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異質なものを結びつけるのが自然
海外でも再評価される作曲家、清水靖晃(Yasuaki Shimizu)が語る劇伴の美学

27 June 2026 | By Yasuo Murao

70年代にジャズ・シーンから登場したサックス奏者/作曲家、清水靖晃。デビュー以来、ソロ、マライア、清水靖晃 & サキソフォネッツなど様々な形態で活動。フュージョン、プログレ、エレクトロニック、ダブ、クラシックなど、作品ごとに様々なサウンドを取り入れて独自に昇華させてきた。2000年代に入ってから、清水が80年代に発表した『案山子』(ソロ名義、1982年)や『うたかたの日々』(マライア名義、1983年)を海外の新世代のリスナーが発見。『うたかたの日々』がアメリカで再発されるとPitchforkは8.5点という高得点をつけるなど、清水の作品は次々と再評価されて、今や清水はレジェンド的な存在だ。そんな清水がソロ活動と並行して精力的に取り組んできたのがサントラで、そこでも清水のユニークな音楽性が発揮されている。新作サントラ『お別れホスピタル2』を出発点にして、これまでの清水のキャリアを遡りながらその独創的な音楽世界に迫った。
(インタヴュー・文/村尾泰郎 トップ写真・ライヴ写真/Ryan Muir, courtesy of AdHoc)

Interview with Yasuaki Shimizu

──NHKで放映された『お別れホスピタル2』のドラマの演出は柴田岳志さん。これまで清水さんは、『みをつくし料理帖』(2017年)、『空白を満たしなさい』(2022年)、『八月の声を運ぶ男』(2025年)など様々な作品で柴田さんとタッグを組んできました。

清水靖晃(以下、S):映画と同じようにテレビドラマも出来上がった映像を観て曲を作ることが多いのですが、柴田さんと一緒にやるドラマは台本だけで曲を作るんですよ。なぜかというと、作曲をしている時にロケをやっているので映像が観られないからなんです。

──台本から曲のイメージを読み取って作曲するというのは、付き合いが長い柴田さんの作品だからこそできることかもしれませんね。

S:柴田さんはiPhoneに1000曲以上入っているくらいの音楽好きなんです。映像と音楽を一体化させる時の質感のようなもの。そのセンスは僕と共通するところがあるんですよね。

──でも、どのシーンにどれくらいの長さの曲が必要なのかわからないのは大変ですね。

S:なので、柴田さんのドラマのサントラは曲を長めに作っておくんです。そして、シーンに合わせて必要な長さだけ使ってもらう。だからサントラにしやすいんですよ。短い曲をサントラ用に長くしたりする必要がないから。

──長さに縛られず作曲できるのはいいですね。今回、曲作りで何か意識されたことはありますか?

S:劇判的な音楽ではなく、登場人物のキャラクターを音楽で表現するようにした方が面白いかな、と思いました。伊東四朗さんが演じる安斎正助や渡辺えりさんが演じる美枝ママの曲なんかは特にそうですね。例えば安斎さんの曲(「Tortoise March I」)はニューオリンズの葬送曲みたいな、明るいのか暗いのかわからない気怠い感じの曲調にしました。そして、ちょっとレトロな感じの音にすることで、100歳の安斎の人生を感じさせるような曲にしたんです。

──美枝ママの曲、「Marmalade」はラテン風の艶やかな曲でキャラクターの雰囲気が出てますね。そういったキャラクター色の強い作曲に加えて、どの曲も音の作り方が面白い。例えば「まぼろし」はミュゼットが同じメロディーを繰り返して、そこに鐘の音やストリングスなど様々な音が浮かんでは消えていく。ヨーロッパ映画のような雰囲気を漂わせた幻想的な曲です。

S:子供の頃に聴いたラテン音楽や、子供の頃に両親に連れられて映画館で見た映画の音楽が頭の中に染みついてるんですよ。当時(50〜60年代)の日本の映画音楽ってヨーロッパや海外の映画音楽の影響を受けていて、小津(安二郎)の映画の音楽もイタリア風なんですよね。そういう影響が自然に出てるんだと思います。

