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「It’s all forward! 音楽への愛とルーツがあるから常に前に進んでいる」
《Big Crown Records》オーナー、ダニー・アカレプスに訊く文化的多様性

19 August 2026 | By Shino Okamura

現在のニューヨークにおいて、そこに広がる民族的、文化的多様性を最も精力的に生かし、最も積極的にリリースしているレーベルは間違いなく《Big Crown Records》だろう。レーベル・オーナーの一人で、ノラ・ジョーンズやクレイロなどのプロデューサーとして大活躍中のリオン・マイケルズ率いるエル・マイケルズ・アフェアーを筆頭に、個性もパッションもある素晴らしいアクトたち──レディ・レイ、リー・フィールドス&ジ・エクスプレッションズ、ザ・シャックス、バカオ・リズム・アンド・スチール・バンド、ジー・ハート・トーンズなど、レトロでも単なるヴィンテージでもない、生演奏のグルーヴが命の「生きた音楽」を届けてくれる重要レーベルだ。この半年ほどの間だけでも、インドネシア拠点にしてチカーノ・ソウルを思わせる甘くメロウなヴィンテージ・ソウル/R&B系グループのジー・マーロウズ『Di Hotel Malibu』、60〜70年代ソウル+ドゥーワップの叙情性に、ヒップホップ由来のドラムの躍動感を融合したモーテン・マーテンスによるレ・アンプリメ『Fading Forward』、ダンス・ロック的高揚感と職人的ソングライティングを併せ持つニューヨーク拠点のキーボード奏者のマルコ・ベネヴェント『Glera』といったアルバムが発表された。このレーベルのアイテムを辿っていると、まるで、古いレコード棚の匂いを持ったまま、今の街を歩く音楽、といった印象さえ受ける。

そこで、生粋のニューヨーカーでもあるレーベル・オーナーで、リオン・マイケルズと共に運営するダニー・アカレプスに話を聞いたのでお届けしよう。多様なカルチャーを受け入れ、ルーツや過去を尊重しながらも、常に前を見て、先を見て、行動し、勝負に出る。他人の感覚や価値観は分からないし、ジャッジをする気もないが、自分の好みや、やりたいことははっきりとしているという姿勢が彼の言葉に滲み出ていると言っていいだろう。「It’s all forward」(全部ちゃんと前に進んでいる)。その力強い一言がこのレーベルの信条なのかもしれない。
(インタヴュー・文/岡村詩野 通訳/青木絵美)



《Big Crown Records》の最新リリースからマルコ・ベネヴェント feat. リジー・ステイナー「Miss Neptune」Live at Diamond Mine

Interview with Danny Akalepse (Big Crown Records)

──《Big Crown Records》は今年2026年で設立から10年になります。おめでとうございます。当初、あなたともう一人の代表であるリオン・マイケルズは別のレーベル《Truth & Soul》で出会っているそうですが、設立時にはどのようなレーベルを目指していたのでしょうか。設立当初の話を聞かせてください。

Danny Akalepse(以下、D):《Big Crown》の立ち上げ当初の話だね。俺たちはもともと別のレーベルで出会ったんだけど、正直その場所は自分たちのやりたいことをちゃんと体現できる環境ではなかったんだ。だからそこを離れて新しく始めるときに、ひとつはっきり決めたことがあった。特定のジャンルには縛られないようにしようって。《Big Crown》は、とにかく自分たちがファンキーだと思えるかどうか、そこを基準にやっていくレーベルなんだ。だから極端に言えばジャンルは何でもいいし、本気でいいと思えるものなら全部ありっていう感覚だね。

──レーベルの最大の特徴は、ジャンルの垣根を越えた多様性です。リオン・マイケルズは自身の音楽的背景がソウルに限定されていないことをよく強調されています。「自分たちはオールドスクール・ソウルだけを聴くわけではないので、オールドスクール・ソウルだけをリリースしたくない」と述べている記事もよく目にしています。実際にカタログには、ソウル、ファンク、インディー・ポップ、スチールドラム音楽、ヒップホップなど、多岐にわたるジャンルが含まれています。こうした多様で柔軟で、でも、何か「芯」のあるいい意味で頑固なレーベル・カラーというのは最初からの方向性だったのでしょうか。

D:そう言ってもらえるの、すごく嬉しいよ。正直、前にいたレーベルがいわゆるレトロ・ソウルっていうひとつの枠にきっちり収まったものだったから、そこから抜け出せずに見られてることも多い気がしててさ。でもそれって、自分の本来の姿とは全然違うんだよね。俺は15歳の頃からずっとDJしてきたし、ニューヨーク出身の、ニューヨークのDJなんだよ。いろんな音楽をプレイするし、いろんなレコードを集めてる。リオンも同じで、彼はミュージシャン出身だけど、言ってた通り、それがすべてじゃない。むしろそこが一番大事なポイントだった。《Big Crown》は、自分たちがどういう人間で、今どこにいるのか、それをちゃんと反映してるものなんだよ。だからそういうふうに受け取ってもらえてるのは本当に嬉しい。正直、みんながそこを理解してくれるわけじゃないからね。ただ、カタログ全体にはちゃんと一貫性がある。ジャンルじゃなくて、もっとニュアンスというか、トーンとか美意識みたいなもの。それは多少、揺れ動いたりするかもしれないけど、そこにはちゃんと軸がある。その一貫性っていうのは、結局のところ自分たちの共通の感覚なんだよね。このレーベルのことは、いわば「アートハウス」みたいなものだと思ってるんだ。

