Review

Horse Jumper of Love: Disaster Trick

2024 / Run for Cover
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荒涼としたどこまでも平熱のノイズ

18 September 2024 | By Kenji Komai

ボストン出身のスリーピース・バンド、Horse Jumper of Loveの名を知らしめることになった、2016年のセルフタイトル・アルバムに「Ugly Brunette」という曲がある。現時点で、Spotifyでは彼らの楽曲のなかで最も再生されているナンバーなのだけれど、バンド特有のゆったりとしたグルーヴにのせて、フロントマンのディミトリ・ジャンノプロスは次のように歌い始める。〈葬式/費用のコマーシャル/子供たちが誕生日ケーキを切っている/私は嫉妬深い人〉。このあとジャンノプロスは、幼い頃無くしたシャツに思いを馳せながら、相手との関係を修復しようと思索する。

新しいアルバム『Disaster Trick』においても、こうした漠然とした不安を、個人的な小さな出来事や夢幻的なイメージを重ね合わせビルドアップしていくジャンノプロスの才気は際立っている。〈先生はもういない/今、私たちは彼の葬送歌を歌っている/枕から羽を一枚引き抜いてくれないか?/君のように夢を見たいんだ〉(「Snow Angel」)。出し抜けだけれど腑に落ちる言葉から生まれるニヒリスティックなイメージ。

バンドは今回、ウェンズデイやスネイル・メイルを手掛けるアレックス・ファーラー(Alex Farrar)にプロデュース/ミックス/エンジニアリングを委ね、ファーラーが運営するアッシュビルの《Drop of Sun Studios》に住み込みレコーディングを行った。きっかけとなったのは新作『Manning Fireworks』を同スタジオで録音しているMJレンダーマンで、彼とのツアーで知り合ったファーラーからスタジオを見に来ないかと逆オファーを受けたのだという。さらにはウェンズデイからレンダーマンとカーリー・ハーツマン、スクワレル・フラワーがゲストで参加しており、おぼろげで冷ややかな印象の強かったギターのレイヤーに新たな表情を与えている。ドラムのジェイミー・ヴァダラ=ドランとベースのジョン・マルガリスよるリズム・セクションの安定感がさらに強固になっていることも相まって、バンドが持っていたシューゲイズ的側面がファーラーのプロデュース・ワークにより引き出された、というべきだろうか。アウトロでシンセの音そして環境音が忍び込んでんでくる「Heavy Metal」など、細やかなアレンジメントのアイディアが功を奏している。ちなみに、これまでのディスコグラフィをたどってみても、Horse Jumper of Loveはスロウコアを免罪符としてこなかったことは明らかだが、実際インタヴューの発言によると、周囲からスロウコアというレッテルを貼られ、後追いでスロウコアと呼ばれるバンドを聴くようになったとのことだ。

「Today’s Iconoclast」の〈新たな依存/それには規律が伴う/悲しみの音を嫌う/Amazonベーシックの聖書で読んだ〉というヴァースはパゾリーニを観たことから生まれたというが、彼の言葉選び、そしてジャケットのアートワークに使用されている自身のイラストレーションには、どこか神話めいたイメージや飛躍が少なくない。それが決して陳腐に感じられないのは、イメージを手元に引き寄せ、個人的な体験を重ね合わせているからだろう。そこに、リスナーが心地よく混乱させられる。どこまでもゆったりとしたグルーヴの上で呟かれる、〈昨夜私達は喧嘩をした/あなたはそれを月のせいにした/でもそれは月に対してあまり公平じゃない〉(「Word」)というなんともニヒルな言い草も、まんざら悪くはない、という気持ちになってくる。

ジャンノプロスとバンドは、夢想主義者としての姿と現実主義者としての姿の双方で揺れ動いている。日常にふと訪れる憂鬱、静かな狂気、関係の難しさからくる沈黙、ひたひたと押し寄せる死の匂い。静かに高揚していくけれど、決して爆発はしない。どこまでも荒涼とした平熱のノイズとして、彼らの豊かなアンサンブルは生活のなかに入り込んでいく。(駒井憲嗣)




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