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ジェイムス・ブレイクについての逡巡と最新作『Trying Times』

19 September 2026 | By Kohei Yagi

ジェイムス・ブレイクの新作『Trying Times』の日本盤ライナーノーツは、小林祥晴が担当しており、本作を次のように評価している。「ジェイムスのシンガー・ソングライターとしての側面とエクストリームなトラック・メイカーとしての側面が、最も理想的なバランスで、美しく(そして奇妙に)結合しているアルバムだ。これは彼のディスコグラフィの中でも屈指の完成度だと断言できる」。本作はチャート・アクションの面でも、ジェイムス・ブレイクにとって自己最高となる全英3位を記録しており、海外メディアでも基本的には高評価だ。そういった状況は、この評価の正当性を担保しているように思える。

だが、この文章を目にしたとき、ぼくは複雑な感情を抱いた。ライナーノーツという性質上、評価がポジティブになるのは自然なことだが、ぼくの目には小林の記載は少しばかり眩しく映る。小林の評価に異論はないが、少しばかりむず痒いというのが、正直なところだ。『Trying Times』をポジティブに評価するという点においてぼくは小林と同じ結論に至っているが、そこまでのロジックが、というよりジェイムス・ブレイク観そのものが異なっている可能性がある。ぼくが『Trying Times』について書くなら、ジェイムス・ブレイクという音楽家に対する逡巡が付きまとうことになる。だから本稿が『Trying Times』という作品そのものに本格的に言及するまで、すこし時間がかかることを許してほしい。

ひとりの音楽家のキャリアを振り返ったとき、そのすべての作品を愛することはきわめて困難だ。「◯◯がリリースした作品はどれも素晴らしい」と胸を張って言える才能に出会えているのなら、あなたはとても幸せだ。デビュー当時から継続的にその対象をウォッチしてきたのなら、なおさらそんな気持ちを抱くのは難しい。キャリアを重ねるほどに「〜のころがいちばん良かった」と言われてしまう確率は上がっていくし、長らくファンだったリスナーにも、時期によって想い入れの濃淡があるだろう。UKベース・カルチャーの寵児としてデビューしたジェイムス・ブレイクも、その例外ではない。

彼のデビューを、『Air & Lack Thereof』をリリースした2009年に定めるなら、今年でデビューから17年が経つことになる。ジェイムス・ブレイクを長年追ってきたファンは、どの作品をもっとも好んでいるのだろう。彼のキャリアにはさまざまな節目があるから、その答えにはかなりのバリエーションがあるはずだ。すぐに思いつくのは、キャリア初期を好む、いわゆる「初期厨」である。彼の実験的な側面を好んでいた人々はここにハマる傾向があるだろう。「初期厨」の中でもおそらく細分化が可能であり、ぼくの考えによると具体的には、①「CMYK」(2010年)リリース周辺、②「Limit To Your Love」(ファイストのカバー)〜デビュー・アルバム『James Blake』(2011年)、③2作目『Overgrown』(2013年)あたりに分かれるだろうか。

①は、ブリアルが洗練させた、R&Bからのサンプリングをダブステップに導入する手法をさらに加速させ、ケリス「Caught Out There」とアリーヤ「Are You That Somebody?」を取り込むことで誕生した「CMYK」だ。2010年代初頭のUKベース・カルチャーを象徴するこのポスト・ダブステップの名曲は、ダンス・ミュージックとしての機能性を持ちつつIDM的なインテリジェンスも漂わせ、幅広いリスナー層にその魅力を訴えかけた。ここをジェイムス・ブレイクのピークポイントに定めるリスナーも少なくないように思う。

②は、ジェイムス・ブレイクが自身のヴォーカルをフィーチャーし始めたタイミングだ。ファイスト「Limit To Your Love」のカバーには驚かされたものの、そもそも彼はFWD>>でダブステップを浴びながら、スティーヴィー・ワンダーやジョニ・ミッチェル、そしてThe xxを聴いていた青年だった。そう考えると、『James Blake』で大々的にヴォーカルをフィーチャーし始めたのも不思議なことではない。UKベース・カルチャーの寵児が歌い始めたことへの驚きと戸惑いはあったが、結果として『James Blake』を高く評価する声は非常に大きく、2010年代前半を定義する傑作と見る論調にも頷ける(2010年代後半は言うまでもなくフランク・オーシャン『Blonde』だ)。FKAツイッグスが広く受け入れられたのも、この時期のジェイムス・ブレイクの活躍が切り開いたフィールドがあったおかげのように思える。

