ドリーム・ポップの逆襲
ドリーム・ポップなる言葉は、多分、史上最も都合よく使われてきたジャンルの一つだと思う……。検証したことはないが。夢見心地なギター・ポップなら十把一絡げにきっととりあえずそう呼んでおけばいいという、怠惰なマーケティング上のラベリングとも言えるかもしれない。とはいえ、すでにあるジャンルを微細な違いで細分化し続けたり、「ジャンルとジャンルの邂逅が云々」などという話題を持ち出したりすることが、果たして今、一般大衆にとってどれだけ意味をなすものかとも考えてしまう。けれどもこの曖昧で都合のいい“ドリーム・ポップ”なるラベリングを、思考停止したまま使い続けるのも違うような気がずっとしていた。
ユミ・ゾウマも多分、そういうふわふわした“ドリーム・ポップ”として、長らくふわふわとファンを獲得してきたバンドの代表格だと思う。何も考えずに聴ける心地よさがあるからか? ノンポリっぽいからか? 確かにそういう側面もあっただろう。でも本当に、このご時世、何も考えなくていいものが“善い”のかどうか。ドリーム・ポップ(というよりもそれを有り難がるリスナーの方だろうか)の楽天的なユートピア志向は、今や違和感を持って空虚に鳴り響いてしまうように感じる。ユミ・ゾウマのここ数作におけるメロディアスなポップさを追求した作品も然りで、いま聴き直してみると牧歌的な別世界のようでクラクラする。それほどまでに、世界の方が、急速にきな臭いのだ。
無論、作品の構想や制作自体は世界情勢が大きく変化する以前であろうけれども、今作はこれまでにない緊張感を孕んでいる。ナーバスさや憂鬱さも、だ。その劇的な変化は冒頭の一曲「Cross My Heart and Hope to Die」を聴くと、すぐさま理解できる。ここ数作にはないアンニュイなマイナー調のメロディに乗せ、
「“ペイウォール宮殿”の不浄/彼らの悪意に打ちのめされて」
「有料の送信は必ず再確認しなくちゃ」
「知りたくない、知らなければならない」
と、本筋のリリックの合いの手のようにモノローグに見立てたコーラスが被さり、そうとはわからせないままに人々の行動や考えをコントロールする資本主義的なるものへの危機感を皮肉る。蕩けるようなふわりと靄がかったギター・サウンドは夢のようではあるがそれゆえに、真実を覆い隠し、自分の意図しないところで現実を遠ざけようと動いている、そんな世界の不穏さにも聞こえてくる。
もちろん、彼ららしいサンシャインな煌めきは音色の随所に散りばめられているし、「Bashville on the Sugar」のようなアップテンポなナンバーもある。ただその「Bashville on the Sugar」なり、最後の「Soy Milk Boy」を聴いても思うのだが、性急にビートを畳み掛けるようなアレンジも本作では耳を惹くのである。彼ら自身はニュージーランドをホームとしつつも実際にはニューヨークやロンドンなどに散り散りに暮らしているそうで、これまではデータのやり取りで作り込みすぎていたところを、今作はスタジオに集まってその場のアイディアと瞬発力を大事にした結果、こうしたサウンドに行き着いたそう。セッションで得た突発的なカオスが、夢見心地の殻を破る性急なビート感とヘヴィーさも孕んだ印象をもたらしたのだろうが、そこで頭を掠めるのが、ジョイ・ディヴィジョン~ニュー・オーダー、そしてザ・キュアーといったポスト・パンクだ。ユミ・ゾウマら自身も、ニュー・オーダーからの影響は早くから認めている。本作では影響源である「ニューオーダーやフリートウッド・マックへの固執を諦めた」とも彼ら自身は言っているが、むしろ今まで以上に色濃く出ているような気もするのである。
ポスト・パンクはかつて、白いロックンロールを否定してそれ以外のジャンルとの接続をはかった。その担い手たちが内包する政治的・哲学的な意識はサッチャーやレーガンが推進する新自由主義政策を批判し、ジャンルの台頭の裏付けとなったのである。本作のユミ・ゾウマも、ドラムン・ベースのビートにインダストリアルなシンセの質感、ブルースハープや、シタール、ラップ・スティール……といった要素を盛り込み、それはさながら無色透明なユートピアの泉に落とされた一滴の異質感があって、その夢の外側にカオスな世界が広がっていることを暗示しているかのようだ。
もちろん、ユミ・ゾウマは総じて本作は「楽しげな作品に」と目していたそうだし、かつてのポスト・パンクのように知識偏重主義的な様子も見当たらず、必ずしもシニシズムに満たされているわけではない。「Blister」のような90年代のポップ・パンク調のキラーチューンだってある。けれどもドリーム・ポップなるその楽天的で曖昧なジャンルは、そのうちなるルーツのポスト・パンク性を再発見することで、その夢にラディカルさを宿すこともできるのではないか。本作を聴いて、そんなふうに思った。(井草七海)

