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「スクリッティ・ポリッティもパンク・バンドとしてスタートしたけどポップへと方向転換した。私たちのストーリーもそれに近いかもしれない」
最新作でさらなる飛躍を目指すMUNAの反逆ポップの心意気

23 May 2026 | By Shino Okamura

心はロウ・ファイ・パンク、目指すはハイ・ファイ・ポップ。LAを拠点とする3ピース・バンドのこのMUNAは、思えば2017年に最初のアルバム『About U』を発表した時から、そんなある種の反逆精神にのっとったバンドだった。先輩格に例えるなら、ブロンディ、バウ・ワウ・ワウ、ゴーゴーズのような。臆面なくキャッチーな佇まいとクリーンな音を作品に与えるも、根っこにあるのはレベル・ミュージックとしての誇り。加えて、この3人の精神的支柱にはビキニ・キルやスリーター・キニーらが継承してきたフェミニズムのスピリットがある。デビューから10年以上、3人の背中を押し、励ましてきたのは間違いなくクィア・コミュニティとのリレーションシップに他ならないだろう。ただし、その視線はもはやクィア・コミュニティだけに向けられたものではない。現政権によって作られた“壁”を壊すことにあり、その向こうにいる同志とつながることにあり、壁が崩壊したその上で笑顔で踊ることにある。フィービー・ブリジャーズの《Saddest Factory》から届けられた2022年発表の前作『MUNA』のオープニング曲でバイラル・ヒットした「Silk Chiffon」で繰り返される「人生って本当に楽しい!」というフレーズは、世の中の理不尽と格闘するマイノリティの戦士たちが、それでも思想も生き方も異にする様々な人と手をとりあおうとするこのバンドの包容力を伝えるものだった。

そんなMUNAが通算4作目『Dancing On The Wall』を発表した。これが多くの人に聴かれないで、一体何が聴かれるのか? と思えるほどにオープンマインドで溌剌としていて、邪気がないほどにポジティヴなポップで、でも、レベル・ガールズとしての鼻息の荒さも随所に顔を出す。スクリッティ・ポリッティ、ピーター・ガブリエル、フィル・コリンズ時代のジェネシス……3人の口からは80年代のハイ・ファイ・サウンドを極めた秀作が思い出されるアーティストの名前が多く出てきたが、実際に現在の環境でできうる最大限クリーンで耐久性のある音作りを実践したのだという。ハリー・スタイルズやテイラー・スウィフトらがお気に入りに挙げて共演してきたことも、そういう意味では大いに納得できる仕上がりと言っていい。2024年にはソロ・アルバム『What A Relief』をリリースしたケイティ・ギャヴィン、ジョセット・マスキン、ナオミ・マクファーソンの3人が揃った最新インタヴューをお届けする。
(インタヴュー・文/岡村詩野  通訳/竹澤彩子)


Interview with MUNA(Katie Gavin, Josette Maskin, Naomi McPherson)

──バンドとしては実に4年ぶり4作目のオリジナル・アルバムです。2024年にはケイティのソロ・アルバム『What A Relief』がリリースされましたし、2024年にはMUNAとしてライヴ・アルバムも出ていました。ケイティ自身、ソロ・アルバムはバンドの終わりを意味しないと明確に発言していましたね。そうは言っても、ファースト・アルバム以降、ほぼ2年に1枚オリジナル・アルバムを出し続けてきたあなた方が4年もオリジナル作品を出さなかったのには何か理由があるのかと思っている人も多かったと思います。まずはその理由からおしえてもらえますか。

Naomi McPherson(以下、N):とりあえず、曲自体はずっと作り続けていて……それこそアルバムとアルバムのあいだの期間中も基本ずっと書いているんです。その大量に作った中からベストなものを絞っていくというプロセスを経てるので、どうしても時間がかかってしまうんですよね。それと前回のアルバムを出してからずっとツアーに出てて、ありがたいことにその状態が何年も続いてたので……そこから、いったん気持ちを整理して自分たちのまわりで何が起きているのか、何を書きたいと思ってるのか見直す時間が必要だったんです。まあ、ここまで時間がかかってるのは事実なんですけど、自分たちは本当に恵まれていましたよね。今仰ってくださった通り、今の時代は2年ごとにアルバムを出すのが通例みたいな感じで求められるようになってるけど、私たちにはそのペースだと早すぎるんですよね。これだけの時間がもらえる状況にあるなんて、つくづく贅沢なことだなあと思いますね。

