個人の極北でバンドとしてインナーワールドを鳴らすために──
京都で結成された4人組 sakimoriについて
出会いはいつだってこんなものだ。
ちょっと長くなるが書かせてもらおう。7月17日、京都の町中は祇園祭の山鉾巡行で賑わっていた。私がやっているアルファ・ステーションのラジオ番組への出演のためにスタジオまで出向いてくれた、ぱぱぼっくす(彼らは久々の新作が出たばかりだ)の澤田智子さんが、収録後に「行ってみたい」と言ったのがきっかけだった。かつてママスタジヲのリーダーとして活動していた小泉大輔さんがエンジニア/プロデューサーとして代表をつとめる《music studio SIMPO》。アルファ・ステーションからは徒歩10分少々のところにある。じゃあ、行ってみようかと連絡を入れてみると「ちょうどいいところに電話をくれました。ぜひ会わせたいバンドが今録音してるんです。来てください」とのこと。私自身、《SIMPO》を訪ねるのは何年かぶりだったが、たまに行くと小泉さんがいい湯加減で迎えてくれるので気まぐれで電話をすることが時々ある。私にとっては滅多にいかないけど京都のオアシスのような場所だ。
ほどなくして人混みと灼熱でヘトヘトになりながら澤田さんを連れてやっとのことでスタジオに着くと、ちょうどそのバンドは作業が終わったところだった。そこにいたのは3人の若者たち。小泉さんがその中の一人、一際背の高いマッシュルームカットの男子を私に紹介した。「sakimoriというバンドをやってる田淵琴之助と言います」。
そこからは疾風のごとく、だった。録音したばかりという曲をその場で聴かせてもらう。いい。めちゃくちゃいい。声もギターもリズム隊のタイム感もいい。ティーンエイジ・ファンクラブ、スピッツ、くるり、セバドー、シャムキャッツ……いろんな名前が浮かんでくる。言葉も残る。ここにも郊外への思い、名残がある。「いつアルバムが出るんですか」「来月です」「大学生ですか」「僕とベースのツムギは立命館の3年ですけど、ギターの川田は同志社卒業です。あと、今日は大学で来てないですけどドラムは京大です」。そんなやりとりをするかしないかのうちに、私はもうこのバンドを今応援しないとまずいことになる、あとあときっと後悔すると心に刻んでしまった。
そこにいたあとの2人──川田、ツムギ──はおとなしかったが、スタジオの天井に背がつきそうなくらいにノッポの田淵は「僕、TURNの記事いつも読んでます。クレア・ラウジーのインタヴューを読んで、京都公演も観に行ったんです」などといろいろ話をしてくれた。いつも読んでます、と言う人に限って読んでないということはよくあるが、田淵のそれはウソではなかった。
その日の夜、昼間に会ったヒョロリと背の高いその田淵がライヴ・ハウスの《Submarine》に出演するというので再び足を運んでみると、てっきり弾き語りかと思ったら若手バンドマンたちのDJ大会だった。田淵はアナログ・レコードでDJをやっていた。初めてDJをやるとのことだったが、十分うまくやっていたと思う。ロケットシップとかかけてたか。かけながらエアギターもやっていたかもしれない。あとから小泉さんもやってきて、あれこれ話をしていると、田淵もいつのまにかその輪の中にいた。そういうわけで、今、この文章を書いているまでの1ヶ月弱、sakimoriはとても大切なバンドになった。いや、私にとってだけ大切なのではなく、これから日本にとって大切になっていくだろうバンドの登場であることを予感させるものだった。初めて会った日、おとなしいと思っていたギターの川田もこのインタヴューの日に人間椅子がいかにカッコいいかをコンコンと話をしてくれた。人間椅子、ちゃんと聴かないとダメだな。
そんなこんなで実現したsakimoriのインタヴューである。立命館大学のサークル《ロック・コミューン》で結成されてからまだ2年程度だが、ファースト・アルバム『後景』がここにリリースされた。ギター・ロックはギター・ロックだ。けれんみのない、シンプルなギター・ロック。嫌なインディー臭さがあまりないのがいい。ちょっと品が良すぎるような気もするが、メロディの素直さ、端正な声は武器になる。アルバム1曲目「バンド・オン・ザ・ラン」(カヴァーじゃないよ)や「route9」とかの間奏のギター・プレイのぶっとさもいい。ソニック・ユースが好きだと言う川田、もっともっと暴れてもいいくらいだ。レーベルは小泉大輔さんの《SIMPO》。田淵と川田にバンドの根幹とアルバムについて、同席してくれた小泉さんにも録音について訊ねたのでお届けしよう。
