Review

aya: hexed!

2025 / Hyperdub
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呪いを見つめて
──価値観を再構築する

23 April 2025 | By Daiki Takaku

この文章は隣で寝息を立てている君に宛てて。

今年のはじめにあったことを憶えてる? アメリカでトランプが多様性政策を撤廃して、「性別は男性と女性の2つのみ」と発表したことがニュースになった日。僕らの共通の友人が言葉にしてくれたよね。「海の向こうで苦しんでいる人がいるのに私たちの日常が当たり前に続いていくのが少し怖い」「私たちの可能性を勝手に檻に入れられてるみたい」。あの子の言う通りだって話した帰り道、「私たち全員が当事者なんだよ」って珍しく声を荒げた君のことを、僕は忘れられないんだ。

ところで、ayaの『hexed!』はもう聴いたかな? というのも、これが僕らの可能性をぶち上げてくれる最高のアルバムでさ。気に入るかわからないけど、ジャケットから強烈だよね(インタヴューを読む限り、aya自身もミミズを口に入れるのは嫌だったみたい。親近感湧くかも)。口に入った大量のミミズに、タイトルを象ったブリンブリン。これはもちろんアルバムを象徴していて、どうやらそもそも口を被写体にしたのは、言葉がより前に出た作品だからってことらしいんだ。で、実際、オープニングの「I am the pipe I hit myself with」から、声はとても印象的に扱われてる。過剰に加工されたヴォーカルというのは『im hole』(2021年)の頃から引き継がれているものだけれど、もっと感情的というか、叫んでる。キレてるんじゃないかと思うくらいだよね。それから硬質なビートが静まったあと、ayaは囁くように言うんだ。「I’ll never let myself forget / They had me out on a witch hunt when I found myself(決して忘れない/私が自分自身を見つけたとき、奴らが私を魔女狩りの対象にしたことを)」。要するに、ayaはここで自身のトラウマ──自身のクィアさへの気づきと教会的価値観の衝突──と対峙してるってこと。

この辺りで打ち明けておくと、『hexed!』を最初に聴いたときは不快なアルバムだと思ったよ。だって、この作品のサウンドはあまりに過剰で、奇妙で、不吉だったからね。さっき書いた叫び声もそうだし、「off to the ESSO」はクラブでプレイされてもおかしくない曲だけどちょっとした発作のようでもあるし、「heat death」は静寂と業火の最中を行き来しているような感覚になる。「peach」のイントロは突然スカッシュの試合中のコートに飛び込んだかと思うくらいだし、最後の「Time at the Bar」なんてメタルコアやスクリーモみたいなヴォーカルが痙攣するビート上にぶちまけられてる。でも、その中に僅かに安心感の芽生える……というか、心地良さを感じる部分があったのも事実なんだ。「the names of Faggot Chav boys」の一部で現れるリズムカルなフロウや、タイトルトラックの壊れた時計の鐘の音とノイズがストリングス的な音と重なり合いぼやけていく瞬間、「The Petard is my Hoister」から聴こえる持続音の帯びるあたたかさとか。アルバムの中にしばしば現れるミニマルからマキシマムにサウンドが変貌するタイミングにカタルシスがあることは言うまでもないかもしれないけど。

それで、驚くのはさ、繰り返し聴いていると不快さも心地良さも、すべてがクールに感じ始めることなんだ。それが『hexed!』を最高のアルバムと呼びたい理由だよね。つまり、僕の価値観が揺さぶられているってこと。聴いている間に、僕の中にあった美しさの定型が崩れ落ちて、別の形に再生していくってこと。それってもしかすると、トラウマとの向き合い方の一つの理想でもあるんじゃないかな。自分をボロボロにしたものを見つめて、ボロボロになっても立ち続ける自分自身を見つめて、その出来事がいかに自分を強く、美しく育んだかを知り認めていくこと。その厳しいプロセスを踏んだayaは間違いなく勇敢だよ。本当に。ちなみに、このアルバムは薬物や酒への依存から抜け出すこともテーマに絡んでいるようだけど、これ以上は説明しすぎだよね。このくらいにして、君の感想を聞くのを楽しみに待つよ。

そういえば、ついさっきも「イギリスの最高裁がトランスジェンダーの人は法的に女性とは定義されないという判断を下した」ってニュースが流れてきたんだ(「トランスジェンダーの人は差別から保護されている」と強調していたらしいけど、そんなの当たり前じゃない?)。悲しいよね。でも、僕たちは変化の可能性が全員に存在することを忘れないでいれる気がしてる。特に『hexed!』のような作品を聴いているとそう思えるよ。リスナーの価値観まで変化させる音楽がここにある。そして真実、僕は変わった。些細なことかもしれないけど。うん、私たち全員が当事者なんだよね。君の言う通りだ。

隣でまだ眠い目をこする多様性へ、愛を込めて。(高久大輝)



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