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「お金をかけ過ぎたように聴こえる音は好きじゃない。あえてシンプルにまとめることに挑戦するのも一つの面白さと思うんだ」
名門《Verve》からデビュー・アルバムを発表した若きシンガー・ソングライターに訊く音楽という日常

18 September 2026 | By Shino Okamura

《Verve》が送り出す大型新人シンガー・ソングライターとして昨年デビューしたaron!は、ノース・キャロライナ州シャーロット生まれ。8歳でギターを手にして、10代の頃から80歳のジャズ・ギタリストに師事していた。ノースカロライナ芸術大学進学後はショパンやラヴェル、バッハなどのクラシックを学び、コロナ禍には毎朝7時半に起きてピアノの88鍵が持つ可能性を追求、全額奨学金を得てマイアミ大学へ入学し、今度はジャズ・ヴォーカルと映画音楽を専攻した一方で、インディー・ポップ・バンド=Sunny Side Up!としてライヴの現場で腕を磨き続けた……というのが、オフィシャルで公開されている彼の経歴だ。輝かしい、というより、相当にあれこれを短期間のうちに経験して今に至ったというべきかもしれない。もちろんそれは彼自身の好奇心がそうさせたわけだが、しかしその割に、彼自身の音楽とヴォーカルは非常に穏やかで優雅で、エレガントで、詰め込んだ感がまるでない。若さゆえの焦燥、苦悩も外にはほとんど出てこない。あらゆる学び、喜び、あるいは挫折や痛みもあったのだろうが、それらすべてをしなやかに楽しんできたのではないか、とさえ思えるほどに。自らの音楽のことを“cozy pop”と名付けているのも、あまりにも見事だ。

昨年公開された《Verve》からの挨拶がわりの「cozy you」のスマッシュ・ヒットから約1年半、そんなaron!のファースト・アルバム『Too Close For Running』がリリースされた。ギターもピアノもバンジョーもクラリネットもシンセサイザーも……と様々な楽器をサラリと弾きこなし、ジャズ、ボサ・ボヴァ、ソウルなどを軽やかに横断してもいる。プライヴェートでもパートナーのメイ・シモネスやドディーとの共演曲でも見事なエスコートぶりを発揮。キャロル・キングとジェリー・ゴフィン、ハル・デヴィッドとバート・バカラックといった往年のポップ・ソングライター・チームの影響もあるし、大きく見たらグレイト・アメリカン・ソングブックの系譜を受け継ぐアーティストと言ってもいいだろう。でも、ふとした瞬間に、20代前半らしいシャイで邪気のない表情をチラつかせる。恋にのめりこんで何も手がつかなくなってしまう自分を包み隠さず歌詞にする。その初々しさに、そうだ、まだこの人のミュージシャン人生はスタートしたばかりなんだ、と思うのだ。aron!は言う。「アルバムの大半は恋愛から走って逃げようとしてるんだけど、結局は気づくんだ。もう引き返せないところまで、どっぷりじゃないか、僕は! って曲なんだよ」。それでいい、というか、それがいい、と思う。
(インタヴュー・文/岡村詩野 通訳/丸山京子)



新作のリリース・セレブレーションの様子

Interview with aron!

──インスタグラムによるとメッツとドジャースの試合をメイ・シモネスさんと観に行ったようですね。お揃いのメッツのキャップをかぶって。

aron!(以下、a):ファンというわけでもないんだ……。メッツはキャップに日本語で「メッツ」って書いてあったけど、ドジャーズには超有名な日本人選手がいるよね……なので(日本のためにも)どちらか一方のファンだとは言わないでおくよ。

──メイさんはしばらくNYに住んでいるから、ファンなのでは?

a:そうでもないかな(笑)……いや、少しだけ……なんとも言えない!

