paradise lost, it begins
――ブロークン・ソーシャル・シーン最新作『Remember The Humans』と“隙間”
それは、きっと明日を探し求めていた子ども、あるいはLAへといままさに出発しようとしている誰かについての物語でした。わたしは何かが終わってしまっているということに、はっきりと気づいていました。もしあなたが私のようにものすごく厳格なインディー精神をもった人で、自身のバンドを立ち上げるのと同時に、産業に変化をもたらしたいというのなら、多少なりとも困難な状況が訪れるものです。それは悲しいことなんかではなく、「ああ、やっぱり物事というものは変化していくものなんだな」という感覚だったんです。
2010年代後半以降におけるアメリカのインディー映画を代表する制作/配給会社《A24》は2024年にジュヴナイル・ホラー・ムービー『I Saw the TV Glow』を公開した。トランスジェンダーを作品の主要なテーマのひとつとしたその映画のサウンドトラックにおいて、yeuleがカヴァーしたブロークン・ソーシャル・シーン(以下、BSS)「Anthems for a Seventeen Year Old Girl」がTikTokのトランスジェンダー・コミュニティによって“発見”され、彼らをエンパワメントしながら拡散されていった。しかし、「Anthems for a Seventeen Year Old Girl」はたまたまTikTokトレンドによって表出した昔の曲というわけではない。『I Saw the TV Glow』が公開される前年に《Billboard》が「Anthems for a Seventeen Year Old Girl」が2002年にリリースされて以降、これまでに様々なひとによって、様々な場所で演奏され、サンプリングされ、歌われてきたという背景から、同曲にまつわる関係者のオーラル・ヒストリーを一つの記事にまとめた。冒頭で引用した発言はその記事のなかで、同曲でヴォーカルとリリックの主要な部分を担ったメトリックでも活動するエミリー・ヘインズが述べたものだ。いまから25年ほど前、バンドが拠点としていたトロントの地下室で、まだこれからの未来がどのようなものになるかわからない若者特有の焦燥と期待を、詩と歌と音と演奏に埋め込みながらこの楽曲は生み出された。
BSSは数多くのミュージシャンが参加するコレクティヴとしてカナダ・トロントを拠点に活動を継続してきた。「Anthems for a Seventeen Year Old Girl」を収録したセカンド・アルバム『You Forgot It in People』(2002年)の制作にも、バンドの発起人であるケヴィン・ドリュー、ブレンダン・カニングをはじめ、バンドの前身となるポスト・ロック・バンド、KC Accidentalをケヴィンとともに結成していたチャールズ・スピーレン、同じくトロントでともに活動してきたエミリー・ヘインズ(メトリック)やファイストといったフィメイル・シンガー、イヴァン・クランリー(スターズ)、アンドリュー・ホワイトマン(アポッスル・オブ・ハッスル)、ジェイソン・コレットら総勢15名ほどにもなるミュージシャンが参加している。このように、バンドの周囲に集まる多くの仲間がさまざまなアイデアやスキルを持ち寄り有機的に作品やライヴを構築するのがBSSというバンドの特徴だ。『You Forgot It in People』(2002年)がリリースされた当時《Pitchfork》がその大所帯のバンド・アンサンブルが生み出す繊細な実験性と強烈なポップ・フックの奇跡的ともいえるバランス感覚に9.2点という最大級の賛辞を送ったように、『You Forgot It in People』を契機としてBSSは、ケヴィンらが中心となり設立されたインディー・レーベル《Arts & Crafts》の名とともに世界的な商業的/批評的成功を収め、多くの若者の心をつかんだ。