Katie Gavin(以下、K):そう、何しろ時間がかかっていて。とにかく最高のアルバムにしなきゃっていう気持ちでしたね……しかも、私たちの場合、時間という特権も与えられていましたし……それはひとえにそれを許してくれるファンベースのおかげであって、逆にその立場を利用しないほうがファンにとって不誠実な気がしましたね。今、ものすごいスピードで作品を作ることを求められている時代になっていますけど、自分が納得いく作品を作るのにどれくらい時間がかかるかなんて、そもそもスケジュール通りにコントロールできるものじゃないわけで。まさに神のみぞ知る領域ですよね。

Josette Maskin(以下、J):それと、変化する時間も必要だったし……前作を作り終えてからすぐに曲作りを始めてはいて。それこそケイティのソロが出る以前の段階でもすでに曲は書いてはいたんだけど、まだ前作の雰囲気を引きずってる印象が拭えなかったんですよね……次の作品では自分たちのどういう部分を引き出したいのか、そのためにどういうサウンドが必要なのかを見極める期間が必要だったんです。

──フィービー・ブリジャーズのレーベル《Saddest Factory》から初めて出した前作『MUNA』(2022年)は、実際にブレイクスルーのきっかけになりました。「Silk Chiffon」はTikTokやクィア・コミュニティでバイラル・ヒットしましたし、メジャーの《RCA》時代より成果を出しています。この成功があなたがたにもたらしたものは、もちろん何よりまず「喜び」「自信」だったでしょうが、他にどういう感情があったと言えますか。「使命感」「さらなる挑戦の欲求」などもあったのでしょうか。

N:本当に、このバンドの存在意義みたいなものを自分たちの中に根づかせてくれましたね。アーティストとして、自分たちが出した作品に対してこれだけの大きな反応が返ってきて、それだけたくさんの人達の人生に自分たちの音楽が影響を与えていると思うと、ここまでずっとやってきたことが報われたみたいな気持ちにもなるわけです(笑)。私たちはもう10年以上バンドをやってきていて、おかげさまで何とか生計を立ててこれていますけど、その裏で山のような苦労も経験しているわけです(笑)!……だから、ああやってふとした瞬間に成功したことを実感できると、まさに今の質問で言ってくれたみたいに、この先もっと頑張っていこうっていう使命感に駆られるわけです……それこそ「Silk Chiffon」の焼き直しではなくて、その先にある新しい可能性を提示していかなくちゃという使命感ですよね。それが原動力となって今回のアルバムを動かしてくれていますね。

K:今のナオミの意見に同意。それに一つ加えるなら、バンドがブレイクした後のある種の定型パターンかもしれないですけど、その成功の中で抱く複雑な感情もまた今回のアルバムに反映されていて……。今ナオミが言ってくれた自分たちの努力が評価されたことでの前向きな気持ちだとか、感謝とか、誇りとかがポジティヴなものがたくさんある一方で、不安だったりプレッシャーだったり、ときには空虚感に襲われることもあって……たとえば、「So What」は、偽りのハッピー・エンディングみたいなテーマを扱ってるんですけど……バンドとして名前が売れて、知らない人たちからも愛されるようになって、これだけ愛されるようになったら、それで自分の心も満たされるだろうと思ってたけど、そうはいかないものなんですよね……! どれだけ成功したところで、人間って泥臭い悩みを抱えてるものなんだなってことを身をもって実感させられましたね。このアルバムはある意味で、自分たちが経験した成功体験と向き合っている作品でもあって、それによって自分たちの人生の何が変わったのか、それでも変わらないものは何なのか、その両方と向き合っています。

