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映画『ソング・サング・ブルー』
エンターテイメントが人々に与えてくれるもの

23 April 2026 | By Yasuo Murao

『ヘヴィメタル・パーキングロット』(1986年)というロック・ファンの間で愛されてきたドキュメンタリー映画がある。ジューダス・プリーストのライヴにやって来た観客に駐車場でインタヴューするだけのシンプルな内容で、そこに登場するのは、ライヴ前から酒を飲んでテンション全開の若者たち。名もなきファンを通じてヘヴィメタルという音楽のフィールド・レコーディングをしたような本作は、ソフィア・コッポラやキャメロン・クロウに愛されたことで伝説化した。

それから約10年後、同じ監督(ジェフ・ヘインとジェフ・クルーリック)が制作した『ニール・ダイアモンド・パーキング・ロット』(1997年)は、アメリカの国民的歌手、ニール・ダイアモンドのコンサートにやって来た観客に取材。ほとんどが白人の中産階級の大人たちで、日本で言えば演歌のコンサートに集まるような人々。世の中からドロップアウトしたようなジューダス・プリーストのファンとは対照的に、アメリカ社会の“普通の人々”の素顔がそこにあるような気がした。ニール・ダイアモンドを愛してやまない夫婦の実話を映画化した『ソング・サング・ブルー』を観て、ハリウッド映画の主人公にはなりそうになかった彼らのことを思い出した。

物語の舞台は80年代のアメリカ。ミルウォーキーで自動車修理の仕事をしながら、“ライトニング”というステージネームで音楽活動をしているマイク(ヒュー・ジャックマン)は、有名シンガーの歌まねをしながらオリジナル曲を披露してきた。ある日、ものまね芸人のイベントに呼ばれたマイクは、そこでパッツィ・クラインの歌まねで呼ばれたクレア(ケイト・ハドソン)に出会う。彼女も美容師という本業を持ちながら音楽活動を続けていて、ともにバツイチで子供もいる2人は急接近。恋に落ちた2人はユニットを組むことになるが、そこでクレアが提案したのが、マイクにとって神のような存在のニール・ダイアモンドの歌を歌うこと。尻込みするマイクに「自分なりの解釈で歌えばいい」とクレアは説得する。そして、2人は仲間を加えてニール・ダイアモンドのトリビュート・バンド、“ライトニング&サンダー”としてデビュー。結婚もした2人は、子供たちに応援されながら二人三脚で再出発する。

本作はドラマと歌を織り交ぜたジュークボックス・ミュージカル形式で、劇中で次々とニール・ダイアモンドの名曲を披露。監督・脚本を手掛けたのは『ブラック・スネーク・モーン』(2006年)、『ルディ・レイ・ムーア』(2019年)など音楽を題材にした映画を手掛けてきたクレイグ・ブリュワーだけに、演奏シーンの見せ方はこなれたもの。歌も達者なヒュー・ジャックマンとケイト・ハドソンがたっぷりと楽しませてくれる。全身で歌い上げるジャックマンの豪快な歌いっぷりもさることながら、ケイト・ハドソンがキーボードを弾いてコーラスを歌う立ち姿は年季が入ったミュージシャンそのものだ。ライトニング&サンダーに注目したパール・ジャムが前座に彼らを指名。パール・ジャムのことを知らなかった2人よりも子供たちが大騒ぎするなか、パール・ジャムに負けない熱演を繰り広げるエピソードも微笑ましい。

最も有名なニールの曲といえばマイクとクレアが結婚式で歌う「Sweet Caroline」だが、その曲しか知らない観客も映画を通じてニールのソングライターとしての魅力に触れられるだろう。日本ではアメリカに比べて知名度は低いが、ニールのキャリアはアメリカのポップスの歴史そのものだ。

ニューヨークで生まれたニールが、友人と結成したフォーク・デュオ、ニールとジャックでデビューしたのは1960年。しかし、ヒットに恵まれず、ブリル・ビルディングの作曲家として活動したニールは、モンキーズに提供した「I’m a Believer」で脚光を浴びる。1966年に念願のソロ・デビューを飾り、「Sweet Caroline」「Song Sung Blue」などヒットを連発。そんなニールの音楽性を高く評価したザ・バンドのロビー・ロバートソンはニールのアルバム『A Beautiful Noise』(1976年)のプロデュースを手掛け、ザ・バンドの解散コンサート『The Last Waltz』(1976年)のゲストに招く。70年代以降、ニールはアメリカのポップ・シーンに君臨。21世紀になっても人気は衰えず、リック・ルービンがプロデュースした『12 Songs』(2005年)にはブライアン・ウィルソンがゲストで参加して、アルバムはチャート初登場4位を記録した。ニールは“アメリカの歌声”であり、本作はニールの曲を通じてアメリカの普通の人々の喜びや悲しみを描いた物語でもある。

しがない自動車修理工にしてはジムで鍛え上げたようなジャックマンの引き締まった身体。そして、夢想家で家族想いなところはアメリカの理想の父親像をアイコン化したようだ。一方、ケイトはハリウッドのルッキズムに対抗するようにぽっちゃりした体でベッドシーンに挑むなど、労働者階級の主婦のありのままの姿を生き生きと演じて見せた。ライトニング&サンダーは次第に人気になるが、突然の悲劇が訪れて夫婦や親子の間に溝が生まれてしまう。さらにクレアの娘が妊娠して恋人に捨てられ、その子供をどうするかで悩んだりと、家族の絆をドラマに核に据えることで観客に視線を合わせた等身大の物語になっている。

ニール・ダイアモンドの歌を歌っている間、自分が修理工や美容師だということを忘れて夢心地になっているマイクとクレア。2人が歌まねで夢を見るように、多くの人々は憧れの誰かをまねるような人生を送っている。だからこそ観客は2人に親しみを感じるし、2人が夢を追いかける姿には古き良きアメリカン・ドリームが息づいている。そんな物語にアメリカン・ポップスの王道を行くニール・ダイアモンドの曲はピッタリだ。

いかにもなハリウッド製人情喜劇だけど、それを職人技で仕上げた本作は、アメリカン・ポップスの名曲のようにキャッチーでほろ苦い人生賛歌。「悲しい気持ちになった時は、声に出して歌ってみると気分が晴れてくるよ」とニール・ダイアモンドは「Song Sung Blue」で歌っているが、どんなに辛いことがあってもそれを乗り越えられる、という励ましを音楽や映画は人々に与えられるはず。そんなエンターテイメントの作り手の強い想いも本作から伝わってきた。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『ソング・サング・ブルー』

2026年4月17日より日本劇場公開 絶賛公開中!

監督・脚本:クレイグ・ブリュワー
出演:ヒュー・ジャックマン、ケイト・ハドソン、マイケル・インペリオリ、エラ・アンダーソン、キング・プリンセス、ハドソン・ヘンズリー
2025年/アメリカ/カラー/ビスタサイズ/133分
配給:ギャガ ユニバーサル映画
© 2025 Focus Features LLC. All rights reserved.
公式サイト
https://gaga.ne.jp/song_sung_blue/


Neil Diamond

『Song Sung Blue: Neil Diamond Originals』

映画に登場する曲のオリジナルを集めたアルバム
LABEL : Universal Music Japan
RELEASE DATE : 2025年12月12日(Digital Release)
配信はこちら
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