「今のこの状況にただ流されるんじゃなくて、せめて『自分は何かやってるんだ』って自分自身が思えるように」
──Frikoが語る最新作『Something Worth Waiting For』とシカゴのDIY精神
イリノイ州シカゴ出身のインディロック・バンド、フリコはニコ・カペタン(ヴォーカル/ギター)、ベイリー・ミンゼンバーガー(ドラム)の2人組として始まった。日本でも異例のバズを起こした、2024年のデビュー・アルバム『Where we’ve been, Where we go from here』は、日本での盛り上がりを受けて中国公演が決定したというエピソードも記憶に新しいだろう。急速な勢いのまま《FUJI ROCK FESTIVAL ’25》や世界中のフェスティバルに出演、ワールドツアーを行うバンドに成長していった。最もワールドツアーのハイライトは、コーガン・ロブ(ギター)とデヴィッド・フラー(ベース)が加入したことだ。
4人組の新体制となったフリコの最新作『Something Worth Waiting For』は、バンドの強固な繋がりを真正面から体現する。1曲目「Guess」で、ニコの弾き語りにバンドの連打フレーズが合わさった時の爆発力。エネルギーに溢れたサウンドは今のフリコを表すようだし、音が大きくなっていく様子はバンドの歩みと重なるかもしれない。ただ、今作は激しいだけじゃない。4曲目「Alice」では、ベイリーの優しい歌声、ストリングスのハーモニーとサイケデリックな転換を見せる。続く「Certainty」、ラスト曲「Dear Bicycle」 など今作は複雑な構造の楽曲や音色も多い。フリコの4人が、ビートルズ、デヴィッド・ボウイなどのロック、クラシック、アンビエントからエレクトロニックまで愛聴するのが垣間見えるようだ。それに、混在する音がクッキリと輪郭を保ったまま、壮大に広がるのは凄い。あらゆる音の共存が実現したのは、プロデュースを手がけたジョン・コングルトンの手腕を信頼してのことだろう。
TURNの読者ならよく知っていると思うが、フリコは同じシカゴ出身のホースガール、ライフガードと共に『Hallogallo』という名のコミュニティから登場しており、それぞれがワールドワイドに活動を続けている。アーティスト同士が協力し合う関係性にしても、シカゴという街の音楽の歴史にしても、一朝一夕に築かれるものではない。けれど、『Hallogallo』の存在は今のシカゴの若手バンドやZINEに、再び関心を集めるきっかけとなったはずだ。このインタヴュー内でも、フリコが旗手として自覚的なことがわかると思う。
お互いへのリスペクトが伝わるような自然体の雰囲気の中、今作『Something Worth Waiting For』の制作背景、シカゴのインディロック・シーン、メジャーに対する思考など語ってくれた。2回目の出演が決定した《FUJI ROCK FESTIVAL ’26》でのライヴに大いに期待しよう。
(インタヴュー・文/吉澤奈々 通訳/竹澤彩子 協力/岡村詩野)
Interview with Friko(Niko Kapetan, Bailey Minzenberge, Korgan Robb & David Fuller)
──《FUJI ROCK FESTIVAL ’25》初主演の際に、TURNのYouTube『TURN TV』 にもフリコのメンバー4人で出演してくれました。フェスティバル出演の他にも、ザ・フレーミング・リップス、モデスト・マウスとのツアーなど様々な変化があったと思います。ツアー生活をする中で、特に印象的だった思い出は何ですか?
