ムーンライダーズ50周年企画 メンバー全員インタヴュー
夏秋文尚
「“どうなっちゃうんだろう、ドキドキする!”っていうライヴにするのが僕の役割かな」
夏秋文尚がドラマーとしてムーンライダーズに“加入”して今年8月でちょうど20年になった。現在60歳なので3分の1は既にムーンライダーズにいる、そんな人生だ。最初こそかしぶち哲郎のピンチヒッターだったし、その後もしばらくはかしぶちとのツイン・ドラマーとしてサポートする立場だった。しかし、キャリア50年というムーンライダーズの中では半分にも満たないとはいえ、00年代中盤以降に再び訪れる成熟期にバンドを支えるようになった、その功績は大きい。実際、00年代以降のムーンライダーズは守りに入るどころか、変化を楽しむかのように次々と未知なる領域にチャレンジするようになっている。その影には夏秋の献身的なバックアップがあった。2013年にかしぶちが亡くなってからは、一人で文字通り屋台骨になっているのは周知の事実だ。
その後、バンドには澤部渡、佐藤優介という後輩が入ってきた。鈴木慶一は夏秋のことを冗談で「中間管理職」と呼ぶことがあるが、つまりはバンド内に世代のレイヤーが明確にできてきた手応えがあるということなのだと思う。そのシャープなプレイを生かしてジャック達、こまっちゃクレズマなどでも叩き、レコーディング現場に呼ばれることも少なくない夏秋は、録音やマスタリングのエンジニアとしても活動しているし、最近でも自ら撮影した作品をまとめた写真集を発売するなど精力的だ。そして、ソングライターとしてムーンライダーズのニュー・アルバム『e.d morrison』に無国籍楽団風の「青空に泥靴」(作詞は鈴木博文との共作)を提供している。9月10日から東京・西荻窪で写真展《夜の空と昼の庭》が開催される(10月4日まで)夏秋の貴重な単独インタヴューをお届けしよう。ムーンライダーズに加入してからの苦悩、人知れず重ねる努力などが伝われば幸いだ。
(インタヴュー・文/岡村詩野)
鈴木慶一
「70年以上生きても知らないことはまだある。好奇心があるうちはやめない」
武川雅寛
「9人で“e.d morrison”という感じなのかな」
Interview with Fumihisa Natsuaki
半年前から朝8時に作曲作業
──新作を最初に聴いた時の印象を伺ってもいいですか。
夏秋文尚(以下、N):聴きやすいというか意外とポップだなと。でも毎回そうなんですけど、「これで大丈夫なのかな」って最初は思いました。
──最初は着地点があまり見えてなかったということですか。
N:見えなかったですね。毎回そうではあるんだけど、50周年なのでやっぱりそれなりのものを作んなきゃいけないんだろうなとは思っていました。ただ、慶一さんも言ってたけど、最初はよくわかんないなっていうのが正直なところでした。もちろん、かしぶち(哲郎)さんと岡田(徹)さんの曲を録った時には、これはすごいなと思いましたけど、でも、僕自身は怖かったですね……。
──メンバー全員が曲を持ち寄ることで焦点が絞れないのではないか、という不安ですか。
N:それもあります。いや、『ホワイト・アルバム』(『The Beatles』)とか、僕、大好きなんで、バラバラなのは、幅が広いという意味でもいいとは思うんですけど……ただ、うん、僕もそうだし、(佐藤)優介も澤部(渡)くんもそう思ってると思うんだけど、やっぱり……僕らが曲提供するとなるとそれはオリジナルじゃないわけですよ。
──オリジナル・ムーンライダーズじゃなくなる。
N:そうです。だって、僕、もうムーンライダーズに入って20年になりますけど、ただやっぱりそこはどうしても怖い部分があるんですよ。というか、恐れ多い。もう錚々たる名曲を作ってきた人たちじゃないですか。しかも、今回は50年やってきた末の50周年のアルバムですよ。やっぱり周囲からの期待もあるでしょう。澤部くんと優介は普段から曲をいっぱい書いてるから、僕なんかより全然上ですけど、僕はやっぱりそこは……ものすごい怖いんですよね。
──ソングライターとしての不安ですか。
N:経験のあまりの少なさに、どう評価されるんだろうっていうのは……まあ怖いですよね。