J:今、ナオミとケイティが全部言ってくれちゃってるんですけど……あの作品が成功して多くの人々に響いたことで、そこから生まれていったコミュニティの絆みたいなものもすごく大きかったですね……ファンと繋がっているという感覚がこのバンドにとっては重要なファクターの一つであって。さっきナオミが言ってたように、自分たちの音楽がこれだけたくさんの人達の人生に変化をもたらしている、あるいはそういうふうに感じている人達がいるってことは、何よりもこのバンドの存在意義を自分たちの中に根づかせてくれる。そもそもアートを生み出すこと自体が困難を伴うし、それで生計を立てていくなんて尚さら困難なことなわけじゃないですか。それでも自分たちがやっているこの音楽を通して、自分はこの世に存在する意味がある、自分の声は届いている、確かに理解されてると感じてくれている人達がいるわけじゃないですか。あるいは、ケイティが話してくれていた葛藤ですら、自分たちがそれを語ることで他の誰かにとっても意味のあるものになる。自分たちについてだけじゃなく、その先の人々にどういうふうに届くのかってことも必然的に考えるようになりますね。

──『MUNA』は、クィアの喜び、自己受容などが、ポップのキャッチーさとエモーショナルな深みを両立させていて、単純に聴いていて楽しめる、力づけられる、ホットになれる一方で、格差社会や分断社会の中で生きていくことを考えさせられる、非常に大きな意味を持ったアルバムでした。実際に、あなた方と同じ立場にいるクィア・コミュニティにもたらした励まし、勇気は大きかったと思いますが、それを実感できるようなことも多かったですか。

N:それは本当に。とくにツアーで世界中を回って、まったく違う土地のまったく違う層のオーディエンスの前で演奏していく中で、自分たちの音楽がクィア経験を持つ人達にとってどれほど深く響いてるかを実感させられましたね……というか、クィアでない人達にとってもそうです! ただ、すごく目についたのは、クィアの若者がそこに自分たちを重ねてくれている光景ですよね……すごく謙虚に身が引き締まる想いです。それこそ自分たちもそうやって助けられてきたわけで、自分たちの前にも、自分らしく生きたい、自分を表現したいという気持ちを抱えながらも、家庭や育った環境のせいでそれが難しかった人たちに向けて発信し続けてきた先人のアーティスト達がいるわけじゃないですか。確実に自分たちもその系譜を受け継いでいると思います。前回のツアー経験によって、これまで以上にその想いが強化されましたね……ということで、ここからはケイティにパスします(笑)。

K:いや、っていうか、今の発言でぜんぶ言ってくれちゃってるし(笑)。

J:(親指を上げて)グッジョブ!

──ただ、クィア・コミュニティ云々とは別に、より複雑で本質的な表現を求めるようになったのではないか? と感じていました。だから4年あいた、というより、4年を意図的にあけたのではないか?と。

K:このアルバムは、前作のサイクルからのさらなる深化として受け止めていて……ステージに出てファンの前に立つと、いつでも同じエネルギー、同じ愛が開けてて、その空間の中では何でも許容し合える空間がそこに広がってるんですよね。祝福するためにその場に来ているにしろ、踊りに来てるにしろ、酔っ払って騒ぎに来ているにしろ、日常の憂さを晴らすために来ているにしろ、ただ楽しみに来ている、そっちのエネルギーもウェルカムだし……と同時に、自分の内に抱えたものすごい感情を吐き出して、思いっきり泣いたり癒されたり、恋愛の痛手から回復する目的でライヴに足を運んでくれている人達もいる……その点、痛みに関するディスコグラフィーはかなり充実してると自負してるので(笑)、それもまたウェルカムなんです。

だから今回のアルバムのタスクは、ライヴ会場にすでに存在しているその複雑さな多様性を作品のほうにも反映していくことだったんじゃないかと感じていて。と同時に、聴く人がそれぞれ自分が必要としているものを投影して、そこから必要なものを受け取ってほしい。とはいえ、先ほどの指摘にもあるクィアであることの喜びというテーマは、少なくとも現時点で私たちにとって重要な要素の一つではあって……というか、今の世の中には疲弊しきっている人があまりにも多いので! 少しでもそうした人たちの心の支えになりたいという気持ちもありつつ、今のこの現実の厳しさを砂糖でコーティングして、リスナーに媚を売るつもりはさらさらないんですよ。だからこそ、クィアの喜びを深化させて描きつつも、そこには怒りも絶望も含まれているんです。あるいは、それ以外にこのアルバムの中に投影したい感情があればお好きにどうぞっていう、本当にそういう気持ちですね。

