Review

Cancer House: The Moth

2026 / Motion Ward
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暗室へ

18 June 2026 | By yorosz

シカゴ・ブルース、AACMが継ぐ連綿としたジャズの系譜、シカゴ・ハウス、スティーヴ・アルビニおよび《Electrical Audio》、ポストロックを牽引したシカゴ音響派、そしてジューク、ドリル……系統の異なるさまざまな音楽の発信源となってきたシカゴという土地は、歴史を顧みても、つねに音楽的に「なにか」が起こっている場所といっても過言ではないだろう。この作品も、まさしくそのような「なにか」として、そう、まだ名をもたない曖昧な蠢きとして届けられた。

創設初期にuonなどの作品をリリースしたことで《West Mineral Ltd.》などとともにHuerco S.以降のアンビエント・ダブの流れの先駆けとなり、以降もUlla『Limitless Frame』やUlla & Ultrafog『It Means A Lot』などのリリースでその拡張にもコミットしてきたレーベル、《Motion Ward》。そこから突如としてリリースされた謎多きバンド、キャンサー・ハウス(Cancer House)による『The Moth』は、明確にこのレーベルの新機軸を示すものであろう。

具体的には本作はスロウコア、ポストロック、アンビエント・フォークに連なる音楽性をもち、これらの音楽と歴史的に深く結びついてきた土地であり、彼ら自身の活動拠点でもあるシカゴの土壌に深く根ざしたものとなっている。

メンバーそれぞれのバックボーンに目を向けるだけでも、それは明らかだ。ヴィオラを担当するWhitney Johnsonはマッチェス名義で《Drag City》から『Sonescent』や『Stena』をリリースしているうえ、先日は《International Anthem》からLia Kohl、Macie Stewartとの共作となる『BODY SOUND』を発表したばかりだ。Keeyan HaackはOssemaan名義で《American Dreams》から『Dream』を2020年にリリース。そしてAlex FurrhはLeaf Miner名義で、2025年に始動した新進気鋭のエレクトロニック・レーベル兼ダブプレート・スタジオ、《Kino Disk》から『Remnant, Remains』をリリースしているなど、いずれの活動にも、シカゴの重要レーベルとの関わりが見出される。

バスドラムとブラシによるスネアの素っ気ない導入に、ギターがフェードインし、それに合わせて一瞬ドラムの音が遠のく冒頭の15秒ほどで(そしてそのタイトル「Camera Obscura」によって)、この録音作品のもつ只事ではない周到さ――単なる生演奏の再現ではなく、編集的な所作によって(再)構成された、ある種の虚構性――は直感的に伝わるのではないかと想像するが、ポストロック周辺だけでなく現代のアンビエント・ジャズやアンビエント・ダブにまで射程のおよぶそれぞれのバックボーンを鑑みれば、その仕上がりにも納得がいく。

しかしながら、その幻惑的なサウンドは、前述のレーベル群を差し置いて、筆者に真っ先にひとつのレーベル、そしてバンドを想起させた。それが《kranky》の存在だ。本作のもつムードはこのレーベルがリリースした作品のいくつか――たとえばLabradfordの『Mi Media Naranja』や『E Luxo So』、Bowery Electric『Beat』、Dissolve『Third Album For The Sun』、そしてGrouper『The Man Who Died In His Boat』など――を具体的に連想させる。とりわけLabradfordの作品とは、ギターのアルペジオの音運びや、アンサンブル全体を包み込む、おだやかな水面のように揺れるダビーな音響において非常に近しい。そう、まるでキャンサー・ハウスのサウンドは、Labradfordの演奏/編集感覚でもって、アシッドフォークやミニマルなジャズ、そしてハードコア・パンクやアメリカーナまでもをレタッチしたかのような趣に満ちている。

そしてここまで筆を運んで、さらにもうひとつ、付け加えるべき作品の存在が浮かび上がる。2025年にシカゴの《Thrill Jockey》からリリースされたモア・イーズ & クレア・ラウジー『no floor』である。これについてはリリース時に《TURN》で岡村詩野によるモア・イーズへの長大なインタビューが実施されているが、そこで彼女はこの作品の制作時期にシカゴのレーベル、とりわけ《kranky》のカタログを熱心に聴いていた旨を明かしているのだ。つまり『The Moth』と『no floor』にはシカゴの音楽的な土壌に対する眼差しという共通項が浮かび上がるわけだが、より興味深いのが、その結果サウンドが獲得した匿名性である。『no floor』において筆者が見出す最大の聴きどころは、この時点までに発表されたいくつもの共作群に比して「どのサウンドがどちらの発したものか」という意味での記名性が薄く、それが音楽全体の曖昧さや揺蕩うようなテンションの持続に繋がっている点であったが、『The Moth』のサウンドもまた、バンドの総体(人数や楽器編成、ボーカルの有無や分担など)がひどくぼやけた状態でしか意識に上らず、どこか実在性を欠いたまま耳に届く。

サウンドにおける匿名性は、ポストロックの特筆すべき美点のひとつでもあるが、その記念碑的な作品といえるトータス『TNT』において未来を志向するビジョンによって獲得されたそれは、『no floor』や『The Moth』においては歴史への眼差しによって生み出されており、そのあり方はやや異なっている。とくに『The Moth』は、いかにもなエディット感を前景化させず、むしろ時折ライブ録音のような感触を保持しながら、その実在性の希薄さ、亡霊的な匿名性の境地へ手をかけているという点で、新たなフェーズを感じさせる。

しかし未来から過去への、もしくは光のそそぐ窓際から地下の暗室への反転を思わせる彼らのサウンドは、きっとどこかで、合わせ鏡のように、ポストロックへ関連しているのだろう。カメラ・オブスクラの内部で、像が反転するように。(よろすず)

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