Niko Kapetan(以下、N):そうだね、モデスト・マウスとフレーミング・リップスの2本目のショウが終わった後、 全員で観客席から彼らのセットを観てたんだけど、完全に素のファンに戻っちゃっててさ。ふと「さっきまで自分たちもこのステージに立ってたんだよな」って思い出して、めちゃくちゃシュールな気持ちになったのを覚えてる。
David Fuller(以下、D):自分もニコとまったく同じ答えかも。自分が2023年にこのバンドに最初に入ったとき、モデスト・マウスのファンってとこでニコと意気投合したのもあるし、初代ベースのエリック・ジュディからは自分がベースを始めた頃にめちゃくちゃインスピレーションを受けまくってるしね。最初、ツアーが決まったって聞いてもなかなか現実感が湧かなくて、熱にうなされて夢で見てるんじゃないかっていうくらいで……もちろん、良い意味でだけど。まるで現実とは思えないほどすごくシュールだった。あれか《FUJI ROCK FESTIVAL ’25》のどっちかだよね。「これって本当に現実?」みたいな。ここ何年かで僕たちが経験してきたことって、どれも本当に恵まれすぎてて、いまだに「あれは夢だったんじゃないか?」って思うくらい。
Korgan Robb(以下、K):今話を聞いてザ・フレーミング・リップスとのツアーのことを思い出してたんだけど、初日のライヴで、1曲目か2曲目が終わったあたりでふと後ろを振り返ったら、フレーミング・リップスのウェイン・コインがステージ脇から僕らのセットを見物しててさ。一瞬、「えっ!?」ってなった後に、一気に緊張が襲ってきた(笑)。そのあとツアー中に何度も話す機会があって、今でもそのときの会話の内容を鮮明に覚えてるし、心に残る言葉をたくさんもらったんだよね。すごく貴重な時間だったよ。
Bailey Minzenberger(以下、B):私の場合、二つ答えがあって。一つ目は、デヴィッドが初めて私たちと一緒に演奏したときのこと……《Bonnaroo Music & Arts Festival》だったんだけど、ライヴ後の夜にパラモアのステージを観たんだよね。パラモアは自分がバンドをやるきっかけになったバンドだったから、同じフェスに自分が出演してるっていう事実がすごく感慨深かった。もう一つは、ワシントンで開催されたモデスト・マウス主催のフェスに出演したときのことで、ヨ・ラ・テンゴのドラマーのジョージアがステージの脇から私たちのライヴをニコニコ顔で観てくれてて……そのあとヨ・ラ・テンゴのライヴを観たんだけど、胸がジーンとなっちゃって……ヨ・ラ・テンゴも自分がバンドを始めたきっかけになったバンドの一つだから、あの日のすべてが自分にとって忘れられない特別な経験になったよ。
──今作『Something Worth Waiting For』は、「全体的なテーマがトランジェット(移行)だとしたら」と資料にありました。なぜトランジェットを主題に選んだのか、その理由を教えてください。
N:ぜんぶツアーから来てるよね。意図的にそうしようと思ってたわけじゃないけど、ただツアー生活で常に移動してる状態で、家から離れて、電車に乗りバスに乗り飛行機に乗り車に乗り、大半の時間を移動中に過ごしてたわけで、気がついたら「移動」がそのまま当時の自分たちの当時の心象風景を映し出すモチーフになってた。そこには大きな喜びもあれば、その逆の感情もあるし……そのどれもツアーの道中で起きた出来事なんだよね。気づいたら「Dear Bicycle」の自転車、「Hot Air Balloon」の熱気球、「Choo Choo」の電車って感じで、移動手段がタイトル名になってる曲が揃ってた。別に意識してたわけじゃなくて、完全に無意識のうちにそっちに流れてたっていうわけさ。
──「僕たちは収録曲について語り合い、細部にまでこだわることに多くの時間を費やした」と資料にあるように、今作は前作よりも楽曲の展開が増えてますし、アルバム中盤からは楽曲全体の長さも5分から6分近くと伸びています。こうした実験的な試みを取り入れようとしたきっかけは何でしょう。
N:メンバー全員とも結局のところ、ただの音楽オタクみたいなところがあるから、とりあえず片っ端から色んなことを試していきたいんだよね。ある分野を開拓してある程度使いこなせるようになったら、別の分野も開拓したくなるし、そういうのにワクワクしてそそられるタイプっていうか。今回のアルバムもまさにそのノリのまま作ってるし、このままずっとワクワク感で突っ走っていきたい。
D:あと、曲の長さに関しても、最初から短くしようとか長くしようって決めてたわけじゃなくて、ただ自然に感じたままに従っただけで。たとえば「Choo Choo」は、タイトに3分くらいで収まるのが自然だったし、逆にその倍ぐらいの長さの曲に関しては、それが一番しっくりきたんだよね。できるだけ自分たちの直感を疑わず、信じてそこに従うようにしてる。
K:今の2人の意見に同意。それとライヴで実際にお客さんを前にして演奏したからこそ形になっていった部分もあるし。ライヴだとわりと自由が利くっていうか、曲を長くしたりあるフレーズを引き延ばしたり、その場の空気や思いつきでいろんなことが試せるからね。ライヴで演奏してきたことで、「ああ、この曲ってこういうもんなんだな」って気づかされた部分もあって、そこでの気づきが今回のアルバムにも活かされてる。
──今回プロデューサーに、ジョン・コングルトンを迎えています。彼にオファーしたのは彼のどういった手腕を期待してのことでしたか?
