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John Glacier: SHILOH: Lost For Words

2021 / PLZ Make It Ruins
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率直でカラフルなリリシズム

17 September 2021 | By kenji Komai

ディーン・ブラントの別名義=Babyfatherでフィーチャーされ、ルット・レントとのコラボ曲がジェイミーXX(The XX)がBBCのDJミックスでプレイされるなど俄然脚光を浴びる新鋭のデビュー作。プロデュースを手掛けたヴィーガン(Vegyn)主宰のレーベル《PLZ Make It Ruins》が発表したベネフィット・コンピレーション『Locked Grooves』や、彼のEP『Like a Good Old Friend』に参加していたことも記憶に新しいところだろう。

「SoundCloudは私の海。ふざけるなと思うと、メッセージを入れたボトルのように投げ入れてみたくなる」(※1)。浮かんでは消える感情を日記のように音源にしたため公開していた彼女のインスピレーションに対し、ヴィーガンはできるだけ即興的な感覚を生かしたセッションにより、ソフトなフィルターが幾重にも重なったメランコリックなプロダクションと、歪んだトーンをはらんだメロディックなラップスタイルを融合させている。

グレイシャーは自身の悩みを曝け出すことを恐れない。冒頭の「If Anything」から熱狂的な恋の“トランス状態“が終わった後の感情をサイケデリックなサウンドスケープの上で打ち明け、「失ったものを探しても見つからない」(「Platoon」)と吐露し、とろけるようなシンセの霧が立ち込めるなか「パリの地下納骨堂よりも深いダメージ」(「On Formulation」)からの回復を願う。とはいえ、「Icing」ではフェイヴァリットだというプシャ・Tを引き合いに出し、ラップ・アーティストの「反抗的な自己主張」を客体化させる視点も忘れてはいない。

「Some Other Thing」に漂うラーガのようなドローンなど、ヴィーガンのトレードマークであるエクスペリメンタルでドリーミーなサウンドスケープのなかに、彼女のオーセンティックな歌心とリズム感、そして自分のペースを崩さないアチチュードが伝わってくる。そこには、ダンスホール、ソカ、レゲエが常に流れていたというイースト・ロンドンのハックニーという地域の影響もあるに違いない。その出自は、「一晩中パーティーで踊っていたい」という祝祭感を通して、ジャマイカの奴隷解放史に言及する「Trelawny Waters」にも顕著だ。

『SHILOH』は、パーソナルではあるものの、「内省的なベッドルーム・ラップ」という形容では終わらない、率直でカラフルなリリシズムに溢れている。確かに彼女にとってラップは、自分自身への親密なメモのようなものなのだろう。しかし、「Green Elephants Freestyle」の屈託のない言葉運びを単なる“自分探し“と切り捨てることはできない。言うまでもなく、吐き出さなければ自らの殻の外に行き着けないのだから。

前述のSoundCloudには、2年前にアップされた「APMCP – After Pain Must Come Peace (Mix)」なる、ニーナ・シモンの楽曲をミックスした音源が残っている(※2)。グレイシャーが紡ぐのは、まさに「痛みの後に訪れる平穏」についての音楽である。(駒井憲嗣)

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