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【未来は懐かしい】
Vol.72
「ラーガ・ロック」の今昔〜60年前の徒花・精華が、今蘇る機運を伺おうとしている

19 August 2026 | By Yuji Shibasaki

つい先日、コーネリアスの新作アルバム『REFRACTIONS』リリースに際して、小山田圭吾にインタヴュー(『ミュージック・マガジン』9月号に掲載されているので是非読んでください)する機会があった。様々なコラボレーション成果や、ダンス性への回帰、創作プロセスにおけるAIの積極活用など、きわめて興味深いトピックを持つ優れたアルバムだけに、いつにも増してクリティカルな話題に事欠かない充実した対話となったのだが、インタヴュー終盤での以下のようなちょっとしたやり取りが、取材後数日間にわたって、妙に忘れがたい印象を伴いながら私のアタマの中を占めることになった。

柴崎:アルバムの最後に収録されている「溶解線 / Dissolving Line」ですが、これはシタールなどが使われていて、かなりラーガ・ロックっぽい曲調ですよね。
小山田:ラーガ・ロック! 久々に聴いたワードだ(笑)。実際好きですから、その辺も。ザ・バーズの「霧の8マイル」とか。


ラーガ・ロックとは、ごく簡単に説明するならば、1960年代後半のサイケデリック・ロックの時代に流行した、主にインドの伝統楽器──中でもシタールやタブラ(的なサウンド)を取り入れた楽曲を指す。インド古典音楽における特有の旋法を「ラーガ」といい、そこにはごく細密な定式も存在するものの、こと「ラーガ・ロック」においては、ドローンや反復構造、もっといえばシタールの音色が想起させる神秘的な響きを持つものをかなりおおざっぱにそう呼ぶことが一般的となっている。

このようなスタイルは、ヤードバーズ「Heart Full of Soul」(1965年)やキンクスの「See My Friends」、ビートルズの「Norwegian Wood」、更には先に小山田が名前を挙げていたザ・バーズの「8 Miles High」などを先駆例として、1966〜8年頃に流行のピークを迎えることになった。しかし、その後はサイケデリック・カルチャーの退潮とともに急速に沈潜化していったものの、1980年前後から、イギリスのネオサイケやアメリカの“ペイズリー・アンダーグラウンド”のシーンの一部でラーガ風のドローンを取り入れた表現が(ささやかに)復活し、更に後年にわたっても、セカンド・サマー・オブ・ラブ期やブリット・ポップ期、フリーク・フォーク、2000年代〜2010年代以降のインディー・サイケへ──といった風に、各時代のロック・シーンの潮流の中で常に命脈を保ち続けてきた。

当然ながら日本においてもそうした系譜は存在しており、いちはやくエレキ・シタールを取り入れたスパイダースを先駆例として、フラワー・トラベリン・バンドらのニュー・ロック勢から、よりアンダーグラウンドな領域でのドローン表現の蓄積に至るまで、ラーガ的な構造に取り組むアーティストは少なからず存在した。更には、上のように発言していた小山田自身もまた、フリッパーズ・ギターの時代から、ネオ・サイケ〜クラブ・ミュージック的文脈と重なり合いながらラーガ的な表現を度々行ってきた人物でもある。

ということで、一般的には「死語」に属すると思われているかもしれない「ラーガ・ロック」を、今一度包括的に味わい直してみるのも面白いかもしれない──などと、件のインタヴューが終わってからぼんやりと考えていたところへ、なんとも具合のよいコンピレーション・アルバムが登場した。

