Songs of Old Age〜老いのある歌
老いることは誰にでも平等に訪れる。この身近すぎる普遍的なテーマは、さまざまな年代の音楽に静かに重なり合ってきた。シンガー・ソングライターの内省、老いを連想させる出来事や品物、ときに実験的な試みにも組み込まれている。もちろん、アーティストやバンドの活動期間が長くなるほど、人生の段階を扱った作品が見られる場合もある。むしろ、自分の人生について歌うアーティストが増えている昨今では、年をとることをどのように表現しているのか気になるところだ。
今回TURNではスタッフ/ライター16名が、それぞれの「老い」の楽曲を選定。1950年代〜2020年代まで多角的な視点で汲みとった音楽が揃った。秋雨のドアを閉めて、ゆっくりと耳を傾けてみてほしい。(編集部)
The Spaniels「Goodnight Sweetheart Goodnight」(1954年)
十分に老いた年齢になったにもかかわらず、「老い」というものがあまり実感できていない。70歳の誕生日を身体トラブルなしで迎えられたせいもあるだろう。未体験ゾーンなのは、どの年齢になっても同じ。次に夢中になれるのは何だ?と探しているのも同じ。「老い」が描かれた音楽や映画に特に共感するようになったというのもない。むしろ、若い頃の方がそういうものに憧れていたと思う。
ただ、数字的に残り時間が少なくなったのは認識している。で、葬式でかけて欲しいという1曲ならば、これは若いうちに決めてあった。スパニエルズの「Goodnite, Sweetheart, Goodnite」だ。“I hate to leave you”だけど、“it’s time to go”だっていうだけの歌。このシンプルさが良い。僕はシンプルマンだから、シンプルに生きて、シンプルに去りたいんだ。
スパニエルズがこの曲をヒットさせたのは1954年。僕が生まれる少し前だ。曲自体は1951年に書かれているが、馬鹿みたいにシンプルなので、録音しようとするグループがなかなか現れなかったようである。(高橋健太郎)
Simon & Garfunkel 「Old Friends」(1968年)
“サイモンとガーファンクル”という名前は、いちばんはじめに母の口から聞いた。太平洋に面した東北の港町のはずれに“あった”母の生家の窓からは、湾を挟んだ向かい側にある大きな魚市場がみえた。2階の自室においていたという彼女のレコードは、あの日を境にいったいどこに行ってしまったのかわからない。 『Bookends』のCDは、大学受験予備校に通っていたころ、仙台パルコのタワーレコードで買った。そのころ住んでいた予備校の男子寮のカーテンを閉め切った小さく暗い部屋で、パナソニックのラジカセにイヤホンを指して繰り返し聴いた。そのCDはまだわたしのCD棚のなかにある。 「Old Friends」は学生のころ、大学図書館が閉館する際に流れる退館の音楽だった。旧友である二人の老人が公園のベンチに、郷愁と不安を滲ませてまるで本立てのように並んですわっている歌詞の情景が、音楽を背中で聴きながら図書館からでたときの無機質なキャンパスの風景と、わたしのなかで重なっている。 時が過ぎるとともに、さまざまな時代の、さまざまな場面の記憶がある楽曲に張り付いていく。ひとりひとりの生物的な老いとともにある多様な生の経験と結びつきながら、楽曲もそのひとに沿って“老いる”。「Old Friends」は、“老い”ついて歌われた、わたしにとっての“老い”た歌。(尾野泰幸)
The Band「Rockin’ Chair」(1969年)
アメリカにあってロッキングチェアが象徴するのは老いや余生である。ロッキングチェアは暖炉の前で編み物をする婆様やポーチでビールを飲む爺様のためのものだ。ザ・バンドの「Rockin’ Chair」は、人生の大半を海上で過ごした老船乗りが、故郷のヴァージニアに戻り、旧友と死を待つ歌である。歌詞の「ロッキングチェアに囚われて」という一節は、ホーギー・カーマイケルの同名曲を本歌取りしたものだ。ロビー・ロバートソンがこの曲を書いたのは、26歳のときだった。若者たちが古い世界を更新せんと意気込んでいた時代に、ロビーは老人の生を憐れむような歌を書いていたのである。私は昔から若さよりも老成に憧れて生きてきた。日に日に増えゆく白髪に喜びを覚えるような人間だから、とりわけ渋いイメージの強いザ・バンドの二作目に惹かれた。しかし、ザ・バンドの渋さはあくまで表層的なものでしかない。彼らの音楽的な創意は、アメリカの古い記憶を描くというコンセプトを飛び越えている。ザ・バンドは、得体の知れない新たな何かを生み出している。老成しているようでいつ聴いてもフレッシュなのが、ザ・バンドの音楽にほかならない。(鳥居真道)
