80年代のプリファブ・スプラウトを取り込んだ現代R&B
ラスベガスを拠点に活動するマルチ・インストゥルメンタリストであるジョン・キークによる1st EP。《Ninja Tune》傘下の《Big Dada》からリリースされた3曲入りシングル『If+When』(2017年)に収録された「Come Give It Up(feat. Jacob Mann)」は、ロイクソップとフライング・ロータスがドレイク「Marvins Room」を模したようとも評されるなど、注目を集めた。その後も、サックス奏者として、マインドデザイン『Rare Pleasure』やジョージ・ライリー「Sacrifice」、「Jealousy」などにも参加。『Quality Over Opinion』で話題を集めているルイス・コールが引き合いに出されたりもした。自作としては5年のブランクを経た本作は、ヴィーガン率いるレーベル《PLZ Make It Ruins》からリリースされ、ヴィーガンは本作でドラムやプロデューサーとしても参加している。このレーベルについては本サイトのヴィーガンの記事やJohn Glacierのレヴューを参照されたし。こうした前情報から本作を聴くと、想像していたサウンドとの違いに驚きがあるかもしれない。なぜなら本作は、サックスは使用せず、彼の歌声にフォーカスされた作品だからだ。
「Foreverlong」における冒頭のヴォコーダーには、ヴィーガンが参加した代表作の一つフランク・オーシャン『Blonde』に通ずる所があるし、本作の歌を主役におく作りも共通していると言えるだろう。さらに「Play The Most」と「Only You」での、音数の少ない整理されたサウンドは、まさに現代のR&Bと言える楽曲だ。そうしたサウンドが生きるのも彼のファルセットを始めとした歌声ありきであり、このレーベルが彼に興味を示したのもうなずける。
私が驚いたのは、上記で示したような現代R&Bともに80年代のプリファブ・スプラウトやティアーズ・フォー・フィアーズ、ザ・ブロウ・モンキーズと言ったバンドを思わせるような楽曲が収録されているからだ。それは「Crash」、「Not Nice」、そして「Wedding Song」の3曲だ。例えば「Crash」における、メロディーで引っ張っていくアコギの始まりから徐々に盛り上がっていき、最後のサビ部分をシャウトで締めくくるあたりは、プリファブ・スプラウト「When You Breaks Down」(1985年)やティアーズ・フォー・フィアーズ「Everybody Wants To Rule The World」(1985年)などで見られる構造と似ているように思う。「Wedding Song」で使われているギターの音色にも、そうしたバンドたちのサウンドの片鱗が見られる。
本作は、永遠にあなたを愛すと歌う「Foreverlong」で始まり「Wedding Song」で終わるため、てっきり本作においては恋愛関係が発展していく話だと思っていたが、歌詞をよくよく確認してみると、恋愛関係が終わったように取れる内容で、自分の目の前からは去って行った、もしくは会えない人に対する回顧録のようだった。現代的なR&Bの手法は執着や感情の起伏を、80年代的なサウンドが回顧録としてのノスタルジーを表現しているように捉えられる。客演作品とは全く違う彼のサウンドには驚いたが、メロディー・メイカーとしても、ヴォーカリストとしても、ソングライターとしても、魅力あるミュージシャンであることを証明してみせた作品と言えるだろう。ちなみに「Wedding Song」ではヴィーガンが、「Crash」ではルイス・コールがドラムとして参加している。彼らが普段やっているサウンドとは違い、とてもシンプルな楽曲だ。それだけに、ここで上げたような参照点を嬉々としてやったのではないだろうか。(杉山慧)
※フィジカルはアナログ・レコードのみ(2023年1月現在)
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