ラディカルなメロディーの架け橋
シカゴを拠点とするインディーロック・トリオ、ライフガードのヴォーカル&ギタリストを務めるカイ・スレーター。20歳になる彼のソロ・プロジェクトが、シャープ・ピンズだ。12歳の頃に「狂ったような音を出せる楽器が必要だ」と手にした日本製のギターから始まった彼の熱意は、本当に眩しい。彼は地元シカゴに根差すDIYコミュニティ、Halo GalloのメンバーでありHalo Galloのジンを中心となって制作する。ジンの制作やライヴ企画を通じてアーティスト同士が支え合う活動は、ホースガール、フリコ、ポスト・オフィス・ウィンターなど若い世代の登場へと確実に繋がってきた。近頃ではスレイターと共演した、TV Buddha、The Private Eye、トム・ヘンリー(Tom Henry)といったアーティストがアンダーグラウンド・シーンから頭角を現しているようにも思える。
ちなみにスレーターの制作するジンは、コンピューターを使わずタイプライターでの文字打ちとトナー印刷を重ねるという徹底ぶりだ。そう思うと、ライフガードの6月にリリースされるデビュー・アルバム『Ripped and Torn』というタイトルも興味深い。彼らが好きだと話すトニー・ドレイトンによるパンク・ファンジン(最初のパンク・ファンジンの一つとされる)と同名だからだ。
カイ・スレーターの明確な拘りは、『Radio DDR』のサウンドにも大きく反映されている。けれど決して、リファレンスを再現したままにせず、自分のスタイルとして再構築する。それは彼の愛する60年代のロック、パンク、70年代後半のモッズ・リバイバルといったバンドの影響のなかで浮かび上がる、口ずさみたくなるようなメロディーが顕著だ。
オープニング曲「Every Time I Hear」ではジャラジャラと乾いたギターリフ、さらにはシンバルからタムまで柔軟に動き回るビートが絡み合う。こうしたエッジの効いたトーンや音の動きは、彼がつねに影響を受けていると話す、ザ・フーのサウンドが垣間見えるだろう。そして「You Don’t Live Here Anymore」で静かなヴァースを繰り返し歌ったあとに訪れる、グロッケンシュピールのような輝く音色。このメロディーを主軸にハーモニーを重ねていくサイケデリックな展開は、切なくも愛らしいのだがスレーターのソングライティング力恐るべし、という気持ちにもなってしまう。さらに、彼が優れたメロディーメイカーであることを示す本作のラスト曲「With a Girl Like Mine」。たった4つのコードによる弾き語り曲なのだが、クリスマスソングのような哀愁を帯びていて物語性に溢れている。少しのリヴァーブなどを使用して奥行きを広げているとしても、この情緒豊かなヴォーカル・メロディーは素晴らしい。むしろ、自身の歌声を抑制することで、メロディーとコード進行をさらに生かしている。
そういえばシャープ・ピンズの今作は、ティーンエイジ・ファンクラブやビーチ・フォッシルズを引き合いに出されているのを見て、妙に納得した。それは意図的に薄汚れた音質を再現していることに限らない。というのも、上述のバンドが影響を受けたビーチ・ボーイズやザ・バースを思わせる明るい音色だったり、ギターサウンドが複雑に絡み合うジャングリーな音から想起していると思えたからだ。一つ一つのメロディーを繋ぎあわせ、豊かなテクスチャーを作り上げる。こうした自然なプロセスは、彼のジンの制作やコミュニティへの思いに通じるものがある。
2024年にデジタルと極少数のカセットテープでのみリリースされていた作品に、数曲追加収録された本作『Radio DDR』でシャープ・ピンズは原点回帰する。それは懐かしいサウンドを詰め込んだタイムカプセルではない。どちらかと言えば、時代に流されず一貫したロックを鳴らすその姿勢はインターネットや電子機器が繁栄した今、普通のようで普通でないと感じる。その揺るぎないアイデンティティーが現れているのも『Radio DDR』に夢中になる理由の一つだ。(吉澤奈々)