のちに《Pitchfork》は2000年代ベスト・アルバムを200枚選び、順位をつける企画において、2002年にリリースされた『You Forgot It in People』を23位にセレクトした。iPodがCDと比べ相対的に無作為かつ自由な音楽聴取を生み出し、(イリーガルな)ファイル共有サービスがインターネットにばらまかれた膨大な作品アーカイヴへのカジュアルなアプローチを可能としたことで、音楽がひとまとまりの作品から“シャッフルを前提としたランダムな楽曲の集合体”と変貌しつつあった2002年の時代性に言及しながら、同作におけるBSSの自由かつ開放的で横断的なサウンド・アプローチを“究極のインディー・ロック・ミックステープ”と称賛した。バンドが拠点とするトロントのローカル・シーン感覚を基底に、大所帯の合奏が成す構築美のなかに、原初的ともいえる音楽への即興的かつ情動的な“アマチュアリズム”的あそびや隙間が損なわれず同居していることがBSSの音楽の魅力だろう。本作以降、もはや言及するまでもないファイストの世界的成功やスターズ、メトリックといったBSSのバンド・メンバーが所属するバンドの活動拡大などを経て、バンドはときに参加メンバーを流動的に入れかえ、新たに迎えながら、パリ同時多発テロの発生をきっかけのひとつにリベラルかつポリティカルな感覚を強めた前作『Hug Of Thunder』(2017年)までオリジナル・アルバムで数えれば3枚の作品をリリース。そこから10年近くの時を経てこの度リリースされたのが本作『Remember The Humans』である。
本作の制作におけるポイントとして、まず触れなくてはならないのはプロデューサーであるデヴィッド・ニューフェルドの存在だ。彼は『You Forgot It in People』(2002年)と『Broken Social Scene』(2005年)というバンド初期作のプロデュースを担当していた。バンドは初期作以降、『Forgiveness Rock Record』(2010年)ではジョン・マッケンタイア、『Hug Of Thunder』(2017年)にはジョー・チッカレリをプロデューサーに招聘していたが、本作ではニューフェルドがプロデューサーとしてカムバックした。その事実、そして作品タイトル『Remember The Humans』が端的に物語るように、本作は25年ものキャリアを持つBSSが自らのバンド・アイデンティティを改めて確かめるような作品となっている。本作の制作に触れながら、ケヴィンはバンド・アイデンティティのキータームとして“妥協”をあげ、ときに20名近いメンバーによって作り上げられるバンドの音楽制作/演奏についていくつかのインタヴューで語っている。ケヴィンにとって“妥協”には二つの種類がある。一つは金銭的、時間的、物理的制約によりグレードを下げたものを作り上げなければいけないという譲歩としての“妥協”。もうひとつが、BSSのバンドのエートスとなっている、一つの楽曲を作り上げる際に多人数が関わるがゆえに常に楽曲の中に用意されている余白としての“妥協”だ。ケヴィンはそれを「私たちは一緒になって音楽を作り上げるとき、常に他のミュージシャンが入り込むすきまを残している。つまり、そこに“X”という空白を残すというか。その“X”が何になるかは僕たちにもわからない。(中略)私たちは一人一人が常にたくさんのアイデアを持っているにもかかわらず、絶えず意図的にお互いのための余地を残しておくんだ。そうした種類の妥協はとても健全だと思う。難しいことでもあるけれど。」という。アンコントローラブルな余白を音の中に残しつつ、カオスをそのまま暫定的な完成という矛盾≒妥協をはらんだまま提示する。そのようなアイデンティティこそ、BSSの綿密に構成された音響的構築美がなぜこれほどまでに良い意味でゆるく、軽やかに耳へと届く要因であると思う。
各楽曲に目を向ければ、小鳥の鳴き声をサンプリングし、まるで休日の公園で自由に楽器を鳴らし、歌を歌っているような開放感にあふれた「Not Around Anymore」はバンドの軽やかな演奏を心地よく聴くことができる。BSSの特徴ともいえる壮大なバンド・アンサンブルで展開するミドル・チューン「Only The Good I Keep」ではハンナ・ジョーガスを新たにヴォーカルへと迎え、バンドに新たな息吹が宿される。リサ・ロブシンガーが作曲し、自らヴォーカルも担当した「Relief」はドラムマシンのキックと動的な管楽器とギターの重なりが感情を昂らせる。トロンボーンの音色が楽曲の始まりを告げ、幾人ものボーカルが重なり、そこから一気に音数を増やし楽曲に厚みを持たせていく「Hey Amanda」や、音の多寡と大小を楽曲の中でコントロールした起伏ある展開が愉しい「Paying For Your Love」からは、コレクティヴとしてのバンドの存在感を端的に感じることができるだろう。そして、ファイストが作詞作曲歌唱を担う「What Happens Now」の多様な楽器が行きかうなかで、静謐さを損なうことなく精緻に仕上げられたサウンド・デザインと、ファイストのヴォーカル・スキルに感嘆してしまう。
