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【未来は懐かしい】Vol.10
「知られざる」80年代アンダーグラウンド
〜詩学と美学のDIYポスト・パンクに寄せて

04 June 2020 | By Yuji Shibasaki

かつて日本で産まれた「知られざる」音楽が、国内外の後年世代より再発見されるという潮流は、このところもとどまることを知らない。今、もっとも先鋭的なディガーたちの関心は、(実際はまだ埋もれた作品がまだまだあるにしても)「掘られ尽くされた」とされるアンビエント系作品への興味から、より「アンダーグラウンド」な方向へ向かっているようだ。

80年代初頭、世界中の若者たちがそうしたように、ここ日本でも大都市圏に限らず全国津々浦々でレディメイドな音楽活動を行う者が多出した。パンク〜ニューウェーブという新しい「価値観」が席巻して以来、DIYという新概念に目覚めた者たちが大挙して自己表現に向かったのだった。既存レーベルには属ないアマチュア・ミュージシャンたちが主導して巻き起こったそのムーブメントの情況は、当時発行のジンや、インターネットへ断片的に残された逸話を介して辛うじて知ることができる。しかし、極めてマイナーなインディーズ・レーベルやミュージシャン個人からリリースされた作品は、それ自体ごく小ロットしか制作されていなかったり、秩序だったマスター管理がされていなかったりで、後年に向けてそのカルチャーの輝きがアーカイヴされずらい状況になっていた。しかし昨今、discogsやYouTubeなどネット上のプラットフォーム浸透にともない、ピースとして散らばっていた情報が(世界中のディガーたちによって)おぼろげにその全体像を組み上げられ、作品のリイシューに至る例が相次いでいる。

ここに紹介するPale Cocoonのアルバム『繭』は、1984年、富山のライブハウス「メディア」を拠点として始動したインディーズ・レーベル《PAFE RECORD》から、カセットブックという形態でオリジナル・リリースされたものだ。今回、先だって下北沢にオープンしたレコード・ショップ『pianola records』が主宰する新鋭レーベル《conatala》と、米ポートランドの《Incidental Music》の協同リリースという形でこのカルト的名作がフックアップされ、CD/LP/デジタルでのリイシューが実現した。

「244」こと川端強を中心とするユニットであるPale Cocoonは、本作以外にも《PAFE RECORD》から10インチやピクチャー7インチ、ソノシートなどをリリースしており、地元富山に限らず、コアなファンからの支持を得ていたという。多様な音楽がひしめいていた当時のニュー・ウェーブ〜ポスト・パンク文化のなかにおいても、躍動や狂乱とは距離を置いた、半醒的な(それこそPaleな)音楽性が特徴的だ。本作に触れて反射的に思い起こすのが、ザ・ドゥルッティ・コラムのミニマリズムや、《Cherry Red》レーベルにおけるプリ・ネオアコ的各アクトの冷え冷えしたメロウネス、あるいはまた、ベルギーのレーベル《Les Disques Du Crépuscule》の初期作に通じる硬質な洒脱さだ。しかし、ロック的構造から遠く離れていこうとするポスト・パンク的慣性力はどうやらPale Cocoonの方が更に強く働いているふうで、同時期の海外インダストリアル系との共振を感じさせもするし、後の用語でいうところのミニマル・ウェーブやコールド・ウェーブに通じるような前衛性も色濃い。シンセサイザーや(プリミティブな)マルチトラック・レコーディングを駆使することによるごつごつしたループ構造は、この時代のアヴァン・ミュージックをクラブ・ミュージック的な聴取感覚で味わおうとする現在のリスナーの強い関心を引くものだろう(その意味で、昨今国内外で「和レアリック」的視点から再評価されている、当時ヤプーズの吉川洋一郎がテクニカル・アドバイザーとしてクレジットに名を連ねているのも非常に興味深い)。それでいながら、DIYかつチープなくぐもりが全体を覆い、ゆらゆらと現れては消えるヴォーカルとともに、えもいわれぬ「アンダーグラウンド」感が醸されている。

今回の再発のレーベル直販特典として、オリジナル・リリースに付属の冊子が限定復刻されているのだが(残念ながら予約販売分で配布は終了……)、それを読むと、今作のコンセプトがより鮮明に理解される。Pale Cocoon=「蒼ざめた繭」というユニット名通り、未成熟性や少年性、だからこそ世界へ開かれる感能の鋭さ/豊かさを、音楽としていかに表現するか、というところにこの作品の力点があるようだ。川端本人の寄稿をはじめ、ペヨトル工房の今野裕一、榎本了壱、モーリー・ロバートソン(!)らも小文を寄せ、ボードレールやルネ・シャールやデュラス、三島由紀夫などがエピグラフとしてひかれるこの冊子の読中感は、衒学志向と青々しい詩的野心がないまぜになった微笑ましいものだが、見事に収録された音楽それ自体の美学とも双方向的な円環を描いているように思う。

こうした極めて「80年代的」な、詩学/形而上学への興味を作品作りの主テーマとして据えるという行き方というのは、どうやら現在覇権を握るポピュラー音楽一般においてはあまりなされていないようにも思う。しかしながら、今我々が扱おうとするなにがしかのアクチュアルなテーマの裏面には、つねにこうした根源的な美学/詩学の問題が横たわっていることも忘却してはならないだろう。少なくとも多くの若者にとって、「この時代」において表現を行うに臨んで、それらは避けては通れない鋭い問題系/思考領域であったはずなのだ。それを今、「サブカル的」だとか「ニューアカ的」だとかで軽んじてみるのは簡単だろうが、少なくともPale Cocoonの『繭』には、真摯なアンガージュマンが満ち溢れている。(柴崎祐二)


Pale Cocoon

『繭 (Mayu)』



2020年 / Incidental Music / conatala(Reissue)

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Amazon / HMV / iTunes


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Text By Yuji Shibasaki

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