N:うちのバンドってわりと即決というか、誰かと一緒に仕事をするのでも第一印象でいいなって思ったら、そのまま一気に飛び込んじゃう、みたいな。ジョン・コングルトンともまさにまさにそれで、LAで一回会ったときに「あ、いいな、今回はジョンと一緒にやろう」ってって全員が感じたんだよね。しかも、今回すごく多くのことを学ばせてもらったし……バンドとしてフォーカスすべきこととか、 次から次へとただアイデアを出し続ける前にまずは実際に試してみるってこととか……それが、自分がジョン・コングルトンから得た一番の学びしれない。
──ちょうど数日前にジョン・コングルトンが最新作を手掛けているシェイムに同じ質問をしたんですけど、10時から19時までしか作業しないってルールが徹底してて、それがすごく新鮮だった、みたいな話をしてました。
D:自分たちも今言った通りのシチュエーション(笑)。10時頃には全員スタジオ入りしてて、夜の7時になった時点で「はい、おしまい」って感じで強制終了という(笑)。ただ、それが本当によかったと思う……もし自分たちのペースでやってたら、そのまま延々とスタジオに居残って細かなことまでいちいち議論して永遠に終わらなかっただろうからね。時間に区切りがあることで、目の前にある一瞬一瞬に必然的に自覚的になるからね。 一つ一つの行動に対して意図的になるし、今この瞬間に集中できるようになる。2週間あれば十分だろうという意見もあるかもしれないけど、全然足りないから! いつでも「もっと時間がったらいいのに」って気持ちとの戦いなんだけど、コングルトンの「夜7時で強制終了」っていうルールがあったおかげでめちゃくちゃ助かったよ。
──今作で何度か、現代的なウォール・オブ・サウンドの構築を感じる場面がありました。「Alice」の重層的なコーラス、「Certainty」のサイケデリックな叫び、「Something Worth Waiting For」の終わりにかけての場面などです。今作ではどのような聴こえ方を目指しましたか。
B:今回、意識してたこととしては、同じ部屋の中にバンドがいてそのまま演奏してる感じを出すことだったんだよね。ライヴの臨場感だとか、実際に肌で感じられるエネルギーを音からも感じ取ってほしかったから。今回、レコーディングのほうもほぼライヴ録音してあるんだよね。もちろん、後から音を差し替えたり修正したり、重ねたりした部分もあるけど、大元になる土台はほぼ全編ライヴによるテイクを使ってて。しかも最初からそういう気持ちで臨んでるし、実際にそういうやり方で録ってる。そこにさらにジョンの天才的な能力が加わってるという、まさにそういう生きたエネルギーを捉えるのが上手な人だからね。私たちが今回目指してたのもまさにその感覚なんだよね、 実際に目の前でバンドが演奏してる生々しい感じが音からも伝わるようにしたかった。
──ウォール・オブ・サウンド的な重層感に関しては?
N:あれは間違いなくギターが自分ひとりじゃなくなったところからの影響が大きいよね。コーガンがギターに入ってくれたことで、そっち方向をもっと拡大して追求していきたくなったとういうか。もともとビッグなサウンドが好きなこともあるし。ただし、スケール感があっても、肝心の芯の部分はブレないっていうね。そういう感じを目指してる。
──アルバムのラスト曲「Dear Bicycle」はアンビエントのように音が立体的ですよね。とくに終わりにかけて、声が遠くから聴こえたり、美しい音色が表れたりと幻想的です。どういった録音プロセスで制作をしていったのでしょうか。
K:そうそう、あの曲はライヴでずっとプレイしてた曲で、しかもラストに演奏することが多かったんで、それでアルバムのエンディングの感じが自然にあの形に落ち着いていったんだ。最初は曲全体をライヴ録音して、そのあとベイリーとニコがラストの部分にボーカルをオーバーダブして、 あの別の世界に移行していく雰囲気を作り出していったんだよね。自分の中では完全に今回のアルバムにおけるアウトロ的な曲で、そこから再び現実に戻っていくような橋渡し的な役目を果たしてるよね。あの曲もまさにライヴによって形になった曲だよね。
──歌詞について、「Seven Degrees」はニコが幼い頃に父親からよく言われていた言葉を基に書かれたそうですね。大人になった今、題材にしようと思ったのはなぜですか。
