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ムーンライダーズ50周年企画 メンバー全員インタヴュー
鈴木博文
「『ドントラ』の詞をAIに読ませたらすっげえ困ってた。何を言ってんだか、さっぱりわかんないって(笑)」

12 September 2026 | By Takujuro Iwade

鈴木博文氏には何度もお会いしていて、お世話になっている。ちょうど自分の父親と同じご年齢のようだが、友達のように接して下さり、こちらも緊張せずにお話できる。一番最初に会った時は、自分のバンド(本日休演)のメンバーが亡くなった後のライヴで共演をした。博文さんの歌に常にある、私的なイメージに対して接続できたのも、そういったある種、極私的に特別な時間での出会いがあったからかもしれない(注:岩出は鈴木博文のソロ・アルバム『ピカソ』に3曲でプロデュース参加している他、本日休演として『16 SONGS OF HIROBUMI SUZUKI-DON’T TRUST OVER 70』において博文の「ボクハナク」をカヴァーしている)。

今回、この企画のお話をもらって光栄だった。博文氏へのインタヴューというよりは、かなり個人的な会話という感じになってしまった。

ムーンライダーズの新しいアルバム『e.d morrison』の制作前、博文氏は何篇もの詞をずっと書いていたとのことだった。

その時何を思って書いていたのか、聞きそびれてしまったが、聞いたとしてもいい具合にはぐらかされてしまうかもしれない。歌詞のイメージについてや制作について、聞こうとしてもするっと逃げていくところがあった。本当の芯の部分は、歌を聞いてなんとなく感じることしかできない。

アルバムの中盤でのハイライトでもある「美しき老い」は、老人の鬱といったリアルで重い言葉も登場するが、白井良明氏の軽みさえある歌唱によって陰鬱さを感じさせない曲だ。イントロの不思議なコードが、停滞した家の中に籠る空気を、緑色に揺らめかせる。

アルバムは、ベースの滑り出すような音から始まる。博文氏のベースは、共演のミュージシャン曰く、出る・引くの塩梅や何が来ても上手くかわしたり乗ったりする外さなさがすごいとのことだった。この話を聞いて、言葉について尋ねた時のするっとかわしながらこちらの話には乗ってくる博文氏の姿を少し思い出した。ベースにも言葉にもその人自身が出る。そして、それがずっとムーンライダーズというバンドの世界観を支えてきたのだろうと思う。

最近の生活、音楽的ルーツから過去の恋愛、《美学校》、バンドと老い、そして象徴的な「灰」という言葉へと会話は流れていった。歌と詞の世界に直に通じるような、その空気感を読み取ってもらえればと思う。 ※鈴木慶一も途中参加
(インタヴュー・文/岩出拓十郎 協力/岡村詩野)




Interview with Hirobumi Suzuki

映画は一人で行く

──お会いするのはたしかライヴ以来ですか。 僕ら(本日休演)のワンマンに来てくださって。

鈴木博文(以下、H):ライヴだよね。そうだ、思い出した。

──なんか耳を押さえてたって聞いたんですが。

H:耳は押さえてないよ。うるさかったんだよ。岩出くんのあのパッション・ギターが炸裂してるからね、あのバンドは。

──あの日は2人サポートが入ってまして。特にうるさかったかもしれないです。

H:ちょっと安心するよね。弦が切れても大丈夫ってやつだ。

──最近あんまり弦切れないんですよ。ちょっと力を抜く方法を覚えて。《FJ’s》でも一緒にやりましたよね、猪爪東風(ayU tokiO)さんと、一年ぐらい前に。ほぼ即興みたいでしたね。練習も一回ぐらいでしたが、いつもあんな感じなんですか。

H:あったね。練習嫌いっていう人と、練習好きっていう人がいるからね。大変だよ。

──博文さんは練習嫌いですか。

H:そんなことないよ。鳥羽(修)君とかは練習好きだな。大体みんな練習好きだけどね。白井(良明)くんは練習嫌いだね。ジャズ系の人は練習嫌いだよね。

──わかります。本日休演のサポートで入ってもらっていた二人も結構、即興が得意な人たちだから、毎回違うし、あんまりこう練習しないでできるだけ新鮮な方がいい演奏ができるんじゃないかみたいにこっちも思っちゃって。練習で決め打ちすることに遠慮しちゃうっていうか。

H:こっちが遠慮しちゃうのはまずいね。主役なんだから。歌は歌いやすい方がいいもんね。

──ソロでは鳥羽さんや大田(譲)さんとは今もやっているんですか。

H:うん、固定メンバーになっちゃった。ソロはほとんど一人だけど、バンドセットだと連中になっちゃうね。だんだん増えて、ビオラとか一人ずつ。また今度もやるんだよ。《FJ’s》(東京・中目黒)で。あそこは住宅街だから、ドラムを小さいのにしてくれってオーナーに言われるんだよ。高校の同級生でジャズピアノをやってる人間がいて、一昨年ぐらいにFacebookで知り合って一緒にやろうってやったんだけど。彼らはトリオだったかな、ドラムとベースが入ってる。ドラムがすごいちっちゃい音で。ジャズだからさ、そういうのすごくうまいんだよね。全員古希。それも《FJ’s》で。

