深淵をのぞく時
「尺八はある意味では、日本の楽器の中でも非常に特殊な位置にあり、最も日本らしい楽器といえます。虚無僧尺八は日本音楽の特殊な部分が凝縮した音楽。語りでも歌でもないのですが、楽器として、語りものに近い性質を備えています。」
──中村明一『日本音楽の構造』より
作品の内容に触れるまえに、まずは本作をリリースしたレーベル《ato.archives》、およびその周辺で展開される《MIMINOIMI》の活動に触れておきたい。
《ato.archives》は2023年に始動した、おもに日本の実験音楽を扱うレーベルである。初期のリリースを見ても、たとえばタージ・マハル旅行団のメンバーである永井清治による『Oscillating Stars』、マージナル・コンソート(Marginal Consort)のメンバーである越川知尚による『Footprint』、そして幡ヶ谷のライブハウスForestlimitでのアンビエントセッションを記録したV. Kristoff / Yu Ogu / Precipitation『Transcendental Meeting at Hatagaya』などが並ぶ。ここでは、日本のアンダーグラウンドから独自の経路で世界的影響を与えるに至ったレジェンドの近影から、まさに現在進行形でライブハウスなどの現場で活動する作家までが並置されており、縦にも横にも、歴史を広く長いスパンで見渡そうとする視座が感じられる。加えて、「物音」という日本独自の音の捉え方に着目した『monooto: Object-Oriented Music in Japan』や、台湾のモジュラーシンセ・シーンを取り上げた『Pulses on the Horizon – Modular Music of Taiwan』など、レーベル独自の視点をもとにシーンや作家、作品をまとめる、編纂の手つきをより前面化させたコンピレーションの制作も盛んだ。
レーベルのそうした多角的な方向性を象徴するものとして、とくに重要なのが、日本の伝統音楽/伝統楽器への着目だろう。今回取り上げる野中克哉『いきをつなぐ』だけでなく、2025年には須田誠舟『Shiroyama / 城山』や笙の石川高と楽琵琶の中村かほるによるユニットkishun『古界 | Kokai』といった作品もリリースされており、現代の実験的な音楽への関心と接続することで、こうしたサウンドが新鮮なものとして新たに発見されうる可能性をプレゼンテーションしている。その多角性は、《ato.archives》と同じ運営陣が手がけるフェスティバル・プラットフォーム/レーベル《MIMINOIMI》とも共有されている。2023年にはじめて催され、以降毎年開催されている都市型アンビエント・フェスティバル「MIMINOIMIアンビエントウィーク」¹の第3回(2025年開催)でも、琵琶奏者の塩高和之と尺八奏者の藤田晄聖のデュオ、そしてkishunなどが招聘された。さらに、フェス開催に先駆けてDOMMUNEで特集番組「MIMINOIMI – Ambient / Week – 2025 特別番外編『日本の響き』」が組まれるなど、その注力のほどがうかがえる。
映画監督としても活動し、切腹ピストルズのメンバーでもある尺八奏者=野中克哉による古典本曲(尺八の古典的なレパートリー)の演奏のみで構成された本作『いきをつなぐ』も、まさにそうした方向性に連なるものだろう。
本作は、そのシンプルな内容から尺八音楽の入門の一作としても非常に親切なものであるが、それと同時に、演奏者自身が製作したさまざまな長さや特性の尺八を楽曲によって使い分けるという、ディープな創意工夫がこめられた一作でもある。尺八音楽のもつさまざまなユニークさとして、とりわけ認識しやすいのが、旋律の歩みに宿る間の自由さと、音色の多様性だ。自作したさまざまなタイプの尺八を用いるという工夫は、とくに後者においてさらなる彩りをもたらしている。その特性があらわれた白眉となるのが最終曲「心月」であり、4分45秒あたりや6分45秒あたりでの重音奏法によってありありと浮かびあがる特徴的なサウンドは、本作が聴かせる、さながら宇宙的ともいえる音色のバリエーションを象徴するものだ。本作のカセット版では、演奏者自身による楽曲と、そこで用いられた尺八の紹介が付属している。そこでも、この曲で使用されている尺八が発する倍音についてはひときわ力の入った言及があり、この演奏における倍音の機微が、本作の大きな聴きどころであることを間違いないだろう。ほかにも耳を澄ませば、たとえば1曲目「本手の調」の冒頭における息の音や、それと同調してせりあがる上ずったハーモニクス、あるいは「別伝 鶴の巣籠」における尺八の独特な演奏法「コロコロ」²がうむ、空気が泡立つかのような攪拌的なサウンドなど、まるでホワイトノイズからサイン波までの広大な領域のどの座標にでもワープしうるような、音響的な無限性が見いだされる。
他ジャンルの音楽を例にとるなら、その宇宙を覗くかのような音色の深淵さは、ドロップチューニングによってギターのサステインに宿るインハーモニシティの蠢きを可聴域へ招き入れ、過剰なひずみと爆音化によってそれを鼓膜に焼きつけるサンO)))(sunn O))))のサウンドに匹敵するほどだ(奇しくも彼らも新作をリリースしたばかりである)。
雅楽、能、浄瑠璃など、儀式や演劇的な要素と結びついた総合的なフォーマットをもつ一方で、琵琶、三味線、箏など、それぞれの楽器単独での表現においても長い歴史をもつ日本の伝統音楽/伝統楽器。しかしながら、現代の日本に暮らす私たちにとって、それらに触れる機会はひじょうに少ない。ある意味では、その格式高さゆえに、日常と距離のあるものとなっていることも実情だろう。そこへ耳を向けるにあたって、津軽三味線ならば高橋竹山、尺八ならば海童道祖や横山勝也、箏ならば沢井忠夫といった大家の録音をまず手にとってみるのは正攻法といえる。だが、ここで紹介した《ato.archives》および《MIMINOIMI》がプレゼンするような、現在進行形で活動する演奏家の公演なり新作に手をのばすことも、いまの私たちがそれらを「リアルなもの」として捉えなおすための、有力な手がかりとなるはずだ。(よろすず)
¹「MIMINOIMIアンビエントウィーク」は本年もGW、5月4日〜10日に開催された。https://www.miminoimi.me/
²尺八の奏法のひとつ。複数の指づかいを行き来し、穴の開閉を高速でおこなうことで、「コロコロ」という擬音で表されるような特徴的なサウンドを発する。本作の「別伝 鶴の巣籠」では、旋律の途中や末尾でこの奏法が頻繁に使用されている。