N:いや、残念ながら父親が実際に言った言葉ってわけじゃないんだよ(笑)。ただ、いかにも父親が言いそうなセリフというか、うちの父親とか絶対に言いそう(笑)。あの曲は最初にサビを書いてるとき、あまりにもデヴィッド・ボウイ色が強すぎてこれはもはやパクリなんじゃないか?って不安になるほどで(笑)。そこからヴァースを書き足して、バンドですり合わせていくうちにフリコの曲として形になっていったから。見事に自分たちのものにしてやったよ。あきらかに懐かしのバンドへのオマージュだけど、完全に自分たちの作品に昇華してるっていう手応えを感じた一曲だね。
──今作の最初にライヴでも演奏していた「Guess」を最後に「Dear Bicycle」と作品全体を通して動きがありますが、最初と最後にこの楽曲を位置付けた理由は何でしょう。
N:最初から「Guess」がアルバムのオープニング曲になるってわかってた。「Guess」が最初で、「Dear Bicycle」が最後っていう、それは最初から決定してた気がする。ツアー中のセットでも、だいたい「Guess」で始めて「Dear Bicycle」で締めるパターンが多かったから、それをそのままアルバムにも踏襲してるというね。
──以前別のインタヴューでニコとベイリーがフィリップ・グラスからの影響を語っていて、その中でベイリーは“反復”の使い方に言及してました。今作で“反復”やミニマル・ミュージックからの影響は、どのように反映されていると思いますか。
N:どうなんだろう、とりあえず、うちのバンドは決してミニマリストではないと思うけど……少なくとも自分が思ってる自分たちのイメージとしては。ただ、フィリップ・グラスからの影響に関して言えば、「Certainty」は紛れもなくフィリップ・グラスのピアノによく登場するポリリズムをそのまま自分たちの曲にも取り入れてみたんだ。昔からああやってリズムを軸にした曲を作りたいって思ってたし。あれは自分たちがこれまでやってきた曲の中で、一番フィリップ・グラスから受けた影響に寄せていった曲だよね。ああ、でもたしかに「Dear Bicycle」とか、ある意味ミニマリズム的なアプローチに一歩踏み込んでるみたいなところがあったのかも。最後にコーガンのシンセが入ってるんだけど、エンディングはすごくシンプルで、ドラムは♪ブッ、ブッ、ブッ、みたいな最低限のパターンで、ベースが全体のリズムをリードしていくみたいな構造になってるし。まあ、残念ながら僕らはミニマリストではないんだけど。ただミニマル・ミュージック自体は大好きなんだよね。
──“反復”の使い方に関してはどうですか?
N:それを言うなら「Certainty」なんて、その最たる例だよね。あのピアノの連続するリズムの反復する感じとか。
B:「Dear Bicycle」なんかも良い例かも……特にあのエンディングの部分とか、意図的に反復とか瞑想的な方向に寄せにいってる……ある意味、チャレンジだったよね。曲を書いたりアレンジしてると、常に変化し続けなくちゃいけないんじゃないか?って思い始めて、同じモチーフに長く留まるほうがむしろ不安になってくる……そこをあえてグッと踏みとどまって、反復から瞑想状態みたいな空間を作り出すことに挑戦してる。「Dear Bicycle」のエンディングはまさに反復を意識的に使っていった例だよね。私たちのアンビエントやインストゥルメンタル・ミュージックへの愛が召喚されてる曲だよね。
──“反復”で個人的に気になったことがあります。同じシカゴ出身で『Hallogallo』コミュニティのメンバーであるホースガールが『Phonetics On and On』でミニマリズムを探求したりクラウトロックを好んでいること、ライフガードもノイジーかつ多様な音楽要素の中に魔術的なミニマリズムがあると感じます。それに最近では、キム・ゴードンが新作でクラウトロックのビートを取り入れたりと、反復するビートには解放性だけでなく反骨精神が宿っていると思うのですが。あなたたちはクラウトロックに対してどのような印象を持っていますか? また“反復”を通じて、どんな感覚が呼び起こされますか。
D:うわ、なんて素晴らしい質問なんだろう! そもそも『Hallogallo』の名称からしてノイ!(NEU!)の曲から名前を取ってるわけだしね。しかも、今の指摘にあった反骨精神っていう意見も納得。いわゆる“普通”の曲に対するささやかな反抗だよね。さらにリスナーの感覚からすると、自分にとってのツボとなるポイントを見つけてそこにずっと留まるのが最高に心地いいわけでさ! クラウトロックじゃ全然ないけど、LCDサウンドシステムの「All My Friends」なんかも、その快楽原理を利用した良いお手本だよね。印象的なパターンを一つ見つけてそこにずっと留まり続けるのは。ノイ!(NEU!)にしろカン(Can)にしろ、「これだ」っていうものを見つけた瞬間に迷いなくそこに留まるっていう、あの潔さだよね。それが強い曲を生み出す。そのたった一つの強力な何かを見つけるのが大事ってことを理解してた「このパートなら20分間聴いてられる」って思わせてくれるような決定的な一節……というか、それってクラウトロックに限らず、すべての名曲のベストな節について当てはまることではあるんだけど。それをピンポイントで探り当てて体系化するっていう、どれだけ素晴らしいんだろうって。しかも、一言心地良いポイントを探るって言っても、簡単に見つけられるものじゃないからね。その点、クラウトロックはその分野における北極星みたいな、まさに指針のような存在だよね。
