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スティーヴ・アルビニとジャズ ~シカゴ中の蔓を辿って~

26 July 2024 | By yorosz

2024年5月7日、スティーヴ・アルビニが亡くなった。数日後にはその訃報が日本にも届き、以降多くの方々が哀悼や感謝の意を表している。

おそらく多くのリスナーにとってもそうであろうが、レコーディング・エンジニアとしての彼の存在は特に90年代以降のロックにとっては欠かせないものである。

私自身、彼が関わった作品で真っ先に思い出されるのはスリント『Tweez』(1989年)、Dazzling Killmen『Face of Collapse』(1994年)、ニューロシス(Neurosis)『Times of Grace』(1999年)、ドン・キャバレロ『American Don』(2000年)、Dianogah『Battle Champions』(2000年)、そして彼自身がメンバーであるシェラックの諸作といった辺りで、精神的にはパンク~ハードコアへの熱意を維持しながらも、音楽的にはハードコアの先に生まれる様々な可能性を意識させる作品を手掛けた印象が強い。

彼は80年代の終わりから90年代の初め頃まではイリノイ州エヴァンストン(シカゴ市の北に隣接する街)の自宅地下にスタジオを構え¹、更に1997年にはシカゴにレコーディング・スタジオである《Electrical Audio》を設立。どちらの時代においても彼の録音には共通する特徴が見られるが、特に《Electrical Audio》設立後の作品(中でもロック・バンドのドラム)の響きについては、ブラインドですぐにそれと気付けるほど耳覚えのある方も多いことだろう。

アルビニの録音の特徴は、極力一発録りに近いかたちで、バンドの演奏をその場の空気ごと捉えることだとよく伝えられている。実際彼の関わった作品において、そのサウンドを最も特徴付けるのはアンビエンスの含有の度合いであり、それが感じさせる空間の広さや響きの色合いであろう。

アルビニがエンジニアとして関わった音楽は「バンド」というフォーマットから生み出される、(エレクトリック・ギターやエレクトリック・ベースなどの)電気増幅を経た音色を含むものが主であったが、サウンドが発生し反響している「フィールド」を常に感じさせるその録音からは、彼が電気を用いたサウンドを含んでいようともそれらを最終的にはあくまでアコースティックな現象として捉えていたことが伝わってくる。

彼が《Luna Kafé》のインタヴュー²において、Iain Burgess、Bob Weston、John Loder、Peter Deimelといった実際に親交のあったエンジニアと並んで、世界中の民俗音楽/フォーク・ミュージックの録音収集家として活動し、音楽学から民俗学、更には音楽を離れた種々のフィールドレコーディングの分野にまで多大な影響を与えているアラン・ローマックスの名を挙げ、お気に入りの音楽としても彼が録音した『Southern Journey』シリーズを挙げていることは、その点で象徴的といえるだろう。

そしてそのようなアルビニの録音の性質や哲学を顧みるにつけて、私の頭に浮かんだのは、「彼の録音手法はジャズの録音に(も)とても向いているのではないか」といった “if” であった。

本稿はこの素朴な疑問を起点に、アルビニとジャズの関わりを調査したものである。


アルビニが録音したジャズ

アルビニが関わった作品において、ジャズは時折微かにその存在が意識されるものではある。例えばスリントの「Kent」における印象深いウォーキングベース、例えばドン・キャバレロの曲名「The Peter Criss Jazz」、そしてDazzling KillmenのTim Garrigan、Blake Fleming、Darin Grayは同じジャズ・スクールで出会っている³。またニーナ・ナスターシャ(Nina Nastasia)『Outlaster』にはジェフ・パーカー、Jason Stein、James Falzoneが、Godspeed You! Black Emperor『Yanqui U.X.O.』にはロブ・マズレク、Josh Abrams、マタナ・ロバーツ(Matana Roberts)、Geof Bradfieldが、といった具合に、シカゴを拠点とするジャズミュージシャンが参加している作品もある。しかしこれらの例だけでは、アルビニとジャズの関わりを見出すにあまりに頼りない。以下ではそこから数歩踏み込んで、アルビニが録音した作品の中から、楽器編成やサウンドの面でより色濃くジャズの要素を有したものをピックアップしていく。

・Zu『Igneo』(2002年)