──最近、生活はどうですか。

H:生活は前と同じだよ。

──7年前に対談したの覚えてます? 画面越しでしたよね。アルバム『ピカソ』(2019年)の時、僕が3曲プロデュースをやらせてもらって。その記事を読んで、博文さんに「最近何してるんですか」って聞いたら、「《スカパー》とか見て、曲を作れるような状態に持っていくために高めてる」って言ってましたね。

H:今スカパーは全部やめちゃったからね。その分《NETFLIX》とか色々見てるよ。でもあんまり見てないな。最近はちゃんと映画館に行って見るようにしてる。

鈴木慶一(遠くのソファから):《NETFLIX》のボブ・ウィアーのドキュメンタリー見た? よかったよ。

H:見てない。でも《NETFLIX》で一番いいのは『ちひろさん』っていう映画あるんだけどさ。私の肉親(鈴木慶一)が浮浪者をやってるんだけど、それはいいよ。死んじゃうんだけ ど、死に方が良かったな。見てなかったらぜひ見てください。肉親が出てるから(笑)。あとは、この前『シラート』って映画見ちゃったんだ。絶対見ない方がいいよ。大変よ、見た人揺さぶられるから。

慶一:いや、あれは見た方がいいと思うよ。

H:いつも俺、コーラとポップコーン買って一人で入るんだけど、その日は買わなかったの。買わなくてよかったよ。椅子に4、5回ぐらい頭をぶつけるぐらいショックだった。

──一人で行くんですか。

H:映画は一人で行くんだよ。二人で行っても、映画館で喋っちゃいけないじゃん。

──確かに。感想を言い合ったりしないんですか。パートナーの方とかとは。

H:感想を言い合うのは、幼き頃じゃない?(笑)。感想がもう全然違うんだもん。20ぐらい年が離れてるし、話合わないよ(笑)。岩出くんがまだ30くらいでしょ。若いな、いい な。

──結婚して何年ぐらいなんですか。

H:結婚はしてるよ、一応。俺、何回も結婚してるから。

──3回ぐらい?

慶一:それ、累積何年ってこと?

H:累積? 重なってる時もあるからね。

──すごいですね。

H:グランドファーザーズの青山(陽一)くんにケダモノがいるなんて言われたりしてね。

教えてるっていうか「流してる」

──ところで、AIとか使ったりしますか。

H:一昨日、Facebookのメタだっけ、なんか突然出てきたから、自分の詞をちょっと入れてみたの。びっくりしたね。解釈がちゃんとついてくるから。一言、苦言も出てくるんだ。それもついてるんだよねって思っちゃいけないんだろうなと思って。

──僕も博文さんの詞を入れましたよ(笑)。チャットGPTに。自分の詞も入れたりして、いろいろ講評してもらって、そのついでに。

H:チャットなんとかっていうのは“君”とかって呼び方で出てる? メタっていうのは、入れた人間に対して”君”ってなれなれしいんだ。5個ぐらい入れてみたら曲順まで決めてくれたの。「君の第5作目はすごいね」とかさ、こうやった方がいいみたいな。あ、やばいなと思って。

──いや、でもまだちょっとセンス的にはダメじゃないですか。この部分を「どうしたらいいか」を提案させると、全然ダメだったり。そういえば昨日「ボクハナク」を試しに入れてみたんですよ。そしたら「あなたの前の詞よりいいですね」って言われました(笑)。

H:“あなたの前の詞”って岩出くんの詞か、ショック受けないでね(笑)。

博文の代表曲の一つでもある「ボクハナク」
本日休演がカヴァーした「ボクハナク」

──でも、ここの部分は誤魔化してるんじゃないですかみたいな指摘もあって(笑)。ChatGPTは“愛しきれない”ってところが抽象的だって言ってたんですけど、僕はやっぱあそこが肝だと思ってて。ちょっとあれは言ってくれたなって感じが自分の中にはあります。

H:多分“愛しきれない”なんていうのは、AIにはまだわかんないんじゃないかな。でもどんどん学習していったら、いろんなものが入っていけば、そういうのもいずれわかるようになるよね。

──だからもう今後、そういうセンスみたいなのもっと学んでよくなっていくんでしょうね。まあでも基本的には「美しい歌詞です」って言ってましたよ(笑)。“やりかけの恋”っていう部分も「抽象的」だったらしいです。ただここも僕はすごくいい部分だなと思います。AIが良くないって言う部分が、むしろ人間にとっては大事な部分なんじゃないかと思いますよ。博文さん、《美学校》で歌詞講座やってますよね。