Cat Stevens「Father and Son」(1970年)
まず、この「Father and Son」は老いを歌った曲ではない。実際には、ロシア革命に参加しようとする息子を父が引き止める描写を書いた曲だ。若い頃には、高音で歌う息子のパートしか分からなかった。「父さんはいつも話をそらし、耳にタコができるほど同じ話ばかりする」と言う悲しい怒りに共感したのだ。だが、年をとると冷静な父の語りから、不器用な愛情が聴こえるようになった。昔は息子と同じように湧き上がった思いもある、それでも息子を失いたくない、幸せになってほしい、とシンプルに聴こえてくる。スティーヴンスの書く歌詞は、詩人のように真理を突いており、月日がたっても色褪せない普遍性がある。こうして一曲の中で両者の声を理解できるのは、自分も年をとったのだなあと思う。それでも、加齢によって曲を深く味わえるのなら、年をとるのもなかなか悪くない。変わっていく耳の聞こえ方や感覚を大切にしたいと思わせてくれる曲だ。(吉澤奈々)
Eric Andersen「Blue River」(1972年)
絶え間なく流れる川の水面が映し出す、いつでもそこにある空。変化の中にある、不易なもの。エリック・アンダーソンが歌う「オールド・マン」は、「青い川」を眺めながら、ゆっくりと荷を下ろす。若い頃のように、ボートに乗って深淵と闇へと漕ぎ出すこともできるが、もはや彼はそうしない。ただ青い川を眺め、これからも変わらず流れ続けるように祈る。
人間は、歳を重ねるほどに、あらゆる事柄に対する知恵を積み、ときにはそれへと対峙するための知略をも涵養していくものだ。一般にそれこそが、「老いる」ということに期待される社会的な役割なのだろうし、きっと多くの人がそのようになれるならば理想的だと考えているはずだ。しかし、そうした知恵、知略が深い含蓄をもって存在するのは、この歌が静かに称えるような、変化の中の不易を見つめ、ときにその中にこそ安息を見出すような歳月の連なりがあってこそなのだ。ここでは、家族を持ったばかりの若者も、同じように祈る。「川よ、我らが深淵と闇に落ちることのないよう、静かに、滔々と流れ続けておくれ」、と。(柴崎祐二)
Shira Small「Eternal Life」(1974年)
どういうひとなのか全然知らずにアルバム『The Line of Time and the Plane of Now』を聴いて、あとから知ったのが1974年、17歳で高校の卒業制作として録音した盤だということ。永遠の命は、時間という線と現在という面の交点であると歌ったこの曲だが、「太陽はわたしたちの内にある生命の反射/生命は神/わたしたちは永遠に輝く」というラインに入る瞬間、転調が少し暗がりをつくる。そして「Give an absolute sigh」、絶対的なため息をひとつ。壮大な時間論のなかで、ここだけは身体の動作だ。着想は、校内のトイレにあった変化についての落書き、苦手だった数学の直線と平面の授業、そして超越瞑想だったという。彼女は人前で歌うことからはなれて長く医療職に就いたが、70歳のいまも歌うことはつづけている。いわく「わたしの核には年齢がない」。17歳の声はまだ消えていない。(髙橋翔哉)
Joni Mitchell「Furry Sings the Blues」(1976年)
老いは一人の肉体だけでなく、その人が生きた場所にも訪れる。入れ歯をはめ、片脚を失い、ベッドに身を支えられながら歌う老ブルースマン(ファーリー・ルイス)。その姿は、再開発で取り壊されていくビール・ストリートと重なり合う。死んだ音楽家は銅像となって顕彰される一方、生きた担い手は貧困のなかに取り残されるのだ。独自の変則チューニングから生まれる乾いたギターの響きには、行き場を失った時間が宙吊りになり、ニール・ヤングのかすれたハーモニカが、街をさまよう記憶の声のように吹き抜ける。だがファーリーは哀れな老人というだけではない。酒と煙草を持参した裕福な訪問者(ジョニ)を「嫌いだ」と拒み、観察される客体になることに抗う。貧しい通りに輝くリムジンを配した終盤では、その生を作品に変える語り手自身の特権も露わになる。街の解体と肉体の衰弱が響き合うとき、ブルースは懐古ではなく現在の痛みとして立ち上がる。ここで歌われる老いとは、身体の衰え以上に、社会が人間から記憶と文化だけを取り出し、本人を置き去りにしていく残酷な時間なのである。(岡村詩野)
