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Waxahatchee: Tigers Blood

2024 / ANTI-
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グレート・プレーンズな歌

02 April 2024 | By Shino Okamura

現在はミズーリ州カンザスシティに暮らすワクサハッチーことケイティ・クラッチフィールドは、もうそろそろアメリカーナの領域で評価されてもいいシンガー・ソングライターだ。少なくとも2020年にリリースされた前作『Saint Cloud』で、彼女はアメリカの伝統的なフォーク・ミュージックへの歩み寄りを見せ、次の一手を決めかねたままインディー・ロックのフィールドの住民でいることから脱出できたと言える。その背中を押してくれたのがボーイフレンドでもあるケヴィン・モービー、そして共同ツアーも行ったハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフとベドウィンだと、前作に際しての筆者とのインタヴューで語っているが、彼ら“同志”との交流の中からルーツィーな音楽に向き合っていくことの豊かさ、楽しさ、ミュージシャンとしての手応えを見つけていったのはまず間違いない。そこにさらなる弾みを与えたのが、テキサスのシンガー・ソングライター、ジェス・ウィリアムソンと制作し、2022年に発表した共演アルバム『I Walked With You A Ways』である。

『Saint Cloud』同様にブラッド・クックをプロデューサーに迎え、スペンサー・トゥイーディー、フィル・クックといったメンバーと録音したその『I Walked With You A Ways』は、Plainsという名義でリリースされている。ご存知のようにPlainというのは平野とか原っぱという意味で、北米では中西部付近で南北に広がる平原がグレート・プレーンズと呼ばれているように、放牧や農業に適した土地のことを指すことも多い。つまり、ワクサハッチーとジェス・ウィリアムソンは、ジャンルとしてのアメリカーナにこだわる以前に、肥沃なプレーリーのような芳醇な音楽であろうとする純な志を持った二人ということもできるのだ。そして実際にPlainsの『I Walked With You A Ways』は、彼女たちにとってその道の大先輩にあたる、エミルー・ハリス、ドリー・パートン、リンダ・ロンシュタットによって87年にリリースされた、そして、カントリー音楽がここまでアメリカの主流となった今となっては、改めて振り返るに重要と思える素晴らしいコラボレート作『Trio』に対する現代からの、まだ少し奥ゆかしい返答のような1枚でもあったと思う。あるいは、より直球に“ギリアン・ウェルチ大好き!”な思いを形にした3人組、アイム・ウィズ・ハー(サラ・ワトキンス、サラ・ロジャーズ、イーファ・オドノヴァン)のような存在も刺激になったのかもしれない。そういえば、このワクサハッチーの新作『Tigers Blood』の1曲目は「3 Sisters」というタイトルだが、歌詞に直接的に3人の女性が出てくるわけではないものの、『Trio』やアイム・ウィズ・ハーを思い出させるし、あるいはハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフとベドウィンとヘッドライナー・ツアーをした時の経験も反映されているように感じられる。

Plainという言葉にはもう一つ、簡素とか飾り気のない、という意味もある。そのPlainsをリリースした《ANTI-》から今作がリリースされるに至ったことを考えても、今のワクサハッチーにとってプレーンであるということは大きな意味を持っていると言えるのではないか。事実、ワクサハッチーの作る曲は簡素で飾り気がない(ジェス・ウィリアムソン然り)。引き続きブラッド・クックがプロデュース、スペンサー・トゥイーディー、フィル・クックが参加する本作の曲も、基本的にはどれもシンプルで全くトリッキーではなく、カントリー、フォーク、アメリカーナの影響を少なからず受けているだろうエイドリアン・レンカーやフィービー・ブリジャーズらの作る曲と比べても捻りはほとんどなく、アコースティック・ギターの奏法もラフなままだ。中にはかなりロッキンにエレキ・ギターを弾いた「Bored」のような曲もある。部分的に歌唱スタイルにヨーデルを取り入れたりはしているが、メロディも構成もわかりやすく、親しみやすさをストレートに生かしていて、さながらアイム・ウィズ・ハーがギリアン・ウェルチ(がお手本)なら、こっちはルシンダ・ウィリアムスという印象さえある。ジェイソン・イズベルとシェリル・クロウのツアーのオープニングをつとめた時に書いたという先行曲「Right Back to It」にはウェンズデイのメンバーでもあるMJレンダーマンが参加しているが、これまたオーソドックスなデュエット・スタイルに着地させていて、気を衒っていない仕上がりが実に潔い。

とはいえ、歌詞はかなりブラッディーなものが多い。前作ではアルコールとドラッグ依存を乗り越えた体験が反映された歌詞だったが、今作ではより明確に生きるために格闘することの厳しさが刻まれている。“1年365日、自分は負傷兵だったと言って”という歌詞に始まる「365」、“私は決して死なないように生きている”という一節が印象的な「The Wolves」、“あなたの歯と舌は虎の血で真っ赤だった”というタイトル曲などのフレーズが耳に鮮烈だ。いずれも彼女自身……というより一人称の目線によるものだが、それでも決して彼女のパーソナルな歌には聞こえない。悲劇的でダークにも聞こえない。むしろ堂々と歌唱する。それは、シンプルでプレーンな曲調であることに加え、こうした歌こそが、指向、属性を超え、今、我々が共有する音楽そのものの土壌を豊かにすることを彼女はわかっているからなのではないだろうか。それこそ、太陽や雨の恵みがプレーリーを肥沃な土地にしているように。そこが前作との大きな違いのように思える。

ところで、前作『Saint Cloud』、Plainsの『I Walked With You A Ways』、そして今作のジャケットを並べてみると面白い。どれも見事に草原と青い空、そして彼女、だ。アメリカーナの文脈で評価されるべきアーティストだが、もっとカジュアルに、簡素に、現代における“グレート・プレーンズな”歌、と言っていいのかもしれない。(岡村詩野)




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