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細野晴臣: Yours Sincerely

2026 / medium echoes / Sony Music Entertainment
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人への、音楽への、この世界への愛が、慈しみが……

30 September 2026 | By Kentaro Takahashi

細野晴臣の音楽を半世紀以上も聴いてきた。好きなアルバムを絞りに絞って挙げるなら、『はらいそ』(1978年)、『オムニ・サイト・シーイング』(1989年)、『HoSoNoVa』(2011年)の3枚かな。でも、最新作の『Yours Sincerely』は同じくらい好きだ。もう少し聴き続けたら、一番好きなアルバムになるかもしれない。

『HoSoNoVa』以降のガット・ギターをつまびきながら歌うスタイルを基調にしたアルバムだが、特徴的なのはドラムスがほとんど聴こえなくなったこと。ドラムスとベースで土台を作る、バンド感のある音楽からは遠くなったと言ってもいい。一方で、鉄琴、木琴系の打楽器が多用されて、リズムを作っている。それは多分にアジア的な感触を持つリズムでもあり、『オムニ・サイト・シーイング』とその前後に作られたインストゥルメンタル作品〜『Coinsidental Music』や『Mercuric Dance』など〜を思い起こさせる。

2曲目の「Sincerley」はムーングロウズの1952年のドゥーワップ・ヒットだ。オールドタイミーなアメリカン・ミュージックへの志向は、細野が1970年代から携えていたものだが、細野の手にかかると、ジャズやカントリーやリズム&ブルーズといった各ジャンルのエッジは削ぎ落とされ、その芯にあった「滋味」や「まろみ」だけが濃縮されるような感覚がある。この「Sincerley」もまさしく、そんな仕上がりだ。

確か、はっぴいえんどの終わり頃に、細野晴臣はこんなことを言っていたことがある。

「バッファロー・スプリングフィールドに追いつこうと思ったら、彼らの音楽を聴くだけじゃ足りない。彼らが聴いてきた古いカントリーやリズム&ブルースも聴かなければいけない」

細かい表現は違うかもしれないが、主旨としては、そういうことを細野は言っていて、僕はそれに強い影響を受けた。同時代のロックやポップを聴くだけじゃなく、意識的に古いレコードもたくさん聴いて、音楽史を自分の中に取り込んでいくことにした。

21世紀になる頃には、その延長線上で、僕はこうも思うようになった。好きなミュージシャンがどんな音楽を聴いていたかだけじゃ、分からないことがある。彼らの両親がどんな音楽を聴いていたか、彼らのおじいちゃん、おばあちゃんがどんな音楽を聴いていたか、そこまで遡らないと、見えてこないことがあるんじゃないか。

そうやって遡っていくと、ジャンルなんてものは消え去っていく。20世紀の始めにはポピュラー音楽の各ジャンルはまだ生まれていなかったのだから。でも、クラシックとフォーク(民衆音楽・民俗音楽)くらいしかなかったその頃にも、人々はメロディーを慈しんでいた。歌に人生を重ねていた。音楽はかけがえのない宝物だった。

そんなことを思い出しながら、この『Yours Sincerely』というアルバムを聴いていたら、7曲目にエドワード・マクダウェルの「To A Wild Rose」が出てきた。マクダウェルはアメリカのクラシック音楽の作曲家だ。「To A Wild Rose(野ばらに寄す)」は彼が1896年に書いたピアノ曲。マクダウェルらしい心優しいメロディーを持つ小品だが、そういう彼の音楽はドイツ・ロマン派の亜流的に片付けられることが多く、チャールズ・アイヴズのように現代でも批評価値のある音楽とは見做されてこなかった。

だが、様々なアメリカン・ミュージックの芯のところにある「まろみ」の源泉は、エドワード・マクダウェルやジョージ・ホワイトフィールド・チャドウィック、ヴィクター・ハーバートといった、現代ではあまり顧みられないアメリカの作曲家たちのメロディーの中にあるのではないだろうか、と僕は考えていた。だから、「To A Wild Rose」のメロディーだけを取り出したような本作中のカヴァー・ヴァージョンはすごく響いた。ひとつの円環が繋がったように思いながら聴いた。

続く8曲目はフランツ・リストの曲、9曲目はベートーヴェンの曲で、クラシック作品が続くのだが、それらもメロディーにフォーカスした作りで、フォーク・ミュージックのようにも聴こえる。この『Sincereley』というアルバムの中ではジャンルは溶けていて、人と音楽がとても親密に息を合わせ、時を超えていく。

そう、これは文字通り、おじいちゃんのアルバムでもある。そこにはバンドのエネルギー感は必要なかった。たくさんの楽器も必要なかった。かわりに、このアルバムにはたくさんの声が入っている。子供の声や女性の声。誰も大きな声は出さない。たおやかな声が重なりあい、おじいちゃんの声とも重なる。

3曲目の「Ayurveda」もそんな曲で、アルバム中でもとびきりの名曲だ。今の細野晴臣でなければ書けなかった曲。でも、100年前からそこにあったようにも思える曲。平易なメロディーの中に、人への、音楽への、この世界への愛が、慈しみが満ちている。細野の声には時々、不思議な響きのエコーがかかる。なぜ? と最初は思ったのだが、この原稿を書いていたら、何となく理由が分かってきた気もする。(高橋健太郎)



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