凍てつく世界を、転がるように
大都市郊外に居住し、自らの生活と夢、もしくは現実から一時的に逃避できる場所のはざまで煩悶しながら生き続ける2000年代の若者を描いた浅野いにおによる漫画『ソラニン』(2005~06年)。2010年に公開された実写映画のパンフレットに、主題歌「ソラニン」を担当したASIAN KUNG-FU GENERATION(以下、アジカン)の後藤正文はこうコメントを寄せている。
「ソラニン」の登場人物たちには否応なしに感情移入してしまいます。彼らと同じような大学生活を送り、ぼんやりとした不安に包まれたまま社会に放り出されて「ロストジェネレイション(原文ママ:筆者注)」なんて呼ばれている世代の我々。それがそのまま描かれているように思えて、何度読んでも私のセンチメンタルは加速します
“失われた30年”と並走した平成という時代において、特にデフレによる景気低迷、新自由主義の浸透による非正規雇用増加と格差拡大が進行した2000年代。オリジナリティのあるセレクトでアンダーグラウンドな音楽(とカルチャー)をそのシーンとともに記録しているプラットフォーム《AVYSS》が主宰するレーベルの第一弾リリースとなる本作は、(いくつかの例外はあれど、)その2000年代を軸とした10数年の間にリリースされた国内“オルタナティヴ・ミュージック”のカヴァーで構成されたコンピレーション・アルバムである。ANORAK!, illequal「Re:Re:」(アジカン/2004年)、aryy, ウ山あまね「The Autumn Song」(ELLEGARDEN/2004年)、e5, 原口沙輔「地獄先生」(相対性理論/2009年)、iVy, CVN「Strobolights」(スーパーカー/2002年)、lilbesh ramko, トップシークレットマン「死にたい季節」(神聖かまってちゃん/2010年)、寝坊主, 〜離「不眠症」(syrup16g/2003年)といった本作に収録された楽曲の並びを見れば、ある種の時代感覚を感じることができる。その時代感覚とは、奇しくも本作に収録された「死にたい季節」にて、の子がノイズにまみれながら「ねぇ、そうだろう諦めてると僕らは/なぜか少し生きやすくなる」と歌ったような、どうしようもない“ぼんやりとした不安”と似通ったものなのだとも思う。
しかし、本作に収められているのはその過ぎ去った時代への諦念にまみれた懐古趣味的なカヴァー楽曲ではない。本作の各楽曲から耳に届くのは、深く体の奥に沈み込むようなトラップ・ドラム、性急で攻撃的なグリッチの効いたビートとサウンド、叫ぶように弾け飛ぶシンセサイザー、エフェクトが幾重にも及ぶ夢幻のようなヴォーカルだ。単純化を恐れずにいえば、本作では、2020年代のポップ・ミュージックを席巻した所謂“ハイパーポップ”的感性によって、2000年代に産み落とされた上述の楽曲が現代において再構築され、新たな魂が注ぎ込まれている姿がみてとれる。
例えば、ANORAK! とillequalがカヴァーした「Re:Re:」は、原曲で象徴的だったギター・リフと直情的なヴォーカルにかわり、細かく刻まれたスネアドラムとキック・ドラムが楽曲にグルーヴを与え、オート・チューンが効いたヴォーカルが滑らかに広がる。e5と原口沙輔による「地獄先生」では、相対性理論の象徴ともいえる平熱を保つやくしまるえつこのヴォーカルとギター・リフが醸すメランコリアが、e5のクールでエフェクティヴなヴォーカルと、原口沙輔の楽曲の主軸となるリフを再構築した厚みのある音像のトラックによって蘇る。楽曲の最後には、ひぐらしの鳴き声が挿入される。夏の夕方の情景を想起させるその音は「地獄先生」のメロウなメロディーとも相まってふとノスタルジアへ耽溺しそうになるが、楽曲を通じて耳に届いていた、体深くにしみこんだビートと唸るシンセサイザーの残響が聴く人を現実へと読み戻す。“あの頃”を想起しながら、狂騒的構造の音像によって現実に呼び戻される。その往還が本作の大きな特徴だろう。
失われた30年に生まれ、育ち、大人になった若者が共に歩んできた音楽を再構築し、そのマキシマムでクラッシュした破壊的音像をまとった楽曲たちが時代に僅かな切れ目をつける。すぐには、誰も気づかないような。それはきっと本作のアートワークで描かれたような、実家のシールの剥がし跡が目立つ勉強机が置かれた子ども部屋で、進学とともに一人暮らしを始めた20平米の1Kの部屋で、CDコンポから、ノートPCのイヤホンジャックにつなげたイヤホンから流れていた音楽かもしれない。だが、本作を形作るのはそのような記憶や情景が醸すノスタルジアではない。破裂するシンセ・サウンドと、握りしめた拳のように震えるビートが過去への耽溺に、もしくは“ぼんやりとした不安”に押し込められそうな感情に亀裂を入れる。その裂け目から漏れる光が、あの頃と未来を繋いでほしいと、本作を聴きながら願う。(尾野泰幸)