──でも、夏秋さんは前の『It’s the moooonriders』でも「世間にやな音がしないか」を書いていらっしゃるじゃないですか。夏秋さんは何のためとは決めずに曲を作ったり、詩を書いたりっていうようなことは普段からやったりしてらっしゃるんですか。
N:まあ、曲はもちろん書きますけど、日常的に書くってことはしないです。ただ、年齢を重ねるごとに、どんどん曲が書ければいいな、とは思いますね。畏れ多いですけど、(高橋)幸宏さんみたいにドラマーとしてもすごいけど曲も書けるみたいなのは本当に憧れますね。かしぶちさんもそうでしたよね……だから僕もそうなれればいいなとは思っています。そういうことも改めて思って、なので、今回は僕、半年前から曲を書き始めたんですよ。
──計画的ですね。
N:そうしないとできないというか。前々回は全員の曲を5、6時間かけて全員で聴くっていう、とんでもない時間があったんです。で、そこに自分の曲も提出しなきゃいけなかった。この恐怖感は凄くて。今回もそうなるんだと思ってたんですよね。なので、まあ覚悟決めて、できるだけのことはやろうと思って。でも僕あんまり曲ができないんで、一年前ぐらいから……アルバムの話が出た時から「こういう曲書いたらいいかな」「こういう曲あったらいいかな」っていうイメージを作ってて、で、作曲は半年前から始めました。本当に毎日やってましたね。ロビー・ロバートソン(ザ・バンド)が朝10時から作曲するって話をしていたし、優介も毎日曲書いてるっていうんで、あの天才二人がやってんだったら僕も毎日やんなきゃと思って。だから僕は朝8時から作曲していました。子供が学校行ってからすぐやり出して。ロビー・ロバートソンが10時なら僕は8時だなと思って。
──素晴らしい決意と集中力です。
N:努力しました。ただそれをやってちゃんと完成して聴かせられたのは4曲だった。20曲ぐらい作って試してはいて、未完のものもあるんですけど、これならいいかなっていうのは4曲だったかな。
歌詞が共作になった「青空に泥靴」
──そのうちの一つが「青空に泥靴」。澤部さんと優介さんが先輩組の曲を選んだそうですが、自分でも選ばれると思っていた曲でしたか。それともまさかこれが、みたいな感じでしたか。
N:ちょっと意外だったかな。割とシンプルな、ずっと繰り返しの曲なんで、もちろんそういう曲をやりたくて書いたんだけど、これはないだろうなと思っていました。選んでくれた理由を聞いたら、他にあんまりそういうのがなかったからって言ってましたね。
──慶一さんは曲を提出する際に「自分としてはこの曲が自信作」などとは一切言わなかったそうです。
N:そうなんだ。僕も言わなかったですよ。それは誰も言ってなかったんじゃないかな。優介と澤部くんもそういうことを言ってなかった。
──「青空に泥靴」については、最初から博文さんの歌詞があったわけではないそうですね。
N:そうです。なかったです。僕、今回も、前々回の時もそうでしたけど、とにかく歌詞を書いてくれって(鈴木)兄弟に言われていて。前々回の時は、歌詞がない曲は却下みたいなことも言われました(苦笑)。で、今回もまあそう言われるだろうと思ったんで、全曲歌詞も、まあ完璧じゃないですけど、つけたんですよ。そのまま採用になるかどうかはともかく、この言葉をきっかけに何かあればいいなと思って、(提出した候補曲の)全曲に僕は歌詞をつけたんです。その上で、「青空に泥靴」はその歌詞からは一言だけ使われました。
──どの部分ですか。
N:“パレード”です。基本的には博文さんが歌詞をつけてくれたんだけど、“パレード”だけは残してくれました。でも、いざ歌ってみると譜割りが合わなかったりしたんで、僕が少し変えて。そしたら博文さんが「この曲は絶対に共作にしよう」って言ってくれたんです。最初は断ったんですけど、「いやいや、そう言わずに」って。うまくどうしても当てはまらない時に、僕が考えた言葉を入れたんですけど……でもそれくらい。なのに共作扱いにしてくれて……博文さんの優しさかもしれないですね。博文さんの最近の歌詞って字数が多いんですよ。歌用の歌詞とはちょっと違う感じというか、詩人になってきてるような感じで面白いですよね。実際、僕のこの曲どう思いました?