H:うん、教えてるっていうか、「流してる」って感じだね。いい方向へ。でさ、《美学校》の生徒の詞を講評する。その時にAIを使うと楽だなって一瞬思うんだよ(笑)。でもこれは絶対しちゃいけないことだなって。ただ、生徒もあらかじめ使ってると思うんだよ、きっと。俺が一番年寄りだからさ。みんなそれをやりながら詞を書いてるんだと思うんだ。だから対面で自分が言ったことと、AIで聞いたこととを比べたりなんかしてんだろうね、きっと。

──その講座をやって、自分が作る上で影響というか、自分が教えたことで変わったりしたことってあるんですか。

H:基本的に、教えるっていうのは自分の経験を言ってるだけだから、自分のことをどんどん掘り下げちゃうんだよね、過去のことを。どっから俺こんな詞なんか書いてんだとかさ。そういうことを繰り返してるから、毎回そういう原点に戻っちゃうんだよな。

自分の声、好きなんだよね

H:岩出くんはアルバムを作る時って、前のアルバムを聴く?

──いや、あんまり聴かないですね。ちょっと聴いたりすることもあるかもくらい。

H:俺はね、今は聴かないと思うけど、10年ぐらい前はすごい全部自分の聴くの。もちろん違うものをやりたいっていうのはあるんだけど、聞いて「どこがダメだ、どこが変か」っていうのをまず考える。いいところは見つけないね、あんまり。

──それわかりますね。後悔してるところ、ですよね。

H:そうそう。でもそれはすごくネガティヴな感じじゃなくて、次に新しいものを作るための後悔なんでね、全然暗くはならない。

──後悔は確かにずっとありますね。もう聴きたくないみたいな。

H:そういうのある? 俺、もう聴きたくないっていうのはないな。自分の声は好き?

──まあ割と好きになってきたけど。

H:それすごい重要だと思うよ。ムーンライダーズでもみんなに同じこと聞いたら、俺以外は全員自分の声嫌いなの。俺は自分の声、好きなんだよね。

──でも確かに、今回のアルバム『e.d morrison』の中の博文さんの曲「鞄の中の男」を聴いて、自分の声好きそうだなって思いました(笑)。

H:ナルシスト、ナルシシズムなんてもんじゃないよね(笑)。

──博文さんだけちょっと歌のレイヤーが違うというか。なんかルー・リードとかデヴィッド・ボウイみたいなグラムっぽい質感がありますね。今回は特に。他の人とはちょっと違いますね。

H:レイヤーってあるかもしれないね。俺は自分の声いつから好きになったかわかんないんだけど。最初の「ボクハナク」、あれは嫌いなんだ、あんまり。なんでこんな情けなく歌ってって。嫌いっていうのは違うか、なんていうかひ弱な感じでさ。

──今とは違いますよね、全然。どういう変遷があって歌が変わったんですか。

H:そのあと、『Wan-Gan King』(1987年)っていうアルバムを作ったんで、5年のブランクの中の最初でソロをやり始めちゃったから、あれが出発点だよね。「これじゃダメだ」みたいな。「こんな歌じゃダメだな、鈴木慶一には負けるよこれは」と(笑)。

──ソロで歌っていく時、なんかこういう感じで歌いたいっていうのがあったんですか。

H:やっぱりね、もうしょうがねえけど、ジョン・レノンが一番だね。小学校6年の時にスピーカーと共に一緒に歌ってたからね。

──確かにポールよりはジョンですね。

H:もうポールは完全にダメだったんで。

──博文さんはジョンの感じがありますね。大きく二つに分けるとですが。

H:あとはドノヴァンとかね。それで(声の質感が)「ちりめん」っていう。「あ~~」っていう。ヴィブラートで音程をごまかそうと思って(笑)。岩出くんはあんまり「ちりめん」にならないんだよね?

──僕はストレートですね。結構、細かくヴィブラートをいれるんじゃなくて、こう波みたいに大きくやる感じのスタイルなんですよ。あんまりやってる人いなくて(笑)。

H:できないよ、それは(笑)。レッド・ツェッペリンの1枚目(『Led Zeppelin』1969年)って聞いたことある? あれ結構ショック受けてね。ギターじゃなくてヴォーカルのロバート・プラント。一緒に歌ってた、あれに。

──やっぱブルースに近いんですか。ボブ・ディランとかも?

H:ディランもそうだね。ディランは何言ってるかわかんないから一緒には歌えなかったね。難しいこと歌ってるからね。

──日本人だといますか。

H:あんまりいないけど……すごい前になっちゃうよ、一応ロックなのかな、ザ・タイガースとか……あ、ザ・スパイダースの「風が泣いている」(1967年)とかね。小学校6年の時に流行ってた曲。ああいうのが根底にはあるというか。あの時代はアメリカの西海岸の音楽と同じで、作曲家と作詞家がちゃんといて、ヒットメーカーがいて作ってたよね。ザ・スパイダースっていうのはかまやつひろしが一応作って。そういう意味ではアイドル的なものを脱してたね。