──あなたはニューヨーク出身で、今お話しいただいたように世界中で様々なDJとステージで共演もしてきています。このDJとしての活動歴の中であなた自身の今にプラスとなっている経験……あの時のDJ、あの時の出演イベント、など記憶している中で現在のレーベル運営に生かされているものがあればおしえてください。

D:振り返ってみると、自分のDJ人生ってちょっと特殊だったと思うよ。周りにDJがいる環境で育ったわけじゃなくて、全部ひとりで、試行錯誤しながら覚えていったんだ。人前でプレイするようになるまで、10年くらいは家でずっとDJしてたしね。ニューヨークで最初にレギュラーを持ったときも、もう10年はやってたことになる。そのときは気づいてなかったけど、気づいたらそれなりにDJとして形になってたんだよね。レコードもたくさん持ってたし、いろんなDJの知識もあったし。で、外に出てギグをやるようになって、最初の頃にもらった仕事の中には、今思えば当時のニューヨークでやれる最高の現場だったなって思うものもあった。そのひとつが《APT》(The Apartment)っていう場所。あそこはニューヨークのレジェンドだよ。あの場所は、とにかくフィットするかどうかっていう考え方だった。自分はこういうスタイルだから、こうやるしかないっていう。自分は自分のやり方でしかDJできないし、流行ってるからって理由で人気の曲をかけることはできなかった。別にそれが悪いとは思わないけど、自分には合わなかったんだよね。そういうやり方でやるくらいなら、そもそもDJはやらないと思う。

《APT》は、ジャズの世界でいう《Blue Note》みたいな考え方だったと思う。そこにいる人たちはその音楽を本気でやってる人たちで、そういうアーティストを呼んできて、あとは好きにやらせる。余計なコントロールはしない。《APT》の人たち自身はそこまで自覚してなかったかもしれないけど、ミュージック・ディレクターのアレックはわかってたと思うよ。その音楽を本気でやってる人たちを呼んで、あとは任せるっていうことをね。当時のレジデントDJもゲストDJも、とにかくとんでもないメンツだった。音楽的にも才能的にも、あの場所は本当にすごかったよ。妥協がなくて、それでいてちゃんと成功してた。初めてあそこに行った夜、リッチ・メディナがDJしてたんだけど、あのときに一番強く思ったのは「こういうのも可能なんだな(It’s possible)」ってことだった。同じ感覚を持った人たちが集まってて、彼がかけてるのは自分にとっても最高のレコードばかりで、それに対してフロアがちゃんと反応してる。しかも全部ポップじゃない。そのときに初めて思ったんだよ、自分みたいなスタイルでもちゃんと受け入れられる場所があるんだって。それはかなり大きな気づきだったね。そのあと8年くらいそこでDJすることになるんだけど、本当に素晴らしい経験だったよ。ああいう経験があったかどうかに関わらず、今やってることのスタンスは変わらないと思う。すべて自分たちのやり方でやるし、自分たちが信じてるものをやる。それはすごくパーソナルで、ソウルがあって、自分たちにとって大事なことなんだ。他のやり方でやるくらいなら、これはやらないと思う。別のことをやるよ。何でもいいから別のことをやる。こんな形じゃないと成立しないなら、そもそもやる気にならないんだ。

ダニー氏が最初にレコードで手に入れたというジ・アルカホリックスの「Make Room」

──あなたは10万枚以上のレコードを所有していると聞いています。最初に手にしたレコードはジ・アルカホリックスの「Make Room」だそうですね。ちょうどDJを始めたころ、15歳くらいの時にゲットしたそうですが、そうして、まるで語学を学習する中でボキャブラリーを増やしていくかのように、あなたの中に音楽の素養が増えていったのだと思います。レコードを1枚1枚ゲットしてきた経験が今のレーベル・オーナーとしての活動にどのように反映されていると思いますか。

D:いい質問だね、すごくいいよ、最高! まず、10万枚っていうのは正確じゃないね。今どれくらい持ってるかは正直わからないけど、そこまでではないよ。前はもっと持ってたんだけど、引っ越しのときにかなり手放したんだ。それでもまだ結構あって、少なくとも2万から3万枚くらいはあると思う。最初に手に入れたのが「Make Room」だったのは、ちょうどDJを始めた頃で、1993年だね。自分ってそういう性格なんだよ。子どもの頃から、何かにハマるとずっとそればっかりやるタイプでさ。最初はずっと絵を描いてたし、その次はスケートボードにハマって、ずっとスケボーしてた。それでヒップホップに出会って、そこが大きな入り口だった。もともと音楽は好きだったけど、ヒップホップで一気に世界が広がった感じだね。