J:今のケイティの言葉にすべて詰まってると思います。ただ、そこに何か付け加えるとしたら、私たちは今、歴史においてとんでもない時代を生きている最中であって……とくにアメリカ人はそうですよね。というか、アメリカ人だけでなく、世界中の人達がきっと同じ不安を抱えてるんだと思います。だから、このアルバムがその不確かな世界を生きているっていう感覚を映し出すものになってるといいなって……それこそ、民主主義が崩壊するのを目の当たりにする絶望感だとか、先の未来が見えない不安の中を生きていく感覚を共有できているものになってることを願います。このアルバムによって、自分の世の中において決して無視されている存在ではない、自分の声は届いているって実感してほしいですね。

──今のジョー(ジョゼット)の発言にもあるように、この4年でアメリカ国内だけでも社会が大きく変化しました。トランプが再選し、分断はより一層進み、他国への干渉、攻撃も増えています。ナショナリズム加速に対し、国内での批判も強まっていると思いますが、そうした状況の悪化があなたたちの次なるアクションの背中を押したといえますか。

N:いやもう……ただただ唖然というか(笑)、国として、すごく恥ずかしい歴史における汚点の時代を今まさに生きていますよね。怒りや憤りという感情と先の見えない不安であり絶望の間で絶えず気持ちが揺れ動いているみたいな……もちろん、今の状況に対してまるで無関心で一切何も感じていない人たちも少なからずいるわけです。とはいえ、少なくとも私たちのまわりだったり、アメリカ全体の中にも同じように感じている人はたくさんいるはずなんです。そうした問題に向き合う、あるいは語り合うためにアートというものが存在している気がするんです。私たちのプラットフォームは小さいですが、ゼロではないし、それを使って、募金活動をしたり、コミュニティに貢献したり、あくまでもアーティストとして自分を表現することを第一にしながら、政治的なアクションに積極的に関わっていくという姿勢を持ち続けていきたいんです。それで言うなら、最悪ですよ(笑)、もう笑うしかないくらい今のこの国の状況は最悪です。

──新作のタイトル『Dancing on the Wall』を見た時、トランプが作ったアメリカとメキシコの間の壁を思い出しました。もちろん、タイトル曲の歌詞を見ると、そこまで直接的にポリティカルな内容ではないですし、むしろラブソングのように読めます。この曲の歌詞の意図するところ、Wall(壁)が象徴するものはなんでしょうか。

K:すごく面白い、そういう風に解釈できるんだなって……それこそ、このタイトルで意図していたところでもあって。今のアメリカ政権はただ壁を作ることにやっきになっているような気がして……それこそ国境を守るためだと大義名分のもとに……というか、それ自体が嘘であり、実際には果たされてもいないんですが。あるいは、本来なら今一番繋がる必要があるはずのコミュニティの間に壁を作ったり……その結果、多くの人がかつてないほど孤立を感じている。あの曲は、そうした分断化の中にあって、どうやって自分自身を表現するかっていうテーマについて描いていて……あの曲の元になるイメージは、高校のダンスパーティーみたいな場で……体育館みたいな場所で、自分はただ壁際で輪の中で踊る人達を眺めながら、決して手の届かない誰かが自分に関心を向けてくれるのを待ちながら、まるで自分がこの場に存在していないみたいに圧倒的なまでに孤独を感じていることを自覚するという場面を元にストーリーを展開しています。これはロマンチックな恋愛についての曲と解釈することもできるし、ナオミが別のインタビューで話していたんですけど、家族愛と受け止めることもできる……自分を受け入れてくれるかどうか分からない世話役からの愛を待ち続けてるせいで、人生が先に進めなくなってしまってる状態というか。あるいは、もっと大きな権力による支配という解釈もできる……ただ、私たちはあくまでもクィアの持つパワーに焦点を当てていきたいんですよ。今の政権が自分たちを愛してくれるのを待つよりも、すでに自分のことを愛してくれていて、美しいものを一緒に作れる人たちとの関係に自分たちの持っているエネルギーを使いたいんです。そうやっていくつものレイヤーから解釈できるタイトルになっていますよね。それが優れたアルバム・タイトルの条件であるとも思うので。