──メント風というかカリプソ風というかダンスホール楽団風のアレンジがとてもいいですね。
N:うんうん、割と最初からイメージしていたのはあんな感じだったんですよ。ただ、一番印象的なギターのフレーズは良明さんが考えてくれたんです。
──提出した4曲の残りの3曲の行方はどうなりそうですか。
N:全然違うタイプの曲ばかりだったんです。それなりに他にも何曲か書いてきた曲もあるので、全部で10曲くらいになるのかな……なのでそろそろソロ・アルバムでも作ってみようかな。来年くらい作業してみてもいいかなとちょっと思っています。まだわからないですけどね。
──夏秋さんは写真集も出されました。音と写真と合わせた表現というのは今後あるのではないですか。
N:はい、実は写真集とCD一緒に出そうかななんていう構想はあるんで。でもまだほんと何もわからないですけど(笑)。
──今回の夏秋さん以外の方の楽曲についてはいかがでしたか。
N:やっぱりそれぞれ皆さんらしいなって思いました。それぞれ確たる世界を持ってるじゃないですか。みんなソロも出しているし。特に岡田さんとかしぶちさんの曲は……びっくりしたというか、すごいなと思いましたね。二人の世界がもう、丸出しな感じで。ちょっと辛い部分もありましたけどね。
──かしぶちさんの曲に至ってはヴォーカルまでそのまま使われました。
N:そう、そうなんです。あれがちょっと生々しくて。さすがにスタジオで聴いた時には、嬉しい反面、すごい辛いものもありましたね。
──かしぶちさんこそドラマーだけど、過去にはソロ・アルバムも出されているし歌も素晴らしい。
N:ですよね。ああなれたら良かったのに……って思いますけど、まあまだまだ間に合うのかな(笑)。
ライヴでも録音でも柱であり続ける
本番の3日前にもらった突然の電話
──最初に少し話されていましたが、夏秋さんがムーンライダーズに入ってちょうど今年で20年なんですね。2006年の8月にフェス(香川県で開催された《MONSTER baSH》)出演のために呼ばれてステージに立ったのが最初です。本番の3日前に声がかかったというのは本当なのですか。
N:本当です。ものすごいよく覚えてます。マネージャーの野田さんから電話があったんです。忘れもしない、東急ハンズに行く途中で。ただ事じゃない感じだったんで、ちょっとそこらのビルに入って静かな場所で電話を聞いたら、ライヴで叩いてほしいって言われて。その頃、(ムーンライダーズの)ドラムは矢部(浩志。当時カーネーション)さんとか坂田(学)くんがサポートでやってたから、「その二人の方がいいんじゃないですか?」って言ったら、たまたま二人とも予定が合わなくて、それで僕のところに来たみたいだったんです。しかも、「3日後」って言われて。「3日後ってどういう意味かな?」ってちょっとよくわかんなかったんですけど、「あ、そうですか」って引き受けちゃったんです。そしたら本当に3日後だったんですよね。当日も事前もリハーサルのない正真正銘のぶっつけ本番。とにかく機材車が出ちゃうから「明日楽器を持ってきてください」って言われて。で、次の日急いで楽器を持っていって、そこで当日演奏する曲と譜面をもらったんです。で、次の日に一人で猛練習して、その次の日飛行機で香川まで行った、という。
──つくづく思いますよ、たった1日の練習でよくやれたなと。あらかたの曲は知っていらっしゃったにせよ。
N:うん、ほぼ知ってる曲ではあったけど、まあ、でも、知ってるのと実際に演るのとは全然違いますからね。自分でもよくやったなと思いますよ。
──結局そこからもう気がついたらメンバーになって、今に至って。どこかのタイミングで「今日から正式メンバーだよ」などと言われたことってあるんですか。2020年の夏に正式加入ということになっているようですが。
N:2020年に、慶一さんが、レコ発のイベントのトークの司会者から「夏秋さんはメンバーなんですか?」って質問があった時に、「そうです」って即答してくれて、一番僕がびっくりしたんです。「えっ、そうなんだ」って。それまでは別にメンバーとも言われてないし、でもアーティスト写真の撮影には出てくださいとか言われたり、「え、俺行くの?」みたいな感じの事もあったり、かと思えば、「あ、ここは俺呼ばれないんだ」みたいなとこもあって。グレーなところにずっといたんですよ。撮影も最初は断ったんです。そしたら次に慶一さんから直で電話が来て「アー写に出てくれ」って頼まれて。で、実はその後かしぶちさんのお宅に行って相談したんですよ。そこには、かしぶちさんの奥さんと息子さんのたくま君もいたんですけど、「アー写に出てくれって言われて困ってるんですけど、どうしたらいいですか」って相談したら、即答で「いや、出なさい」って。「かしぶちも絶対それを望んでる」って言われたんです。そこからは覚悟を決めて撮影とかにも出るようになりました。あと、2007年だったかな、ライヴの後、打ち上げに行って、帰り際に、慶一さんに「2010年まではメンバーだから」って言われたんですよ。