──「Sakura Waltz」もミュゼットが入っていて、本作は全体的にヨーロッパ風のテイストが隠し味になっていますね。

S:それは本編で「Je te veux」(エリック・サティが作曲したシャンソン)が使われるからです。「Je te veux」は僕が選曲したのではなく、脚本の段階であったんですけど、この曲を意識して曲を作ることでそれぞれの曲がバラバラにならず、アルバム全体のバランスが取れているんです。

──「遊歩 II – サクソフォン」ではサックスの音色が霧のように空間に広がっていく。その音響感に清水さんらしさを感じました。

S:90年代半ばにテナー・サックスでバッハの曲を演奏する『チェロ・スウィーツ』シリーズを始めてから、僕のサックスの音色はこういう感じなんです。バッハをやるきっかけは、書架を整理していた時にバッハの楽譜が落ちてきて、それを見てサックスでやると面白いんじゃないかと思ったことで。しかも、スタジオを使わずに自然の音響を使ってやってみようって。

──自然環境を楽器として使用する?

S:そうです。やるのならコンサート・ホールとかではなく、普段、演奏をしないような場所の方が面白い。それでアルバムごとにいろんな場所を探して録音したんです。採石場とかイタリアの貴族のお屋敷とか。鉱山で録音した時は、毎日ヘルメットをかぶって坑道に入っていました。

──「遊歩 II – サクソフォン」はどこで録音したんですか?

S:これはNHKのスタジオですね。その音源を自宅に持ち帰って編集したり、エフェクトをかけたり色々やっているんです。

──バッハのシリーズで身につけたスキルが活かされているんですね。「延命」では柔らかなピアノの音色の背景でシンセの不協和音が高まって行きます。そのコントラストが面白いのですが、最初にピアノのメロディーがあって、そこに合うストリングスを探っていったのでしょうか。

S:いえ、僕が曲を書く時は完成した曲の形がぼんやりと頭の中にあるんです。それを具体的にしていくのがレコーディング。だから、ドンカマ(クリック音)も使わずにいきなり音を入れるし、最初にどの音を入れてもいいんです。

レコーディング風景

──レコーディングで頭の中のイメージを具体化していく。まるで音の彫刻を作っていくみたいですね。これまで清水さんはオリジナル作品に並行して数多くのサントラを制作してきましたが、映画は子供の頃からお好きだったとか。

S:小さな頃は親と一緒に映画に行っていましたが、中学くらいになると一人で観に行くようになりました。その頃に観たものでは、『2001年宇宙の旅』(1968年)や『時計じかけのオレンジ』(1971年)といった(スタンリー・)キューブリックの映画が印象に残っていますね。当時、『時計じかけのオレンジ』は子供は観られなかったので、親父に借りた帽子で顔を隠して大人のふりして映画館に入りました。キューブリックは映画だけではなく、音楽の使い方も面白かった。(アンドレイ・)タルコフスキーの映画も音楽の使い方が良かったですね。あと、武満(徹)さんの映画音楽が大好きでした。『切腹』(1962年)なんて時間感覚を狂わせるような曲なんですよ。50〜60年代の映画音楽って独特じゃないですか。僕はそういうものが好きで最近の映画のサントラは肌に合わない(笑)。

──50〜60年代の映画音楽は実験的なものも多かったですね。武満さんのように現代音楽の作曲家が映画音楽を手掛けていたりして。

S:黛敏郎さんや伊福部昭さんとかね。

──映画と同じくらい音楽も個性的で、それがぶつかり合って独自の世界を生み出していました。

S:『赤線地帯』(1956年)なんかも良かったですね。

──黛さんの音楽が最高でした。赤線で身体を売っている女性たちの庶民的なドラマなのにすごく実験的な曲で。

S:ノコギリ(ミュージック・ソウ)を使ったりしてね。なんでこの物語でこの音楽なんだっていう。今そういう音楽の付け方って難しくなっていると思うけど、自分のサントラもそういうアプローチをしていきたいと思ってます。

──異質なものを結びつける、ということですか?