実生活では逃げてきた

──博文さんの地元の羽田は蒲田に近いです。蒲田って昔は映画の街だったんですよね。

H:松竹があったからね。今は全然違う。そういうの何もない。縁日には行ったね、綿飴食いたいから。バスで行った。

──映画館とか行ったりとかなかったですか。

H:映画館は蒲田にはなくてね。俺んちの近く、大鳥居ってところ、あそこに映画館が一軒あったんだよ。エッチな映画をずっとやってて。あと突然「お詫びセール」っていうのをやんの。それがすごい音楽映画とかでさ。土曜日の夜、深夜営業だから、そこにずっといたね。ケツ痛くなった。

──映画からのモチーフとかもあるんですか。

H:もう映画はいっぱいあるね。特に字幕。ヌーベルバーグの字幕とか、ヴィスコンティの字幕とか。字幕、覚えちゃうんだよ。

──映画の場面のイメージじゃなくて、字幕なんですね。じゃあ翻訳文学的な。

H:そうだね。だから字幕見ちゃうから、映像を見てない。追いつかない。悲しいっちゃ悲しいんだよ。

──わかります。僕は吹き替えの方が好きなんですよ。よく聞く声の声優は安心するというか。

H:吹き替え……いい吹き替えはいいよね。日本映画も見てるっちゃ見てるけど、俺はあれだな、大島渚だな。真っ黒い日の丸が出てくる、『少年』っていうやつだけど。なん じゃこれと思って。『戦場のメリークリスマス』とかは見てないな。あの時代になっちゃうと、もう80年代だから、映画を見る暇もなくて。

──やっぱり曲を作るくらいの時期になると忙しくて、昔見てた映画とかを引き出してくるわけですね。じゃあ内省的になってくるというか。

H:そう。恋人がいない時に、ちょっと大学ノートに夜中になると一生懸命なんか書いてた。それが8年ぐらい。日記とも詩とも言えないものなんだけど。「ふみこは~」とかさ、実名が出ちゃうようなね。昔の思い出で、こうしたかったなみたいな。色々もう書きた いこと全部。それで、『僕は走って灰になる』(1988年)っていう本を出したでしょ。原稿用紙300枚書いてくれって言われたんだけど、そんなに書けなかったわけ。100枚ぐらいしか書けなかった。残りをどうするかってなって、その大学ノートを編集者に持って行って。実名とかを全部消して、文章も少し編集して。それで日記みたいになった。本の半分以上だったね。

──30代ぐらいの頃ですよね。

H:うん、32。恥ずかしいことばっかり書いてあるよ。『ドントラ(DON’T TRUST ANYONE OVER 30)』のすぐ後ぐらい、文藝の座談集を出した後ぐらいだよね。

──今の僕よりも年下なんですね。僕、34なんで。

H:2歳下の時です。

──あの時点で、もう逃げたい、責任を放棄したいみたいな感じの雰囲気がありますよね。

H:そうだよ。『ドントラ』の詩をAIに読ませたけど、すっげえ困ってたよ。何を言ってんだか、さっぱりわかんないって(笑)。

──本当ですか。そんなこともあるんですね。

H:うん、結構困ってた。たまに逃げる人間だから、AIにしたら「君はどこへ行くんだ?」みたいな感じでさ。前に送った部分があるから、そこと統合してやろうとするからってのもあるかもしれないけど。

──やっぱその当時は結構逃げたい感じだったんですか。

H:もう実生活は完全に逃げてきたよ。音楽っていうのは、内緒じゃないんだけど、音楽を72歳までやるっていうのはね、誰かを犠牲にしてしかできない。いろんな人を犠牲にしてる。家庭とかね。娘も。何も世話してないしね。親のすねをかじったりとか、やりながら覚悟はないんだよ。自然にそういう風に動いてる。そこがうまいとこなんだ。いつもね、今月20万ぐらい足りないっていう切実なところに来ると、俺、知らないうちに20万が出てくるんだよ。

──え、どうやって?

H:人に借りたり、どっかから来るわけ。うまい具合に。だけど、全ての人に言えることじゃないから難しいよね。ただ、音楽を72歳までやるんだったら、犠牲はかなりあるよ。

──ちょうど僕も『ドントラ』ぐらいの年だから、その責任を放棄したい気持ちはすごいわかります。まだ何の責任もないとはいえ。

H:『ドントラ』に入ってる「DON’T TRUST ANYONE OVER 30」は、最初鈴木慶一が題名にしてね、そこから歌詞を書いてくれって言ったの(作曲はE.D MORRISON名義)。それで、そういえば『パリ・テキサス』を見たなと思って。どうしようもない映画だなと思って(笑)。細かくは全然覚えてないんだけど、全然いい映画だと思わなかったんだよ。思い出すとライ・クーダーの音楽とか、砂漠とかね。日本じゃないんだけど、覗き窓とかね、なんか全てを捨てて失踪するっていうの、そういう生き方もあるかなって思って。あ、俺はやんないよ、やってないわけだから。

──失踪はしなかったんですね。

H:そうね。それはやっぱり勇気いるよね。でも蒸発願望っていうのはあるんだよ。

──小さく蒸発してるんじゃないですかね、何回も結婚したり離婚したりとか。

H:それ蒸発なの?