K:ああいう長くて反復的で瞑想的な曲って、聴いているうちに自分自身の内面と向き合っている感覚になるっていうか……少なくとも自分の場合はそうなんだよね。聴いてるうちに意識が漂い出して別の次元に入り込んでいくみたいな……自分から音楽を聴いているっていうよりは、潜在意識の領域に入り込んでいくような感じがたまらなく好きなんだよね。そこから開かれる体験というか、アートから何か見せられてるような……それが白昼夢でも、くだらない空想でも、もっと何かしら深遠な意味のようなものでも、曲の中で自分を見失う感覚がすごく好きで、10分後か何かに曲が終わったときに「あ、そうだ。今、音楽を聴いてたんだ」ってなる感覚……それこそ「Hallogallo」だって何百回聴いたかわからないけど、毎回聴くごとに新しいものが見えてくる。聴くたびに意識が漂い出して、知らないうちに自分のこれまでの人生を思い巡らせてるような感覚になる。
D:わかる、ある時点を過ぎると音楽が自分を導いてくれてるってよりは、自分の内面を探っていくような感覚領域に入っていく。これもまたクラウトロックではないけど、坂本龍一の「War & Peace」は僕の人生で一番好きな曲のひとつで、あれって6小節のループが延々と続くだけなんだよね。そもそも曲自体も長いんだけど、自分はあれをいつまでだってリピートで聴ける。あの曲がもたらしてくれる感覚が好きで、ずっとそこに留まっていたいっていう気持ちにさせられる。その自分自身の内面と向き合う時間がたまらなく好きなんだ。自分たちとしてもそういうものを目指してるところがあって、「これだ」っていう一つのものを見つけたら、そこから先はひたすら繰り返し、繰り返し、繰り返し……って、今「繰り返し」って言葉を3回繰り返したけど(笑)、それが最高に心地良い感覚を生み出す。リスナーとしても受け手として、自分たちがそういう感覚が大好きだから、自分たちの作品でもそれと同じような体験を受け取ってもらいたいなって。
──ちなみに、フリコのSpotifyプレイリストに『SWWF』という今作の頭文字を取ったプレイリストがありました。マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン「Sometimes」、ブライアン・イーノ『Here Come The Warm Jets』などが並んでいますが、これらは新作に影響を与えた作品や楽曲群でしょうか?
N:それって、もしかして『Commuter Companions』ってタイトルのプレイリスト? あ、違うか、タイトル『SWWF』だもんね……何だろう、もしかしたら自分がもう何年も前に作った私的なプレイリストかもしれない(笑)。
──そうなんですね! 失礼しました。
N:いや、でも面白いよね。完全に個人的なものとして、今回を書き始めたすごく初期の頃に聴いてたプレイリストを作ってるんだけど……たしかに、あのプレイリストに載ってる曲は全部すごく大事な曲ばっかりで。ブライアン・イーノはプロダクションでもアレンジ面でも、もはや憑りつかれてるっていうレベルで自分たちにとって大きな存在だし。とはいえ、今回のアルバムでは実はそんなに他の人の作品を参照してなくて。それでもラウドでディストーションの利きまくったギターを弾いてるときは当然マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのことが頭によぎるし、ちょっと変わったピアノのフレーズをやってるときはブライアン・イーノのことが思い浮かぶっていう、そんな感じだよね。
──あなたたちは音楽だけでなく、ビジュアル・アート、文学などの分野からもインスピレーションを受けてきたと思います。何か今作に作用している芸術作品はありますか。