──このバンドが結成された南カリフォルニアのUSCはメキシコの国境に近い地域であることもあり、ロサンゼルス自体が色んな人種、特にヒスパニック系の人種が行き来しやすい場所であり、近年デモなども盛んに行われていると思うのですが、実際どんな感じなんでしょうか。

N:それで言うなら、ここ2年くらい、とくにこの1年は本当に緊張感が漂っていますね。移民税関捜査局(ICE)による市内での強制摘発が予告なしにランダムな時間帯に行われて、街全体が不安な空気が漂っています。それでもロサンゼルス自体、今の指摘にあったように民族的にすごく多様な街で、実際、不法滞在の人達も多く暮らしています。そういった人々をICEが連れ去って、というか、あれは誘拐ですよね、家族がそのまま二度と会えないみたいなショッキングな出来事が起きていて、街全体を震撼させたし、大規模な抗議活動もたくさん行われてきた。この界隈は基本的にすごくリベラルで、政治的にもリベラル派が多数を占めているので、ICEの件も戦争についても、みんな本当に憤りを感じています。ただ、今の政治的に緊張感が高まっている状況の中ですら、2025年の山火事で壊滅的な被害が出たときには、見知らぬ人同士が、家を失った家族を自分の家に受け入れたり、必要な物資を提供したり、お互いを助け合うという美しい光景も目にしています。それによってすごく勇気づけられたし、だからこそ希望を持っていられるんです。政治的には緊張感が漂っていますが、人々は前よりずっと優しくなっている気がします。

──そういう中でのニュー・アルバムの制作、3人がまた集まるきっかけは何だったのでしょうか。

J:2024年の終わり頃だったんじゃないかな、ケイティがソロのツアーの前半を終えたタイミングで。しかも、前のアルバムのサイクルのあいだに、私たちの生活にも大きな変化があって、ツアーもずっと続いていたから、一度お互いに距離を取って自分自身に戻る時間が必要だったんですね。ただ、これは昔から毎回そうなんですが、一緒に音楽を作り始めた瞬間に気持ちを一つにできるというか、最高のアートを作るためにここにいるんだって全員が実感できるんです。MUNAという存在が、他の人にとってどんな存在になれるのか、どういう力になれるのか、その可能性を信じている。だから、間に何が起こったとしても、最終的にはお互いのもとに帰ってくるんです。最初はどこかぎこちなくても、「Eastside Girls」が形になった瞬間、「ああ、また3人で一緒に作っていける」と実感したんですね。自分たちが心から気持ちよくなれる、自分たちの正直な気持ちを映し出した曲を作れるって。そこからは、ただひたすら前を向いて動き出していった感じですね。ただ、前回のアルバムのサイクルの後で、お互いに距離を置く必要があったとしても、バンドという関係性というか、私たち3人にとってこのプロジェクトは長期的なコミットメントに基づいた共同体なんです。だから、たとえ間に難しい時期があったとしても、その関係を信じ続けることが必要なんです。そこからまた集まって、新しいものを一緒に作れるように。今回のアルバムでもまさにそれを実践しているわけです。

──私はもともとあなたがたに対し、ビキニ・キル、スリーター・キニーのようなフェミニズムの継承者、スリッツ、ヴィヴィエン・ゴールドマンのようなパンクロックのソウルメイトという側面を感じていました。非常に強い語気の歌詞が痛快な「Wannabeher」を聴けば、まさにそうしたフェミニズム、パンクロックのスピリットを実感します。一方で、あなたがたのいるLAのプレカリティ、政治的緊張を孕んでいるようにも思えます。LAでも規模の大きなデモが行われていますよね。どのようにしてこの曲は生まれたのでしょうか。「Wannabeher」の「her」が象徴するものは何でしょうか。