そこからDJを始めて、レコードを集めるようになって、気づいたらどんどん広がっていった。1枚レコードを手に入れると、そこから「あ、この曲サンプリングされてるんだ」って気づいていく。この流れはすごく一般的なものだと思う。まずヒップホップに夢中になって、そこから元ネタを探し始めて、気づいたらひたすらレコードを探してる。当時は今みたいなインターネットもなかったから、レコードを掘るっていうのは実際にどこかに行くことだった。自分には何ヶ所か、誰も知らないような場所があって、そこに通ってたんだよ。行くと10万枚くらいレコードがあってさ。「明日も来いよ」みたいな感じで、こっちはもう泊まり込む勢いで。小さいプレイヤーを持ち込んで、1枚ずつ全部聴いていくんだ。いい曲を探したり、ビートに使えそうなサンプルを探したり、変なレコードを見つけたりね。当時はそういうレコードも全部安かったし、1枚ずつじゃなくて、まとめて買うのが普通だった。1回で5箱とか6箱分買ったりしてたよ。そうやって自分の中の音楽の世界がどんどん広がっていったけど、それでもまだ自分の中だけの話だった。そこから外でDJをやるようになって、《APT》みたいな場所や、DJ同士がつながってるコミュニティに入っていくと、状況が一気に変わるんだ。あいつらはみんな繋がってるから、情報を入手するのが自分よりもずっと速い。誰かがレコードを見つけたら、すぐに仲間の間で共有される。でも自分はそういう環境がなかったから、それを経験するのはだいぶ後だった。

でもそれが起き始めてからは、ニューヨークだとバーに行くだけでもすごかったよ。ウィリアムズバーグで日曜の昼に行ってたバーがあって、友達のガエルって言う、レゲエ好きなやつがDJしてたんだけど、もう本当にヤバかった。普通のバーなんだけど、スコティッシュ・バーで、DJはトップクラスのレコード・コレクターなんだよ。それで毎週日曜、そこに座って、最高のレコードをかけるDJのプレイを聴く。それが一番好きな時間だった。ニューヨークにいるっていうのも大きくて、どう言えばいいかな、レコードの世界が一気に加速するんだよね。自分で掘ってるだけじゃなくて、他の人の世界も見えてくるし、とにかく終わりがない。レコードっていうのは、ただひたすら終わりがないものなんだよ。

マルコ・ベネヴェントの最新作『Glera』

──《Big Crown》は積極的にアナログ・レコードでもリリースしています。マルコ・ベネヴェントの『Glera』、レ・アンプリメの『Fading Forward』、ジー・マーロウズの『Di Hotel Malibu』など、カラー・ヴァイナル、ジャケットの仕様違いも含めて多様なスタイルでレコードを届けていますし、何より7インチ・シングルのリリースもしていてシングル・フォーマットを大事にしていることがわかります。YouTubeにはプレイリストもありますね。さらに、あなた自身の名義=Danny Akalepseの「Somethings I Never Said」はカセットとしても発表しています。こうしたオールドスタイルのメディアをとても大切にしているのも《Big Crown》の魅力ですが、そこにはどのような思いがこめられているのでしょうか。

D:レコードは大好きだよ。俺たちみんなレコードが好きだし、そこが自分のルーツでもある。単純に落ち着く場所なんだよね。好きでやってることだし。ただ、レーベル運営っていう大きな枠で見ると、それはあくまで一部ではある。今は2026年だし、それがすべてじゃない。前にアートハウスって言ったけど、俺たちはちゃんとビジネスとしてもやってるアートハウスなんだよ。勝負としてちゃんと向き合って、勝ちにいくし、結果も出す。いろんな角度からやっていかないといけないし、全体で見ることが大事なんだ。レコードを作ること自体は…やっぱり好きなんだよ。スリーヴからラベルから、再生することも、集めることも、箱にしまうことも、ただ眺めることも全部好きなんだ。そういう人は他にもたくさんいるし、俺たちはまさにそういう人間だから、そういう人たちに向けてやってる部分もあると思う。

でも大きく見れば、レーベルをやるってDJに近いんだよね。違う形のキュレーションっていうか。DJならどの曲をかけるか、どんなヴァイブを作るかを決める。レーベルなら、どのアーティストをリリースするかを同じ感覚で決めてる。レコードっていうフォーマット自体は、結局のところ情熱なんだよ。ただの情熱。音楽そのものにフォーカスして、フォーマットを抜きにして考えると、大事なのはどうやって届くかじゃなくて、ちゃんと届くかどうかなんだよね。人の耳に入ったときに何が起きるか、それがすべてだから。ストリーミングとかデジタルの一番いいところはそこだと思う。ビジネス的には、まあ正直かなり厳しいけどね。