──いや、メッツの応援歌「Meet the Mets」はブロードウェイ的であり、ビッグバンド的であり、戦後アメリカのミュージカル文化のような曲なので、あなたの音楽指向と合っているなと思ったんです。それに実際、あなたのファースト・アルバムはそうした音楽文化を継承していることが伝わってくる内容だと思いました。

a:確かにEPは1940年代風なサウンドに絞ってたところがあるので、それに比べると、よりレンジの広いアルバムだと思う。曲自体、ファーストEP以降に書けた曲もあれば、それ以前の大学生時代に書いた曲もあって、言ってしまえば、これは僕の人生を通して集めてきたお気に入りのものたちなんだ。素敵な思い出のかけらというか。

──去年お会いしてから1年で活動の場がグっと広がりましたよね。Vevoの「Artists to watch」にも選ばれました。世代も趣向も様々な人があなたの音楽を聴いてくれていると実感することも増えているのではないですか。

a:ああ。5月に韓国の《Seoul Jazz Festival》に出演した時は驚いたよ。あれだけ多くの人が、僕の曲を知っててくれて、歌詞も覚えて一緒に歌ってくれてたのは、信じられなかった。ただ、そうやってたくさんの人が聴くようになってくれたことが、むしろソングライティングに影響はしてほしくないかな。もちろん、少しは変化したかもしれない。でも僕は、毎日のように新しい音楽の楽しみを見つけていて、それは仕事や成功といったものとは別のところで、それ自体として存在しているから。

──外からの影響を簡単には受けない、芯の強さがある方だと。

a:いつもそうだとは言わないけどね。芯の強さがあるのと同じくらい、簡単に目移りするタイプだよ。新しくてワクワクするものが好きだから、つい飛びついてしまうこともあるし、それが楽しい。たとえば、ファーストEPではクラリネットは1本しか使ってなかった。でも今回のアルバムでは、「Tandem Bike」という曲だけでもサックスやトランペットを何本も使っている。そうやって、自分の頭に浮かぶものを追いかけていくのも楽しいんだ。「あ、これ面白そうだな。じゃ、やってみよう」というように。

──新しいものを追いかけるのと、変わらないようにしようとするのとでは、この1年は、どちらの比重が多かったですか。

a:いい質問だね。僕の場合、毎日その両方が必要なんだと思う。それぞれに必要になるタイミングがあるっていうか。「ここはブレずに、自分の考えを貫こう。誰から何を言われようとも、これはこうであるべきだ」と頑固になる時と、「ちょっと他の意見も聞いてみようかな。もしかすると僕が間違ってるのかもしれない」と思う時。結局は、その瞬間でどちらを大事にするかを決めることが、今回のアルバム作りでもとても重要だった。他人の方が、自分よりも優れたアイデアを持ってることもあるし、でもやっぱりこれは僕の音楽なんだから、僕が一番よくわかってるというのも正しい。どちらも正当なんで、一概には言えないね。

──シーンに登場した時からジャズ、ブラジル音楽など一定のジャンルや文脈に終始しない、もっと包容力のあるソングライターという印象でした。アルバムを聴くとキャロル・キングとジェリー・ゴフィン、ハル・デヴィッドとバート・バカラックといった往年のポップ・ソングライター・チームの影響も強く感じられます。グレイト・アメリカン・ソングブックの系譜を受け継ぐような、言わば古典的で、複合的なポップ・ソングライティングを継承しているようにも思えます。

a:ああ、それはあるね。特に《Verve》から作品を出すようになってからはそういう意識はあるかもしれない。《Verve》のアーティストであることで良かったと思うのは、自分の音楽を、自分と同じような音楽が好きな人たち、自分が作りたいと思ってるような音楽を好きな人たちに届けられたことだよ。そこが純粋に嬉しい部分さ。だからといって、僕の曲作りが大きく変わるわけではないけれど、「やった! 自分以外にもこの音楽が好きな人がいるんだ」って思えるのは、すごく嬉しいことだよ。