高橋幸宏「FATHERS」(1992年)
もうすぐ定年にも関わらず、若い時と同じモッズコートで走り回る青島刑事こと織田裕二に映画館で出くわして、複雑な感情が去来した。私も、“老い”とは無縁のまま逃げ切れるんじゃないか……と思っていたのだ。しかし、48歳になる今年、まず目が見えなくなった。そして隆盛を誇っていた頭髪も、頭頂部が心許ない気がする。家族からは“禿島刑事”、“禿げる大捜査線”といった心ないペンネームを提案される始末。そんな私が“老い”と言われて思い出す作品は高橋幸宏の92年のアルバム『LIFETIME,HAPPY TIME 幸福の調子』である。氏はそのカヴァー・ジャケットを“竹ぼうきに下駄、そしてカーディガン”という昭和のおじいさんスタイルで飾ったのだ。まだ幼い私にはピンとこなかったが、洗練そのものを体現してきた高橋幸宏の老成した姿に衝撃を受けたファンも多かっただろう。しかしこれは小津安二郎インスパイアによるニュールックとしての“老い”だったのだ。老いから逃げるな、自分からいけ!という熱いメッセージを勝手に感じている。
肝心の音楽は、名手・徳武弘文を全面的に起用した、ご本人曰く“テクノ・カントリー”。これも当時はクエスチョンマークがついた人が多いだろうが、後にスケッチショウで昇華させるフォークトロニカの原形がしっかりと刻み込まれている。音楽とファッションの両面における異才ぶりがよくわかる一作だ。(ドリーミー刑事)
Curtis Mayfield「New World Order」(1996年)
太陽がなかなか姿を見せないような最近の澱んだ気候の中で聞くと、カーティスのこの音楽はより一層沁みる。1990年、ブルックリンで行われたライヴ中に、ステージ上の照明器具が落下するという事故に見舞われ全身麻痺となったカーティスによる遺作として有名なアルバム『New World Order』は、しかし生命力を感じさせるアルバムである。オーガナイズド・ノイズやロジャー・トラウトマン(彼はカーティスと同じく1999年にこの世を去る)をプロデューサーに迎え、ラップやトーク・ボックスをはじめとする新しいものをここに来て取り入れ、カーティス流に調理する錆びないサウンド感覚はもちろん、彼の前向きな姿勢を象徴するのが、自ら手掛けるこの表題曲だろう。世界に蔓延る不均衡なシステムを憂いながら、その憂鬱が晴れる時を信じてやまないカーティスの歌声は、常に希望を失わず、新しい景色を夢想する。それは、人生のどの地点においても、ファンクとソウルを忘れないこととイコールだった。「生きていくのは大変さ、ベイビー、俺の髪は白髪だらけだ/だが俺たちは変えなきゃいけない、今日はまったく新しい日だ」。(市川タツキ)
Curtis Mayfield「New World Order」(1996年)
太陽がなかなか姿を見せないような最近の澱んだ気候の中で聞くと、カーティスのこの音楽はより一層沁みる。1990年、ブルックリンで行われたライヴ中に、ステージ上の照明器具が落下するという事故に見舞われ全身麻痺となったカーティスによる遺作として有名なアルバム『New World Order』は、しかし生命力を感じさせるアルバムである。オーガナイズド・ノイズやロジャー・トラウトマン(彼はカーティスと同じく1999年にこの世を去る)をプロデューサーに迎え、ラップやトーク・ボックスをはじめとする新しいものをここに来て取り入れ、カーティス流に調理する錆びないサウンド感覚はもちろん、彼の前向きな姿勢を象徴するのが、自ら手掛けるこの表題曲だろう。世界に蔓延る不均衡なシステムを憂いながら、その憂鬱が晴れる時を信じてやまないカーティスの歌声は、常に希望を失わず、新しい景色を夢想する。それは、人生のどの地点においても、ファンクとソウルを忘れないこととイコールだった。「生きていくのは大変さ、ベイビー、俺の髪は白髪だらけだ/だが俺たちは変えなきゃいけない、今日はまったく新しい日だ」。(市川タツキ)
Bob Dylan「Tryin’ To Get To Heaven」(1997年)