(インタヴュー・文/岡村詩野 協力/《music studio SIMPO》、小山内信介《SECOND ROYAL RECORDS》)
sakimoriの最新MV「グレア」
Interview with Kotonosuke Tabuchi, Masachika Kawada
エリオット・スミス、Hovvdy、人間椅子、スピッツ、ソニック・ユース
──田淵さんが大学1年で《ロック・コミューン》に入った時、既に先輩として川田さんがいたそうですね。
田淵琴之助(以下、T):最初はベースのツムギと組んで、次が川田さんでした。実は当時、川田さんのことは何も知らなかったんですけど、Alvvaysってカナダのギター・ポップ・バンドのTシャツを着てて、スマホの裏にヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナのステッカーが貼ってあるのを見て、「これは誘わなきゃいけない」と思って。ギターが上手いのも、彼がインスタでソニック・ユースとか弾いてるのを見て確信しました。サークルの先輩なので最初は「一年生の定期演奏会を手伝ってくれませんか」みたいな、軽いお願いだったんですけど、知らず知らずのうちにメンバーになってました。当時は自分がリファレンスとデモを作って「こういう感じでお願いします」ってやるつもりだったんです。でも結局、今は全くそうなってなくて。みんなで合わせてバンドで曲を作るようになった時、各々のプレイングを聞いて、自分が考えるものより良いものが出てくることがバンドをやってると多々あって。それを信頼しよう、それも含めてバンドが出せる景色だなと思うようになりました。今は弾き語りで作ったデモを基調に、イメージだけ伝えて、合わせていく作り方になっています。
川田マサチカ(以下、K):今は田淵が持ってくる、USインディー寄りの、ちょっとロウファイな感じが僕も好きですけど、高校の時はシューゲイザーがすごく好きで。でも、軽音楽部に入ってただコピーバンドをやってたくらいでした。自分でも曲を作ったりはしていたんですけど、人前で演奏することはなかったですね。そうこうしているうちに、日本語でノイジーかつメロディックなことがやりたいと思ってたところに、羊文学を知って「先やられたな」って(苦笑)。今は割と日本にもそういうバンドが多いので、あんまりやりたいとは思わないですけど(笑)。
T:川田さんは人間椅子とスピッツとマイブラとソニック・ユースです(笑)。サークルで会って、一緒にやろうってなった時に、川田さんにはHovvdyを聴いてもらったりしました。スローコアからフォーキーな感じになってきてたタイミングで、それを川田さんに聴かせたら「すごいいい」って言ってもらえて。そうやって好きな音楽を聴き合っているうちにバンドが固まっていった感じです。僕は高校くらいまでってギターを買ったはいいけど、ほとんど弾いてなかったんです。当時エリオット・スミスが好きで、そういう曲を二曲くらい作って、それで終わり。誰にも聴かせないまま終わってました。でも、川田さんは高校の頃から曲を作っていた。今のこのメンバーで活動するようになってから「俺も曲作ってて、聴いてもらっていいですか」って20曲くらい送られてきた時には、聴いたらどれもすごくいいので「うわぁ、どうしよう」と思ったくらい。本当にこのバンドで弾いてもらっていいのか、と。だって、最初から僕は自分が今一番好きだと思える音楽をやりたい、というのが一番あったからなんです。最初にメンバーで合わせた曲の一つに「セピア」という、結局ボツになった曲があるんですけど、あれはパッチワーク的に作ってて。「ここはティーンエイジ・ファンクラブっぽく」「ここはペイヴメントの感じで」「ここのイントロはビルト・トゥ・スピルみたいに」って具合に、一曲の中に自分の好きなものを全部詰め込んでました。そのリファレンスにある曲たちは全部、自分が見てきた景色とリンクできるものだったんですね。それをパッチワークとしてつなぎ合わせて、自分の中にあるインナーワールドをバンドとして表出したい、という思いが大きかった。僕はかなりアルバム先行で曲を考えるタイプなんです。この曲単位で欲しい、じゃなくて、何曲か通して「今こういう景色を作品としてまとめて聴きたい」というのが自分の中に既にあって。その当時、自分の中でどういう曲があるかをすでに確立しちゃってたんです。だから、川田さんが曲を作っているのは知っていたし、実際に聴いて「いいな!」と思ったけど、「川田さんの曲もやりましょう」とはならなかったんです。