イタリアのアンダーグラウンドから世界中を股にかけて活動し、マッツ・グスタフソンやマイク・パットン(Mike Patton)、八木美知依など様々な音楽家とのコラボレーションも多いスリーピースバンド、Zuによる2002年作。彼らはサックス、ベース、ドラムという編成においても、そして音楽性においても、その立ち位置はマスロックとフリー・ジャズの境界線上にあるといえそうだが、本作にはシカゴのジャズシーンの精鋭たち(チェロ奏者のFred Lonberg-Holm、サックス奏者のKen Vandermark、トロンボーン奏者のJeb Bishop)が半数以上の楽曲で参加しており、複雑なリフの連結をフリー・ジャズ的な狂騒が脅かすといった様相が色濃く表れている。アコースティックながら雑味の強いサウンドのせめぎ合いを、ソリッドな音像で、しかし広がりを持って捉えた録音も非常にアルビニらしい。

・12Twelve『L’Univers』(2006年)

ギター、コントラバス、ドラム、そしてキーボードもしくはサックスという編成のスペインのバンド、12Twelveは、アルビニが録音を担当した2003年作『Speritismo』の時点で既に複数の楽曲でスウィンギーなパンク・ジャズとでもいうべき音楽性を見せていたが、引き続きアルビニ録音となった本作『L’Univers』では穏やかなトーンの演奏が増加したことでアルバム全編でジャズ的なサウンドやフィーリングが表面化、更に時折電子音も交えることでポストロックやラウンジ・ジャズ的聴き心地も視野に入れた作風へと変化している。シカゴ音響派に近しい手触りを感じる部分もあるが、それでいてポストプロダクションの存在はさほど意識されない点はアルビニらしいといえるか。

・The Thing『Bag It』(2009年)

日本では大友良英やジム・オルークとの共演作でご存知の方も多いであろう、マッツ・グスタフソン、Ingebrigt Håker Flaten、ポール・ニルセン・ラヴからなるスウェーデン/ノルウェーのハードコア・ジャズ・トリオ、The Thingによる2009年作。奇しくも先に挙げたZuと同じ楽器編成だが、彼らの存在はデビュー作『The Thing』が全編でドン・チェリーの作曲を取り上げたトリビュート作であったことなどから、より強くジャズの歴史に紐づけられるものといえるだろう。本作でもデューク・エリントン、アルバート・アイラーの楽曲が演奏されているが、加えて注目したいのがオランダのパンクバンド、The ExがTom Coraとのコラボレーション作『Scrabbling At The Lock』においてカバーしたMuzsikásの楽曲「Hidegen Fujnak A Szelek」がアルバムの冒頭で演奏されていることだ。The Exは『Starters Alternators』や『Catch My Shoe』など複数のアルバムをアルビニの録音によって制作しているため、この選曲は彼らなりのリスペクトであると思われる。本作ではマッツ・グスタフソンとIngebrigt Håker Flatenがそれぞれのメイン楽器(サックスとベース)に加えてエレクトロニクスも演奏しているが、アコースティック楽器/エレクトロニクスを問わず歪んだ響きを多用し、そこにポール・ニルセン・ラヴのパワフルなドラミングが加わる様相は正にハードコア化したフリー・ジャズ。Ingebrigt Haaker Flatenの角ばった輪郭のベースサウンドしかり、そしてマッツ・グスタフソンのサックスから発される(時に痙攣的なギター演奏を思わせる)激烈さと速度感を持った響きしかり、アルビニが録音する対象としてこれほど納得感のある「ジャズ・バンド」も他にないだろう。ドラムは完全にアルビニならではといった距離感、音像で捉えられており、それが終始演奏を牽引する4曲目は最大の聴きどころ。

・EYOT『INNATE』(2017年)

2008年にセルビア南部最大の都市ニシュで結成されたバンド、EYOTの2017年作。彼らはギターにベース、ドラム、そしてピアノという4人組だが、中でも作曲を担当するピアニスト=Dejan Ilijicの優美なフレージングが全編で演奏をリードしている印象だ。彼らの音楽はバルカンや東欧の伝統音楽をはじめ様々な音楽を折衷させるための器としてジャズ由来の演奏能力や音楽語法を活かしたものといえるが、結果として「構成上の複雑さと叙情性を併せ持つインストゥルメンタル」としてのポストロックの流れと接近する趣もあり、アルビニによる録音(特に豊かなアンビエンスを含んだスネアドラムの軽やかな響き)がその印象を増幅させ、彼らの作品の中でも際立った間口の広さを感じさせる。

・Fire!『Testament』(2024年)