ここ2日ほど、常軌を逸した量の酒を浴びるように飲み続け、財布の中身と記憶をしっかりと失った。で、この原稿を書いている今はというと、いわゆる酒鬱に四方から襲われている。できるだけ他人に迷惑をかけていないといいな、などと思いつつ、一方でどうしようもなく生きているのが恥ずかしいというか、穴があったら入りたいというか、そんな気持ちである。ところで、50代の時分のディランは、こんなことを歌っている。「すべてを失ったと思ったとき/人は気づく/まだもう少しだけ/失えるものが残っているということに」。今の自分にとっては酒で失った諸々に思いを馳せてしまいそうになるところだが、それはそれとして、老いることと失うこと、要するに生きることを、これほど簡潔かつ見事に捉えた歌詞はそうないだろう。どれだけ失っても、人生は続く。その言いようのない残酷さと力強さに震えながら、酒との付き合い方も含め、人生について、僕はあらためて考えるべきかもしれない。(高久大輝)
LCD Soundsystem「Losing My Edge」(2002年)
LCDサウンドシステムのジェイムズ・マーフィーは、はじめから老いていた。遅咲きであることに自覚的で、常に老いについて歌ってきたと言える。『Sound of Silver』とは、(讃美歌にかけたザ・バンドの『Rock of Ages』と同じで)「老人の音楽」という皮肉だった。名曲「All My Friends」では、「Losing My Edge」の「俺はそこにいた」とは反対に、年月を経てパーティーから離れていった友人たちに向けて「君の友だちはどこにいる?」と問う。この「Losing My Edge」は、「俺はもう鈍ったよ」という自虐で始まる。「1968年、ケルンでカンの初ライヴに立ち会った。俺はそこにいたんだ。でも、俺はもう鈍ったよ」。ジェイムズはロックやダンス・ミュージックの歴史的な瞬間を目撃してきたことをドヤ顔で自慢げに歌いながら、自虐でオトす。これはウッドストックの参加者の有名な文句をもじったものであり、典型的なロック爺の所作を模した冗談だが、妙にリアルだ。ジョークの裏には、ジェイムズの実感にもとづく悲哀が滲んでいる。「Losing My Edge」をリリースした頃のジェイムズの年齢を超えた私も、「俺はもう鈍ったよ」と呟きながら、老いを受け入れ、それを嗤ってみせる方法を探している。(天野龍太郎)
Gregory and the hawk 「Doubtful」(2008年)
アルバム『Moenie and Kitchi』発売からもう18年が経った。歳を重ね体力的に老いを感じながらも、定期的に聴き直す一枚だ。
3曲目に収録されたこの曲の「So chalk it up to the drone Hack it out wear it down」というフレーズは、ドローンのように緻密で必要以上の詮索が余計な疑いを生む愚かさを表現している。
メレディス・ゴドローのウィスパーボイスや、アコギによるアルペジオで無垢な印象を残す一方、エレキ・ギターによるフランジャーの複数使いで不穏な空気を、ドラムの音が岩に打ち付ける波の動きや音の如く表現し、共存する。
いくら老いても、現代社会で抱えてる生きづらさはどうやら変わらず、人間関係の摩擦から生じる。距離を置くことは疎遠や物理的な死によって避けがたく訪れる。寂しさと煩わしさは果たして反比例の関係にあるのか、それともうまく共存できるのか。そんな2分20秒が長い間胸に迫ってくるのだ。(ぽっぷ)
The Caretaker「Tiny gradiations of loss」(2011年)
高齢で認知症になっても昔の歌は覚えているという言説はよく聞く。実際、音楽が記憶の再生に貢献することを利用した療法もあるようだ。その研究に触発され、英国のアンビエント作家ザ・ケアテイカーが2011年に完成させたアルバムが『An Empty Bliss Beyond This World』である。戦前の舞踏会を想起させるポップスやジャズの音源をサンプリングし、それを劣化/老朽化させることで認知症のある人の記憶喪失の過程を描写した。「Tiny gradiations of loss」では1920年代のピアノ演奏を起用。クラックルノイズが激しく侵食する本楽曲は作品の後半に位置しており、時間発展に伴う記憶の減衰と現実認識の不明瞭化が著しく起こっている。老いとは即ち死に近づくことだ。死の接近が感じられたとき、人生に意味はあったのかと考えたり、若年期の甘美なメロディだけがノスタルジックに流れたり、或いはそんなことすら認識できないまま心が消失していったりするのかもしれない。年をとっても、世界は結局空虚かもしれない。(raqm)
NORIKIYO「夜に口笛」(2013年)