K:「送って」って言われたのにスルーされたな、というのはありましたよ(笑)。でも別にsakimori用に作った曲だったわけでもなく、自分がそれまで作ってた曲を送っただけなので、それが即座に使われることを期待してたわけでもなかった。それに、感想は言ってもらいましたから。「良かったよ!」って(笑)。
T:(笑)ただ、一緒にやっていくうちに、川田さんじゃなかったら、sakimoriという名前ではやらなくていいのかな、と思うくらいにはなっていて。ルーツも違うし、お互いに「もっとこうであれよ」と思うこともあるとは思うんですけど、バンドという形態には、ある種の“ひらめき”がある。この人としか出せないという感じ。「僕らsakimoriです」っていう感じのひらめきが、確かにあるなと。だからこの人たちで絶対続けていこう、と思いました。sakimoriという名前が決まったのは僕が1回生(年生)の秋頃のことです。
──このバンドでいくぞ、と確信できた曲はありますか。
T:一番古い「route9」、最初にこの《SIMPO》(music studio SIMPO)で録音した曲です。
──最初にサブスクにあがった音源と今回のアルバム・ヴァージョンでは全然違いますね。
T:全然違います。ミックスが変わったので。「route9」はボツになってない曲の中では一番最初かもしれません。あれも僕が弾き語りのデモとイメージを伝えて、マキノ(ドラム)があのフレーズ……タンツクタッター、を叩き出して。川田さんのギター・フレーズは、最初にデモを送った時からほとんど変わってないんです。途中でいきなりうるさくなる展開、静かになる展開っていうダイナミズムのある曲なんですけど、それも一発で共有できた。正直、僕の中に自分のインナーワールドがどの曲にもあるんです。でも、「route9」ができた時、僕が思ってた以上のものになって、「絶対この4人でしか出せない景色がある」と強く思いました。
──そのインナーワールドというのは個としての自分を表象するものですか。
T:もう全然個です、全部。すっごい話し合って共有しようとしても、もうできないくらい個ですね。例えば地元・岡山にサンノゼの丘っていう、開発が失敗しちゃったおしゃれな団地みたいなところに、でっかい池があって。その角度から見た夕日の寂しさとか、運動会の後の感じとか……そういうものが全部パッチワークになって曲に表出されてる感じですね。一つの感情だけでは到底……ザ・フーの「I Can’t Explain」じゃないですけど、説明できないですね(笑)。
喜怒哀楽では曲が作れない
──sakimoriは対象のダークサイドを探してしまうような曲が多い印象です。
T:ありがとうございます。わざとってわけではないと思うんですけど、自然とそういうものを見つけちゃう、そこに美学を感じてしまうというか。やっぱり一番自分が美学を感じるところはそういう部分なんです。これ、前に川田さんに言ったことあるかもしれないんですけど、僕、喜怒哀楽では曲が作れないんですよ。「めちゃくちゃ腹立った」「すごく嬉しい」みたいな気持ちを曲にしたい、といつも思うんです。トライはするんですけど、詩も含めて全然面白くならない。ルーツ感というか「この曲はこれをリファレンスにしてる」みたいなことを全く考えずに作る曲でもあるので。
──反射的、情緒的に書いたものは出てこない。
T:出てはくるんですけど、浅いというか。僕が言ってたパッチワーク的な面白さが一切ない。ただ気持ちがそこにあるだけ、というか。もちろんそういう音楽もすごいと思うし、そういう感情の時に聴くこともあるんですけど、その熱量をずっと保てないんですよ、僕は。「そういえばそんなこともあったな」とニュートラルになった時に、ふっと曲ができる感じです。