でも、ポジティブな面としては、例えば日本のどこかにいる15歳の子が、たまたまデルヤ・ユルドゥルムの新曲を聴いて、それがきっかけで何かが始まるかもしれないってことだよ。その出会いの瞬間、それがいいところなんだ。それに、こういうバックグラウンドの自分からするとちょっと不思議な感じもあるよ。今なら東京のカフェに入っても、めちゃくちゃレアなソウルの曲が普通に流れてたりする。Spotifyにあるからね。20年前だったら、そのレコードを持ってる人がその場でかけるのを待つしかなかった。それはそれでいい空気だったけどね。その影響でDJの役割もかなり変わったと思う。昔はそこを全部担ってたからね。新譜だってそうだよ。この前ジェフ・マオとも話してたんだけど、《APT》の頃を思い出すとさ、変化のスピードがすごすぎるんだよ。そんな昔の話じゃないのに。例えばウータン・クランみたいな今では巨大な存在でも、「Protect Ya Neck」を初めて聴いたのは誰かがレコードでかけたときだった。ちゃんとプレスして、流通させて、DJからラジオ、ミックステープへっていう流れで広がっていった。それはそれでファンキーでクールだったよ。でも結局どれも同じで、大事なのは音楽がちゃんと人に届くことなんだよ。

──レコード・コレクターとして、だけではなく、レーベル・オーナーとして、古い音楽でも新しい音楽でも、自分にとって新しい出会いとなる音楽を見つけることはとても素晴らしいことだと思います。そこに感覚の違い、似た感覚はそれぞれあると思いますか。

D:新しいアーティストを見つけて契約するっていうのは、やっぱり全然違う責任が伴うよ。自分ではそれを単なる仕事みたいには思ってないけど、軽く考えたことは一度もない。誰かがレーベルに来るにしても、こっちから声をかけるにしても、その間で交わされる約束っていうのはすごく重いものなんだよ。それって、ある意味でその人が自分のキャリアを一定期間こっちに預けるってことだからね。その間にちゃんと機能させて、一緒にいい形にしていく責任がある。だからそれは本当に大きな責任だし、軽く扱うことは絶対にない。それが俺たちの力の見せ所でもあるんだよ。関わる全員に対してちゃんと結果を出すっていう仕事がある。それにこれは一方通行じゃなくて、ちゃんとした双方向の関係だからね。アーティスト側にも、自分たちが成功するためにやるべきことをちゃんとやってるか、っていう問いがある。正直、音楽で成功するのは簡単じゃない。全部ちゃんとやらないといけないし、やるべきことを全部押さえて、ちゃんと動き続けないといけないんだ。

──ただ、あなた自身の作品「Somethings I Never Said」のPlaylist MixをSoundcloudで聴くと、アソシエイションの「Never My Love」のリフがいきなり聞こえてきたりと、あなたのバックグラウンドにある音楽の広さに驚かされます。あなた自身の音楽指向をひとことで言い表すなら、どういう音楽が好き、どういう音楽嗜好だと言えますか。

D:そのミックスはかなり昔のものなんだよ。レーベル運営をやる前の話だし、そもそも自分はレーベル業をやるつもりなんてなかったんだよ。最初からそういう野心があったわけでもないし。ずっと音楽を作ったりDJをしたりしてきて、リオンに出会ったときも、スタジオの使い方をもっとちゃんと学びたいっていうのが目的だった。最初に彼のスタジオに行ったときは、ちゃんとした設備でレコーディングしててさ、自分は家で小さい機材でビートを作ったりサンプリングしたりしてたから、単純にもっと知りたかったんだよね。それが気づいたら向こうのレーベルを手伝う流れになって、あそこはあまりちゃんと回ってなかったから、そのまま自分が面倒を見るようになっていった感じかな。振り返ると、自分の音楽は一旦置いて、他の人の音楽を支える側に回ったっていうことになる。でもそれでいいと思ってるし、問題ないんだけどね。

だから……どんな音楽が好きかっていうと、本当にいろいろだね。レーベルの話と同じで、どこかに一本通ってるものはある気がするけど、かなり幅広く聴く。何が共通点かって言われると難しいけど、ソウルっぽさだったり、曲としての良さだったり、単純にいいヴァイブとかエネルギーとか、そういうものかもしれない。でも正直、なんでそれが好きなのかって言われると、自分でもよくわからないんだよね。昨日何を聴いてたか、1週間前に何を聴いてたかを考えてもバラバラだし、10歳の頃に好きだったものを掘り返して聴き直すこともあるし。家ではレゲエをよく聴くよ、かなりの量をね。レコードを掘りに行くときも、あればだいたいレゲエを探してる。もちろんソウルも聴くし、ヒップホップも聴く。この前はダイナソーJr.のレコードを聴いてて、あれは本当に大好きだね。他にもいろいろ聴くし、クジラの鳴き声だけを収録したレコードも聴いたりする。ザトウクジラの音だけのやつね。だから本当に何でもいいんだよ。正直、うまく言葉にするのは難しいね。

──あなたは《Plane Jane Records》というレーベルも運営しています。こちらは主にヒップホップやG-ハウス、スラップ・ハウスなどに焦点を当てていて、デモ音源も募集しています。これはあなたの中でどのようなレーベルとして機能しているのでしょうか。《Big Crown》と並行させていることで、それぞれのレーベルに対してどのように活性化していると言えますか。