Fire!は前掲のThe Thingのサックス奏者、マッツ・グスタフソンがスウェーデン出身のリズム隊、Johan BerthlingとAndreas Werliinと組んだユニット。The Thingとは同編成ながら音楽性は異なり、こちらは比較的遅いテンポで奏でられる執拗な反復フレーズのうえで徐々に演奏が熱気を帯びていくヘヴィ・ジャズファンクといった趣。2024年リリースである本作はアルビニの訃報を受けて《Bandcamp》が掲載した作品リスト⁴の最後に挙げられていたことも印象深い。3曲目はベースとサックスが作る土台の上でドラムが自由に動くような構成となっているため、(録音は2022年だが)アルビニによるドラム録音の最新のかたちを堪能できる一曲といえる。お気付きの方もおられるかもしれないが、本作のリズム隊は同じく今年リリースされたオーレン・アンバーチ(Oren Ambarchi), Johan Berthling, Andreas Werliin『Ghosted II』と共通しており⁵、音楽性のうえでも通じるものがあるため、録音の特徴を味わう意味でも両作を合わせて聴くことをおすすめしたい(『Ghosted II』の録音はDaniel Bengtssonによるもの)。

以上、5作をピックアップした。これらはDiscogsに登録されているアルビニが録音した作品の中からJazzのタグがついたものを聴いていくかたちで取り出したものであるため、そこに登録されていないものなどの見落としはあるかと思われる。しかしいずれにせよアルビニの関わった(1500以上、もしくは数千ともいわれる)膨大な数の作品の中でジャズに分類できるようなものが非常に少ないことはたしかだろう。そしてこれらの5作では、(EYOTがやや例外的に感じられはするものの)マスロック的な要素が含まれていたり、アコースティック楽器(例えばサックス)からも歪んだノイジーな響きが取り出されていたりと、アルビニが関わってきたロックのサウンドと何かしら共振するものが見出せる、すなわち彼が関わる必然性がきちんと見出せることもポイントだ。また、ここに挙げたバンドはみなイタリア、スペイン、スウェーデン/ノルウェー、セルビアと、アルビニの拠点であるシカゴから遠く離れた地域から来ていることも意味深である。


《Electrical Audio》で録音されたジャズ

アルビニが録音したジャズ作品が非常に少ないことは先に示した通りだが、彼がエンジニアとして関わってはいないものの、《Electrical Audio》で録音されているジャズ作品についてもここで紹介しておきたい。

・Isotope 217『Who Stole The I Walkman?』(2000年)

トータスのメンバー3名(Dan Bitney、ジェフ・パーカー、John Herndon)も参加しているシカゴ音響派の重要グループ、アイソトープ217の2000年作『Who Stole The I Walkman?』は、録音とミックスにジョン・マッケンタイアの《Soma Electronic Music Studios》、《Classics Studio》、《Empty Bottle》、《The Hothouse》、そして《Electrical Audio》という5つのスタジオ(およびヴェニュー)がクレジットされている。アイソトープ217はトータスの中でも最もジャズに根差した音楽性を持つジェフ・パーカーに加え、ロブ・マズレクとMatthew Luxという共にジャズ方面での活動の多いミュージシャンがメンバーとなっており、よりジャズの色合いの濃いグループといえるだろう。しかしながらサード・アルバムとなった本作では5つものスタジオで作業が行われていることからもわかるように、ポストプロダクションの比重が高まっており、打ち込みのリズムやアブストラクトな電子音の挿入がそこかしこに見られたり、断片的なドローン/アンビエントなトラックが含まれていたりと、シカゴ音響派~ポストロックという文脈だけでなくニルス・ペッター・モルヴェルなどの同時代のフューチャー・ジャズとの共振も大いに感じさせる内容となっている。