③『Overgrown』は、ジェイムス・ブレイクのディスコグラフィで、最も『Metacritic』の評価が高く、2013年のマーキュリー賞ではアークティック・モンキーズ『AM』、デヴィッド・ボウイ『The Next Day』、ディスクロージャー『Settle』といった傑作群をおさえて最優秀アルバム賞を受賞した。前作で開花したヴォーカリストとしての側面がさらに全面化し、シンガー・ソングライター的なアプローチで音楽に接するようになった時期である。この時期のインタヴューで、彼がしきりに自身の恋愛が作品に与えた影響について語っていたことが記憶に残っている。RZAやブライアン・イーノを作品に迎えている点も注目に値するし、ジャスティン・ヴァーノンや当時のカニエ・ウェスト(現Ye)と交流しており、コラボレーションの季節がスタートした時期でもある。彼の別名義、ハーモニミクスが駆動していたのもこの時期だ。

ここまで挙げた3つが、ぼくの考えるジェイムス・ブレイク初期厨の主なタイプである。他にも、彼のキャリアにはいくつものポイントがある。2010年代中盤以降、ビヨンセ、ケンドリック・ラマー、トラヴィス・スコット、ロザリアをはじめとするUSメインストリームでの客演/プロデュース・ワークに注目した音楽好きも多かったはずで、そこからジェイムス・ブレイクに興味を持った人間もいるだろう。ほとんどの曲がモジュラー・シンセから生まれたことで知られる、クラブ・ミュージックへの回帰作『Playing Robots Into Heaven』(2023年)をベストに挙げる人間もいるかもしれない。あまり想定はできないが、ソングライティングに注力した『Friends That Break Your Heart』(2021年)をもっとも頻繁に聴くリスナーもいるのだろうか。もしかして、リル・ヨッティのファンがコラボ作 『Bad Cameo』(2024年)から流入してきたなんてことも? いろんなゲートと評価がありうるだろう。それらを踏まえたうえで、なぜここまで初期にやたらと字幅を割いているのかといえば、お気づきのとおり、ぼく自身が初期厨だからだ。

この論考は、初期厨のぼくが最新作『Trying Times』をどのように聴いたかを綴るものである。

先ほど初期厨を3パターンに分類したが、ぼくは②に該当する。②の特徴は前述のとおり「ジェイムス・ブレイクが自身のヴォーカルをフィーチャーし始めたタイミング」だ。ぼくが惹かれた理由を一言で示すなら、それは「歌とトラックの関係性」である。ここで重要な楽曲は、当時大々的にヴォーカルがフィーチャーされたことで話題を呼んだファイストのカバー「Limit To Your Love」ではなく、『James Blake』収録の「The Wilhelm Scream」だ。聴けばわかるが、この曲の歌唱は、1セットのほぼ同一のメロディが繰り返されるきわめてシンプルなものだ。一方トラックは、前半の静謐でミニマリスティックな音響表現から、時間の経過とともにシンセサイザー(おそらく彼の愛機であるProphet’08)のレイヤーが変化し続け空間を埋め尽くしていく圧巻の展開を見せる。どちらもいわゆるポップス的な構成ではまったくない。この「ほぼ変わらない歌唱と、変わり続けるトラック」という対称性こそが、このころのジェイムス・ブレイクの先鋭性であり、ぼくが彼のキャリアのピークポイントに②を挙げる最大の要因だ。