本コンピレーション『A Strange Light From The East: Eastern Influenced Western Music 1965-72』は、タイトルに「ラーガ・ロック」の語こそ含まれていないものの、表題にある通り、東洋(的な響き)に影響を受けた当該期間の西洋産のロックやポップス曲を、CD3枚分合計58曲にわたって集成したものだ。先述したヤードバーズやザ・バーズの楽曲をはじめ、スペンサー・デイヴィス・グループやライオット・スクワッド、トゥモロウ、プリティ・シングス、ブロッサム・トゥーズといったイギリスのビート〜サイケ系バンドの楽曲から、バート・ヤンシュやインクレディブル・ストリングス・バンドなどのUKフォーク系、ポール・バターフィールド・ブルース・バンド、カレイドスコープ、ファッグス、スピリット、ラスカルズ、ザ・サークルなどのUSのロック〜ポップ・バンドに至るまで、ごく多彩な面々による楽曲が収められている。同時期の楽曲をざっくりとサイケデリック・ロックの括りでコンパイルした作品はこれまでにも無数に存在してきたが、本作のように東洋趣味の滲む楽曲だけを集めたものは稀で、まさしくありそうでなかったコンピレーション盤といえるだろう。私のような年季の入ったオールド・ロック・ファンからしてみると、高い割合で過去に耳にしたことのある曲が並ぶ構成となっているが、それでも今回初めて耳にする楽曲/アーティストが少なからず含まれており、発売元である英《Cherry Red》傘下《Strawberry》の見識の確かさに改めて感心させられることになった。

全体を聴き通して再認識せられたのは、当時のロック・シーンの大部分がこれほどまでに一斉に「東洋趣味」へ走ったというのは、(いくら「流行」だったからといっても)やはり歴史的にみてもかなり特異な現象だったといいうるだろう、ということだ。

改めてその背景について考えてみよう。ひとつには、それまではティーンエイジャーの娯楽の一つとして大量消費の対象だったロックンロール期以来の若者(主に白人)向けポピュラー・ミュージックが、受容層の成長とともに、「内面的な鑑賞」に足る「芸術」へと分化・発展し、ミュージシャン自身も自らの精神性を表現する手段として、録音技術の急速な発展を背景に作品自体を「高踏」化させていこうとしたこと(その象徴がビートルズの『サージェント・ペパーズ〜』だった)がある。更には、ヒッピー以前のビートニクが主導していた東洋的思想への関心の高まりや、先行してジャズ界で革新の進んでいたモード奏法や非西洋的要素への接近に対する、ロック側からのアプローチもあった。また、かねてよりインドのシタール奏者ラヴィ・シャンカールが西洋のクラシックやジャズ界で人気を集め、ロック界でも一躍注目の的となっていたという事情もあった(特に1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルでの名演がその存在感を決定づけることになった)。より広範な視点からは、ポスト・ビートニク〜ヒッピー的なライフスタイル/思想の浮上と軌を一にする形で、多くの若者達の間で脱西洋・脱物質文明志向が高まり、ドラッグ文化の浸透と手を携えながら、「東洋的なもの」全般へスピリチュアルな関心を向ける流れもあった(その象徴が、またしてもビートルズの「インド詣で」だった)。

1960年代後半の数年間に見られたこのような現象は、(当時もそうだったはずだが)現在の視点からみれば、西洋社会が東洋世界をあからさまに他者化し、エキゾチックな表象として対象化していくという「オリエンタリズム」の伝統が、同時代の若者消費文化の亢進の中でサブカルチャーとして再演された例として捉えるのが適当だろう。また、これらの一連の流れの中で本来の宗教的含意が脱文脈化され、ドラッグ文化・消費文化と接合していく様に対して、他でもないララヴィ・シャンカールが明確に警鐘を鳴らしていたという歴史的な事実は、今もなお相当にシリアスな問題提起をはらんでいるといえる。