アルビニの存在は、彼がバストロの初作品『Rode Hard & Put Up Wet』を録音したことや、早くからトータスなどのバンドを評価していたこと、音楽家としてだけでなくエンジニアとしての活動も行うジョン・マッケンタイアやジム・オルークがアルビニの影響を受け、アルビニも彼らをリスペクトしていたことなどからシカゴ音響派に影響を与えた人物と位置付けられているが、一方でポストプロダクションを効果的に用いる音響派の面々に対してアルビニは基本的にはなるだけそれを用いないスタンスで活動していたりと、どこか素直に結び付けられない印象もある。アルビニが関わっておらず、《Electrical Audio》が複数の制作拠点の一つとして使用された本作の成り立ちは、そんな分岐と交錯の入り組んだ「アルビニとシカゴ音響派の距離感」を象徴するもののように思える。シカゴ音響派の文脈に紐づけられる作品では、本作のように複数の録音場所の一つとして《Electrical Audio》がクレジットされているケースが他にもあり、中でもトータスのベーシスト、Douglas McCombsのサイド・プロジェクトであるBrokebackの1999年作『Field Recordings from the Cook County Water Table』(ロブ・マズレクが参加)と、スリントのメンバーであったBrian McMahan率いるThe For Carnationの2000年作『The For Carnation』(ジョン・マッケンタイアが参加)は制作時期やサウンド、そして文脈のうえでも本作と合わせてお聴きいただきたい。

・Chicago Underground Duo『Synethesia』(2000年)

アイソトープ217のメンバーでもあるロブ・マズレクと、ジャズ・ドラマーのによるシカゴ・アンダーグラウンド・デュオによる2000年作。録音は《Electrical Audio》で行われているがエンジニアはジョン・マッケンタイアとなっており、先に紹介したアイソトープ217の作品などと合わせてシカゴ音響派とアルビニの間接的な交錯を示す作品といえるだろう。他にシカゴ音響派が《Electrical Audio》で録音した作品としては、時世を経た2017年にリリースされたアイソトープ217のベーシスト、Matthew Luxの初リーダー作であるMatthew Lux’s Communication Arts Quartet『Contra/Fact』が外せない一作だ。

・Living By Lanterns『New Myth/Old Science』(2012年)

シカゴを拠点に活動するMike ReedとJason Adasiewiczが中心となり、彼らと親交の深いシカゴのミュージシャン、更にNYのミュージシャンが加わることによって結成されたグループ、Living By Lanternsによる作品。参加しているシカゴ組の中でもMike Reedとトミーカ・リードは、1965年ムハール・リチャード・エイブラムスによって設立されアート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバーなどこの地で活躍する多くのジャズミュージシャンが会員として所属してきたAACM⁶に属する比較的若い世代のミュージシャンとしても注目される存在であり、そのような古くからのシカゴのジャズ・シーンの文脈とアルビニがスタジオという場を通して交錯していることは興味深い。ちなみに、参加メンバーのトミーカ・リードとNY組のMary Halvorson、Tomas Fujiwaraはこのグループでの出会いをきっかけに先日初の来日ツアーを果たしたトミーカ・リード・カルテット(Tomeka Reid Quartet)として10年以上に渡って活動を共にしていくこととなる。

・Natural Information Society『Since Time Is Gravity』(2023年)

ベーシストのJoshua Abrams率いるNatural Information Societyは、作品によってメンバーは異なるものの基本的にシカゴを拠点とするジャズミュージシャンが出入りする流動的なグループである。本作ではAri BrownやHamid Drakeといったベテランからニック・マッツァレラ(Nick Mazzarella)やMai Sugimotoといった若手まで、広い世代の総勢11人が参加。ミニマリズムを昇華した構造とフリーキーなジャズの即興性がとぐろを巻き、タブラやguimbri、ハーモニウムといった非西洋の楽器の響きがそれを彩るサイケ~スピリチュアルなジャズ絵巻の傑作となっている。

シカゴ・シーンのジャズミュージシャンが《Electrical Audio》で録音した作品は他にも多数あり、Joshua Abrams’ Cloud Script『CLOUD SCRIPT』、Jason Stein『After Caroline』、Bill Dixon with Exploding Orchestra『Bill Dixon with Exploding Orchestra』、Jason Adasiewicz『Roy’s World』、Klang『Brooklyn Lines . . . Chicago Spaces』、Musket『Free Coffee at the Banks/Push My Heavy』、Frank Rosaly’s ¡Todos de Pie!『Frank Rosaly’s ¡Todos de Pie!』などが挙げられ、これらへの参加ミュージシャンは先に言及したAACMへ所属している者も多い。アルビニの存在が意識されているかまではわからないが、少なくとも《Electrical Audio》という場がシカゴという地においてジャズミュージシャンにとっても有用な選択肢の一つとなっていることはたしかだろう。

・Miguel Zenón Featuring Spektral Quartet『Yo Soy La Tradició​n』(2020年)