D:《Plane Jane》は今はほとんど動いてないね。あれは最初にやってたレーベルの終わり頃にやってたもので、そのレーベルがすごく偏った方向に行ってて、自分のやりたいこととは違ってたから、じゃあ自分でやろうと思ったんだよね。その時にはもう一通りのやり方も分かってたし、必要なつながりもあったから、自分がいいと思うことをやってる人たちに声をかけて、7インチを出したりしてた。あくまで一時的なものだった感じだね。それに、今は正直《Big Crown》があるから《Plane Jane》をやる必要はないんだよ。やりたいことがあれば全部《Big Crown》でできるし、あそこにはジャンルの枠もないからね。《Plane Jane》は完全に自分ひとりでやってたものだった。

最初のレーベルの終わりは、正直あまりいい時期じゃなかったと思う。どうしていいか分からないまま続けてた部分もあったし、関わってる分、簡単に手放せなかった。でも今振り返れば答えはシンプルで、新しく始めればよかったんだよね。問題を引きずるんじゃなくて、リセットして、自分とリオンでやり直すっていう。自分とリオンは本当に気が合うし、親友だし、いつも話してるし、一緒にこれをやってるのもすごく自然なんだよ。それに最初のレーベルでいろいろあったからこそ、《Big Crown》には“悪いヴァイブは持ち込まない”っていう考え方がある。変なノリとか、合わない人間とは一緒にやらない。そういうのはここじゃない、別の場所でやればいいっていうスタンス。中途半端なものとか、嘘っぽいもの(bullshit)は持ち込まないでほしいんだよ。

──もちろん、リオン・マイケルズはシャロン・ジョーンズらザ・ダップ・キングスで活動もしていましたし、今ではプロデューサーとして大活躍しています。あなたとリオン、ニューヨークの豊かな音楽文化に根ざした二人が手を組むことで、《Big Crown》は単なるレコード・レーベルではなく、ニューヨークの現代的な音楽文化を反映した、独自の美学を持つプラットフォームになっていると言えますが、そうした土地の歴史や文化的背景の中で、どういう存在でいたいと思っていますか。

D:そう言ってもらえるのは嬉しいね。どんな役割を担いたいかっていうと……正直、今のままでいいと思ってるんだよ。すでに自分たちがやりたい形にはなってるからね。でも自分の中でいつも思うのは、俺たちが届けている音楽にはまだまだ可能性があり、オーディエンスも増えていくだろうってこと。ここ10年でかなりいいところまで来たとは思うけど、それでもまだまだ先があるっていう感覚。音楽に関わる仕事って、すでにその音楽を知ってる人のためにやるものじゃなくて、まだ知らない人に届けることの方が大事なんだ。だから音楽って、どれだけの人が聴いてるかで決まるものじゃないんだよ。このレーベルに対してこれ以上望むことがあるとすれば、もっと多くの人に知ってもらいたいっていうことだけかな。絶対にまだ知られてないだけで、好きになってくれる人がたくさんいると思ってるから。

ニューヨークはもちろん自分たちのホームだし、めちゃくちゃ影響も受けてる。でも今このレーベルで誇りに思ってることのひとつは、ちゃんと世界に広がってるってことなんだよ。インドネシアのバンドをリリースしたり、ノルウェーのバンドもリリースしてる。それって本当にすごいことだと思うし、誇りに思ってる。それもデジタル時代だからこそだよね。だって、どうやってジー・マーロウズのことを知れたと思う? 世界中の人たちとつながって、彼らのやってることに触れられるのはすごくいいことだし、誰かが夢を実現していくのを手助けできるのもいい。さっき言った、自分の音楽は一旦置いて他の人をサポートする側に回ったっていうのは、まさにそういうことなんだよ。自分は自分の音楽に関して、そういうサポートや導き方をしてもらったことがなかったからね。アーティスト活動って、本当にフルタイムでやるべき仕事だし、そうやって誰かが夢を追いかけて、部屋で作ってた音楽が、世界に届いていくのを見るのはすごく面白い。だから結局、自分たちはすでに自分たちがなりたいレーベルになってる。ただ、もっと多くの人に届いてほしい。それだけだね。

ジー・マーロウズ最新作『Di Hotel Malibu』

──ニューヨークには歴史的にみても、《Ze》《Fania》《Knitting Factory》などユニークで多層的、幅広い人種人脈をフォローした素晴らしいレーベルが誕生してきました。そうした中で、今、《Big Crown》はどういう役割を果たしているといえますか。