そのように作品全体を通じ、バンドという形態のクリエイティヴィティを最大限に発揮しながらも、そこに自足し内閉してしまうのではなく、上述した“妥協”の産物としてのバンドの即時的で暫定的な完成系を楽曲としてBSSは本作で提示する。そのような本作を聴いて強く感じるのは、いずれの楽曲も、腕を組んで首を斜めにかしげながら眉間にしわを寄せ、口をへの字に曲げながら、正座して傾聴しなければいけないような難解さを本作は孕んでいないということだ。精密かつ職人的なオーケストレーションとプロダクション・ワークに支えられながら構築された音楽であるにもかかわらず、そのどれもが聴き手の耳に馴染みよくするりと滑り込んでくる。誤解を恐れずにいえば、BSSというバンドが抱えているカッコつきの“アマチュアリズム”あるいは独特の“いなたさ”が生み出す演奏の快楽性が本作には充溢している。それはBSSというバンドを特徴づける要素のひとつであり、BSSというバンドが初期において評価された最大の理由の一つだったともいえる。本作におけるデヴィッド・ニューフェルドの参加もそのような初期からのバンド・アイデンティティを改めて鮮明に、バンドという組織体の中に蘇らせることに寄与しているといえるだろう。
他方、結成から25年以上の時を経たBSSはその時の経過がもたらす変化を作品に刻印することを忘れない。本作の制作期間中にケヴィン、ブレンダン、ニューフェルドはみな母を亡くし、父を亡くした複数のメンバーもいる。メンバー一人一人が年齢を重ねていく中で訪れた個人的な離別や、彼らが音楽家として育っていたころと比べて考えられないほど、ジェントリフィケーションによって高層ビルが立ち並び、誰が住めるのかもわからないほどに賃料が高騰し、オーセンティシティがはぎ取られコミュニティが失われたトロントの街に対する郷愁が、本作の音と歌に陰りと愁いを宿している。すでに霧消し瓦解した過去の事物を振り返りながらも後ろを向かず、私たちをいま・ここにとどまらせ、前へと進める何か(それを私はBSSというバンドの存在であるというように理解している)があるのだという確信をファイストは「What Happens Now」で歌う。この楽曲は、例えば本稿の冒頭でエミリー・ヘインズが変化(もしくは喪失)を記憶し、受容しながらも前へと進んでいくという感覚を背景にかつて歌い上げた「Anthems for a Seventeen Year Old Girl」とも重なり合う楽曲でもあるように思う。
「「傷ついている人のために、いつでもそばにいてあげたい。」(中略)それが僕たちがこれ(=音楽:筆者注)をやった理由だ。コミュニティのためにね。(中略)それ(=音楽:筆者注)とは安全と保護という理念のためのものだ。音楽は僕たちにとって常にそういうものだった。それがアイデンティティなんだ。」ケヴィンは『I Saw the TV Glow』によって、「Anthems for a Seventeen Year Old Girl」がトランスジェンダー・コミュニティのなかで広がっていったことに言及しながら、BSSの活動についてそう語った。互いのための余白を設けた音楽を基盤に、ゆるやかに一人一人が繋がりあいながら、“芸術”という題目に拘泥しない包容力のある旋律と演奏をもって、目の前にいる何かが損なわれてしまった人に対する音と歌を投げかけること。それがBSSというバンドが最初からいままで生み出し続けてきた音楽だ。
バンドに初期から参加しているアンドリューは本作の制作過程を振り返りながら《AV Club》にこう述べる。「至る所にミスが散らばっている。それはこのアルバム全体にあてはまる。実際に、問題や不整合が山ほどある――そして“神に感謝しよう”。(中略)そのような欠陥は“称賛”されるべきものだ。私がアルバム・タイトルをつけたわけではないが、私にとって『Remember the Humans』とは、人間の弱さ、間違いを犯す能力のことだ。AIや最適化、効率化が支配する時代において、わたしたちは“完璧な社会”という概念に可能な限り抵抗しなければならない。わたしたちはそんなものは望んでいない。完璧は求め“ない”。その代わりにお互いを求めるんだ。」(尾野泰幸)
Text By Yasuyuki Ono

Broken Social Scene
『Remember The Humans』
LABEL : Arts & Crafts
RELEASE DATE : 2026.05.08
TOWER RECORDS / HMV / Amazon
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Broken Social Scene『Hug Of Thunder』
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