D:とりあえず、今回のアルバムのジャケット写真自体が、自分が9年前くらいにアンティーク・ショップで見つけた古い写真にインスパイアされたもので……それとは別にベイリーと話してるとき、僕が「このアルバムってモノクロに見えるんだよね」って言ったら、ベイリーに「ええ、私はめっちゃ青が見えるんだけど」って言われてさ。そこから青の視点を探っていくように……そこから数ヶ月間、大量の映画を観ていく中で、そこから今回のアートワークのビジュアルにめちゃくちゃ影響を受けてるんだよ。特に画面の色使いだよね。『花様年華』(2000年)のあのタイトルカードの赤とか、映画を観てる間も、観終わった後も赤の印象が強烈に残って、あの映画以降、自分の中で赤っていう色の見え方が完全に変わった。『パリ、テキサス』(1984年)もそうで、赤がこれまでとは全然違って見えるようになった。そういう映画の色の使い方が今回のビジュアルにも確実に影響してると思う……とくにカラー・ブロッキングって部分で。《Sony Pictures Classics》のあの青い四角に白い文字のデザインにもインスパイアされてるし、あのシネマティックな雰囲気というか、当時完全にそっちのモードだったしね。今回、ビジュアル面に関しては思いっきり映画から影響を受けてるよ。
B:そう、私は今回のアルバムに青が見えるんだよね。ただ、実際にレコードを手に取ってみると、青って背表紙にほんの少しだけ控えめに使ってあるだけで、全体は白と黒のモノクロ写真なんだよね……それもすごく好き。この写真のコンセプトや雰囲気自体にモノクロが合ってるのもあるんだけど、あえて色をつけないことで聴く人が自分の色を見つけられるようにしたかったから。アルバムジャケットにどんな色やイメージを持ってくるかって、ある意味で印象操作でもあるからね。あえて白黒のジャケットを持ってくることで、聴いた人がここから自分の色を引き出す余白が生まれてる気がするから。このアートワーク自体もそうだし、ここに至るプロセス自体も完全なコラボレーションで、みんなで一緒に作り上げたっていう、ありとあらゆる意味ですごく誇りに思ってるよ。
──シカゴからフリコ、ホースガール、ライフガードと『Hallogalo』のメンバーたちが世界的に活動するようになって、現在のシカゴのアンダーグラウンド・シーンに何か新しい動きや変化がありましたか?
N:なんか、また一周してきてる感があるよね。若いバンドがどんどん出てきてて、ヘヴィでクール系の音楽をやってる子たちもいれば、あるいはじっくり聴かせるタイプの音楽をやってる子たちもいるし、ありとあらゆるジャンルが勢ぞろいしてるみたいな感じ。とはいえ、確実に循環してるのは感じる。18歳くらいの子たちが地元のヴェニューで本格的にライヴをやり始めたりしてて、すごくいい感じだよ。
──ちなみに、今のシカゴの若手でおすすめは?
N:今さらながらかもしれないけど、やっぱりSharp Pinsは外せないよね。
B:私は、友達のバンドでもあるんだけどG’nite!。最近レコードを出して、こないだリリース記念ライヴを観に行ったんだけど、めちゃくちゃよかった! すごくおすすめ。そのバンドのベーシストがやってるShoulderbirdもすごくいいんでおすすめ。
K:Gerfetyの新作もすごくいい! あのレコード本当に大好きなんだよ。自分も制作に関わらせてもらったんだけど、めちゃくちゃいい。あとJoe Glassの新作もめちゃくちゃいい! あれはマジで一聴の価値ありだよ。
D:自分も今まさにJoe Glassって言おうと思ってた(笑)。ただ、もう一つ自分が大好きなシカゴのバンドで、おすすめしたいのはSmutだよね! 決して若手枠ではないんだけど、昔から大ファンで本当に素晴らしいバンド。僕らのファーストのリリースショーでも演奏してくれててめちゃくちゃ感激だった! いまだにずっと聴いてる。他にもシカゴには自分の大好きなバンドなりアーティストが山のようにいるよ。
──岡村詩野(以下、O):『Hallogalo』というか、インディロック・コミュニティについて質問させてもらってもいいですか。シカゴのインディロックってすごく歴史が深いわけじゃないですか。例えばスティーヴ・アルビニ周辺が形成してきたDIY的な感覚だったり、そこから《Thrill Jockey》や《Drag City》みたいなレーベルが出てきて今も健在で、シカゴのインディロックを厚みのあるものにしてきてくれたと思うんですね。それには色々理由があると思うんですが、このシカゴの音楽的起源をどこに置くかっていったら、私はアート・アンサンブル・オブ・シカゴというジャズのグループですけど、そこになるかと思うんですが、みなさんはシカゴのDIY的な音楽の起源のルーツをどこに置きますか?