S:そうです。僕はあえて異質なものを結びつけようとしているわけではなくて、そうすることが自然なんですけどね。そこで生まれる音の質感が好きなんです。

──清水さんは映画音楽に限らず、オリジナル作品でもそういうアプローチを取られてきました。それが清水さんの作家性なのでしょうね。

S:そういう体質なんですよ(笑)。

レコーディング風景

──では、清水さんの特異体質について(笑)、キャリアを遡って伺っていきたいと思います。ご両親が音楽好きで、清水さんは物心ついたときから音楽に囲まれていたそうですね。

S:父はセミプロみたいな感じでいろんなスタイルのバンドをやっていました。母は小学校の先生だったんですけど、音楽も教えていたこともあって音楽は好きでしたね。僕が生まれたのは1954年なんですけど、50~60年代に流行ったラテン、ジャズ、ハワイアン、いろんな音楽を貪るように聴いていました。

──海外からいろんな音楽が入ってきた時代ですね。特に好きだった音楽はありますか?

S:いちばん身体に染みついているのは歌謡曲ですね。橋幸夫と吉永小百合の「いつでも夢を」とか、五音階の曲が好きでした。

──職業作曲家が歌謡曲を書いていた時代ですね。中村八大とか。

S:好きでしたね! 『夢であいましょう』というテレビ番組があって、そこで坂本九が「上を向いて歩こう」を歌うのを観ていました。そういう歌謡曲を聴きながら、クラシック的な和声で作曲したり、ジャズを聴いたりもしていたんです。あと、エレクトロニクスにも興味があって、中学生の頃、オープン・リールのテープ・レコーダーを使ってミュージック・コンクレートみたいな音楽を作ったりもしていました。

──中学生で歌謡曲を聴きながら現代音楽のようなことをやっていた! 清水さんの作家性が感じられるエピソードです。サックスを始められたきっかけは?

S:高校の頃かな。父親がモダン・ジャズのグループをやっていたんですけど、コンサートの直前にサクソフォンのプレイヤーが出演できなくなったんです。そしたら、父がテナー・サックスを買ってきて「これで練習してコンサートに出ろ」って(笑)。

──大変なミッションですね(笑)。

S:その頃、学校の吹奏楽部でクラリネットをやっていたので練習すれば吹けたんですよ。それに父が買ってきたピカピカのサックスを見て強く惹かれたんです。

──そして、サックス奏者として音楽の道に進んだ。

S:池田芳夫グループのメンバーとして74年にデビューしたんですけど、当時は日本のいたるところにジャズ喫茶やライヴハウスがあったんです。東海道線には一駅ごとにジャズ喫茶があった。そういうところで演奏しているうちに、坂本(龍一)とかアッコちゃん(矢野顕子)との付き合いが生まれて、そこから大貫(妙子)さんとも一緒にやるようになったんです。

レコーディング風景

──1978年には清水靖晃グループを結成。それがマライアへと発展します。マライアは、フュージョン、プログレ、ニュー・ウェイヴなど作品ごとに変化していきました。

S:70年代から80年代にかけての音楽シーンの移り変わりのスピードはすごくて、音楽の歴史が圧縮されているような感じでした。そこから受けた影響は大きかったですね。

──そんななか、ソロ名義の『案山子』(1982年)、マライア『うたかたの日々』(1983年)ではリズムはミニマルになり、エレクトロニックな要素が導入されてダブのような音響実験も行われる。清水さんの作品が大きく変化した重要な作品ですね。

S:その頃、その後、一緒に何枚も作品を作ることになるプロデューサーの生田朗に出会ったんです。彼といろいろバカなことを話しながら曲作りをしていくなかで、これまでやってきたことや無駄な音を削ぎ落とした音楽が作れないか、という話になったんです。論理的に曲を作るのではなく、もっと直感的で自分の身体が欲しているような音楽。音楽に対する嗜好が変わってきたんです。

