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Heartworms: Glutton For Punishment

2025 / Speedy Wunderground
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暗闇の戦闘機、あるいは白と黒の逃走

30 April 2025 | By Casanova.S

ブラック・ミディ、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、スクイッドと素晴らしいシングルを連発し新人バンドの登竜門的な要素が強かったサウスロンドンのレーベル《Speedy Wunderground》の様相も最近では変わりつつある。フランツ・フェルディナンドからウェット・レッグまでを手がけた名プロデューサー、ダン・キャリーのこのレーベルはワンショット契約の7インチをリリースするのが基本だったが、それに加えてそのままアルバムまでリリースするバンドが増えてきたのだ。ノースイングランド、ヘブデンブリッジの若きカリスマティックなロックンロール・バンド、ラウンジ・ソサエティ、サックスとドラムの二人組、奇妙な名前と凄まじくねじれたグルーヴを持ったO.、オルタナロックの液体にとろけるメロディを入れかき混ぜたモーリッシュ・アイドル等々、音楽の種類はバラバラながらファンの心をくすぐる存在を送り出している(魅力的な音楽というものに形はなく、あったとしてもその形状は無数に存在するものなのだとこのレーベルは教えてくれる)。これはおそらく自らが興奮する音楽を迅速にリリースするという誓いを立てた《Speedy Wunderground》の精神から来ているのだろう。その思いが膨み、一曲、あるいは一日限りのレコーディングの枠を超え、この素晴らしい音楽の続きをみたいとアルバムのリリースにつながったのかもしれない。

さぁそして《Speedy Wunderground》の送り出す魅力的な音楽の一つの形、ハートワームスのデビュー・アルバム『Glutton For Punishment』がここにある。イングランド・チェルトナム出身のジョジョ・オームのプロジェクト、ハートワームス。彼女はポストパンクとゴス、インダストリアルとエレクトロニクスのパレットを手に白黒の狂熱を描く。アートワークにプレスショット、ビデオ、レコードに至るまでハートワームスの世界は何から何まで白黒だ。それらの徹底されたイメージは煙のように立ち上りこの音楽を立体的にしていく。だがそれはもしかすると逆なのかもしれない。つまりこの音楽は彼女の頭の中にある世界の形を表現する重要な手段として存在するのではないかということだ。音楽と共にやってくるビジュアルの強烈なイメージが頭を支配する。

たとえばアルバムの3曲目に収録された 「Jacked」のビデオがある。デヴィッド・リンチの映画のような世界でぬいぐるみを掴み彼女は逃げ出す。陰鬱なビートがせき立てるようにして彼女の身体を走らせる。次から次へと切り替わり接続される場面。だけどもどこにも行けない。不穏にギターが鳴らされ、それがこれから起こる良くないことを指し示す。醒めることのない悪夢、孤独から、不安から、安らぎを奪い取るものから逃げようとしても終わりがこない。ドラマ仕立てのビデオはこのアルバムでハートワームスが表現しようとしているテーマを端的に表しているように思える。ここから抜け出したい、ストレスのかかる閉所からの逃走を求める感情と、もう取り戻すことは出来ないという喪失感と痛み、極端なスリルによる倒錯的な快感、それらが入り交じりった逃避の感情が後ろ向きのダンスとして表に現れる。感情が加速し鼓動がそれに応える。そう、走ることとは踊ることなのだ、暗闇から逃げ出すためにこのダンスはある。どこにもたどり着けなくても構わない。そこから抜け出すことが大事なのだから。

そうやって考えると彼女が第二次世界大戦時に使われたイギリスの戦闘機スピットファイアに心を惹かれているのもわかる気がする(EPやアルバムのアートワークはもとより、服にビデオ、あらゆるところでこの戦闘機のモチーフが使われている)。孤独と不安にさいなまれ飛ぶ飛行機は目的地にたどり着くものではなく、自らの正当性を疑いながら飛び続ける。破壊は不安を取り除こうとする衝動で、しかしそれが心にさらなるダメージを生む。第二次世界大戦において20歳で命を落としたパイロットをモチーフに低空飛行で飛ぶベースラインの上で惑う「WarPlane」は混迷を極める世界を現すかのように響く。インダストリアルなビートの上で不釣り合いなくらいロマンティックに唄われるこの曲は、しかしそれゆえに矛盾した人間の心を狂おしく描き出すのだ。「Extraordinary Wings」ではその混乱をもっと直接的に吐露する。「墜ちたものを破壊する/私は視界から墜ちたものを破壊する/殺人は望まない、だって権利がないから」硬質なビートの上で情感にあふれたギターとシンセに挟まれゆっくりと進行する曲の中から浮かぶのはやはり死の色と疲弊し混乱した心のイメージだ(そしてそれは軽々しく他者の価値を決めつけてしまうような現代社会のメタファーとして機能しているようにも思える)。総じてこのアルバムの中でジョジョ・オームはヒトの矛盾した感情を描いている。孤独と不安が生み出す心の闇、逃避のダンスの快感、白黒の世界の中でもがく心の動きが音楽としてここに現れる。

あぁそれにしてもハートワームスのこの痺れるような魅力はなんだろう。音楽はもちろんそれ単体でも素晴らしいが、他のものと組み合わさった時にその力を何倍にもする。ポップ・ミュージックの世界ではどんな音楽が鳴っているのかと同じくらいに、どんな音楽が鳴らされようとしているのかが重要なのだとこのプロジェクトは伝えてくる。ビデオとファション、アートワーク、音楽とその間の表現、当たり前のようでいてそれを徹底することはなかなかできない。しかしもし徹底されていたとしたらどうなるのか? それは頭の中を飛び続けるこの白黒の飛行機が教えてくれる。(Casanova.S)

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