D:《Fania》と並べて話してもらえるなんて正直ヤバいね。同じ文脈で語られるだけでもすごいことだと思う。で、今の話だけど……正直、かなり本質を捉えてると思うよ。そこはすごくありがたいというか、ちゃんと伝わってるなって感じがする。やっぱりどこかに過去とのつながりはあると思うよ。アナログっぽい音の質感とか、あの温かさとか、そういう部分だよね。昔のある時代の音楽に対するリスペクトはあるし、それはパフォーマンスだけじゃなくて、どちらかというとスタジオでの作り方、プロダクションの部分に大きく関係してる。誰かが部屋でドラムを叩いてるときにどう聴こえるかじゃなくて、それが録音されたあとにどう聴こえるかっていう話なんだよ。どんな機材を使ったかとか、たまたま変な機材で面白い音が出たのか、意図的にそういう音を作ったのか、そういう部分も含めてね。つまり録音やプロダクション、音のトーンっていうのは、ある時代の技術や環境から生まれたものへのリスペクトでもあるんだよ。例えばアメリカの60年代のソウルの音って、自分は大好きなんだけど、あの音がジャマイカで出てくるのは70年代になってからだったりする。だから70年代のジャマイカのレコードなのに、音だけ聴くと60年代っぽく感じたりする。それって単純に、その録音のやり方や環境がそこに届くまでに時間がかかったってことなんだと思う。

It’s all forward! 全部ちゃんと先に進んでるんだよ。そこが大事。音楽への愛とルーツがあればこそ、常に前に進んでいる。ヒップホップでサンプリングして全然違う新しいものを作るのと同じで、全部更新されてる。どんな音楽も何かしらに繋がってるし、どこかにルーツはある。でも止まることはない。例えばジー・ハート・トーンズみたいな若いバンドは、影響がわかりやすく出てる部分もあるよね。それは彼らのシーンや背景だから当然なんだけど。でも曲作りもアレンジもアプローチも、ちゃんと先に進んでる。今のシーンには、あえて過去の何かをそのまま再現することを目的にしてるような音楽もあるけど、それはそれでいいと思う。ただ、自分たちがやってることとは違うんだよね。

これまで話してきたことを考えればわかると思うけど、自分たちはそういう方向にはあまり興味がない。例えばリオンのプロデューサーとしての仕事を見ればわかると思うけど、エル・マイケルズ・アフェアーでも、ある作品では映画音楽っぽいことをやって、次はトルコのファンクやサイケの影響を取り入れて、その次はブラック・ソートとヒップホップをやったり、さらに次の作品『24 Hr Sports』ではまた全然違うことをやってる。そうやって常に面白いことをやり続けて、前に進めていくのが自分たちのやり方なんだよね。逆にそれをやらないっていうのは、あまり自分たちらしくないというか、考えにくいかな。

  エル・マイケルズ・アフェアーの最新作『24 Hr Sports』

──リリースするアーティストを決める際はどのようにしているのでしょうか。決め手になるのはそのアーティストのどういう側面ですか。

D:いい質問だね。これが結構はっきりしてるんだよ。自分たちが好きなものっていうのは、かなり明確にある。ただ、「何が良くて何がダメか」みたいな話はあまりしたくなくてさ。そういうものでもないと思うんだよね。自分が全然好きじゃないものが、誰かにとっては一番大事なものだったりするし、それって音楽でもアートでも人生でも、すごくいいことだと思ってる。だから自分たちにとっては、結局のところ「自分たちがいけると思うかどうか」なんだよ。もちろんアーティストごとにケースは違うけどね。デモで10曲送ってきて、そのうち1曲だけ「おっ」ってなることもある。でもそれで十分なんだよ。「あ、できる人だな」ってわかるし、その可能性を見て、一緒に伸ばしていく。いわばその刃を研いでいく感じだね。もちろん全部アーティストごとに違うけど、ここにいる人たちはみんな本当に才能がある。レーベルにいるアーティストは全員そうだし、レコードに参加してるプレイヤー一人ひとりまで、みんな素晴らしいミュージシャンであり、人間なんだよ。

自分たちも全体のアレンジや方向性には関わるよ。「ここすごくいいけど、このパートを削ったらもっと良くなるんじゃない?」みたいな感じで、どちらかというとエディットに近い関わり方かな。だから端的に言えば、探してるのはただ自分たちが好きなもの、自分たちがクールだと思えるもの、それだけなんだよ。それにこういう関係って、2〜3枚の作品を一緒にやることになるから、3年とか5年とか、結構長い時間を共にすることになる。その中で全部が変わっていくし、進化していく。それもすごく面白いところだよね。10年やってきて、今は最初に会ったときからその成長をある程度想像できるようになってきたし、実際にそれを見るのも楽しい。例えばジー・マーロウズもそうだけど、ちょうど机の上にテープがあったから思い出したんだけど、最初のレコードを出して、それがひとつのきっかけになるんだよね。誰にとってもそうだけど、成長の一番の原動力って、ある意味で、成功することなんだよ。といっても売上とかじゃなくて、自分の音楽が広がっていく中で得る経験のこと。音楽を作ってリリースすると、気づけば世界中のいろんな場所で誰かがそれを聴いてくれている。それに対する反応が返ってきて、それがまた次に進む力になる。ツアーに出てステージに立てば、自分の音楽が実際にどう届いてるのかもわかるし、人がどういう感情を持つのかも直接感じられる。そういう全部を持ち帰って、次の作品を作るときには経験値が増えてる。実際に聴いてみると、どんどん研ぎ澄まされていくのがわかるんだよね。それを間近で見られるっていうのは、本当に面白いことなんだ。