「海の上から」(『案山子』収録)ライヴ映像

──ニュー・ウェイヴの音楽は理論より直感やアイデアを重視していました。この時期の清水さんの作品からはニュー・ウェイヴからの影響を感じさせます。例えばフライング・リザーズとか。

S:当時いろんなアーティストを聴いていましたが、フライング・リザーズは特別でデヴィッド・カニンガムには絶対会いたいと思っていました。86年か87年にパリでマイケル・ナイマンに初めて会った時、「あなたの作品はよく聴いてます」と挨拶したあと、「ところでデヴィッド・カニンガムを紹介してもらえませんか?」って頼んだんです(笑)。

──デヴィッド・カニンガムはマイケル・ナイマンの作品をプロデュースしていましたからね。

S:その後、『DEMENTOS』(1988年)をイギリスでレコーディングしている時にデヴィッドに連絡をしてアルバムに参加してもらいました。フライング・リザーズの作品は『案山子』に通じる音楽に対する探求精神があるというか、右脳の世界を感じさせるんです。

──『案山子』ではカエルや虫の鳴き声が入っていて、日本の田園風景がテクノやダブ、ファンクなどを導入したニュー・ウェイヴ風のサウンドで表現されています。その組み合わせが斬新ですが、清水さんの子供の頃の記憶や体験がもとになっている作品なのでしょうか。

S:そうです。実家は田んぼの中にある一軒家で、カエルや虫の鳴き声に囲まれていたんです。それを聞いていると虫の声がサイン波に聞こえてきたりするんですよね。

──虫の声と電子音が繋がっていた(笑)。『うたかたの日々』では、『案山子』のアプローチを深化させつつ音の風景がアジアや中東に広がったような気がします。

S:この頃、音楽関係の友達より、美術系の友達が多くなったんです。そのなかで知り合ったセタ・エヴァニアンとジュリー・フォーウェルは絵描きで、彼女たちが詩を書いてジュリーに歌ってもらったんです。セタがアルメニア出身だったんでアルメニア語で歌ってもらいました。『案山子』と『うたかたの日々』を作っている時は本当に楽しくて、スタジオに寝泊まりしながら3ヶ月くらいかけて作ってた、だから、今でもこの2枚には思い入れがありますね。『うたかたの日々』の後に出した『北京の秋』(清水靖晃 & サキソフォネッツ名義、1983年)は趣が違って、ハリウッドに対するシニカルな視線があるんですけど。

──『北京の秋』はワン・ホーンのサックスとストリングスというオーソドックスなスタイルで、清水さんのサックス奏者としての表現力が際立つ作品でした。『うたかたの日々』と『北京の秋』は、どちらもボリス・ヴィアンの小説のタイトルを引用していますが何か関連があるのでしょうか。

S:当時、生田とボリス・ヴィアンの話をよくしていたんです。ボリス・ヴィアンの小説やシュルレアリスムの世界に興味があって、順番に生田とワープロに思いついた言葉を打って長い文章を作ったり、そういう言葉遊びから曲のアイデアを得たりしていました。文章も音楽もいろんな要素を織り交ぜると新しいものが立ち上がる。ボリス・ヴィアンの小説にもそういうところがあったんです。だから、ボリス・ヴィアンへのオマージュとして小説のタイトルを流用させてもらいました。

──そういえば、ボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』には演奏しながらカクテルができるピアノが出てきましたね。

S:ありましたね! カクテルピアノでしょ?

──この時期の清水さんの作品は、そういう不思議な楽器が奏でるような音楽です。

S:ボリス・ヴィアンはトランペット奏者でもあったじゃないですか。だから小説から音楽的な感性を感じたんです。

──ボリス・ヴィアンの実験精神やモダンさは、ニュー・ウェイヴの感覚に通じるところがあるかもしれませんね。清水さんはボリス・ヴィアンに引き寄せられるように80年代後半に拠点をパリに移します。そして、ベルギーのレーベル、《Crammed Discs》からCM用に書いた曲を集めた『Music For Commercials』を1987年にリリース。このアルバムも近年再評価されていますが、当時、どんな風にCM音楽を作っていたのでしょうか。

S:80年代からコンピュータで音楽を作ってはいたんですけど、『案山子』と『うたかたの日々』ではあまりシークエンサーやコンピュータは使わなかったんです。でも、CM音楽はコンピュータが中心でした。スタジオに入ってからコンピュータを使って一から作りあげるんです。まず、CMの映像を見て、それに反応して音を出してみる。そして、そこに音を重ねていくんです。



──曲を作っている時にスポンサーからあれこれ注文をつけられなかったんですか? 

