターや自動演奏といった、おそらくはソフトウェアを中心に構築されたアレンジや音作りは、70歳をとうに過ぎた二人の年齢にしかるべき逡巡の類を感じさせない、不気味なほどの軽やかさを彼らの音楽に付与している。その一方で、アナログ的・有機的な響きの感触は、ラッセルの──やはり永遠に若々しい──活き活きとしたヴォーカル以外、本作からはほとんど聞こえてこない。この異様なまでの軽やかさと現代性は、デジタル・ツールを拒むことなく、むしろ柔軟に受け入れてきた彼らだからこそ辿り着くことのできた境地だというべきなのだろうか。
アルバム全体を通して、あらゆる音のアタックは強調され、それによってビートやリズムの輪郭も一層鮮明になっている。こうしたアプローチは、彼らがライヴをあらかじめ念頭に置いて作曲・アレンジを施していることを強く感じさせる。はじめに言ったとおり、スパークスは最強のライヴ・バンドなのである。本作の真価が最も発揮されるのは、今夏に日本公演から始まることになる彼らのライヴ・ツアーの、やはり舞台上であるに違いない。(佐藤優介)
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