──《Big Crown》のリリース作品は、録音自体、デジタルで整えすぎず、アーティストの空気がそのまま残るような音作りが特徴です。これにはアーティスト活動をしているあなたとリオンの感覚が大きく生きていると思いますが、《Big Crown》として「いい音」というのはどういうものだと考えますか。どうやって録音のサウンドをジャッジしますか。

D:それもさっきの「どんな音楽が好きか」っていう話に近い。結局、何がいい音かっていうのは一概には言えなくて、そのレコードが何なのかによると思うんだよ。例えばジャマイカのドゥー・ワップっぽいレゲエのコンピみたいなものだと、ああいう独特のトーンがすごく大事だったりするし、それがすごく好きなんだよね。でもディスコとかハウスだったらまた全然違うし、ヒップホップならフロアで鳴らしたときにちゃんと機能するかどうかとか、求められるものが変わってくる。だから結局、その音楽にとって何が必要か、それがちゃんと成立してるかどうかっていうのが一番大事だと思う。

自分はスタジオのことにはほとんど関わってなくて、リオンが何をやってるかも実はそこまで詳しく知らないんだよ。普段からそういう距離感でやってるしね。ただ、彼と一緒に仕事した人たちの話を聞くと、パフォーマンスをどう捉えるかっていう部分がすごく大きいみたいで、同じ曲を何十回も録るタイプじゃないらしい。3回もやらないかもしれないし、2回すらやらないこともある。要するに、その瞬間の“マジック”が録れてるかどうかなんだよね。それを感じ取ってもらえてるっていうのは嬉しいよ。まさにそこだから。どちらかというと「はい次」「次は何やる?」っていう感じで、どんどん進んでいくエネルギーがある。そのエネルギーにはいい面があって、まず人を成長させるし、それにその瞬間の空気をちゃんと閉じ込めることができる。完璧じゃない部分こそが人間らしさだったりするし、そういうものも全部含まれてるんだよ。あとはアーティストによっても違うしね。ここではいろんな人がそれぞれ違うやり方でプロダクションをやってるし。でもそうやって感じ取ってもらえてるのはすごくいいことだと思うよ。嬉しいね。

レ・アンプリメの最新作『Fading Forward』

──ノルウェーのレ・アンプリメは普段ニューヨークにいませんし、出身もヨーロッパです。どのようにして彼の存在を知り、契約に至ったのでしょうか。彼の作品の魅力についてもおしえてください。

D:モーテン(・マーテンス)とは仲いいよ。きっかけはデモだったね。レーベルのデモ用のメールボックスに送ってきたんだよ。ただ正直に言うと、普段あんまりそこは見ていないんだ。忙しすぎてさ。常に次のアーティストを探してるって感じでもないし。でもたまにチェックはするんだけど、そこに来るやつって、正直言うと全然関係ないものも多くてさ。EDMを送ってきたりして、「これ送る相手わかってる?」っていうのも結構ある。でもそのときはたまたま見て、で、すごく良かったんだよ。「I’ll Never Leave You」と、その7インチの裏面の曲だったかな。それをリオンに聴かせたら、「この人いいね」ってなって、それで決めた感じだね。それで「他にもある?」ってモーテンに聞いたら、デモをいっぱい送ってきて、それが最初のアルバム『Reverie』になった。彼のこと考えるとき、よくRZAの著書『The Tao of Wu』に書いてあった話を思い出すんだよ。ウータン・クランがどうやって生まれたかっていう話で、「自分の島を見つけろ」っていう考え方があってさ。彼らはスタテンアイランドにいたから、NYヒップホップ・シーンの一部ではあるけど、ちょっと距離もあって、自分たちなりのやり方ができたっていう話。自分もロングアイランドで育ったから似たような感じで、周りにシーンがあるわけじゃなくて、全部自分で見つけてきた。だからこそ自分のやり方になるんだよね。で、モーテンはノルウェーの小さい街に住んでて、聞くところだとあの辺はメタルがすごく強いらしいんだよ。だからそういう意味でもアウトサイダーだよね。でもとにかく才能があるし、センスもいい。作ってる音楽も自分の好みにすごくハマるんだよ。好きな要素がうまく混ざってて、ソングライターとしてもすごくいい。センスがいいし、自然なんだよね。無理がない。単純にいいと思う。それに人としてもすごくいいやつで、仕事もすごくやりやすい。ちょうど今もメッセージが来たよ。こういうのって偶然じゃないよね。

──今回、TURNでは彼にもインタヴューしたんですが、あなたのことも話していました。よく連絡を取り合っているって。

D:うん、そうなんだよ。それに自分にとって大事なのは、モーテンみたいに、この関係がすごくいいものになってるって感じてくれてることなんだよね。ひとりでやってると、うまくいくのか不安になることもあると思うけど、そこで自分たちが関わることで、新しいオーディエンスが開ける。そこから双方向の関係が生まれて、それが成長につながっていく。それがあるから契約したんだよ。デモで聴いたときに、すでに十分なものがあったし、実際やってみたらそれ以上だった。あいつは本当にすごいよ。