S:何も言われませんでした。当時依頼されたCM音楽は、商品から醸し出される雰囲気をデヴェロップさせていく感じで、自分の作品の曲作りと通じるところがあったんです。

──商品名やキャッチコピーを曲に入れるようなタイプのCMではなかったんですね。

S:そうです。映像も抽象的なイメージが多かったんで、それを見たらすぐアイデアが浮かぶんですよ。

──そして、CMと同時期に今に繋がる映画音楽の仕事も始まります。

S:僕が初めて映画音楽を手がけたのはパリにいた1985年。ゴダールの『中国女』(1967年)に出演している女優、ジュリエット・ベルトが監督した『アーヴル』(1986年公開)という映画でした。その時はジュリエットと映像を観ながら、どの部分にどんな感じの音楽を入れたいのか、彼女の話を聞いてミーティングをしたんです。初めてやったサントラの仕事はとても刺激的で、もっとやってみたいと思いました。

Photo by Ryan Muir, courtesy of AdHoc

──90年代には清水靖晃 & サキソフォネッツでサックスによるバッハの解釈に取り組んで新境地を切り開きますが、80年代の作品がいまの清水さんのベースになっているように思います。そのなかでも、最重要作品といえる『案山子』と『うたかたの日々』が世界的に再評価されていることについてはどう思われていますか?

S:嬉しいですね。2000年代に入ってからネットを通じて世界中に知られることになるんですけど、80〜90年代にいろんなDJが曲をかけてくれて少しずつ知られるようになっていたんです。実は80年代にパリに拠点を移した理由のひとつは『案山子』と『うたかたの日々』を海外で出したかったからなんです。いろんなレーベルにあたってみたんですけど、当時はなかなか興味を持ってくれなくて(苦笑)。『Music For Commercials』を出すことはできたんですけどね。

──2017年に『うたかたの日々』がアメリカで再発されるとPitchforkでは8.5点という高得点。海外で高い評価を得ました。

S:2024年に、イタリアで開催されたFENDIのファッション・ショーでは、『うたかたの日々』に収録されている「心臓の扉」が使われたんです。普通、ファッション・ショーっていろんな曲を選曲するじゃないですか。でも、FENDIのファッション・ショーでは「心臓の扉」しか使わなかったんです。あの曲のリズムでモデルが歩くんですよ。

──「心臓の扉」ありきの演出ですか! 『案山子』や『うたかたの日々』は新しいクラシックとして、これからも聴き継がれていきそうですね。

S:去年、北米ツアーをしたんですけど、今年は11月からヨーロッパ・ツアーが始まるんです。妹の清水三恵子(ロンドンを拠点に活動する作曲家/ヴォーカリスト)と2人でまわるつもりなんですけど、海外では『案山子』と『うたかたの日々』を求めているので、2人でこの2枚のアルバムの曲をやるつもりです。オリジナルとは違った新しいヴァージョンですが面白いものになると思いますよ。

「そこから……」(『うたかたの日々』収録)ライヴ映像
Photo by Ryan Muir, courtesy of AdHoc

<了>

Text By Yasuo Murao


清水靖晃(Yasuaki Shimizu)

『土曜ドラマ「お別れホスピタル2」オリジナル・サウンドトラック』

LABEL : SPACE SHOWER MUSIC
RELEASE DATE : 2026.05.13
各種配信リンク
https://ssm.lnk.to/OwakareHospital2
公式HP
https://yasuaki-shimizu.com/

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