K:この曲の大元は10年くらい前に遡るんですよ。歌詞の中にある一節を書いたのも、たぶん、大学を出て1年くらいの頃で、ジョーがまだ大学に在籍中だった頃。当時、ビキニ・キルとかのライオット・ガール系のバンドをたくさん聴いていて、その後、彼女たちがル・ティグラとしてエレクトロクラッシュ寄りのサウンドに移行した時期の音だとか、ピーチズなんかにすごく影響を受けて、その勢いでダーッと言葉を書いて、それがスマホのメモ帳の中に眠ったままになっていて。これは私たちがよくやる手なんですが、これまで書きためたものを全部見返して、何か使えるものがないか探っていくんです。そこからその一節を活用する時期が来たって思って……ただ、曲のコンセプト自体はまだ定まってなくて、アルバムのために書いていく中で固まっていったもので。これはクィアあるあるなんですけど、誰かを好きになったときに、自分もその人みたいになりたいって憧れの対象として見ているのか、それとも恋愛対象として見て片思いしてるのか、ごっちゃになってしまうことがあって……その感情を曲にしてみたら可愛いだろうなって思って。今回のアルバムの中でも演奏していて一番楽しい一曲になりましたね。

──4作目にして改めて初期衝動を感じさせる、そういう意味ではファーストにも近い、ユーフォリックでパワフルな作品だと思います。社会的緊張、不安定さは反映されているから、ある種のダークネスはある作品ですし、孤独だし明るい未来もほとんど見えないかもしれないけど、そこから高揚していこうとするエネルギーが感じられます。そして、それをリアルに形にする実行力も今のあなたがたにはある。実際にデビューから10年以上が経過し、思想、行動力を音楽家として形にするためのスキルはどのように高まったと思いますか。

N:ケイティは昔から優れたストーリーテラーだったので、それが最初にこのバンドが生まれるきっかけにもなったコアな部分でもあり、このバンドを特別なものにしてくれている理由でもある。ジョーと私はケイティの歌を通して伝える力を全面的に支持してるんです……ものすごく強力なテーマをどこまでも個人的な枠組みに落とし込んで、誰もが共感できる形に還元できる独自の才があって……まさに彼女が天から与えられた才能の一つですよね。ただ、私たちがミュージシャンとして、書き手として、コラボレーターとして成長してこられたのは、ただ長いあいだ一緒にやってきたっていう時間の重みによるものですよね。ここまで洗練させて確立してきた阿吽の呼吸みたいなものがあって、直感や細かな感情までお互いに汲み取れる関係性にある……「この曲はまだ足りない、もっと掘り下げなくちゃ」とか、「今回のプロジェクトには合わないかも」、「方向性は合ってるけど、別のフレーミングが必要かも」、「歌詞に合わせて音を変えるべき」とか、お互いに自然に察知することができるし、それがあるからこそ強力なコラボレーションが実現できる。それは、長年時間をかけて築いてきた関係性の中で培われたものなんですよね。

──引き続き《Saddest Factory》からのリリースでも今回はフィービー・ブリジャーズは参加していないですし、作品自体ナオミのセルフ・プロデュースです。どの曲からも3人の連携と信頼関係が強く感じられますし、共同作業をしている様子が伝わってきます。その点で、作業上で参考にした作品、バンドのあり方はありましたか。

N:今回は80年代の初期シンセポップやニューウェーブの音楽の影響が色濃く出てるんじゃないかと……昔からずっと好きで聴いてきてはいるんですけど……いわゆる“ソフィスティ・ポップ”と呼ばれるアーティスト達ですよね、スクリッティ・ポリッティだったりピーター・ガブリエルだったり、あるいは若干アートポップ寄りになりますけど、ケイト・ブッシュとか……あの辺のアーティストが当時の最新テクノロジーを駆使しながらも、あれだけ豊かで、あたたかくて、リアルな生活感があって、しかもファンキーな音を作っていたということにものすごくインスピレーションを受けました。

しかも、今の時代に聴いても斬新なんです。そこに触発されて、今回、スタジオでも使用する音のパレットを厳選していきましたね。とくにドラム・サウンドに関してはそうです。現代のプロダクションにおいては、それこそ曲の作り方も使える音も無数にあって、インターネットですべてのサウンドに常時アクセスできる状態にあるわけじゃないですか。それこそ歴史上、作られたすべてのドラム・サウンドにアクセスできる。それによって、逆に選択肢が多すぎてどれを選んだらいいのかわからなくなってしまうので、あえて選択肢を減らしていきました。「今回のアルバムで使うドラムの音はこれだけ」っていうのを最初に決めておいて、その限られた中でどうやって思い描いていた通りの音を実現させるのかを考えていきましたね。あえて制限を設けることで自分たちのプロセスをより先鋭化して研ぎ澄ませていきながら、尚かつ新たな可能性を探求していくということをやっていったと思います。すごく実りが多かったし、何よりも楽しかったですね!