──小さく蒸発。小さく死んでるというか(笑)。

H:あ、なるほどね。それは面白い言い方だな。小さく死ぬと長生きできるかもしれないね。

信用されたくはない

──なるほど。いや、僕は家庭は持ちたいなとは思ってるんですよ。音楽をやっていく中で、家庭をやっぱ捨てたくない、どうにかいいバランスで、家族とか大事にしたいなみたいな。でも前の彼女とは結婚しようってなってたんですけど、別れちゃったんです。今後は、いろいろ後悔だったり反省して活かしてやりたいなと思ってるんですが。

H:別れた時ってどういう感じだった? 自分から言ったの?

──いや、相手からなんですけど、こっちが言わせちゃったところもあるかもれないです。もう痺れを切らしたと思うんで。

H:別れ際はね、リアルな。つらいですよ。新しい人もできて、どちらか選ばなくちゃいけない。みたいなこともあって。まあいわゆる修羅場だよ。

──毎回最後にはどっちか選ぶみたいな感じになっちゃうんですか。

H:あ、今まではね。これからの72歳のじいさんはそれはないと思う。ないことを願うね。

──それって、この人にはないものを別の人に見ちゃうっていうか。

H:そうね、そうね。

──でもその人になってもまた別の人に見えちゃうっていう。

H:大体3ヶ月で飽きる。3年3ヶ月。

──3ヶ月……何でなんですかね。

H:飽きるのはしょうがないんだよね。

──なるほど。でもやっぱり今までの人を振ったりすると辛くなっちゃうわけじゃないですか。だから傷つけたくないなって、それ自体について考えるというか、そうならないようにしようみたいにはならないですか。悪いことしたなって。だから今度はあんまり別の夢見ないようにしよう、っていう感じにはならないんですか。

H:そう考えると暗くなっちゃう。でも夢見ないようにってのは良くないよね。年齢で物を言っちゃいけないけど、まだ34なんだからさ。

──いや、でもできるだけ一人の人を大切にしたいですよ。

H:それは好きになったらそうだよ。大体、好きになったらみんな最初はそうでしょ。でも飽きるでしょ。飽きない?

──飽きるって言ったらちょっとあれですけど、だからこう恋じゃなくてなんか別の形に変わっていくじゃないですか。信頼とか愛っていうのか。

H:信頼ね。俺は信頼される前に、大体浮気とかして嘘ついて大変な事態になる。

──なるほど。

H:信用されないんだそれ。

──それを自分の努力でやらないようにするみたいなことはしない?

H:うん。信用されたくはないな。誠実っていうのはまたちょっと違うじゃない。音楽に対して誠実であったりさ。

──本能的な、欲望とかに対して心を開いていたみたいな感じ?

H:本能ってまた難しいよね。お前の本能はどんな本能だっていうのもさ、多分いろんなものがあるんだよね、頭の中には。それは詞とかにどんどん出していった方がいい。

──まあ本能でも理性でもどっちでもないですもんね、自分の心っていうのは。

H:人間は一個の岩じゃないわけよ、一枚岩では。いろんな面を持ってるわけ。それが一個の面がちょっと他人にウケたかなっていう面があると、それに執着するとまずいよね。

──昔、昭和とかは、本能に忠実であることが「ロック」に近いみたいな、そういうのは「ウケる」ことじゃないですか。

H:だけどヒット曲を作んなくちゃいけないとかさ、そういう話になると、ウケる部分も作んなくちゃいけないからね。

──そういう生き方を推奨したいような心があったっていうことですよね。何かにむしろ抑圧される部分が大きかったってことなんですかね。

H:聴く側は安心するんだよね。当時だったら世良公則はああいう感じでいいんだって安心するわけよ。ただムーンライダーズっていうのはそういうのがないんで、何も。いや、いろんなものがあるけどさ、なんで安心していいんだかわかんないんだよ。

──いや、でもやっぱ僕はムーンライダーズ聴いてなんか安心します。「ボクハナク」のああいう感じの歌も大事っていうか。

H:あの感じの歌はもう歌えないんだよね。そこが悲しいとこだよね。

ステージ上でもシニカルでクールな鈴木博文

《美学校》の歌詞講座から生まれるもの

──ニュー・アルバムの話をしましょう。

H:アルバムの中に「体毛のない孤独」っていう曲が入ってるんだけどさ。あの歌詞はね、曲はセッションで同時に作ってるんだけど、歌詞は《美学校》の在校生さんが、俺にお題をくれたの。一言、一言。いつもは逆で俺からお題をあげるんだけど、今回は逆で皆さんが俺に、10個ぐらい好きな言葉をくれてね。それで二行ぐらい詩を書くっていうことをやったんだ。普段とは逆で皆さんが俺に、ね。だけど匿名で、誰がこのお題を書いたかわからないわけ。それがわかっちゃうと俺の方で選んじゃったりする可能性もあるから、何もわからない状態で、その文字だけをもらって詞を作った。