N:それを言うなら、ブルースまで遡れるよね。それこそジャズより前も時代に、バディ・ガイとか初期のブルースの先人達がいるわけで……そういう歴史があるのは確かなんだけど、結局のところシカゴっていわゆる音楽業界がほとんど存在しないに等しいので。それこそニューヨーク、ロサンゼルス、ナッシュビルみたいな音楽都市だったらバンドが少しでも名が知られ出すと、どのライヴにも業界人がこぞって現れるみたいな風潮があるけど、シカゴって全然そういう空気感ではないんだよね。仮にナッシュビルなり何なりで今一番イケてるとされてるバンドがシカゴに来て、イケてる感なり本物感をアピールしようものなら、逆に引かれるみたいな。そういう独自の共通認識みたいなものがあるよね。要するに「謙虚であれ」ってことだと思うけど。自分を信じて、堂々とそれを表現して、自分のやってることを愛するのはすごく大事、と同時に謙虚であることも大事という。
B:うん、私も今まさにニコが言ったのと同じことを言おうとしてた。シカゴって大都市のエネルギーがあるんだけど、やっぱり中西部なんだよね。ミッドウエストの優しい温もりがある(笑)。
D:自分もまさに同じことを思ってた。それにシカゴの音楽カルチャーって、そもそもシカゴっていう街の成り立ちに根付いてると思うんだよね。アメリカっていう国が始まって頃からずっとシカゴって色んな人やカルチャーが交わる中継地点みたいな街だったわけじゃないか。この街に存在しない文化がないって言えるくらい、世界的にも様々な人種であり人生でありカルチャーや背景を持った人たちが集まって交差している街なわけで。だからインスピレーションには事欠かないしそういう文化的土壌が、それこそ僕らが生まれるずっと前から綿々と続いているわけで。それだけ多様な考え方や価値観、背景を持った人たちが集まってたら、そりゃ自然とクリエイティヴィティの温床になるよね。あらゆる分野で素晴らしい作品が生まれるのも不思議じゃないような気がする。
K:うん、ニコも言ってたけど、シカゴには音楽業界がほとんどないから、こっちで活動してるミュージシャンの大半は音楽以外に別の仕事を持ってるんだよね。ただパッションから音楽をやってて、生活費は別の方法で稼ぐ、みたいな。ただ純粋に音楽愛ゆえに音楽をやってるんであって、お金を稼ぐためっていう感覚じゃない。少なくとも自分はそうだし、みんなただ純粋に自分のやりたいことをやってる気がする。だから、シカゴの音楽シーンってそこまで商業的に毒されてないというか、むしろコマーシャル的な音楽のほうが少数派かもしれない。それが逆にシカゴの音楽シーンを刺激的なものにしてくれてる気がするし、実際、シカゴには本当にありとあらゆるジャンルが存在していて、ジャンルや単体のシーンごとに固まってるわけじゃないんだよね。ただひたすらありったけの愛情とパッションにより音楽を作ってる人達の集団みたいな感じ。
──O:20年前にトータスのジョン・マッケンタイアにインタヴューした時に彼はスティーヴ・アルビニの徹底的にメジャーに抗うという姿勢であり精神性がシカゴのインディ・シーンにとってすごく大きいという話をしていました。あなた達にとってもDIYでありインディペンデントであることは大事かと思いますが、スティーヴ・アルビニみたいにメジャーに対して徹底的にアンチの姿勢を取るという感じはないような気がするのですが。そのアルビニのメジャーに対するかたくなな姿勢がシカゴの音楽シーンを強くしているようにも感じますが、その辺に対してどうですか?
N:自分たちの所属レーベルの《ATO》も最近になってからどこかのメジャー・レーベルとライセンス契約みたいなのを交わしたんだけど……今よりもリソースを増やすためとかいう、そういう方向で。 ただ、自分たちがサインしたときも《ATO》はインディーとはいえ、そこそこ大きなレーベルではあって……いや、そういうことが言いたいわけじゃなく。というか、ここで具体的な名前出しても自分的には全然かまわないんだけど、実は《Atlantic》とも話したこともあって……ただ、まさにTHEメジャー・レーベルみたいな感じで、ものすごく距離を感じたんだよね。ただ、《ATO》とは全然そういう距離を感じなくて、そこがすごく大きかった。アーティストの方針にいちいち口を出すこともないし、ああしろこうしろって押しつけてくることもしない。これまでずっとこのバンドをやっていく中で、音楽的にもバンドの活動方針的なところにしても、「これはちょっと違うかも?」っていう感覚がきちんとわかる段階まで来てると思うんだよね。だから、必要なときはきちんとNOと言うし、自分たちの直感とか感情を信じるようにしてる。もし「これをやったら自分たちの音楽のために、あるいは僕らを支持してくれてる人達にとって不誠実だな」って感じるようだとしたら、それはもう完全に間違った方向に進んでる証拠だから。
