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文化混交と多様性の称揚
レユニオン島の「エレクトロニック・マロヤ」を聴く

08 August 2019 | By Yuji Shibasaki

マダガスカルから約800km東のインド洋上に浮かぶ島、フランス海外県レユニオン。サトウキビ生産を主要産業とするこの小さな島の名は、海外文学に明るい方ならあのミシェル・ウエルベックの出身地としても知っているかもしれない。他地域含め、長きに渡るフランス統治の中で現れることとなったいわゆる「クレオール文化」は、この間のポスト・コロニアリズムへの関心の高まりなどと歩調を合わせながら、その独特の魅力を世界の人々に知らしめてきた。そこにはもちろん、「宗主国」からの文化侵攻と自決主義との相克も深く刻まれており、様々な悲哀が滲んでいることも無視してはならない。当然ながら近現代のレユニオン島にあっても、特に1960年代以降フランス当局による様々な文化弾圧が行われてきたという歴史がある。そして、音楽文化にあって主にその検閲の標的とされたのは、レユニオン現地に伝わる音楽「マロヤ」であった。17世紀までは元々無人島であったレユニオン島は、マダガスカルから連行された奴隷たちの血と涙によって拓かれたという歴史があるが、その祖先を奉るためにクレオール達が奏でた音楽をルーツとするこの「マロヤ」は、様々な文化混交と島民のアイデンティティの象徴ともいうべきものだった。そのため、アルジェリア戦争等アフリカ各地の独立運動に恐々とする当局によって、過剰な政治性・反体制性をそこにラベリングされることとなり、公式には1980年代まで演奏や発売が禁止されてきたのだった…。

ここにご紹介する『Digital Kabar – Electronic Maloya From La Reunion Since 1980』は、その禁が解除となった時代以降の、デジタル・テクノロジーとのマリアージュを果たしたマロヤをコンパイルした、実に野心的なコンピレーション・アルバムである。隣国マダガスカルの「サレギ」やモーリシャスの「セガ」にも通じるマロヤならではの強烈なリズムに乗って、カヤンバ(箱状の揺れイディオフォン)の響きと硬質なデジタル・サウンドが渾然一体となる様は、各種アフリカン・ポップスを聴き馴染んだ耳にも極めて刺激的に響くことは必至だろう。こうしたデジタル版マロヤ隆盛の発端となったのがTI FOCKが85年にリリースした‘Kom Le Long’で、同時期に西欧で揺籃していたハウスやオールドスクール・ヒップホップに通じるような剥き出しのエレクトロニクス使いが文句なしにかっこいい(ここではレユニオンの若手DJ/プロデューサーDo MOONによる、オリジナルにリスペクトを奉じた控えめなリミックス版が収録されている)。また、反復する朗唱が印象的なPatrick Manent による‘Kabaré Atèr’には、現在のデジタル・マロヤ・シーンの重要人物であるJako Maronが、ドラム・マシーンとモジュラー・シンセを駆使したハードコアなリミックスを施している。本コンピのリリース元であるフランスから単独作もリリースするLabelleによるトラック‘Block Maloya’は、火山島たるレユニオン島の雄大な自然と風物をサウンド・スケープとして描き出すような「マロヤmeetsアンビエント・テクノ」とでもいうべき世界を作り出している。あるいは、Zongによる‘Mahavel (South Africa Dub Studio)’は、その名の通りヘヴィなダブ処理をまとい、東アフリカ文化圏におけるレゲエの伝播と独自発展に並々ならぬ思いを抱かせる。他のトラックについても、レユニオンに継承されてきた音楽と、アシッド・ハウス、ディープ・ハウス、ダブ・ステップ等、各種エレクトロニック・ミュージックとの大胆(かつ含蓄に溢れた)接合・融合が極めて個性的なサウンドとして見事に昇華されている。

タイトルで「1980年代以降」と謳いつつも、むしろ現在のシーンに太く接続せんとするコンパイル姿勢に貫かれた本作は、ひとつのアーカイブとしてより、世界の音楽ファンの目を現行のデジタル・マロヤに向けさせようとする企図があるようだ。かつて「辺境モノ」といった文脈の中で「(西欧視点における)よくわからないもの」を再発掘してきた文化収奪的手付きとは異なった健全な好奇心にモチベートされているこうしたリリースが、今後もますます増えていくことに期待したい。そうした意識に応じていくことは、現代の自覚的音楽リスナーにとって不可欠のリテラシーであるともいえよう。文化混交と多様性をその成立時点から称揚しつづけてきたマロヤという音楽と、ここに収められたその刺激的な発展型のみずみずしさに魅せられるにつけ、強くそう思う。(柴崎祐二)

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Text By Yuji Shibasaki

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