「The Wilhelm Scream」は、ジェイムス・ブレイクの父であるジェイムス・リザーランド(James Litherland)「Where To Turn」のカバー(というか翻案)なのだが、原曲はもっと自然な歌モノで、歌詞にも展開があった。しかしジェイムス・ブレイクはこの展開部分をカットし、あえて硬直的なフレーズのリフレインのみを残している。これは明らかに意図的な構成と考えるのが自然ではないだろうか。『James Blake』における「変わらない歌唱と、変わり続けるトラック」という構成は「The Wilhelm Scream」のみならず、「Unluck」や「I Never Learnt To Share」などさまざまな楽曲で確認できる。おそらく彼は、R&Bの1フレーズをサンプリングしてリフレインさせてきた手法を、自身の声に応用したのだ。自ら歌った長めのフレーズをリフレインさせることで、次の段階に進んだとぼくは考えている。「I Mind」ではさらに細かくチョップして使用していることを考えると、やはり自分の声を、通常の歌唱とは違うかたちでサウンドとして成立させたかったのだろう。

では③でそれがどうなったかといえば、ジェイムス・ブレイクの歌唱の割合が増え、ソングライティングを追求し始めた。ポップス的な歌唱構造とまではいかないが、前作で目立った、硬直的なフレーズをリフレインする歌唱はかなり薄れ、RZAのラップまで入ってきた。ブライアン・イーノのアシストもあり、どこかエスタブリッシュされていったところも、ぼくが抵抗を感じた要因のひとつだろう。ジェイムス・ブレイクが社会化されていくことで、彼の良さが脱臭されたように感じたというのが正直なところだ。『James Blake』制作時の彼は、実家のベッドルームで音楽制作をしていたはずだ。「変わらないヴォーカル=自身の状況」を、どこか陰鬱ですらあるアンビエント〜ドローンのエッセンスを含んだエレクトロニック・サウンドで埋め尽くしていくそのあり方にぼくは彼の実存を感じ、感情移入していたのかもしれない。おそらくそこから、ぼくはジェイムス・ブレイクのステージの変化を受け入れられなくなってしまったのだろう。現に『The Colour In Anything』以降のサウンドの変化や、ほかのアーティストへのプロデュース・ワークにも、ずっと違和感を抱き続けてきた。


ジェイムス・ブレイクが《ユニバーサル・ミュージック》傘下の《リパブリック・レコード》を離れてから2年以上が経った。『Trying Times』はロサンゼルスのインディペンデント・レーベル《Good Boy Records》からのリリースである。彼は今年3月9日、パリのラファイエット・アンティシパシオン財団で行われたプライベート・リスニング・セッションで、「自分の仕事を決める人々を恨みながら毎朝目覚めるよりは、経済的な挫折を受け入れる方がましだ」と語った(『Numéro Magazine』)。多くの音楽家と同じように、彼もまた音楽をめぐるエコノミーに苦悩してきた。以前には、アーティストへのペイが限定的なストリーミング・サービスが大きなパートを占める音楽業界のシステムへのオルタナティブとして、アーティスト自身に課金できるプラットフォーム、《Vault》の運営をスタートさせた。賛否両論あったが、その活動はいまも続いている。

別の切り口では、『ローリング・ストーン』誌でプロデュース業について語っていたことが印象的だ。自身が手がけた楽曲がリリースされずお蔵入りになってきたことに触れたあと、彼はこう続ける。

「プロデューサーが時給で支払われないというのは、この業界の仕組みそのものだから。誰かのトラックに参加することを『手柄を立てる』ようには考えない。ただ、その音楽が良いものであれば、それだけでいいんだ。リリースさえされなかったなんて、統計的に言えば少し恥ずかしいことのように聞こえるかもしれない。でも実際には、費やした時間そのものに意味があるんだ。一つの楽曲に何時間も費やした後に、アルバムの方向性が変わってしまうこともある。それは僕自身にも起こりうることだ。ある日目が覚めて、『まずい、間違った方向に進んでいた』と気づく。そうすると、5曲から10曲くらいが一瞬で消えてしまうんだ」「ジェイムス・ブレイクが語る『混迷の時代』へのアンサー、坂本龍一への後悔」『Rolling Stone Japan』