──多層的になっていって初めて曲になる。ストレートに感情だけで作った曲には、厚みが出にくいと。だから間を置いたり、時間を空けたり、感情を熟成させる期間が必要になる。
T:はい、そうですね。「あんなことあったな」と思う時点で、もう美化が始まっているんです。感情の劇場が終わったあと、その段階でもう美化がすごく進んでいて。曲紹介にも書いたと思うんですけど、あの郊外の景色というのは、もう今となっては遠い、当時いた地元の景色であって。距離を置いて美化して、ある程度ロマンチックに表出しないと、気が済まないんですよね。
──時間を置いたり、寝かせたりして、心の距離を作る。それが曲を作るには絶対必要だと。
T:そうですね、僕は必要になっちゃいます。
──一気に3分くらいでできちゃった曲、というのもあるにはあるんですか。
T:あります。「ぐるぐる」という曲とか。「ダイアリー」という曲もワンコードで出来てます。「ぐるぐる」はほんと早かったですね。僕がアルバム(制作)の残り1、2曲というタイミングで、「この曲をやりたい」って持ってきた曲で。「あ、いいじゃん」ってなって、割と一気に完成しました。歌詞はその時なかったんですけど、アルバムとしての舞台は決まっていて。自分が育った郊外というか、一つの街があって。今回のアルバムの他の10曲は、遠くなってしまった過去をメランコリックに見つめている曲が多いんですけど、「ぐるぐる」はその外れ値というか。実のところ、自分の中にも瞬発的な喜怒哀楽ってすごく多くあって。みんなメランコリックな顔をしてる郊外の中に、現状にちゃんと腹を立てているやつがいてくれないと、というか。そういう観点から歌詞を後から乗せた曲です。でも、こういう書き方は珍しい。やっぱり勢いで歌詞も書くことはできない。というか、もう僕という人間が、曲を書いてメロディーをつけて歌う時点で、時間をかけてインナーワールドをパッチワークで仕上げていく曲になってしまうんです。バンドの筋肉がつけば、いつか瞬発力でパッと書けるようになるかもしれない。サニーデイ・サービスの曽我部恵一さんみたいに、それまでの曲を全部ボツにして、いきなりポンとアルバムを出す、みたいなこともいつかできるのかな、とは思うんですけど。今はまだ、こういう書き方しかできない。全曲を通して共通したフレーズが別の曲にも出てきたりするんですけど、そういうふうに一つの作品として歌詞を作らないと気が済まない状態なんです。
──そういうプロセスはどこから学んだものなのですか。
T:具体例が3作品あって。一つはスフィアン・スティーヴンスの『Michigan』。一つの街を舞台にしてるじゃないですか。もう一つは七尾旅人の『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』。“君と僕”っていう二人だけの狭い世界の中で、共通した歌詞が全部出てくるところとか本当にすごい。あともう一つ、Homecomingsの『SALE OF BROKEN DREAMS』。基本は歌詞の目線ですけど、一つの街、一つの舞台で起こる出来事という、箱庭的な部分で。その点ではシャムキャッツの『AFTER HOURS』もそうです。自分が育ってきた郊外の街って、その気になればどこにでも行けるし、レコード屋も喫茶店も映画館もライヴ・ハウスも何でもあるんですけど、なんかどうしても足りない感じがある。京都に来ても、結局そう感じるんです。
──箱庭的な制作作業を体験すると、その「足りない」は解決できますか。
T:いや、解決できないんです。そこをやってないのが、今挙げたアルバムたちだと思ってて。うだつの上がらないこと、ここじゃないどこかを切望している焦燥感のある人たちが主人公だったりする。そういうアルバムは、あえてその欠けた部分、足りないっていう感情をそのまま描いてるんです。
──何かが欠けて足りないという感情を、決して満たさずにそのまま形にするには、パッチワーク的な手法が有効だった、ということですか。
T:僕にとっては有効でしたね。パッチワークは正直、箱庭の部分そのものというより。結局いろんな人を主人公にしたつもりだけど、実際は自分がどこかにいて、ある曲の主人公が投げた祈りが結局伝わらなかった、ということを描いている曲があったり。暖かかった風の色がぬるい風になってしまう、というのも、箱庭の中で起こった出来事の一つの表れで。本当にインナーワールドの話なんです。景色を表す上で、共通したモチーフが必要だった、ということですね。