先日、沼津市のクラブにWorldwide Skippaがゲスト出演をするということで、沼津の商店街にあるクラブに行ってみた。0時半すぎに入場すると、ローカルのラッパーであろう青年がライヴをしていて、フロアには10名弱の若者たちが彼を応援するように集まっていた。明らかに場違いな場所に私は来てしまったのでは……と思いつつ、電波も繋がらない地下のクラブで私はただ後方で彼らを観察していた。活発なヒップホップ・リスナー層を目の当たりにすると、よくよく考えてみれば、彼らの年齢の時に聴いていたNORIKIYOやAKLOも、もう結構な歳になっていると気づいたのだ。この曲でNORIKIYOは、変わりゆく周囲や自身の変化に対して感傷気味にラップするのだが、私が特に好きなのはこのヴァースだ。「おりゃまだ懲りず/この街掘り宝探し/だってそれぞれの明日が夜の先で待ってる/生まれも育ち違うのにな/俺や君らはこの先で誰になる?/でこのLifeはいったい何の為にある?/月と目が合ってふっと我に返る」。
4時近くにクラブを去り、姉家族の家で朝帰りのまま寝ていたら、突然、「起きてよー!朝だよー!」と、3歳の姪っ子に起こされた。携帯の時刻は朝7時、もちろんまだ2時間ほどしか寝ていない私は二度寝をしようとしたのだが、休日の朝7時の子供達のエネルギーは二度寝など許さない。眠い目をこすって、『おとうさんといっしょ』が流れているテレビをただ見る。彼女らからしたら、突然朝になったら現れ、客間で寝ている伯母さんも、なかなか不思議な存在だろう。けど、そんな役を務めるのも悪くない。かつて自分が聴いていた音楽を、今の若者たちが聴いている。そうやって時間が流れていくなかで、いつの間にか自分も、誰かにとっての“少し先を生きている人”になっているのかもしれない。老いとは、そういう小さな瞬間にふと気づくことなのだろう。(島岡奈央)
John Prine 「When I Get To Heaven」(2018年)
フォーク/カントリーのレジェンド、ジョン・プラインの遺作『The Tree of Forgiveness』(2018年)のクロージングとして収録されているのがこの曲。「俺が天国に着いたとき」というタイトルは何やらスピリチュアルにも思えるが、あくまで軽快で陽気なカントリー・チューンに乗せて、天国に着いたらやりたいことを羅列していく。「ウォッカとジンジャーエールのカクテルを飲んで、9マイルの煙草を吸って、可愛い女の子にキスをするんだ」。いや、欲丸出し! だがその「欲」は、ミュージシャンとしての矜持にもつながっていく。「神に誓って、ショービジネスに戻ろう/赦しの木という名のナイトクラブを開いて/俺に害に与えたすべての人間を許そう/梅毒の寄生虫のような批評家どもも招待するかもな/スミスウィックのパイントを買って、私の魅力で窒息させてやるよ」……あまりにもカッコよすぎる。自分は何者として老いていきたいのか、死を前にして何を誇りに思うのか、プラインのしゃがれた歌声に痺れながら想像する。(木津毅)
Yello「Waba Duba」(2020年)
クラフトワークやYMOといったレジェンドの訃報も聞こえる昨今、“テクノ”の老い方について考えてしまいます。自分は何歳まで打ち込みとかやってるんだろう?あきらかに老眼に優しくないDAWの画面やドラムマシンの液晶。◯◯とか▢▢みたいに、優秀なマニピュレーターを雇って、自分は指示するだけの立場だったらいいんでしょうけど、それをやるにはかなり財力が必要です。
Yelloはボリス・ブランク(ちょっと若い方。音担当)とディーター・メイヤー(ジジイな方。声担当)の二人組テクノ・ポップ・バンド。見ての通り、胡散臭いジジイ二人による、堂々たる老いテクノ。80年代からやってる彼らですが、昔の曲と別に何も変わってません。その「胡散臭さ」はむしろ加齢によってますます輝いてます。かくありたいものですね。ちなみにデイーター・メイヤーは銀行員の父を持つボンボンで、自身も投資で成功した大富豪らしいです。結局、金なのか?(Kotetsu Shoichiro)
Text By Ryutaro AmanoShoya TakahashiNana YoshizawaTatsuki IchikawaMasamichi ToriiNao ShimaokaKotetsu ShoichiropopraqmKentaro TakahashiDreamy DekaTsuyoshi KizuShino OkamuraYuji ShibasakiDaiki TakakuYasuyuki Ono