プロデュース業をめぐる騒動といえば、Ye『BULLY』(2026年)収録曲「THIS ONE HERE」にクレジットされた自身の名前の削除を求めたことも記憶に新しい。Yeと距離をとるためでは?と訝しむ声もあったが、上記の発言を踏まえるなら、自身の貢献が楽曲に反映されていないにもかかわらずクレジットされていることに抵抗があった、という彼自身の説明をそのまま受け止めるべきだろう(炎上しやすいタイミングでの発言だったことは間違いないが)。楽曲が素晴らしいものになるためには、自分が費やした時間が消えてしまうこともあるという、ほろ苦い認識。デビューから16年、37歳になったジェイムス・ブレイクが積み重ねてきたビターな経験の数々が、ぼくに『Trying Times』を肯定させる。

「作り始めてから数年が経つ。実はパンデミックの最中に着手した曲もいくつかあるんだ。それから本当にいろんなことがあった。信頼できる、いわば『音楽的な家族』とも呼べるごく少数のメンバーと一緒に書いていったんだ。ドム・メイカー(マウント・キンビー)、ジャミーラ、ボブ・マッケンジー、ジョシュ・スミス。彼らは長い間、僕の曲作りを支えてくれている中心的な存在だ。そうして、自分自身のレンズを通して見える世界を反映させようとした」(同上)

「いちばん難しかったのは、実質的に意味のあるチームを作ることだった。基本的にゼロからのやり直しで、安心感を与えて精神的な負担を軽くしてくれるチームを作るということ。しばらくは自分自身でマネジメントして、ほとんどの時間を電話に費やしていた。多くを学んだし、その期間があってよかったとは思う。でも、そう、終わってくれてよかったよ」『Pigeons & Planes』

自身の独立後初のフル・アルバムである『Trying Times』が、長いあいだ自分を支えてくれた人間たちを中心に作り上げられたことを、ジェイムス・ブレイクはさまざまなインタヴューで言及している。インディペンデントは身軽といえども、少なくとも彼くらいのサイズのアーティストになれば、大なり小なりチームの形成は必須だろう。そしてそのチームの質は、言うまでもなくアーティストの音楽活動の質にダイレクトに影響する。我々はアーティストを称賛するとき、そのアーティストひとりを念頭に語ってしまいがちだが、当然その背後にはさまざまな役割を担うスタッフの存在があり、そのチーム編成こそが決定的に重要な場合もある。ジェイムス・ブレイクは改めてそこと向き合い、自身の環境を整えたのだろうし、いまの彼を見ているとそれが功を奏しているように思える(チームについては上記の『Pigeons & Planes』の記事が詳しいので、そちらを参照してほしい)。


『Trying Times』に、かつての極端に振り切ったドラスティックなスタイルはもはや存在しない。しかし、エレクトロニクスと生演奏が混在し、キャリアを通して築き上げてきたボキャブラリーのすべてが盛り込まれ、それらがスムーズに、そして丹念につなぎ合わされた本作が、冒頭で小林が評していたとおりジェイムス・ブレイクのキャリア屈指の完成度であることは、初期厨のぼくでも納得せざるを得ない。そして、これまで書いてきた彼の遍歴を踏まえていたからこそ、感動させられる作品になっている。

特に素晴らしいのは、ソングライティングに注力しながらプロダクションを突き詰めたサウンドだ。たとえば「I Had a Dream She Took My Hand」。ミニマルなシンセと鍵盤、ピッチシフトしたヴォーカルを織り交ぜたコーラスが形成するこの精巧なポップ・ソングでは、シンプルな歌唱のなかで音色と構造が自然に移り変わり、繊細なプロダクションが光る。ディジー・ラスカル「I Luv U」をサンプリングした「Days Go By」もそうだ。余白を贅沢に使った序盤から徐々にビルドアップしていったかと思えば、中盤ではアンビエントなシンセとリズムによるミニマリスティックな時間が訪れ、ピッチシフトしたサンプリング・ボイスとジェイムス・ブレイクのヴォーカルが柔らかに挿入される。そこからさまざまな音色がレイヤリングされていく展開は圧巻というほかない。そして、おそらく誰もが本作のピークポイントに位置づけるだろう「Through The High Wire」において、その構成力はキャリアハイと言っても過言ではない高みに到達している。ビート・スイッチやボイス・サンプルの抜き差しを通じて繊細な変容を積み重ねるプロダクションの妙が際立つこの曲は、アンビエント/ドローン的な音像の変化を楽しむ初期とはまったく異なる技術的達成だ。1曲のなかでトラックに反復を求めないという彼の特性が、キャリアを通じて己を磨き続けた果てにここで結実している。

