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【未来は懐かしい】
Vol.55
イタリアン・ライブラリー・ミュージックの名人が紡ぎ出す、白昼夢のようなギター・アンサンブル

15 November 2024 | By Yuji Shibasaki

ライブラリー・ミュージックのリイシュー企画といえば、かつては基本的にジャズ・ファンクやラウンジ系の作品が優先的にリリースされる傾向にあった。しかし、この10年ほどでそうした傾向はかなりの程度相対化され、現在では、アンビエント、レフトフィールド、ニューエイジ、はたまたユーロ・ディスコ等の切り口からも掘り起こしが行われている。元来、ライブラリー・ミュージックが各時代の最新映像コンテンツ向けにBGMとして供給されてきたことを考えれば、レコードの制作年代ごとにバラエティに豊んだサウンドが聴けるというのは、ある意味では当然のことだ。この間のリスニング意識の変化によって、かつてはスルーされてきた数あるライブラリー・ミュージック遺産に新たな眼差しが向けられるようになったというのも、ごく自然な流れと言えるだろう。

このあたりの事情については、(執筆からやや時間が経ってしまってはいるが)以下拙稿にまとめているので、「そもそもライブラリー・ミュージックとは何なのか」を含め詳しく知りたい方は、是非読んでみてほしい。


「実用向け音楽」の逆襲──ライブラリー・ミュージックの魅力を紐解く

https://www.ele-king.net/columns/007649/



今回紹介するイタリアの作曲家/ギタリスト=ブルーノ・バティスティ・ダマーリオによるアルバム『Chitarre Folk』の再発売は、まさしく、そうした新たなライブラリー・ミュージック探索の機運をわかりやすく伝えている例だろう。このジャンルに明るい方なら、ブルーノ・バティスティ・ダマーリオの名を聞けば、まずは傑作『Samba Para Ti』(1974年)の存在を思い起こすのではないだろうか。インコとクラシック・ギターという、一度目にしたら忘れられない印象的なジャケットに包まれたその作品は、表題の通りブラジル音楽(のムード)へアプローチした作品としてマニアから支持を受けてきた他、『サバービア』や『ムジカ・ロコムンド2』でも紹介されるなど、比較的広くその存在を知られている。あるいはまた、コアな映画音楽ファンであれば、エンリオ・モリコーネやニーノ・ロータとの共同作業を通じて彼の名を知っている方もいるかもしれない。

本作『Chitarre Folk』は、ダマーリオ自身が設立したライブラリー・レーベル《Nike》から1974年にリリースされた計5枚にわたるシリーズの中の一枚だ。ライブラリー・ミュージックの通例にのっとって、各作ごとにBGMとしてのコンセプトが設定されているが、本作のテーマは、タイトルに示されている通り「ギターによるフォーク」である(「Chitarre」はイタリア語で「ギター」の意)。そう説明すると、イタリア民謡の類をアコースティック・ギターで綴った単純な作品なのかと思われるかもしれないが、鬼才ダマーリオだけあって、やはりそこは一筋縄ではいかない。

そのサウンドは、アメリカのフォーク・ミュージックからの影響を感じさせる瞬間も少なくないが、かといって、本格的なマウンテン・ミュージック〜オールドタイム音楽集とも当然異なっている。各曲でグラデーションはあるものの、メロディーやアルペジオのフレーズに地中海地域の伝統音楽の要素がうっすらと滲んでおり、それが本作ならではの個性を浮かび上がらせていると感じる。全編を通じて、ダマーリオ自身ともうひとりのギタリスト=シルヴァノ・キメンティによる演奏の絡み合いが見事で、そこに生まれる独特のハーモニーは、ときにモリコーネの作風と重なる場面もあるし、更にはイタリアン・プログレッシブ・ロックの息吹を感じさせる瞬間すらある。ジャズ・シーン出身のサンドロ・ブルグノリーニが手掛けた、ところどころにシンセサイザーを交えた幻夢的なアレンジや、女性ヴォーカリスト=エッダ・デッロルソのおごそかな歌声も実に効果的だ。

こうしたサウンドは、再発元のレーベル《Wiseraven》のインフォメーションにもある通り、ジョン・フェイヒーやロビー・バショーといった、いわゆる「アメリカン・プリミティブ・ギター」の系譜を彷彿させるものでもある。各種ルーツ・ミュージックの咀嚼と独自のフィルターを通した再現を通じて、極めて映像喚起力の高い霊妙なコンテンポラリー・ミュージックが鳴らされているという意味において、確かに本作のサウンドと彼らの表現には通じ合うものがあるといえそうだ。ライブラリー・ミュージック特有の、ある種のムードを醸し出せども明示的なモチーフは避けるという必然的な性質も、この白昼夢のようなサイケデリアの演出に絶妙な形で寄与していると感じる。そういう視点でのベスト・トラックといえるのが、「Spuma Di Mare」だろう。まるで、ブルース・ラングホーンが時代を超えてドゥルッティ・コラムのスタジオへ迷い込んでしまったかのような、極上のサウンドが体験できる。是非この一曲だけでも聴いてみてほしい。

1990年代以降、世界中のディガーたちに発掘され尽くされてしまったと考えられがちなライブラリー・ミュージックの世界だが、いやいやどうして、非レア・グルーヴ路線の作品には、まだまだ未知のフロンティアが広がっているのだ。更なるリイシューの盛況を期待したい。(柴崎祐二)


Text By Yuji Shibasaki


Bruno Battisti D’Amario

『Chitarre Folk』


2024年 / Wiseraven


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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