今再び「DIY」をさりげなく励ましてくれる、90年UK産オブスキュア・エレクトロニック・ポップ
この間の内外リイシュー・シーンは、レア・グルーヴ視点での70年代アイテム発掘の円熟期を既に過ぎ、80年代のオブスキュアなシンセ・ウェーブや異形のポスト・パンク作のディグを経由し、ついには90年代の知られざる秘宝にその食指を伸ばしつつある。ヴァイナル・メディアの衰微期にあたるこの時代にリリースされた数々の作品は、CDオンリー作品を含め未だ世界中のマニアをもってしてもその全貌の一部すら把握されていない状況で、ここ日本においても筆者も所属するシティ・ポップ・ディガー集団「lightmellowbu」などが牽引する形で様々な再考が浴びせられている最中だ。
ここにご紹介するUKのオブスキュアなアクト<4AM>による唯一作(1990年オリジナル)のリイシューは、そういった発掘潮流の最右翼と言えるものだろう。ヴォーカル担当のケヴィン・フィンチ、キーボード/ギター/プログラミング担当のスティーヴ・カービーによるこのユニット、および本作に関しての詳細情報は極めて限られているが、89年に英デボン州クレディトンのホーム・スタジオ《Susurreal Studio》にてレコーディングされた完全自主制作盤であるという。300枚のみがプレスされ彼等の自主レーベル《Flow Records》からリリースされたというが、そのほとんどは親族や友人たちへの販売・配布に終わった。
同時代のUKといえば、アシッド・ハウスの爆発的な伝播によって、時まさに“セカンド・サマー・オブ・ラブ”が謳われていた時代であり、エレクトロニック機材を駆使して制作を行ったこの4AMにも少なからずそのような祝祭的空気感が憑依しているのは確かなようだ。しかしながら同シーンの音楽傾向に比して、ここで聴かれるサウンドはより内省の色彩が強くまとわりついている。定番イクイップメントのYAMAHA DX-7をはじめとして、CASIO CZ-101、KORG EX-800、ROLAND MKS-50、SEQUENTIAL CIRCUITS TOM、ROLAND TR-808、CASIO FZ-10Mといった、<あの時代>のサウンドを強く刻印するシンセサイザーのプリセット音やドラム・マシン、サンプラーを駆使した音像には、ダンス的快楽性を追求するフィジカリティとともに、どうしても所謂<宅録>的なインティメイトさ、そして密室性を感じてしまうのだった。また、ケヴィン・フィンチによる決して巧みとはいえないボーカルのゆらめきとそれが作るメロディーが、極めてインナーな質感を形作っている。このあたり、むしろ前時代のニュー・ウェーブ〜シンセ・ポップからその意匠を引き継いだ要素が前景化した結果とも言えるだろうし、スクリッティ・ポリッティ等のソウルやファンクへエレクトロな視点からアプローチしたアーティスト達への憧憬をも感じさせるのだった。
往々にして(というか必然として)自主制作盤というのは、レーベルやエージェントの意向が介在しないためマーケティング的視点が排除されるものだが、上述のような絶妙にどっちつかず(とあえて言おう)なテクスチャは、まさしくこうしたことを前提としているのだろう。時にジャジーな感覚さえ喚起させるコード・プログレッションは、更に前時代の(日本で言う)AOR的なムードさえ湛えている。各曲の楽曲構造も、その機材ランナップが想起させるループ的な円環を逸脱し、むしろ直截にポップ・ソングというべき内殻を備えてもいるのだった(このあたりの特長からシュギー・オーティスやアーサー・ラッセル、ジェフ・フェルペス、ウォーリー・バダルー、ビヴァリー・グレン・コープランドといったジャンル横断的な先人たちを思い起こす向きもあるかもしれない)。
そう、ここにあるのは、「こういう音楽をやってみたいなあ」という若きセミアマ(?)・ミュージシャンによる、あくまで素直かつ牧歌的な表現欲求の滴りなのだ。機材の発展とそれに伴う廉価化やMIDI規格の浸透に恩恵を受ける形でDIYな音楽制作を開始した者たちが、自らの嗜好へごく自然に従う形でレコードを作ってみたら、どこにも存在しないような極めて折衷的な音楽を創造してしまった、ということなのかもしれない。とすると、過度に自覚的なパースペクティブを持つプロフェッショナル=作家こそ、時に彼が本来忌避するはずのマーケティングに駆動された音楽要素と結びつきやすいという逆説的事実もここから分かってくるふうで面白い。もちろんケヴィン・フィンチとスティーヴ・カービーはそんなことはどこ吹く風、自分たちだけで実にチャーミングな純粋エレクトロ・ポップを作り上げてしまったのだった。90年代初頭という特定の時代性が強く刻印されながらも、どこか無時間的なポップネスに浸された本作の魅力は、昨今どうも揺らいでいるように思えるDIYという価値観のクールさをさりげなく励ましてくれるようで、嬉しい。(柴崎祐二)
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Text By Yuji Shibasaki