──それを田淵さん一人で全部やってしまうこともできるじゃないですか、今の時代なら。それでも、ちゃんと人格のある3人の力を借りることの意味は、どこにあるのでしょうか。これはシャムキャッツの夏目知幸さんにもかなり初期に尋ねたことがあるんです。ただ、あのバンドは全員が幼馴染みというのが大きい、みたいなことを当時答えてくれました。Homecomingsも畳野彩加さん、福富優樹さんが同郷で同じ京都の大学に進学した。そうした町の匂いを共有する関係というのが結構大きいと思うんです。
T:本当にそうですね……個人のインナーワールドをバンドで一緒にやることの意味……難しいな。
K:僕は田淵のインナーワールドを音にする能力は、4人でやったほうがあると思っていて。田淵一人にやらせても、田淵にそういう能力はないんじゃないかっていう。一人じゃできないだろお前、みたいな(笑)。
T:確かにそれはあります。「ぐるぐる」のクレジットが全員名義になってるのは、みんなで作ったセッションから生まれた曲だからなんです。特にバンドで合わせてみると、自分が思ってた景色にあった曲のポテンシャルがポンと引き上げられる感じがあって。“作曲田淵”になってる曲でも、編曲はみんなでやってるわけで、想像以上のものが出てくるんですよ。それがなんでかわからないんですけど、結局、自分の景色の範疇よりも、それ以上の景色が見えるものになる。それが面白いから、僕はバンドという形態をずっとやりたいと思ってるんです。だから、僕の……というより俺らのインナーワールドをすり合わせて、自分たちだけでしか辿り着けなかった景色が見れたら、それをあらゆる作品やライヴで伝えていけたら、めちゃくちゃすごいことなんじゃないかって思うんです。
左から、マキノ(ドラム)、ツムギ(ベース)、川田(ギター)、田淵(ヴォーカル、ギター)
歌詞に「僕」がいない理由
──私はメンバー3人が田淵さんのインナーワールドを具現化するためのピースだなんて全然思わないんですよ。なぜかというと、これは田淵さん一人の人格によって形成された音楽、歌詞世界では全然ないからなんですね。田淵さんの歌詞はインナーワールドを描いているのに「俺節」があんまり出てない。さっき、七尾旅人さんの作品に対して「“君と僕”っていう二人だけの狭い世界の中で、共通した歌詞が全部出てくるところとか本当にすごい」と言ってましたが、実際の田淵さんの歌詞には「俺」とか「僕」が、基本あまり出てこない。自分の地元にいた頃の体験は形に表れてると思うんですが、書き手としてのエゴがあんまりない。
T:それ、そうなんですよ。
──もちろん全く出てこないわけではないし、それどころか「君」は出てくる。相手は出てくるし、そこにいる人物を描写するという意味では、ものすごく俯瞰目線が入っている。「俺はこう思ってる、俺はこうした」という表現の仕方をとっていない。だから、もちろん田淵さんの歌詞ではあるんだけど、シンガー・ソングライター的なポジションからは少し離れた曲に感じる。『Michigan』の頃のスフィアン・スティーヴンスがそうだったように、そこに登場する人たちを俯瞰目線で描いている。どこか冷めているのかもしれない。とはいえ、めちゃくちゃエモいなと思う瞬間もあるんですよ。今回聴いて、あ、エモい曲だなと思った曲が一つあって。でも、それは川田さんの曲だった(「その海その魚」)。
T:ああ、あの曲、Aメロ、Bメロ、サビが唯一きっちりあるんですよね。
K:全然ライヴではやってないんですよ、この曲。もともとsakimoriに提供するつもりもなくて、本当に一年くらい前に作った曲で。先にメロができて、いい感じだったからsakimoriにどう? って聞いたら、なんだかんだあってアルバム入りした、という流れです。
T:僕の歌詞に「俺」「僕」がほとんどないっていうのは、本当にそのとおりで。主人公を俯瞰して「僕は」って言ってる、その町の主人公というのは、自分とは全く同じじゃない、というのがさっきの『Michigan』の例なんですけど。僕の場合は、なんというか自分が全部自分ではあるんですよ、主人公が。ただ、それを構成する要素が、全部自分じゃない人たちがインナーワールドにいて、そいつらが主人公なんです。結局その人たちが思ってる感情の歌ではあるので、わざわざ一人称を使う必要がない。それに、「俺」とか「僕」って言葉自体はすごい好きなんですけど、もっとバンドの音楽として、いろんな人の隙間に入りたい、いろんな人に聴いてもらいたい、というのがあって。