──なぜ“2010年まで”だったんでしょう。
N:正直わかんないですけども、「2010年まではメンバーだから」って言われて、冗談だったかもしれないですけど、ものすごく嬉しかったのは覚えてます。そういうふうに見てくれてるんだって。まあ酒の席だったからかもしれないし、いまだに“2010年まで”というのはよくわかんないですけどね(笑)。
かしぶち哲郎という存在
──かしぶちさんとのツイン・ドラムとしてステージのサポートをされていた時代も少なからずありました。かしぶちさんとライダーズのドラマー同士で話したり、アドバイスをされたようなことはあったのでしょうか。
N:なかったです。割と自由にやらせてくれたんで、「こう叩いてくれ」っていうのはなかったですね。「スカーレットの誓い」の最後のフィルだけ、これはやってくれって言われたけど、その他に関しては何もなかったですね。でも、一緒にやり始めた頃、「僕と夏秋くんは合うんだよね」ってすごく嬉しそうに言ってくれてたのは嬉しかったです。ただ、もちろん嬉しかったですけども、かしぶちさんの体調次第のところもあったから、変な言い方だけど、早く僕の仕事がなくなればいいなとは思ってました。
──かしぶちさんが完全復活して自分の出番がなくなる方がいい、と。
N:そうです。僕にとっては最高の仕事でしたけども。やっぱり6人だけのライダーズを見たかったから、完全復活して、僕がもう一人でできるよって言われるのをいつも待ってたっていうのは正直ありました。だから難しかったです。かしぶちさんをたてていたいけど、ちゃんとサポートもしなきゃ、かといってかしぶちさんより目立っちゃうのもまずい。
──ですが、ステージを見てても分かりましたよ。夏秋さんが気を配って目立たないように、でもちゃんと柱になって、という感じで叩いているのが。
N:一度、かしぶちさんがライヴ当日の早朝にぎっくり腰で立てなくなっちゃって、朝3時に慶一さんから電話があったんです。「明日、というか今日、かしぶちが出られないかもしれない」って。当日来てわかるより早めにわかってた方がいいだろうっていうんで電話をわざわざくれたんですね。もちろん僕とかしぶちさんはほぼ同じことをやってたんで、僕一人でもできないわけじゃない。ただ、やっぱり存在としてかしぶちさんがいない中、一人で叩くことになるっていうのがものすごく不安で。もうそこから寝られなくなっちゃった。3日前に電話をもらった最初のフェスでのステージの時は、最初から一人でやるっていうのがわかっていた。もちろんそれはそれで大変だったけど、それまでツインでやってたのに、いざ当日かしぶちさんが急に来れないかもってなった時に、ものすごい不安になっちゃって。「やっぱりいてくれないと」って改めて思いましたね。幸い、その時はなんとかかしぶちさんも来てくれたんですけどね。
──かしぶちさんが亡くなってからは当然夏秋さんがドラマーである前提になっていくわけで、特にアルバム『Ciao!』(2022年)以降の楽曲は当たり前ですがかしぶちさんが叩いた“元”がない。そうなるとだいぶ気持ちも変わっていったのではないかと思います。ムーンライダーズのドラマーとして自然と自分色を出していこうというような。
N:そうですね。そうならざるを得ないっていうのが正しい表現かわかんないけど、もう僕しかいないですしね。正直、かしぶちさんっぽく叩こうかと思ったこともあったんですけども、でもそれもちょっと失礼だよなと思うし、実際やろうと思ってもできないんですよね。ライダーズって新しいことを常にやっていくバンドじゃないですか。だから、じゃあ僕も僕らしい、何か新しい感じをちょっとでもライダーズに入れられればいいなと思って。正直、悩んでる時間もなかったですしね。だから、そこからは自信持ってやってるかな。前が自信なかったわけじゃないけども、かしぶちさん時代のライダーズを見たことなかったりする人もいる。だったら余計にしっかりやらなきゃって。先代は先代で素晴らしいんだけど、今は今で責任持って自信持ってやんなきゃっていうのはあります。
参考にしてきたのはポリスの『Synchronicity』
──では、夏秋さんがライダーズに持ち込んだ新しい感覚とはどういうものだと思いますか。
