Review

The Big Moon: Here Is Everything

2022 / Fiction Records
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不安と希望、大きな変化を讃えるように
輝く精悍なバンドサウンド

09 November 2022 | By Hitoshi Abe

前作『Walking Like We Do』(2020年)のリリース以降、パンデミックやそれに伴うロックダウンの影響で音楽活動もままならず、メンバーそれぞれが別の仕事もこなしながら制作に向き合っていたザ・ビッグ・ムーンの4人。そしてリード・ヴォーカルでソングライターのジュリエット・ジャクソンは妊娠期間を経て出産を経験。本作にはそんな彼女の喜びや苦悩、変化していく自身への戸惑いと驚き、そして彼女と歩みをともにするバンドの姿が克明に描かれている。

妊娠を知った心境が綴られた「2 Lines」からはじまり、自身の体験を回顧するように、大部分がジュリエットのパーソナルな心情に彩られている本作。甘美なメロディとダウナーなトーンが同居する「High & Low」では母乳育児の苦悩が滲む「睡眠不足で死ぬこともあるのだろうか?」というフレーズにハッとさせられ、「Ladye Bay」は明るい曲調とは裏腹に、不安定な精神状態に翻弄される姿がブリストル湾の波模様になぞらえて描かれている。曲によってはあえてファースト・テイクを使ったというジュリエットのヴォーカルからも、不安と希望がないまぜになった彼女の微細な変化が感じられるようだ。

ファーン・フォード(Dr)の自宅スタジオでほとんどがセルフ・プロデュースで制作された本作だが、『Walking Like We Do』で取り入れたシンセポップサウンドを今作でも遺憾無く発揮しつつ、弦の質感を感じさせるアコースティックなギターの響きを活かしているのが特徴的だ。どこかふわふわとした夢心地ながらも地に足のついたバンドサウンドは、オルタナ色が強烈だったデビュー作『Love in the 4th Dimension』(2017年)とも違ったドライヴ感と広がりがあり、持ち味の流麗なコーラスワークも、ジュリエットの変化に寄り添い讃えるように、なんともあたたかいハーモニーを奏でている。

妊娠や出産に際する心情の多面性を包み隠さず赤裸々に描きながらも、力強く希望と愛を歌う姿が印象的な『Here Is Everything』。かねてから親密なシスターフッドが感じられるザ・ビッグ・ムーンの4人だが、リード・トラック「Wide Eyes」のMVにもあらわれているように、そのつながりはより密接で強固なものに感じられる。人生を切り開くような壮大なスケールで躍動するバンドサウンドに彩られながら、ジュリエットが思慕の念を向ける大きな瞳。それは生まれてきた子どもの瞳であり、作曲に関わったシンガーソングライターのジェシカ・ウインターの瞳であり、気の置けないバンド・メンバーたちの瞳でもあるのだろう。

そしてつわりで死にそうだったという「Satellites」の最後に「憎む方が簡単だがあなたを決して憎むことはできない」と生まれてくる我が子を想いながらしめやかにレコードを締め括る姿や、初期を思わせるギターロックサウンドで「トラブルは永遠には続かない それは記憶がもたらすものだ」と自身のトラウマティックでさえある体験を客観的に見つめ直す「Trouble」など、変化し続けるジュリエットの心情をリアルタイムで率直に描いた本作は、47分に凝縮された彼女の濃密な生活記録といっても差し支えはないだろう。

だが彼女は独りではなく、ともに歩む仲間がいる。「クリエイティヴなことはもうできないと思っていた」と心境を振り返るザ・ビッグ・ムーンだが、「ここがすべて」というタイトルやジャケットでベッドにたたずむジュリエットの姿からも、今現在の彼女たちの確信と強い覚悟を自然と感じることができるだろう。再び歩みはじめた4人の足取りはどこまでも精悍で力強い。(阿部仁知)

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