カセットテープから立ち上がる音の塊
イリノイ州シカゴを拠点に活動する、ライフガードの『Ripped and Torn』はデビュー・アルバムにして成熟している。ライフガードは高校の時に、同郷のインディー・バンドDisappearsのブライアン・ケースの息子であるアッシャー・ケース(B & Vo)、ホースガールのペネロペ・ローウェンスタインの弟で初期メンバーでもあるアイザック・ローウェンスタイン(Dr)の2人によって結成。熱心な音楽リスナーでもある2人は音楽知識が増えるほど、「かっこいいギタリストがいない」と悩んだというエピソードが微笑ましい。そのあと所謂対バンをした、カイ・スレーター(G & Vo)と意気投合して3人編成となる。
彼らはカンの楽曲と同名のZINEコミュニティ《Hallo Gallo》の中心人物でもある。そもそもZINEの発足は、バンド活動が軌道に乗り始めた頃パンデミックが起きたことがきっかけだった。このまま自分たちが忘れられる危機感、居ても立っても居られない衝動は、地下鉄やバスの座席にテープでZINEを貼る行為へ結びついた。スレーターは初期のZINEで、自分で自身の活動についてインタヴューをしたことを話しているが、彼らは独立性に長けている。イベントを主催して若いアーティストをフォローしたり気になるアーティストに自らインタヴューをしたりする。もっと言えばライフガードが影響を受けた、フガジ、アンワウンドからの流れをも継承しているように思えなくもない。
こうした活動姿勢は、今作『Ripped and Torn』の録音方法に表れている。冒頭「A Tightwire」でギター・トーンの一音上がる瞬間に胸が高なっていると、続く「It Will Get Worse」で筆者はある疑問と情景が浮かんだ。この音響空間は何なのだろう? トンネルのなかにいるような閉塞感、火花を散らすように固まった中高音のリリースはゆっくりと広がる。サブスクで音楽を聴く機会が増えた昨今では、一癖も二癖もあるドンシャリに思えなくもない。ギターリフを掻き鳴らし、表情豊かなビートがぶつかり合うノイズ・ロックは暖かさがある。まるでカセット・テープを再生したときの音の質感だ。これはプロデュースを手掛けたランディ・ランドール(No Age)によるアイディアで、意図的にモノラルで録音した効果だろう。籠ったように感じるのは、定位を中央に寄せて反響しているからで、注意を払って聴けば周りはスカスカなほど余白がある。
スレーターは今作の制作にあたり「レコードで好きな音のタイプは何か?」を自問して、「70年代の古いダブ・レコード」、「初期のラモーンズのような音のぶつかり合い」と挙げていた。確かに、ヴィンテージな質感や独特な塊のある音像、そのインスピレーションとしては十分に納得がいく。ほかにも使用機材に、カセットMTR、アッシャーがバリトン・ギターを演奏するなど細部まで音の効果を求めているのがライフガードらしい。音の効果で言えば「(I Wanna)Break Out」から「Like You’ll Lose」の流れも実験的だ。短いフレーズの反復は、彼らが影響を受けたというThis Heat、カンを思わせる。空洞のなかをシンバルやギターの金属的な音色が出入りする。こうした微小なズレの重なりは、アイザックが手掛けたダビング効果によるものだろうか。アイザックが「ウォークマンの音を4トラック・カセットの上に重ね、さらに8トラック・カセットの上に重ねるようなことをした」と語る、タイトルからスティーヴ・ライヒへのオマージュであろう「Music for 3 Drums」。ここではドラムとギターの境目が曖昧になるほど音色は厚い層を成している。ちなみに、EP『Crowd Can Talk』(2022年)と『Dressed in Trenches』(2023年)はレコーディング場所に《Electrical Audio》を選んでいた。この2作品の音質には、切迫したスリルだったりシリアスさがあったと思う。一方で、今作『Ripped and Torn』はダイナミックな乾きを感じる。これだけテープ操作や音の質感にこだわっても明るさを保てるのは驚くべきことだ。
『Ripped and Torn』に込められた膨大な情報量は、彼らのリスペクトするアーティストの要素までもが垣間見える。ただ、ライフガードのクリエイティビティはインディー・スリーズの再現では決してない。細部に目を向ければ、DIYの精神が根底に流れ続けているのが分かる。それに今作で音のぶつかり合う瞬間は、彼らがバンドを成長させたと言う、シカゴで友人のライヴを観たときの感覚をも再現しているのかもしれない。ライフガードの鳴らす強固な音の塊は、探れば探るほど純粋なエネルギーが通っている。(吉澤奈々)
関連記事
【REVIEW】
Sharp Pins『Radio DDR』
https://turntokyo.com/reviews/radio-ddr-sharp-pins/