ポップスの王道と奇抜な発想、高いミュージシャンシップ
仕事でアメリカに滞在しているとき、たまたま通りかかったコンサート・ホールで、いまだ来日していない大好きなミュージシャンのライヴがまもなく始まると知り、その場でチケットを購入してライヴを楽しむ。さらに、その公演の一部が音源化され、アルバムとしてリリースされる。この出来事をミラクルと呼ばずして、なんと呼ぼうか。
2024年9月24日。私はロサンジェルスにいた。フェイ・ウェブスターからツアーのオープニング・アクトに指名を受けたmei eharaのギタリストとして同行していたのだ。その日の朝にLAX=ロサンジェルス国際空港に着いたばかりだった。
夕方頃、時間があったから皆でハリウッドにある《Amoeba Music》へ行った。お店のそばにコンサート・ホールがあり、ぞろぞろと人が集まってきていた。《Hollywood Palladium》というヴェニューだ。看板を見ると、そこにはヴルフペックの名前が。
ここ数年、ずっと思慕を寄せてきたバンドだ。ことあるごとにその名前を出していたら、4作目『Hill Climber』の国内盤CDでライナーを書く機会をいただいた。
しかし不思議なことに、これ幸いとチケットを買ってライヴを観るという選択肢は頭に浮かびもしなかった。冒険心が欠如していて予定にないことをするという発想がないのである。しかし、皆に「こんな機会滅多にないのだから行きたいなら行くべし」と背中を押され、沼澤くんもついてきてくれるというので、急遽その場でスマホからチケットを購入した。
鳥居真道によるmei ehara西海岸ツアー日記
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メール・アドレスを間違えて登録したまま支払いを済ませてしまい、チケットのリンクが届かず、一時はパニックになったものの、係員の助けを借りて無事に入場できた。売店でビールを買って一口飲んだ途端、入場できた安心感で気が抜けたせいなのか、強烈な眠気に襲われた。そのためライヴの記憶はあまり残っていない。新曲が多く、ジャック・ストラットンが「ライヴ盤を作ってる」と言っていたのは覚えている。
2025年3月4日。再びツアーでアメリカに滞在しているときに、『Clarity Of Cal』がリリースされた。まさにこれがジャックが言っていたライヴ盤である。私と沼澤くんが居合わせた9月24日の公演も収録されている。
続・鳥居真道によるmei ehara USツアー日記
https://turntokyo.com/features/west-coast-tour-notes-with-mei-ehara-faye-webster-2025/
しかしこれはただのライヴ盤ではない。ライヴ音源を使用したスタジオ・クオリティのアルバムだと言って差し支えないだろう。リハーサルは1日だけ。5日にわたりライブを行い、良いテイクをまとめてアルバムにする。高いミュージシャンシップがなければできない芸当だ。遊び心と冒険心も必要だ。
ライヴの記憶はぼんやりとしているものの、『Clarity Of Cal』を聴くと、収録曲はすべて聞き覚えがある。特に歌ものだ。というのも、どれもキャッチーだったからだ。タイトルが示しているように、このアルバムは、ヴルフペック史上もっとも底抜けに明るくて、ポップでウォームな作品だといえるかもしれない。これは、今回のキーパーソン、ジェイコブ・ジェフリーズの影響が大きいといえる。彼とジャックのコラボレーションにより曲が生まれたとのことだ。カートゥーン・キャラクターのような声と正確なピッチが彼の持ち味だ。
ヴルフペックといえば、その技術の高さからミュージシャンから厚い支持を受けるバンドだ。しかし今回の主役は演奏陣ではなく、分厚いコーラス隊だと言って差し支えないだろう。ジェフリーズに加えて、テオ・カッツマン、アントワン・スタンリー、ジョーイ・ドーシックのレギュラー・ヴォーカル陣がそれぞれマイクを握り、「Big Dipper」では4人がかりで華やかなコーラスを披露する。まるで往年のドゥー・ワップ・グループのようだ。コーラスは後でダビングをしているそうだ。
1911年にルーヴル美術館で起きたイタリア人による「モナリザ」盗難事件から着想を得た「La Gioconda」や、ウォーレン・Gとネイト・ドッグがマイケル・マクドナルドの「I Keep Forgettin’」をサンプリングしたエピソードを現代に置き換えたような「This Is Not The Song I Wrote」などでは、ヴルフペックらしいユーモアが発揮されているが、以前よりもユーモアの質がストレートなように感じる。
ヴルフペックはファンクバンドに分類されるのが一般的だ。一方で、ソング・オリエンテッドなバンドとしての一面があると私は考える。たとえばヴィンス・ガラルディの作風に見られるような、人懐っこいメロディは彼らの大きな魅力にほかならない。当作品のリファレンスとしてアース・ウインド&ファイアがあったそうだ。『Clarity Of Cal』は、ポップスの王道と奇抜な発想、高いミュージシャンシップという彼らの特徴が現れた快作である。
タイトルは「カリフォルニアの透明さ」。ジャケットは澄み切った空を背景にしたアントワン・スタンリー。LAXに到着したときの青空を思い出さずにはいられない。しかし、今年の年始にLAは火災に見舞われ、透明な空は炎と煙に覆われたのだった。『Clarity Of Cal』は、心の拠り所としての「私の青空」(“My Blue Heaven”)をヴルフペック流に示したアルバムだと捉えられるかもしれない。(鳥居真道)
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