──今、《Big Crown》のスタッフはあなたとリオン以外、オフィスには常時何人くらいいるのですか。普段、あなた自身はどういう作業をしていることが多いのでしょうか。

D:2026年の《Big Crown》のチームは、昔みたいに全部を社内でやる形じゃなくて、かなり外に任せてる部分が増えてるね。いわゆる外注が多い感じで、PRとかレーベル・サービスも地域ごとにパートナーがいるし。今はこのオフィスで働いてる人はいなくて、ブルックリンを離れてからは完全にリモートになってる。自分はロングアイランドにいるし、メンバーもブルックリンだったりアップステートだったりでバラバラ。あとは世界中にパートナーがいて、それぞれの地域で動いてくれてる。製造も外に出してるし、D2Cの発送も外部に任せてる。デザインもそうだし、昔はブルックリンのオフィスで全部やってて、人も常にいたんだけど、今は同じ部屋に集まってやるっていう形じゃなくなったね。コロナもあるし、自分が引っ越したのも大きい。ブルックリンに住んでたけど、子どもが生まれてロングアイランドに移って、そうなるとあの頃みたいな空気感ではなくなるんだよね。ブルックリンにいればレコード業界で働きたい人が周りにいくらでもいたから。

で、普段どんな仕事をしているかって質問だけど。日によって全然違うけど、いろんな役割をやってるよ。全体を見てる立場だから、最終的には全部に目を通さないといけないしね。ただ大まかに言うと、レコードを仕上げていくことと、それをどう届けていくかっていうところに一番時間を使ってるかな。アーティストによっては、1曲ずつ細かく詰めていくこともあるし、曲の構成を整えたり、ミックスやマスタリングの確認をしたり、全体の仕上がりを見ていく。音がちゃんと良くなってるか、みんな納得してるか、そういうところをチェックする。アートワークの部分もそうだし、いろんなクリエイティブのアイデアも一緒に考えるよ。内容や相手によって全然変わるけどね。最初の頃はMVを外に頼んでたけど、納得いかなくて自分たちで作るようになったりもしたし、自分が映像に出てるやつもあるよ(笑)。そこまでやるくらい、かなり手を動かしてる感じだね。楽しみながらやるのも大事にしてる。あとは電話でいろんな人と話してる時間も結構あるし、音楽に向き合ってる時間もある。本当に日によるし、昼だけじゃなくて夜も含めてずっとだよ。これは完全にフルタイムの仕事だね。

──《Other Music》のような素敵なレコード・ショップがマンハッタンからはどんどんなくなってしまっています。そのぶんブルックリンなど他のエリアには増えているのだと思いますが、あなたがよく利用するおすすめのレコード・ショップを、ロングアイランド、ブルックリンなどのエリアでおしえてください。

D:たくさんあるよ、俺はオールドスクールだからね!(笑) 今でもいいレコードショップはちゃんとあるよ。《Other Music》は本当にいい場所にあったよね。《Tower Records》の向かいで、フィジカルの音楽がしっかり売れてた時代だったし、あの店は本当に素晴らしい仕事をしてた。実はあの店を仕切ってた人、今はうちとも取引があるディストリビューションの会社で働いてるんだよ。ジョシュ・メデルっていうんだけど、今でもその経験がちゃんと生きてる。

おすすめのレコ屋だと《Human Head》はすごいね。あそこは本当にいい仕事してる。他にもたくさんあるし、ブルックリンにはまだまだいい店があるよ。あまり知られてない店とか、レゲエ専門の店とかね。昔は《Fat Beats》みたいにヒップホップ専門の店があったり、ハウスだけ扱うダンス系のレコードショップがあったり、そういう時代だったけど、今はああいう形はあまり見なくなったよね。フォーマット自体がちょっと変わってきたっていうのもあると思う。

《Rough Trade》みたいに新譜を扱ってる店もあるけど、自分が行くとしたら中古のレコード・ショップだね。新譜を探しに行くことはあまりない。知らないものを探しに行くのが目的だから、既にちゃんとキュレーションされてる店には行かない。つまり、現場で掘ってきた人たちが集めてきたレコードが並んでる場所だよ。よく“ディグる”って言うけど、店でやってるのはディグじゃなくてショッピングだよね。そこに並んでる時点で、もう誰かがどこかで見つけてきたものだから。ただ選ぶだけ。でも本当のディグは違ってて、昔はかなりやってたよ。ひどい場所に行ったりもするしね(笑)。そういう話ならいくらでもある。でも今でも本質は変わらないよ。もし今「2万枚のコレクションがあるから全部引き取ってくれ」って言われたら、すぐ買うね。そのままこの部屋に置いて、時間をかけて見ていく。レコードってそういうもので、向こうから来るときは来るんだよ。ちょっとした電話が来て、「あそこにあるぞ」ってなったら、すぐ動く。全部まとめて引き取らないといけないこともある。それがレコードだし、スポーツみたいなもんだよ(笑)。


<了>



Text By Shino Okamura


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