プエルトリコ出身、バークリー音大で学び、以降は世界各地の大学などで教鞭を取りながら自身の出身であるプエルトリコの様々な音楽とジャズの混合を基軸に音楽活動を展開しているサックス奏者のミゲル・ゼノン(Miguel Zenon)が、シカゴを拠点とする弦楽四重奏団Spektral Quartetと共に制作したコラボレーション作。これまで紹介してきた作品とは文脈を異にする感のある一作だ。《Electrical Audio》でクラシック的な編成の音楽が録音されることは(ロック・バンドが弦楽を導入するようなケースを除けば)非常に稀であるため、本作のサウンドは同スタジオの歴史の中でもなかなかに貴重なものではないだろうか。

以上、ここでも5作をピックアップした。

アルビニは《IN THE LOOP》のインタヴュー⁷でシカゴの音楽シーンについて、パンクとジャズやフリー・ミュージックの交流を例に挙げながら「相互受粉的」な特性が常にあると語っている。ニーナ・ナスターシャやGodspeed You! Black Emperorといった例に見られる、録音という作業の中で生まれた彼とジャズミュージシャンの協働や、シカゴ音響派、更にはAACMから連なるシカゴのジャズ・シーンとの、《Electrical Audio》というスタジオを通しての関わりもそのようなシカゴという地の特性故ということができるかもしれない。アルビニは先の発言に続けて、シカゴの音楽シーンの様相を「蔓」に例えてもいる。協働の機会や間接的な交流を多く持ちながらも、その作品を全面的に録音したというケースが見出し難い彼とシカゴのジャズミュージシャンとの関係は、直線的に繋がったものではなく、いくつもの分岐の中で時折絡まる、正に「蔓」のようなものだったのだろう。

ここまでアルビニとジャズの関わりをいくつかの観点から調査してきた。

《Electrical Audio》は固定の料金を払いさえすれば誰でも使用することができるスタジオであり、そこに努めるエンジニアについても、アルビニ含めて一日当たりの料金が公表されており⁸、それを支払えば誰でも録音についてもらうことが可能であったと思われる。《Luna Kafé》のインタヴューにおける「もしリンプ・ビズキットのようなバンドがあなたに電話してきて、EAでレコーディングしたいと言ったらどう答えますか?」「いつからがご希望ですか?」という問答はその姿勢を端的に伝えるものだ。この言葉をそのまま受け取るなら、これまで見てきたアルビニとのジャズの関わり方から嗅ぎ取れる要素(例えば彼が録音したジャズ作品の音楽的な性質から感じ取れる「必然性」であったり、《Electrical Audio》で制作されたシカゴのジャズミュージシャンの作品は多数あるにも関わらず彼自身は手掛けていないこと⁹など)は、依頼に応えた、言い換えれば蔓に巻かれた結果としてそうなったというだけのものであり、アルビニ自身が選り好みをして作り上げたものではないということだろう。

そしてそれは、The Thing『Bag It!』のようにアルビニが録るべきと思えるようなジャズ作品、更には彼の担当するサウンド・イメージにないようなジャズが彼の手によって録られるための門戸が、彼が生きている限り開かれていたことを意味するだろう。そう、そのような作品がこれから録音される可能性はゼロではなかったはずなのだ。蔓の先がどこに伸び、何と絡まるかが、誰にもわからないように。(よろすず)


¹ この時期については田畑満氏による連載に詳しい https://turntokyo.com/features/the-future-belongs-to-analogue-loyalists-steve-albini-1/
² http://www.lunakafe.com/moon73/usil73.php
³ https://clrvynt.com/dazzling-killmen-interview/
https://daily.bandcamp.com/lists/the-big-playback-a-bombastic-intro-to-steve-albini-king-of-all-engineers?utm_source=footer
⁵ ちなみに2012年にFire!はオーレン・アンバーチと共作をリリースしており、これが『Ghosted』シリーズのきっかけの一つとなったと考えられる。https://firesweden.bandcamp.com/album/in-the-mouth-a-hand
⁶ AACMについては柳樂光隆氏によるトミーカ・リードへのインタヴューにて現在の様子などが詳しく語られている。 https://note.com/elis_ragina/n/ndef4378a225d
https://blogs.colum.edu/intheloop/2017/09/01/interview-with-a-professional-steve-albini/
https://www.electricalaudio.com/booking-rates
⁹ これらの作品はアルビニではなく《Electrical Audio》に古くから務めるエンジニアのGreg Normanが多く手掛けているため、アルビニにそういった依頼が来なかったというより、Gregがより深い親交を築いていたということかもしれない。

Text By yorosz


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