──特定させたくない。曖昧にしておきたい。
T:そうですね。インナーワールドってずっと言ってますけど、僕の景色って、いろんな人が感じている「なんとなくこうだな」「なんとなく寂しいな」みたいな景色だと思っていて。そのなんとなくの部分にリスナーが滑り込むためには、自我はいらないんじゃないかな、と思うんです。一人称がない、ということとして。
──「僕らはどこへいくの」「僕の手を離れて」などの表現はありますね。あるけど……。
T:せっかく「僕」って使ったのに、離しちゃうんだ、みたいな(笑)。
──田淵さんの端正な声はどこまでも内省的なシンガー・ソングライター的なのに。
T:コリン・ブランストーンを目指してるところはありますね(笑)。
──『One Year(一年間)』ほど超パーソナルなアルバムもないけど。
T:最高ですね。
──今回のアルバムに、歌詞のない曲が一つありますよね。「curve」。あれはむしろすごくパーソナルな感じがする。歌詞がないんだけど、シンガー・ソングライター感がある。
T:わかりますそれ。これ初めて言うんですけど、ああいう曲、家で一人で結構たくさん作ってるんです。10何曲かぐらい。悲しいことに、それで完成しちゃってるんですよ。ありふれたコード感とメロディーで、数分で完結してて、ギターも一本か二本くらい。すごく単純な構造で、スケッチのつもりが完成しちゃったもの、というか。だから世に出すほどのものじゃなさすぎるっていうか。本当にありふれてるんですよ。だからsakimoriには基本持ち込まないですね。「curve」は、その中でも“これは使えるスケッチだぞ”と思って持ち込んだ数少ない例で。今はまだ、あんまり持ち込もうと思えないですけど、いつかは、と思ってます。そういう意味であの曲がパーソナルだっていうのはその通りですね。
──曲はちゃんと仕上がっていて、メロディーもはっきりしていて、展開もあるのに、なんとなくどの曲も“プロセスっぽい”という感じがしてしまうのは、パッチワーク的な感覚で曲を書いているからなのかもしれないですね。まだまだピースが繋がっていくかもしれない、と思える余韻がある。実際に演奏しながら曲を育てているような感じ。
T:(頷きながら)なるほどなるほど。
──一方で、音はとてもクリーンでハイファイを目指している印象もある。今回、録音するにあたってサウンドの着地点はどのように考えていたのですか。
T:そこも結構マジックな要素ですね。小泉(大輔)さん(《music studio SIMPO》代表)に録音とミックスを頼んだんですけど、例えば「融雪」って曲のドラムは、本当に音の録り方がすごく良くて。僕の中で思い描いてたのは、もっとロウファイなイメージだったんです。小泉さんと以前話した時に、“田淵はもっとインディー・ロックの、ロウファイな感じにしたいのかもしれないけど、今回の作品はハイファイに、解像度高く作ったらどう?”みたいな話をされて。この曲のドラムの録り音がはっきりそれを表してるんですよね。1曲目の「バンド・オン・ザ・ラン」もそうなんですけど、自分の中で鳴ってる音のままロウファイに録ると、本当にいよいよパーソナルすぎて、届く範囲が限られてしまう、音楽としての賞味期限が短くなってしまう感覚があるんです。ベッドルーム・ポップとかで、あえてヘルツをずらしてヨレヨレにするのが一頃すごく流行って、似たようなバンドが群雄割拠していた状況がありましたよね。僕もそういう音楽は好きなんですけど、そういう特異的な録音の仕方をしたものって、やっぱり賞味期限があるなと思って。だから今回、ハイファイで解像度高く、しっかり広い音で録られたことで、俺らのインナーワールドの景色はそのままに、いろんな人に聞いてもらえるし、数年後に聴いても古さを感じさせない、エバーグリーンな感じになったのは、録音のマジックだと思っています。もちろん部分的に、例えば「バンド・オン・ザ・ラン」のギターソロとか、あえて汚い音というか、ビチャっとした感じの音を狙おうってことになって、いかに汚くするか、というのをすごく突き詰めたりはしました。