B:今ニコが言ってくれたことに付け足すとしたら、DIY精神の大部分がコミュニティを元に成り立ってるって大前提があることも大きいんじゃないかな。お互いをサポートして、助け合うってことが前提にある。うちのバンドも《ATO》と契約してから、それこそ雑誌とかいろんな媒体で発言する機会が前よりずっと増えたんだよね。そういう場で友だちのバンドを紹介したり、友だちの音楽やライヴについて話す機会があるならそれを積極的に利用したい。自分たちが与えられたプラットドームを利用して、コミュニティ全体を盛り上げて、その中にいる他の人達にもスポットライトが当たるようにしたい。自分たちの持ってるリソースをコミュニティ全体に広げてるみたいな。
D:それと何が音楽を作る動機がどこにあるのかも大事だよね。お金を稼ぐことが目当てに音楽をやるっていう気持ちでこの世界に参入したら、まず第一に売れて稼ぐこと自体が相当難しいハードルであり、第二にそれってどうしちゃって作品のほうにも出ちゃうんだよね、中身のない空っぽ感が拭えない。アーティストだろうがバンドだろうがいかなるクリエイターでも、自分のやってることを心から愛してる人が作ってるものはわかるし、逆に「再生数稼ぐために短く2分にまとめよう」みたいなトリックは見え見えだから。そっちに手を出したら、アーティストとしての敗北だよね。その瞬間にアーティストの本来の魂が死んで墓場行きってわけさ。うちのバンドに限って絶対にそういうことはないはず、というか、それって自分たちの本質に反してるし、少なくともうちのバンドのやり方ではないから。そこを決してブレさせないことだよね。もし結果的にコマーシャル的に成功したり、メインストリームとして通用する可能性を持った作品になったとしても、「ああ、これだけ多くの人に響いたんだね」って心構えでいることが大事だよね。別に売れるために作ったんじゃないし「これがこの曲のあるべき姿で、その結果としてこうなっただけって思うようにすれば、メジャーだのインディーだのっていう妙なこだわりに捉われずにいられるんじゃないかな。
──世の中の厳しい状況や社会的な影響が、現在シカゴのアンダーグラウンド・シーンへ何らかの変化を及ぼしてると感じるところはありますか。
N:ホントに! 正直、このままだとネガティヴな方の影響が出かねない気がしてる。それでもシカゴのシーンの良いところというか、特にさっきの話にもあったように若いバンドにとって良い理由の一つは、 アメリカの大都市の中では比較的物価が安いんだよね。単に寝るだけ箱みたいな部屋じゃなくて、それなりに普通の家が借りることが少し前は普通にできた。それが今では生活費がびっくりするほど急激に高騰してて、自分とパートナーも今アパート探ししてるんだけど競争が激しくて、5年前に見た物件が家賃が一か月で 500ドルも上がってたりするっていうひどい状況なんだよね。ただ、それが逆に「今まで以上に頑張ろう」っていうモチベーションにもなる気もするんだ。今のこの状況にただ流されるんじゃなくて、せめて「自分は何かやってるんだ」って自分自身が思えるように。
D:それもあるし「どっちみち大変なんだったら、やらない理由なんてなくない?」とも思うんだよね。 どうせお金はないし、どうせ苦労するんだったら、自分の人生の限られた時間で自分が一番好きなことをやったほうがよくない?っていう。たしかに今は何もかもが高くなってるけど、それでも時間だけはあるからね。 その時間をどう使っていくかが大事だと思うんだよね。これは本当に両刃の剣というか、たしかにどんどん生活が厳しくなってるし、アーティストとして生活するのは以前よりもしんどくなってるけど、それってアーティストに限らず、普通にみんなが大変なんだよね。結局、どちらか天秤にかけるしかない。逆に自分にとってはモチベーションになってる。「どっちにしろ苦労するんだとしたら、自分が心から納得いくことであり、自分がやってて幸せな苦労のほうがよくない?」って気持ちになるんだよね。たしかに生活は苦しいかもしれないけど、逆にそれが自分のモチベーション強化にも繋がってる、まさに諸刃の剣だよね。
──7月に再び《FUJI ROCK FESTIVAL ’26》へ出演することが決定しています。2回目という事もあって、前回とは雰囲気が変わったステージになりそうですか?
N:前回よりも安定感あるステージがお届けできるんじゃないかと。前回のときはまさに体当たり、みたいな。何しろ4ピースとして初めてのステージだったし、めちゃくちゃバタバタしてたけど、そこから経験を積み重ねて今は全然違うからね。自分たちが何をやってるかちゃんと把握してるし、今作からの曲もたくさん入ってくるし、もしかしたらその時点でもまだまだ出てない、できたてほやほやの新曲もやるかもしれない。とにかく自分たちにとって人生で最高のステージにしたいし、お客さんにとってもそういうステージになってくれたらいいよね。
<了>
Text By Nana Yoshizawa
Interpretation By Ayako Takezawa
Friko
『Something Worth Waiting For』
LABEL : ATO / BIG NOTHING
RELEASE DATE : 2026.4.24
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