──まさに今、スクリッティ・ポリッティのことを訊こうと思ってたんですよ。

N:最高ですよね。大好きです(笑)。

──ピーター・ガブリエルの80年代の作品も、音作りの質感としてファットでクリーンなサウンド・プロダクションです。どういうところにあの時代の作品の魅力があると思いますか。

N:あの当時のアーティストたちがやっていたことって本当に見事だったと思うんですよね。何しろ巨大で派手なドラム・サウンドが次々と打ち上げられるみたいな感じで……それが90年代、2000年代に入ると、ジャンルの変化とともに音も小さくなって、また違った感じになっていきましたけど……それとは別で、今回のアルバムではUKガラージのようなイギリスの音楽からの影響も取り入れてるんですよ。例えば「Why Do I Get a Good Feeling」のあの音の質感は、フル・フル(Frou Frou)だったり、90年代後半〜2000年代初期のあの時代に近い感触があって。それも含めて、昔からキラキラしたサウンドのアルバムを作りたいという野望を抱いていて……今回これまでで一番多くのヴォーカル・トラックを録ってるんです。一曲につき20から30トラックくらい録っていて、ハーモニーもたくさん重ねているんですよ。それもあって全体的な音のパレットがすごく豊かで、クリーンで、キラキラした領域に引き上げられた感じがしましたね。とはいえ、私たちが録音したスタジオは、ロサンゼルスにある自分たちのスタジオだったので相当小さいんですけど……ええと、何だっけ、あのイギリスにあるピーター・ガブリエルが録音したあの巨大なスタジオ……。あのスタジオ、本当に凄そうですよね。いつか訪れてみたい。

──《Real World Studios》ですね。

N:そう、《Real World Studios》! 実際に訪れたことはないんですけど、すごく良さそうですよね……いつかぜひ行ってみたい!……次のアルバムはあそこでレコーディングするのもアリですね(笑)!

──ピーター・ガブリエルのライヴは観たことがありますか?

N:まだないんですよ。

K:いつかぜひ観たいですね……。今の話に一つ加えるとしたら、このバンドを始めたときから、“踊らせる”というのが明確な意図としてあったんですよ。身体を動かすことで感情を解放することには、生物学的にもスピリチュアル的にも特別な働きをもたらしてくれることに気がついたので。だから、ファンキーでありたいんです。ポップ・ミュージックを作っているとはいえ、今回のアルバムにはスラップベースがたくさん入ってたり、リズム・セクションでかなり遊びながらグルーヴを作っていく作業をしてるんですね。それに関しては昔からこのプロジェクトの重要な要素の一つであって、人と人が一緒に身体を動かすことの大切さを信じているんですね。今の話を聞いててそのことを一番強く感じましたね。

J:そもそもこの3人で一緒に音楽を作るとき、ファンキーな曲を作っているときが一番楽しいっていうのもありますね。ファンキーな方向に開けていくと、3人とも我を忘れるみたいに夢中になっちゃいますから。今回の「On Call」を作ったときがまさにそうで、最初ナオミと2人で苦戦してたところから、ジェネシスとフィル・コリンズの話題を始めたら、途端にサビが降りてきたんですよ。それを早速ケイティに送ったら、3人とも踊り出して止まらなくなっちゃって。ただひたすら好きなタイプというか、ツボなんです。それに作りながらライヴのことも考えてましたね。「On Call」とか「Girl’s Girl」とか、ああいうファンキーな曲をやるときは、ステージでも毎回ガンガンにケツ振りまくってますから(笑)、しかも毎回確実に盛り上がる。あの感覚がうちのバンドにとっては本当に大事なんです。

──今の話を聞いているとあなたがたは80年代の非常にクリーンでハイクオリティなサウンド指向です。でも、一方で、あなた達にはレベル・ガールズとしての反逆精神だったりパンキッシュな姿勢が根底にある。社会に対して非常にポリティカルな視点を持っている。となると、往々にしてローファイでラフな質感の録音になりがちだと思うのですが、あなた達は決してそうではない。このギャップが非常に興味深いですね。