小泉大輔:sakimoriがはじめてスタジオに来たのは、「route9」のレコーディングでした。しばらくして、続きでアルバムを録りたいって話になって。当初はもっとインディー・ポップな方向にしたかったのかな、と思ってました。でも、徐々に変わってきた。僕自身、ロウファイな音は好きなタイプなんです。予算がなくて、その狭いスタジオでしか録れない、ベッドルームでしか録れない、という状況から生まれる音が、いわゆるロウファイな音だと思うんですが、それを狙ってわざわざ劣化した音作りをすることは全く意味がないと思ってて。僕自身、それしか録れない音が好きだったし、それが自分の個性だと思ってたんですけど、何年かやって、だんだんハイファイに録れるようになってきたんです。XTCの『Black Sea』とかレディオヘッドの『In Rainbows』とか……ヒュー・パジャムやナイジェル・ゴッドリッチみたいなアプローチも、やっと手法として分かってきて。そんなところに彼らが来た。だからよけいにそういう方向に寄っていった、というのはあると思います。このスタジオは狭いんですけど、その中で出せる最大限のハイファイが、今回の音かなという感じで。過去一番いい音で録れたと思ってます。
T:嬉しいです。なんかシンパシーもめちゃくちゃあって、小泉さんがそうやって音作りに対して変わった時期に自分もやっぱりこんな感じで変化したな……と思うところがあります。
小泉:先輩だしね、大学の。ワン・ルームでこそこそ作った曲をバンドでやって、世に出したい、聴いてほしいと思ってた頃のことを僕もsakimoriを見てて思い出すというか。その延長線上に今このスタジオがあったりするので。一緒にやれて良かったなと思います。
K:僕はクリーンな音もソニック・ユースみたいなギター・サウンドも好きなので、あらかじめアレンジが決まってたものも多かったんですけど、全部歪ませようとか、全部クリーンにしようとか、全然思ってなかったですね。「融雪」にはスライドを入れてるんですけど、小泉さんがボリューム・ペダルを持ってきてくれて、“音、もうちょっとこういう感じがいいんですけど”みたいにって探りながら作っていって。ライヴだと自分の機材でしか表現できないものが、レコーディングだと自分がしたいことを音にちゃんとできる。それが一番大きかったのがその「融雪」でした。録っていて「あ、これこれ」っていう感じがめっちゃ楽しかった記憶があります。スライドの音は、多分Tocagoの何かの曲を参考にしたかな。それとは別に、うっすらエレキでバッキングを入れてて、それはブラーの新しいアルバム(『The Ballad of Darren』)の一番最後の曲(「The Heights」)だったと思います。それを小泉さんに「この感じがいいです」って伝えました。
T:小泉さんと音を一緒に作っていきながら、バンドも変化していったというのは大きいですね。もちろんみんなで意見を交換して結局その形になったのもあったりするけど、自分だけの景色の範疇というよりも、それ以上の景色が見えるものになぜかなっている。それは小泉さんの音作りにも言えることだと思っています。一緒にやっている感じ。それが面白いから、インナーワールドだけどバンドっていう形態、共同作業をずっとやりたいと思っているんです。
<了>
Text By Shino Okamura
Photo By Ryohei Tajima
sakimori
『後景』
LABEL : SIMPO
RELEASE DATE : 2026.08.12(配信)
2026.09.16(CD)
sakimori 1st Album「後景」release tour
2026年8月25日(火)
会場:大阪・心斎橋Pangea
出演:sakimori、Oo、azure、Highvvater
2026年9月13日(日)
会場:京都・西院SUBMARINE
出演:sakimori、sickufo、KASHIKOI ULYSSES
2026年9月18日(金)
会場:愛知・名古屋KDハポン
出演:sakimori、ophill、Menow、のうへる
2026年9月20日(日)
会場:東京・下北沢THREE
出演:sakimori、パターソン、clematis、and more