──え、「体毛のない孤独」っていう、この言葉をもらったってことですか。

H:これもそうだし、中の言葉も。全部ではないけどね。メジロとか、ハルジオンとか。あとこの最初の一行とかね。

──この「体毛のない孤独」って、僕が思ったのは、なんかこう、おじいさんの体というか、おじいさんになることかなって。

H:おじいさんって体毛ないか、体毛ないね、あんまり。

──なんかなくなっていくイメージっていうか。

H:おじいさんはさ、酔っ払ってぶつけたアザがなかなか取れないんだよ、これ。

岡村詩野:今回のアルバムでの博文さんの歌詞は、《美学校》での授業そのものが大きく影響していると聞いていたので、今の話を聞いてなるほどと。そもそも講座名『歌う言葉、歌われる文字』がとても素敵ですよね。

H:あれ。適当に作ったんですけどね。もう7年ぐらいやってんだよ。今10人ぐらいいてさ、もう時間が足りないんだよね、2時間半もあるのに。みんなの意見を聞き取れない。それで怒られてる(笑)。みんなに意見を求めたいけどなかなかそうもいかなくて、「私、(意見)言ってません」とか言われて。

──みんなの詞に対して、一人ずつみんなで言った方がいいから。

H:だいたいオンラインの人も何人かいるんだけど、オンラインの人はあんまり指さないね。顔、表情があまりよく見えないからさ。

──受講生の方の歌詞に曲もつけるんですか。

H:曲もつける。曲をDiscordに上げてくれれば、それをスタッフの人がスピーカーから出してくれる。

──なるほど。あくまで詩じゃなくて歌詞なんですね。

H:そう。歌詞をつくる。曲もつけてきてくれる人もいるけど。

──歌詞って、曲によって全然印象変わりますよね。

H:全然変わる。一番最初は詞だけだったんだけど、曲がついちゃうから、イメージが変わるわけよ、全然。そうすると曲のついてない人のその詞に対して、曲がついた側からものを言ってしまうとまずいんだよね、また。ゼロから言わないといけないから。曲は聞かないで、まずは言わないといけない。あと、歌が録音できなくても鼻歌でもいいから歌ってくれってことは言ってるの。みんなちゃんと録音してくるよ、鼻歌だけで。アカペラで。

──歌詞と詩人の詩ってどう違いますか。

H:リリックとポエムね。っていうところに今一番の問題があるわけですよ。まあ基本的には同じなんだけど、歌うってところでリリックになるっていうかな。だから最初みんな全然合わないの、字数が。みんな、メロディ考えてないからね。それをメロディを考えるっていう段になって、私らと同じことしてるんですよね。「これいらねえな」って。ここ、なんか足りねえなとかさ。ムーンライダーズの場合は、スタジオで「ここ足りないんだけど、一行」って俺に言うわけよ、突然。「う~ん」とか言って、5分ぐらいで書かなくちゃいけない。

──割と即興的な作り方もあったんですね。

H:今回はね、俺はもうずっと詞を書いてたの。2年ぐらい前から、詞だけ。で、去年の暮れ、この録音するっていうんで、デモテープを集めるっていう時に、その詞を全部バーンって出したの。だから俺の詞が多いの。

──なるほど。確かに歌詞が多くて、曲は1曲だけですね。

H:うん、詞がやけに多いんだよね。

──結構共作もありますよね。

H:これは、でもね、鈴木慶一が俺のところから好きな一、二行とかを抜いたっていうだけの話かな。ほぼ鈴木慶一が作ってるんじゃないかな。

──佐藤優介さんの曲「快楽の椅子」も。

H:これは最後に作ったやつだね。これは曲先で。詞を曲に合わせて作ったんだけど、優介、結構言葉のノリに厳しいんだよね。「持って帰ります」って言って、持って帰って自分で歌って「こうしました」って。概ね同じだけど、いらない助詞とか、そのメロディーに合うように歌いやすいように変えたりしてね。

──これ、変な曲ですよね。急に若い声になるし(笑)。

H:変な曲だよね(笑)。跳ねてるしね。優介とはやったことないの?

