Review

James Blake: Playing Robots Into Heaven

2023 / UMG Recordings / Republic / Polydor
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かつてないほど激しくエナジェティック

24 September 2023 | By Ryota Tanaka

ジェイムス・ブレイクがダンスフロアに回帰した。と言っても、彼に対して、クラブが出発点だったと捉えているリスナーはもはや多くないかもしれない。2010年のファースト・アルバム『James Blake』の時点で、出自であるダブステップ特有の低音の鳴りは保持しつつ、自身の高低を行き来する歌声を中心に据えた歌モノの側面を強く出していたし、以降の彼のディスコグラフィーも、主にラップやR&B畑の人脈と絡みながら、特有の物悲しさを纏ったシンガー・ソングライター的と言えるサウンドを、拡張させていったように思うからだ。アノーニやサンファ、コラボ経験のあるボン・イヴェールといったアーティストと同様に、フィジカルというよりエモーショナルなポイントを刺激する音楽として聴かれている印象だった。

ゆえに、ジェイムス・ブレイクをフロア向けの音楽として理解するには、2009年まで遡らなければいけない。アントールドの主宰する《Hemlock》からリリースされた最初のシングル「Air & Lack Thereof」(2009年)、《Hessle Audio》からのEP『The Bells Sketch』、《R&S》からの『CMYK EP』(共に2010年)といったファースト・アルバム以前の初期音源に、あらためて耳を傾けてみよう。特に最初の2枚は歌の比重が少なく、ストイックなエレクトロニック・ミュージックを展開している。ビートは複雑でエクスペリメンタルなサウンド・デザインを敷きながらも、ベース・ミュージックの亜種としてフロアは意識されていたはずだ。事実、シーンにおいてもパンゲアやペヴァーリストらと並んで〈ポスト・ダブステップ〉の新たな才能が出てきた、という受け止められ方だったように記憶している。これらの作品はいま聴いてもソリッドでユニーク──もしブレイクがこの路線でキャリアを進めていったら、なんて要らぬ想像までしてしまいそうになる。

ただ、ニュー・アルバム『Playing Robots Into Heaven』は、活動初期に立ち返り、そこから再出発を図ろうとした作品というわけではない。憂いを帯びたピアノの旋律とファルセットは、彼特有の冷ややかで荒涼としたムードに楽曲を色づけている。そうした作家性を保ちつつも、冒頭に据えられた「Asking To Break」を筆頭にテンポの遅い楽曲でも、シンプルに拍ごとの強弱が付けられており、身体を動かすことを促すかのようなビートになっているのが興味深い。全体を通して、いつになくグルーヴィーなのだ。前述した初期のポスト・ダブステップ・ターム以上に、ダンス・フィールを意識しているようで、2020年のハウシーなEP『Before』からの連続性も感じられる。

ステッピーなリズムでメランコリアを高揚感で上書きしていく「Loading」、グリッチノイズを加工したシンセと疾走感のあるビートを重ねた「Tell Me」、ベーシック・チャンネル諸作を彷彿とさせるダブ・テクノ的な「Fall Back」など、序盤の楽曲は特にフロア・ユースに仕上がっているが、特におもしろいのは5曲目の「He’s Been Wonderful」。1.2.3.というカウントが繰り返されるなか、時折クワイア・コーラスやノイズ、声ネタがある種サンプリング的に乱暴に挿入されるさまは、〈いわゆるジェイムス・ブレイク〉な端正さを意識的に崩しているようで、新鮮だ。これは、彼の楽曲のなかでももっともトリッピーなサウンドではないだろうか。

以降も、基本的にはダンス・ミュージックが続くと言っていい。スヌープ・ドッグとファレル・ウィリアムスによる「Beautiful」を着想元に作られた「I Want You To Know」は、深い海の底を潜行していくかのようなレフトフィールド・テクノ調。続く「Big Hammer」では、ラガ・ツインズのMCをサンプリングしており、ここまでレゲエ由来のダブステップに接近した曲は、おそらくはじめてのはず。そして、アルバム終盤は一転、ビートが控えめの静謐な楽曲が続き、アンビエントな表題曲で作品を終える。

『Playing Robots Into Heaven』は、ジェイムス・ブレイクの作品のなかでもっともダンスに接近した作品であることは間違いない。そこには彼がコロナ禍以降にLAやロンドンでスタートしたパーティー《CMYK》の経験や刺激も反映されているのだろう。今年の8月に《Mixmag》に掲載されたインタヴューでは、このアルバムのツアーに向けて冗談交じりにこう語っていた。「ダンス・シューズを履いてきて。きっと騒がしくて荒っぽいパーティーになると思うから」。15年近いキャリアを経て、ブルーに染まっていた電子音楽家は、静かに、だがかつてないほど激しくエナジーを燃やしている。(田中亮太)




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