個人的なポイントをほかに挙げるなら、「Trying Times」や「Make Something Up」といった、バンド編成で作り上げられた比較的シンプルな楽曲だ。前者は「試練のとき(Trying Times)」を迎えている我々の世界へ、ラブ・ソングの体裁を借りて、「ともにこの試練を乗り越えて ともに乗り切るんだ」というメッセージを含んだシンプルなバラード。後者は、ジェイムス・ブレイクが初めてレコーディングでギターを弾いたことが楽曲に新たな色合いを与えた、彼のバックグラウンドの広さを実感させる一曲だ。以前のぼくなら「ジェイムス・ブレイクに求めているのはこういうサウンドではない」と、聴く耳を持たなかっただろう。こうした楽曲たちをぼくは心から肯定できるようになった。それは散々前述してきたとおり、彼の音楽と長らく並走し、キャリアの変遷を見つめ、自然とそのモードの変化を受け入れられるようになったからだろう。初期厨の呪縛が、溶けつつあるということだ。


この文章を、作品について語る際にあまりにも作品以外のことを語りすぎている、と捉える人もいるかもしれない。それに反論することはできない。音楽批評においては、最終的にそこで鳴っている音を自分がどう捉えたかを書くことが重要である。しかし同時に、あまりにも当たり前のことだが、ぼくたちはその作品内で鳴っている音楽のことだけを考えることはおおよそ不可能だ。音楽に限らず、あらゆるアート表現は、ある社会的条件のなかで成り立っている。ひとつの音楽を評価するとき、ぼくたちは常にほかの音楽のことを考え、ある種相対的に評価している。そのアーティストの発言や動向が、リスナーのもつテイストやイデオロギーとどのような距離にあるのかも、判断に絡んでくるはずだ。そしてその対象が、デビュー当時からウォッチし続けてきたアーティストだったらなおさらである。作品と音楽家を完全に分離することは、少なくともぼくにとっては、あまりにも難しい。

今回ぼくはそういったことについて、ジェイムス・ブレイクの新作を例に書いた。だがほかのアーティストにも、ぼくと似たような複雑な気持ちを抱えながら長年対象を追い続けるリスナーがいることは間違いない。トレンドとは無関係にひとりのアーティストを追い続けることは、ひとりの人間の人生(の一部)を追うことにほかならない。そこには喜びだけでなく、ある種の辛さが付きまとうこともある。はじめの出会いが鮮烈であればなおさらだ。だからこそ味わえる感動があることを、『Trying Times』は教えてくれる。

最後にリリックを引用して、この文章を締めようと思う。CD限定収録の、フリートウッド・マックのカバー「Landslide」だ。『Fleetwood Mac』(1975年)に収録されたこの曲は、スマッシング・パンプキンズやディクシー・チックス、近年ではマイリー・サイラスやハリー・スタイルズもカバーしてきた名曲。スティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガムのデュオ、バッキンガム・ニックス唯一のアルバム『Buckingham Nicks』(1973年)が商業的に振るわず、《ポリドール》とのレーベル契約を打ち切られ(2025年にリマスターのうえ再リリースされ世界中でヒット)、学校に戻るかプロとして活動を続けるかという失意のなかでスティーヴィー・ニックスが書いた曲だ。人生において予期していなかった「Landslide」=「地すべり」に直面したことをきっかけに、時間を重ね、変化を受け入れることについて歌ったリリックは、きっと転機にあったジェイムス・ブレイクの琴線に触れたのだろう。

「そう、ずっと変化を恐れてきたんだ 君を軸に人生を築いてきたから けれど時が人を大胆にする 子供さえも大人になっていき そして僕もまた歳を重ねていく」フリートウッド・マック「Landslide」

(八木皓平)

Text By Kohei Yagi

Photo by Harrison & Adair


James Blake

『Trying Times』

LABEL : Good Boy Records / ユニバーサル ミュージック
RELEASE DATE : 2026.3.13
試聴・購入 : 各配信・販売サービス

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