N:かしぶちさんとやり始めていた頃ですけど、僕、ポリスの再結成のライヴを見に行ったんですよ。東京ドームに。それを見て、少しがっかりしちゃったんです。すごかったんですけど、あの全盛期の『Synchronicity』(1983年)の時のスリリングな感じがなくなっちゃってて。演奏は丁寧になったんだけど、どうなっちゃうんだろうっていうワクワク感がなくなっちゃってて。それを求めるのも良くなかったのかもしれないですけどもね。で、ライダーズのライヴをやる時に、絶対ああいう風にはならないようにしよう、「この人たちなんか落ち着いちゃったな」って思われないようにしようっていうのは常に思ってましたね。それが僕が持ち込んだ感覚なのかはわからないですけど「どうなっちゃうんだろう、ドキドキする!」っていうライヴにするのが僕の役割かなっていうのは思ってました。だから、参考にしてたのは常にポリスの『Synchronicity』。スチュアート・コープランドも突っ込みまくりで、攻めまくりじゃないですか。ああいう精神を、気持ちを常に僕が持ってやれればいいなっていうのは未だに思ってるかな。幸いライダーズは昔の通りにやらないバンドだし、みんな再現する気もあんまりない感じだし。
──実際に再現ライヴ……例えば7月に開催された『DON’T TRUST OVER THIRTY』の再現ライヴのリハーサルなどではドラム・パートのアレンジは任されるのですか。
N:特に「任せる」みたいには言われなかったですけど、ちょっと違う風にやろうとは思っていました。でも、「ここは昔のまんまやろうか」みたいな箇所ももちろんありましたよ。オリジナル・メンバーのみなさんもちゃんと再現してないとこもあるし、適度に再現しつつ、違う風にやったりもする。そのあたりの調整はやってみながらで、「そこはレコード通りにしようか」っていう会話は結構ありますね。
──そのジャッジはどういうところにあるんでしょうかね。
N:やっぱり印象的なメロとかリフとかフィルだったりは残しますよね。ちょっとしたキーボードのフレーズとか、ちょっとしたドラムのフィルとかがやっぱり印象的なの多いし。特にキーボード……優介は大変じゃないかな。岡田さんのフレーズはやっぱり印象的なものが多いし、聴いていても頭に入っちゃってるから、それがないと逆に気持ち悪いっていうのもあったりしますよね。実際、優介はちゃんとやってくるんですよ。
澤部渡、佐藤優介との共闘
──その優介さん、澤部さんが入ってからは、ムーンライダーズでは“先輩”になりました。何か変わった部分はありますか。
N:まずは気持ちが楽になりましたよね。それまでは、かしぶちさんが亡くなった後は特に重圧がものすごかったんです。岡田さん存命時の5人揃った時の存在感……全然威張ってるわけでもないし、嫌なことを言われるわけでも全くないんだけど、やっぱり存在があまりに偉大で。ものすごい重責がありました。それがもちろんやりがいではあったんですけど、澤部くんと優介が入ってきてからはちょっと楽になったというか……まあそのぶん彼らの重責はもっとかもしれないですね。でも、おかげで前より楽しめるようになったかな。二人がいてくれてだいぶ場も和むしね。かしぶちさんもいない、岡田さんもいない……もし5人だけで今回のレコーディングをやってたらちょっと辛い場面もあったんじゃないのかなとは思いますよね。でも、そこにあの二人がいてくれたおかげで、場がちょっと和らいだというか、助かりました。みんなも助かったんじゃないのかな。
──ステージ上で夏秋さんは、澤部さん、優介さんと並んでいることが多いですが、その位置から二人に対して気づくことはありますか。
N:やっぱり二人ともしっかりしてますよ。二人ともライダーズの曲がもう頭にしっかり入っていてるから、再現ライヴじゃない時でも、「あ、それ!」っていうようなフレーズをちゃんと弾いてくれたりするんですよね。僕としてはフレーズを二人ともしっかり弾いてくれるから、すごくやりやすくなる時もあります。逆に最近は、二人に「あの曲もうちょっと早くした方がいいんですよ」とかって言われちゃうこともあります。テンポのことは割とよく言われますね。僕は基本走り気味だけども、それよりもさらに「あの曲はもっと早くした方がいいですよ」とか言われちゃう。でも、ありがたいです。若い意見は大事だから。
──逆に、ここは譲れないよみたいなのも?
N:まあね、そこは黙って戻しちゃう(笑)。でも若い意見もほんとだから、そういう意味ではいい刺激を受けていますよ。
<了>
Text By Shino Okamura
