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【未来は懐かしい】Vol.18
《4AD》移籍前の初期作品を集めた4枚組60曲入りアンソロジー

15 March 2021 | By Yuji Shibasaki

1990年に名門《4AD》からリリースされたファースト・アルバム『Livonia』以来、まことに特異な個性の滲む耽美的ドリーム・ポップを奏でてきたヒズ・ネーム・イズ・アライヴ(His Name is Alive 以下 HNIA)。80年代なかば、米ミシガン州の小都市リボニアにおいて、ウォーレン・デフィーヴァー(Warren Defever)というひとりの青年によって始動されたこのプロジェクトは、シューゲイザーの異端派とでもいうべき初期楽曲から、作品を経るごとに音楽性を次々に変化させていったことでも知られている。ノイズまみれのギター・ロックがあるかとおもえば、ビーチ・ボーイズ(というかブライアン・ウィルソン)に強く影響を受けた密室的で偏執的なポップスを作り上げる。一時期にはソウル・ミュージックにも強く傾倒するなど、いわば、カルト版ハイ・ラマズとでも形容すべきか、多面的な要素を孕んだ存在だ(近年ではプログレッシヴ・ロック〜ヘヴィ・メタルに接近したりと、そのカメレオンぶりはなおも健在である)。

今回紹介するのは、そんなHNIAのごく初期(ヴォーカリスト、カリン・オリヴァーの加入前)、ウォーレン・デフィーヴァーが一人自宅で制作していた未発表カセット・テープ音源をコンパイルしたCDセット『A Silver Thread Home Recordings 1979-1990』である。元々、『All The Mirrors In The House(Early Recordings 1979-1986)』 、『Return To Never(Home Recordings 1979-1986 Volume 3)』、『Hope Is A Candle Home Recordings 1985-1990 Volume 3』として2019年より連続リリースされていたLPを全て収め、併せて、近年制作のカセット音源『6Teen OK』、『Return Versions』、『Ghost Tape EXP』からよりすぐった楽曲を収めるボーナスCDも付属した豪華仕様だ。

ディスク1『All The Mirrors In The House』は、1979年から1986年にかけてピアノとギターを軸とした4トラック・カセット・レコーディングの美麗極まりないアンビエントを収録。後の音楽性から想像されるようなダーク・アンビエント的方向といより、時にかなりニューエイジ的ですらあるところが興味深い(「メディテーショナル」という形容詞をためらいなく使える)。あたかも、名コンピ『I Am The Center: Private Issue New Age Music In America, 1950-1990』で聴けるような、同時代のニューエイジ・プロパーの作家達によって作られていた自主制作作品をも彷彿とさせる。この点からして、いかにも老練な‘仙人’的作者象を思い浮かべたくなるが、驚くべきことに、ウォーレン・デフィーヴァーはこのとき10代前半の少年であり、最も初期の音源が制作された1979年にいたっては、たった10歳だったのだからにわかには信じがたい。

今セットに付属するブックレットによれば、幼少期から祖父や兄によって楽器演奏指導を受けてきたらしいが、それにしても、これほどまでに明確な美意識を湛えた音響作品を作り上げていたというのは、あまりに早熟で、一種畏怖を感じる。しかしながら、(筆者自身も記憶するところだが)楽器を触りたての子供が往々にして即興的な「音響実験」の萌芽のような演奏をするのはそこまで稀でないように思うし、そう考えながら聴くと、これもある種の「楽曲以前」の音の記録であるようにも思えるのだ(ただ、その構築、手際、そして審美性が、明らかにただならぬレベルに達しており、感嘆せざるを得ないのだが)。

ディスク2『Retuen To Never』も同時期に制作された音源を収めている。こちらのキーワードは、「ノイズ」、「フィールド・レコーディング」。水音や風音、モブ・ノイズなど、地元ミシガン州の小都市のサウンド・スケープが、原始的なテープ操作の中で儚く息づき、方や、ドローンの海原にきらめくようなギターのフレーズが泳いでいく……。本当にため息が出るほど美しい…のだが、もう一度言おう、これらはロー/ミドル・ティーンの少年がただ一人作り上げた音絵巻なのだから凄い。

ちなみに、今回の発掘リリースにあたっては、当時のテープ音源を精密にデジタル音源へトランスファーする作業を経ているらしいのだが、編集の際には、LP片面を通じて無音部を配したクロスフェード処理を施されている。それゆえ、実際の録音年月に幅があろうとも、どこか、一夜に見る一遍の長い夢のような無時間的な感覚が滴ってくるのだ。あの日と今日がじわりと混ざり合い、少年期の記憶の中に存在する音と、現前する再生音が、相互を浸していく……。

ディスク3『Hope Is A Candle』は、少し時代が下って、1985年から1990年にかけて録音されたデモ・トラックを収める。コアなファンなら気づくかもしれないが、《4AD》のアイヴォ・ワッツへ売り込み用に送付したというカセット作品『I Had Sex With God』(1988年)や、初期音源カセット『1985-1989 Stuff Early Works』(1990年)においても聴かれる曲が織り交ぜられている。このことからも分かる通り、HNIA本格始動前夜を画する、比較的楽曲的な外郭のしっかりした、リズムを伴ったトラックが多い。といはいえもちろん、霊験かつアブストラクトな表情は色濃く残っており、こちらも一個のアンビエント作品として面白く聴けるのに変わりはない。後によく比較される《4AD》のスター、ディス・モータル・コイルやコクトー・ツインズなどに通じるゴシカルで耽美な要素も徐々に浮かび上がってくるようで、旧来の彼らのファンにとってもいちばんとっつきやすいディスクかもしれない。

また、聴き逃がせないのが、ブルースからの影響だ。時折顔を覗かせる、スピード変調したブルース・ギター様のフレーズは、彼の地のローカル・スターにジョン・リー・フッカーがいた事実を思い出すと妙に得心がいくのだった。このあたり、UKの同時代アクトによるミニマリズムともまた異なった、いかにも米国ならではの地霊性を感じさせてくれる部分だ。付属のブックレットに掲載された往時のデフィーヴァー一家の写真の数々を眺めていると、ミシガンの片田舎に流れるラジオの煤けた音が聴こえてくるようでもある。

祖父から父へ、父から子へ、兄から、弟へ。少年を取り囲んでいたのは、巷に喧伝される世代間の断絶としてのポップ・ミュージックの閃光ではなく、血縁的/地縁的な単位で受け継がれてきた音楽の「流れ」のようなものなのかもしれない。ふと、ウォーレン・レフィーヴァーは、その「流れ」そのものを、音楽として表そうと試みていたのかもしれない、と思う。だから、ここに収められた無時間的で非断続的な音楽を聴いていると、HNIAが辿ってきたカメレオンのような変幻も、より一層興味深く思えてきた。

各ディスクのテーマ設定や編集法、ブックレットに至るまで、まことに優れたCDセットである。HNIAのコアなファンだけでなく、広く過去の音楽やリイシュー/発掘という営みへ興味のある人々へおすすめしたい。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


His Name Is Alive

『A Silver Thread Home Recordings 1979-1990』



2021年 / Disciples


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Tower Records / Amazon / HMV / disk union


柴崎祐二リイシュー連載【未来は懐かしい】
アーカイヴ記事

http://turntokyo.com/?s=BRINGING+THE+PAST+TO+THE+FUTURE&post_type%5B0%5D=reviews&post_type%5B1%5D=features&lang=jp

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