N:まさに、それこそが究極の反逆じゃないですか(笑)! あまりにも反逆しすぎた結果、ぐるっと一周してポップ・ミュージックに戻ってきた、みたいな(笑)。これは昔から3人の中で話していたんですけど、ポップ・ミュージックは最大公約数の人に届く可能性があると信じてるので……自分はもちろんパンクも大好きだけど、みんながみんなパンクを好きなわけじゃない。でもポップ・ソングなら、誰にでも一曲はお気に入りの曲がある……人に言えない恥ずかしい曲も含めて(笑)。それもあって、自分たちはこっち方面を追求してるんだと思います……みんなの曲として存在できるように。今、スクリッティ・ポリッティの話題が出たのが面白いなあって、彼らももともとはバリバリに共産主義的なパンク・バンドとしてスタートして、ヴォーカルのグリーン・ガートサイドが突然「ポップを作らなくては!」って方向転換した。私たちのストーリーもそれと近いのかもしれないですね(笑)。

J:単純に私たちが一緒に音楽を作るとこうなるっていうところも……MUNAを始める前に、ケイティと自分でライオット・ガールみたいなバンドをやろうとしてたんですけど、ただの1曲も作れなかったんですよ。そこから初めて3人で一緒に集まって音を出したとき、現場で色々録音した音の上にケイティがトップラインをつけて返してきた時点で、「どうしよう、ポップ・ソングを作っちゃったよ……!」って(笑)。この3人でやると自然とそうなっちゃうんですよね。結局、それがうちのバンドの一番得意なことなんだと思うし、避けられない運命みたいな。それにメッセージをできるだけ的確に伝えたいという気持ちがあって……それは音楽でも歌詞でもそうで、私たちにとってのポップがまさにそういう形の表現なんですね。

K:最後にもう一つ付け加えるとしたら、私は曲を聴いていても常に歌詞に意識が向きがちで、その曲が何を伝えようとしてるのかにすごく興味があって。その上で、自分の中でのパンクの定義の一つが歌詞であり、言いたいことを恐れずにはっきりと主張する姿勢なんですよね。お茶を濁さずに言うべきことをズバッと言う。その恐れない精神は自分たちの曲の中に常に持ち続けていたいですね。だから、今も質問の指摘はすごく的を射ていて……パンクの精神を継承しながら、サウンドはクリーンで……しかも、3人が3人ともたまたまそっちに興味を持って、尚かつそれを実現しようっていう気持ちだったってことは本当にラッキーなことですよね。それこそがまさにこのバンドの根幹になっているわけで。3人とも同じ方向を向いてこのプロジェクトに取り組んでいるんですからね。

──現在、同じような感覚を共有していると思う同世代のアーティストっていますか。

K:今現役で活動してるアーティストでってことですよね……最近の若手でサウンドはポップ寄りなんだけど、めちゃくちゃパンクなアーティストがたくさん出てきてて、すごく面白いことになっていて。例えば3人とも大好きな若手のラッパーで、Cain Cultoってアーティストがいて、音楽の中で政治について歯に衣着せぬコメントをしてるんだけど、踊れるし最高にテンションが上がるんですよ。一番最初に思い浮かんだのは彼かな。

N:あと厳密にはポップではないのかもしれないけど、ディキシー・チックス(ザ・チックス)かな。は、私の中では完全にポップなんですよね。ポップ・カントリーではあるけれど、私的にはポップであると言いたいですね。彼女たちは昔も今も政治的だし、そのせいで実際に大きな代償を払ってきたけど、それでも自分たちが正しいと思うことに従って行動するという姿勢をずっと貫いてきた。楽曲自体もクリーンで簡潔でありながら、圧倒的なストーリーを伝えていますよね。昔からずっと尊敬してきてるし、同じ精神性を感じていますね。

J:あとは共感してるのはニーキャップですね。大好きなんです。


<了>


Text By Shino Okamura


MUNA

『Dancing On The Wall』

LABEL : Saddest Factory / Big Nothing
RELEASE DATE : 2026.5.8
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Tower Records / HMV / Amazon / Apple Music

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