──慶一さんのライヴのバックで2曲くらいだけ一緒にやったことはあります。誕生日が一緒で。歳は僕が少し下で。新作のブックレットの写真で、優介さんが《moz》の靴を履いてるのはさすがだと思いました。博文さんもかっこいいダブルスーツですね。この写真はみんな自前の服なんですか。

H:自前だよ。スタイリストをいれたら大変なことになるから。『MANIA MANIERA』(1982年)の時とか昔はいたけどね。

──最近はソロ・アルバムはどうですか。

H:今8月に弦楽四重奏でやろうと思ってるんだよね。とりあえず4曲。ストリング・アレンジは人にやってもらう。音響スタジオっていう老舗を取ってもらって。弦で5曲、あと5曲は鳥羽くんたちに頼んで、うまい具合にならないかなって思ってるけどね。

──ソロ・アルバム、前の『ピカソ』(2019年)からは結構空きましたね。

H:そうだね、7年くらいかな。去年、『Wan-Gan King Live 2017』と『Wan-Gan King Koki Live 2024』を収めた4枚組ライヴ盤『Fou FEVER』は出したか。4枚組って、バカだよね。みんなにバカにされてんだ(笑)。

──ソロではベース弾きながら歌ったりしないんですか。

H:弾いたら、鳥羽くんが弾くなって(笑)。大田くんに弾いてもらった方が歌も歌えるし。歌いながらだと、ベースラインも限定されてシンプルになっちゃうからね。

──弾き語りって、ずっとやってると自分の声好きならざるを得ないところもありますよね。

H:ならざるを得ないよ。自分に酔うしかないからさ(笑)。声もでかくなるからね。俺フィンガリングができないからさ、全部ジャカジャカ弾くと張らないといけないし。

──弾き語り、他のメンバーのみなさんにも勧めてみてはどうですか。

H:勧めてるんだけどさ。まあみんなやらないよね。白井さんとかは「なんで一人でやるのかなぁ」とかって言うし。彼の場合は人とコミュニケーションしながらやるのが好きみたいだからね。

誰も一人で歌おうとは思わなかった

──ムーンライダーズは、コロナ以降また一つの時代が始まった感じですね。

H:体調の悪い人もいたり、亡くなる人もいたり、病気するとか、声が出なくなるとか色々あって、止まってたけど、2020の時に渋谷の《クラブ・クアトロ》で『カメラ=万年筆』の再現ライヴを無観客でやってみて、お、いけるんじゃないかってなったんだよね。その時は今の若い2人(澤部、優介)もまだいなかった。岡田(徹)くんはいて……ジジイ5人と夏秋(文尚)くんだったね。

──博文さんはバンドが始動する時には自分から何か言ったりするんですか。やっぱ慶一さんが指揮する感じですか。

H:俺からはそういうことはあんまり言わないね。まあなんとなくだよね。みんな何もしないとそのまま声が出なくなっちゃうから、これは音楽家的には良くない、と。ミュージシャンは人前に出ないと。どんどん汚くなっていくからさ(笑)。

──バンド内での立ち位置って意味で言うと、前にムーンライダーズのライブ見たとき、他のメンバーの人はたくさんしゃべってるのに、博文さんだけ一言も喋らなかったのが印象的でした。佇まいがよかったです。

H:“すみずかし”って言うんだよ(笑)。隅でスカす。今はあんまり意味ないんだけど。ソロではべらべら喋ってるんだけどさ。それこそ《lete》(下北沢のライヴ・ハウス)に出るときなんか言っちゃいけないこと言ったりさ。まだ若いんだって意味でね、下ネタとかも言ってすごい引かれたりね。

──博文さんは結構前からずっと「老い」がテーマですね。うちの親父、博文さんと同じ歳で、最近お爺さんっぽくなってきました。「老いる」ってなんなんですかね。

H:親父さん元気? 72って書くとさ、なんか一瞬ガクッとくる感じはあるね。わかんないと思うけど。お爺さんの境目みたいなのはあるよね。やっぱり孫ができたりするとさ、ジイジって呼ばれるからね。あ、爺さんなんだなって思うよ。メンバーで孫がいるのは、わたしと武川(雅寛)さんだけ。子供とか孫がいないとなんか意識は違うのかもね。夏秋くんは子供いるから5年もすれば孫できるかもね。5年なんていったら、80近くなって、もう先が見えないじゃない。だからもう先を読まないで、今やっちゃわないとって感じ。弦楽もそう、とにかく今やっちゃう。

──映画監督とか80くらいになってめっちゃ撮り始めて最盛期になる人とかいる気がして、ムーンライダーズもそうなんじゃないかって思います。晩年期に入るというか。同じバンドでいろんな人が代わる代わる死とかについて歌うから、逆に一人の人間を超えた普遍性みたいなのを感じます。

H:そうだといいけどね。晩年期でこんな感じって面白い。一人が歌うと重くなっちゃうけど、いろんな人が歌うと切実さがなくなる。一人じゃ歌えないんだよ。だから、あえて避けたのかも。誰も一人で歌おうと思わなかった。実際、ほぼ、一人で歌ってる曲はないんじゃないかな。俺の曲は、結構俺が歌っちゃってるけどね。

──めまぐるしくて、LSD的な感じもしますよ。晩年の明るさみたいなのも感じます。

H:そうね、めまいがするというか(笑)。普段は歌わない夏秋くんにも歌わせたりして。夏秋くん、すごい嫌がってたけどね。でもそこは俺が「いや大丈夫だから」って(笑)。ディレクションとかは基本的には曲作ってる人が、ここ歌ってくださいってやるんだけど、でも自分が歌うところは、歌いやすく変えちゃったりしているよ。でもさ、爺さんばかりじゃない。今のムーンライダーズには若い人もいるし、60歳の夏秋くんもいる。俺らは完全なる爺さんだけど(笑)。

