Review

Slowthai: Nothing Great About Britain

2019 / Method Records
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ブレグジット、グレンフェル、分断のUKを愛を持って笑い飛ばすヒーロー

27 May 2019 | By Shintaro Yonezawa

UKのラッパー、Slowthaiのデビュー・アルバム『Nothing Great About Britain』は今のUKの空気を彼の視点で不器用に切り取った傑作だ。そして、リリースされたこのタイミングはこのアルバムを聴くのに絶好のタイミングでもある。なぜなら、ブレグジット(イギリスのEUからの離脱)を強硬に推し進めてきたテリーザ・メイ首相がまさに辞任を表明したばかりだからである。

ノーサンプトンというイギリスの中部出身のラッパー Slowthai (スロータイ)。ノーサンプトンを含む州・ノーサンプトンシャーは、EU離脱を問う国民選挙において、7つの行政区全てで“EU離脱”が多数派となったエリアである。そんな地元の保守的な空気に対して、グリルだらけの歯を見せびらかして不気味に笑うSlowthaiの姿が想像できる。 このデビューアルバムの中で、彼は幾度となく政治をこき下ろし、ライブでは「ファック・テリーザ・メイ」をチャントさせる。またジャケットでは、彼は団地の前の駐車場の処刑台に立たされており、その後ろではイギリスの国旗を掲げた極右風の住民がその様子を見ている。

アルバムの幕を開けるタイトル曲では、“イギリスらしさ”を示すものがコケにされている。バッキンガム宮殿でバックフェスト(簡単に酔っ払えることで知られ、特に労働者階級の間で定番となっているトニックワイン)を飲み、スリー・ライオンズ、EDL(イギリスの極右政治団体)、セイント・ジョージ・フラッグ、ドクター・マーチンといった、固有名詞を並べ、極右、スキンズ、ネオナチを“リアル・イングリッシュボーイ”と小馬鹿にしている。 また、ミュージックビデオでは、アーサー王の剣を岩から引き抜き、その剣で地元のフードを被ったギャングに忠誠を誓わせている。ヒロイックで神話的な“イギリスらしさ”の象徴をこき下ろしながら、グライムMCのDizzee RascalやThe Streetsと自身を並べ、UKストリートのパンクを表明しているのだ。 

 <I  will treat you with the utmost respect only if you respect me a little bit Elizabeth, you cunt
(エリザベス女王様、あなたが俺をちょっと尊敬したら、私は最上級の敬意を払います、クソ野郎)>
(「Nothing Great About Britain」) 

こうしたパンク・アティチュードの表明がこのアルバムの魅力の一つではあるが、エモーショナルな詩も魅力の一つだ。アルバムの前半では、Mura Masaのギター・サウンドにのせてシャウトする「Doorman」、政治家の名前で言葉遊びをしながらセカンド・ヴァースでは詩情を滲せる「Dead Leaves」、彼の地元を“彼なりに”賛歌する「Gorgeus」、不器用に愛を歌う「Crack」と続く。どの曲でも彼自身のポジティブとネガティブとが混ざり合った複雑な気持ちを表現していて感傷的な気分にさせられる。アルバム中盤ではMC Jaykaeを迎えた「Grow Up」、Skeptaを迎えた「Ignorious」といった客演曲を挟み、アルバムの後半はより内省的な曲が並ぶ。騒々しいトラックの「Peace of Mind」や「Missing」では彼の周りを描写しながらも、最終的には常に自分と向き合っている。

“Slowthai”というのは子どもの頃から吃音気味でゆっくりと喋ることしかできず、周りから馬鹿にされて付けられた名前という。確かにSlowthaiのラップは常に言い澱み、感情がうまく言葉になりきっていないように聞こえる。しかし今作ではシンプルなグライム・トラックやギター・サウンドに乗せて、彼の言葉の手前にある感情が溢れ出しているのだ。(米澤慎太郎)

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