しかしながら、他方で即座にそれらを美的・歴史的な価値に欠けた実践だったと(遡及的に)論じてみるのも、やや乱暴過ぎるように思われるのだ。その第一の理由としては、本コンピレーションに開陳された各楽曲が、上に述べたように制作テクノロジーの急速な発展の中で初めて実現可能となった様々な音響操作に対して、いかに多くのミュージシャンたちが魅了され、そして、そうしたテクノロジーの伸長が、彼等をして一種の「スピリチュアル」な内面探求に向かわせたのかを知るためのいかに多くのミュージシャンたちが魅了されたのか、そして、そうしたテクノロジーの伸長が、彼等をしていかに「スピリチュアル」な内面探求に向かわせのかを知るための、かなり的確な歴史的資料になっている、という点が挙げられるだろう。それまでのスタジオ作業では「余分な」楽器を忍び込ませる隙がなかったところへ、多重録音技術の発達(といっても現在の水準からはささやか過ぎるものだが)によって多様な楽器を重ねることが可能になったこと、また、それを比較的高精細な音質でトラックダウンできるようになったことが、表現可能な音楽的空間の容量を劇的に拡張する結果を呼び込んだのだ。そのような観点からすれば、ここに集められたようなめくるめく音響上の「実験」(それは、LPフォーマットの大衆的な普及に伴う演奏時間の長大化も伴っていた)は、技術史的観点から興味深いだけにとどまらず、やはり美学的な視点からもそれなりの関心が向けられてしかるべきであろう。

翻って、現在──つまり、かつての(今から見れば実につつましい規模の)多チャンネル化革命から長い時を経て、今やAIが音楽制作の現場の奥深くまで(好むと好まずとに関わらず)侵入しつつあるこの時代においては、このような60年近くも前の原始的な「ラーガ・ロック」風楽曲を聴くという行為は、ただ特有の時代性が刻まれた歴史を追認する──という言い方が穏便にすぎるのだとしたら、単に「古臭い」──行為でしかないのだろうか。同じく、そうとはいいきれないだろう。

むしろ、それがたとえどれだけ原始的な「革新」であったとしても、飛躍的な技術革新によってはじめて自律的な「録音芸術」としておのれをアイデンディファイするようになったロック(という名の当時の先端的なポピュラー音楽の一形態)の中でも、もっとも直截にテクノロジーとスピリチュアル志向が結託し、それをもっとも直截なエキゾチシズムのもとに表象してみせた「ラーガ・ロック」的な楽曲たちこそは、まさに今かつてない規模でテクノロジーの伸長が観察され、その劇的な進展が、音楽のフォルムどころか「音楽を作る」という聖域的な行為性すらをも相対化しようとしている現下の状況において、その先験的かつプリミティブ極まる響きゆえにこそ、必然的に鈍色の輝きを増すにちがいないのである。こう言い直してもいいだろう。かつて、技術と精神の過融合がもたらした「ラーガ・ロック」は、いま再び同様の過融合が繰り広げられつつある時代において、その原始的な「徴」を刻んだ己の姿ゆえに、一つの「根源」として再び不敵な魅力を放たないではいられないのだ――と。実際に、本コンピレーションを通じて、すっかり聴き馴染んでいたつもりの各収録曲を改めてじっくりと味わっていると、思いもよらないような酩酊感に襲われることが多々あった。そういう感覚が「サイケデリック」なのだとすればたしかにそうなのだろうし、そう感じるのには、おそらく私自身が想像している以上にサイバーパンク的(?)な含蓄が存在しているのかもしれない。

ここにはまさに、歴史的な意味でも、美学的な意味でも、「溶解線」(Dissolving Line)が荒々しく引かれているのである。そして、すべからくその「溶解線」は溶け出していく。「サイケデリック」の宿命として――。そう考えてみれば、テクノロジーの急速発展に際する一種の「カルチュラル・ラグ」としてスピリチュアル・バット・ノット・レリジャス=SBNR志向が浮上するこの時代において、そうした系譜の原典(原点)をリマインドさせるように、ラーガ・ロック風の表現へと再び接近してみせたコーネリアスの批評的嗅覚は、やはりきわめて(それが無意識なのだとしたら余計に)鋭いといわざるをえないだろう。(柴崎祐二)


Text By Yuji Shibasaki


VA

『A Strange Light From The East: Eastern Influenced Western Music 1965-72』


2026年 / Cherry Red / Strawberry


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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