最後には灰の上に立っていたい

岡村:博文さんの歌詞には“灰”という言葉がよく出てきますよね。「僕は走って灰になる」に象徴される“灰”。今回もまた“灰”が多く登場します。持続性を意識してのことなのですか。

H:つい出ちゃう、つい入ってくる。言葉として好き。好きで入ってくることもある。最終的に灰になる世界が好き。

岡村:なるほど。例えば『ANIMAL INDEX』(1985年)の頃は博文さんは30〜31歳ぐらいだったかと思うんですが、今70代に入って、言葉として“灰”というものがリアルになってきていますよね。言葉としてずっと変わらず好きだとしても、その捉え方に年齢とともに違いが生じるようにも思えます。ある種の死生観がより明確になっていくというような。

H:そう。実際に灰を見るようになる。灰を拾うようになるんだよね。骨とか灰とか。灰と砂って結構近いと思うんだよね。だからさ、最後には灰の上に立っていたいっていうか。

岡村:自分は灰でできてる、みたいな感覚があるんですか。

H:うん。昨日考えたのは、砂浜に立っていたら、自分の足跡も見えないっていう感じ。ここに立つのに、どうやって来たんだろう。そういうような場所なんだよ。灰の場所。

岡村:同じ「走ってる場所」も、新作の「快楽の椅子」では“火口の縁”だけど、『ANIMAL INDEX』の頃はそうではなかった。“とある冬の街角”でした。

H:あれは「僕は走って灰になる」っていう語呂が良かった。岡田(徹)さんが褒めてくれたね。

慶一:あれはメロディがなかったからね。歌詞から作ったから。

岡村:自宅に《湾岸スタジオ》を作ったのも、まさに『ANIMAL INDEX』と同じ85年ですよね。あの頃って博文さんにとって一つの節目になったタイミングだと思うんですよ。そこから40年経って、今、“老い”についてどう捉えていますか。

H:昔はいつまでも生きると思ってたからね。

岡村:そう思わなくなったのはいつ頃からですか。

H:70っていうのは、やっぱりそうなのかな。何事も後回しにはできない。よっぽど、今まで後回しにしてきたもんね、いろんなこと。

岡村:「70」という数字の重みは、60の時にはなかったわけですね。

H:70まで自分が生きてると思っていなかったからね。

岡村:ムーンライダーズのみなさんは2000年代以降どんどんエッジーになっていると思うんです。でも、若作りしているのではなく、老いに対してジタバタ抗っていることがエッジーさを引き出している。新作での博文さんの歌詞も、良明さんが曲をつけた「美しき老い」はもとより、例えば「始まりの狼煙」(8曲目「Suite 腕に夕日 肩に枯れ木」の2nd Mov. 作曲はE.D MORRISON名義)の歌詞なんて、“岩場の陰に遺書を残し”とか“悪さがまだまだできる”とか、相当ストラグルしてるじゃないですか。あの感じはちょっと美しいなと思いますね。

H:普通、抗うでしょ。

慶一:わたしはモラトリアムではなくなったんだよ。

岡村:博文さんの歌詞って極私的じゃないですか。パーソナルですよね。慶一さんは非常に俯瞰的にストーリーを描く方で、バラッド的な作り方。その違いは昔からすごくはっきりあるように思っていたのですが、新作ではその違いが歌詞において一番くっきり出ているように感じました。そこに関する自覚は割と初期の頃からずっとありましたか。

H:(慶一は)なんか啓蒙的だったり。そういう感触があるんだよね。そういうの、俺にはできないな、というのはあったね。

岡村:そこに影響されずに博文さんは自分のスタイルを貫いている。

H:それはね、こうやってきたから、ずっと。これ以外のことができない。以前は歌謡曲に歌詞や曲を提供したりしたけど、すぐに終わってしまったよね。求められてるものではないんだよ。

岡村:でも、《美学校》の歌詞講座じゃないですが、確実に求められている場所がいくつもある。ただ、博文さんの歌詞に学べるところはたくさんあるけど、それを自分に置き換えることは非常に難しい。

慶一:啓蒙的じゃないしね。

H:生徒さんに自分の曲を聴いてもらったり、詞を見てもらったりすると、「これはどういうところから出てきたんですか」っていう質問しか出てこないからね。「どうしてこの言葉が出てきたんですか」とか。それ、答えられる?

──まあ部分によりますね、自分の場合は。

H:「何かから盗んだ」とか、そういうのだったら答えられるかもしれないけど、頭の中にあったものがポッと出てきたわけだから。難しいよね、説明するのは。俺はそういう歌詞ばかりだからさ。


<了>

Text By Takujuro Iwade


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