Back

【未来は懐かしい】Vol.16
著名アメリカーナ・アーティスト、ケブ・モがかつて本名でリリースしたAORの隠れ名盤が世界初リイシュー

15 January 2021 | By Yuji Shibasaki

《Light Mellow》の提唱者でもある音楽評論家・金澤寿和氏が監修した、ユニバーサル・ミュージック発のリイシュー企画『AOR Light Mellow 1000』。そのタイトルどおり、一律1000円+税という廉価で同社系列の名盤/隠れ名盤を紹介するもので、マイケル・マクドナルドやルパート・ホルムズといった有名どころから、コアな人気を誇るアルバムまで、AOR入門/深堀りに最適な作品が並んでいる。その絶妙なチョイス眼はもちろん、金澤氏自身による詳細な書き下ろしライナーノーツも完備しており、ここ数年特に盛況を見せる廉価再発ラッシュの充実ぶりを象徴するような企画といえる。

シンガー・ソングライター、ケヴィン・ムーアがカサブランカ傘下のチョコレート・シティ・レーベルから1980年にリリースした本作『Rainmaker』は、今回のラインナップ中でも、もっとも再発が待ち望まれていた作品だろう。

アコースティック・ギターを携えるそのジャケットからして、例えばボビー・ウーマックやラビ・シフレ、テリー・キャリアーといったアーティストを連想させるが、それらの偉人達と同じように、ケヴィン・ムーアもまた、ソウル・ミュージック以外の要素を広く取り込んだスタイルを持ち味としている。もっといえば、先達よりも更にぐっとポップな音楽性であり、そのあたりが原因でコアなソウル・ファンからはあまり評判がよろしくないようでもある。しかしながら、ブラック・コンテンポラリー/AOR的な目線から聴いてみると、とたんに好ましい作品と思えてくるのだから面白い。

種明かししておくと、このケヴィン・ムーアとは、その後1994年にケブ・モの名前でブルース・アーティストとして再デビューするその人の本名。ケブ・モは、最新作『オクラホマ』(2019年)を含め、度々のグラミー賞受賞歴のある現代アメリカーナの重鎮だが、キャリアを遡れば、このようにポップな作品でデビューしていたというのだから驚きだ。

ブルースとブラック・コンテンポラリー/AORというと、一見水と油のように思えるかもしれないし、後の音楽性とかなりの乖離があるようにも感じるだろう。しかしながら、ひとたびケヴィン・ムーアの経歴を振り返ってみると、その印象も溶解する。70年代には(ジェファーソン・スターシップとの共演でも有名な)アフリカン・アメリカンのフィドル奏者、パパ・ジョン・クリーチのバンドに在籍していたり、プロフェッショナルなソウル系のソングライターとしても活躍していたし(キューバ・グッディングやマーヴァ・キングなどが彼の楽曲を歌っている)、更には本作の後にはジャズ・バイオリニストのノエル・ポインターへ楽曲提供を行ったり、モンク・ヒギンスのバンドに所属し、その縁からアルバート・コリンズやビッグ・ジョー・ターナー、B.B.キングといった大物ブルースマンと共演を重ねるなど、キャリアを通じて相当に多様な音楽要素に対応し、親しんできたのだ。

加えて、現在日本でAORと呼称されている音楽というのは、そもそも、ソウルやジャズ、ブルースも含めた様々な「ブラックな」要素がウェストコースト・ロックやMORポップス的なものと融合して現れてきたものだし、逆に、後のケブ・モ名義の各作では、単にオーセンティックなブルース復興させるだけでなく、かなりコンテンポラリーでときにメロウとすらいえる要素が織り込まれているわけだ。そういった視点を重ね合わせるならば、本作は、たとえ現在のケブ・モの音楽とフォルム的に似ていなくとも、少なくとも「若かりし頃の気の迷い」ではなく、むしろ地下水脈的に繋がりあっているということも見えてくる。

内容に触れていこう。歯切れのよいホーン・セクションが特徴的な幕開け①「I Intend To Love You」は、いかにもこの時代の西海岸AOR的なアレンジ。ビル・チャンプリンらもコーラスに加わり、ベテランAORファン受けしそうなハード・ポップ風味。ちなみに、本作の主な参加ミュージシャンを書き出しておくと、グレッグ・マティソン(Key)、イアン・アンダーウッド(Syn)、カレブ・クウェイ(Gt)、リッキー・ローソン(Dr)、ジェリー・ヘイ(Tr)パウリーニョ・ダ・コスタ(Perc)、トム・ケリー(Cho)等と豪華。手練たちが惜しげもなく投入され、ごくクオリティの高いオケを提供している。 アップ曲で出色なのが⑥「The Way You Hold Me」。スウェイ・ビートを効かせつつ緩急をともなったアレンジが素晴らしく、今の語彙で言うところの「City Soul」な魅力溢れる一曲だ。すこし掠れのかかったケヴィン・ムーアの軽やかなヴォーカルは、ソウル・ミュージック的観点からすれば決してディープといいうわけでないが、こうした曲想には抜群にハマっている。⑦「Rainy Day People」はレゲエ調のリズム・アレンジが楽しい。ケブ・モの近年のコラボレーターでもあるタジ・マハールの作品にも通じるふうで、再デビュー後の音楽性も予見させる曲だ。

一方で、ケヴィン・ムーアならではの魅力が際立つのは、どちらかといえばスロウ〜ミディアム曲においてだ。初期エルトン・ジョン的なリリカルさが光る③「Anybody Seen My Girl」も好ましいし、ピアノとパーカッション、ボーカル/コーラスのみで構成されるミニマルな⑤「Speak Your Mind」は、後にJ・ディラが「Real Fine」にてサンプリングした他、KYOTO JAZZ MASSIVEの沖野好洋がDJプレイしている隠れ人気曲。白眉はアルバム・タイトル曲の⑤で、そよそよとしたアコースティック・ギターが心地良いフォーキーな楽曲。エレピやストリングス、ホーン、女声コーラスなどさりげなくゴージャズな装飾が伴い、誠に夢見心地な世界が現れる。マイナー・コードを品よく織り込んだソング・ライティングも実に巧み。実際ケヴィン・ムーア本人も思い入れるある楽曲なのだろう、ケブ・モ名義の98年作『Slow Down』へ本曲の再演版を収録している。

CD化ラッシュの黄金時代は過ぎ、今ではメジャー発の主要タイトルの多くがリイシューを終えている状況だが、本作のようにコアな人気を誇りながらも再紹介されていない良質な作品はまだまだ多い。もはや“CD化”という語彙自体が過去のものになろうとしているが、優れたキュレーションと読み応えあるライナーノーツ封入という付加価値さえあれば、こうした再発企画の意義は、ストリーミング全盛でとめどなく情報が流れ行く今だからこそむしろ際立ってくるともいる。続編にも是非期待したい。(柴崎祐二)


Kevin Moore

『Rainmaker』



2020年 / Universal Music(オリジナル・リリース:1980年)

購入はこちら
Tower Records / Amazon / HMV / disk union


柴崎祐二リイシュー連載【未来は懐かしい】
アーカイヴ記事

http://turntokyo.com/?s=BRINGING+THE+PAST+TO+THE+FUTURE&post_type%5B0%5D=reviews&post_type%5B1%5D=features&lang=jp

Text By Yuji Shibasaki

1 2 3 63