──キャロル・キングやバカラックらブリル・ビルディングの作曲家は、自分たちで表現する曲ではなく、誰かが歌い、演奏する曲を作ることを目的としていました。もちろん、あなたはあくまで自分や目の前にいる大切な人たち、あるいは、聴いてくれるファンのために作っている。ただ、どこかに自分の手を離れてもいい、知らない誰かが歌ってもいいような感覚があるのではないかとも思えました。そうしたある種の「ポップであることの匿名性」はどの程度意識していますか。

a:ああ、すごく好きだよ、ポップスのそういう側面。たとえ、それが自分の人生に起きたことを書いた曲だとしても、そのまま「自分の曲」であり続ける必要なんてないと思う。むしろ、「聴いてくれた人の歌」になるんだったら、そっちの方がいい。その方が僕にとっては嬉しいよ。ライヴの後、「あの曲があなたの人生に起きたことを歌っている、っていうことがすごくいいと思う」と言う人はあまりない。言われるのは「あの曲を聴くたび、自分の人生で起きたことを思い出すんです」ということだ。そういう話を聞くと、僕も「ああ、素敵だな」って思えるんだ。

──あなたの曲は、日常の延長線で曲が作られているように聴こえます。普通にご飯を食べた後、その流れでギターを弾いて、歌い、それが曲になるというか。それでいて、出来上がるのはブリル・ビルディング時代の作曲家を思わせるクォリティだというのが、すごく魅力的です。実際、どういう意識で曲を書いているのでしょうか。日常の流れの中で? それとも「今から曲を書くぞ」と時間を決めて書くのですか。

a:時には、ふと曲が浮かんでくることもあるし、誰かの何気ない一言を聞いて「うわ、今のは曲になるな」と思うこともある。でも一方で「今から作曲をするぞ」という超クリエイティヴなモードに自分から入って行って、数時間、その感覚にどっぷりと浸ることもあるわけで。だって、ほとんどあらゆるものの中に曲はあるんだもの。それが名曲になるかどうかは別としてね。

──あなたはギタリストのイメージもありますが、ピアノの曲もありますよね。楽曲を作るのはギターがメインだとしても、どうやって分けているのですか。曲のイメージによって「これはこの楽器で」と決めるのでしょうか。

a:ギターで書くのは、家にピアノがないからさ。でもFacebookのマーケットプレイスで、5ドルのピアノを見つけたんで、買うつもり。

──いいですね。ギターは普段使うモデルを決めていますか。

a:何本か持ってるけど、お気に入りはこれ(といって、画面越しに見せてくれる)。いつもベッドに置いてあるやつ。これが気に入ってるんだ。ただ、ギターそれぞれに個性があるから、得意なことも違ってくる。たとえば、「これは絶対エレクトリックギターの方がいい」という音もあれば、ナイロン弦ならではの音、スチール弦の方が向いている音……というようにそれぞれなんだ。そうやって、その曲がどのギターだと一番“語ってくれる”のかを見つけるのが、好きなんだ。

──一リスナーとして音楽を聴くとき、ギターに集中して聴くというよりは、音像全体を視野に入れて聴いているという感じですか。

a:ああ、それがプロダクションってことなんだと思う。今回はアルバムでコ・プロデューサーも務めたから、常に全体像を意識していたよ。僕は基本、ギターしか弾けないんで、まずはその小さな役をしっかり果たして、そのあとは他のミュージシャンのための余地を残しておく。ベースもちょっとだけ弾いたし、クラリネットも吹いたけどね。でも、やはり大事なのは、全体像を視野に入れることだ。僕一人ですべて演奏できるわけじゃないので、他のミュージシャンのためのスペースをちゃんと作っておかないとね。

──ソングライティング、コンポジションのメソッドやプロセスで、お手本にした作品やアーティストをおしえてください。

a:面白いことに、古き良きアメリカン・ソングブック的な音楽で好きなのは、ほぼマイアミ大学に在学中、現地のシーンでバンドをやってた時に形成されたものなんだ。あとは、ジョン・メイヤーかな。あとは、ガル・コスタって知っている? それとカーディガンズとトッド・ラングレンも好きだな。僕と同世代なら、メイ・シモネス、リアーナ・フローレス、マディ・アッシュマン、ホーネン・フォードなどなどだね。

──去年会った時に話したかもしれないですが、1967年にそのガル・コスタがカエターノ・ヴェローゾと作ったアルバム『Domingo』の音の作りや雰囲気はあなたの作品に通じるものがあると思いますよ。

a:本当に? すごいな、それって。時間がかかったけど、今ようやく聴いてるよ。

──メイさんとの「Macrame」はまさにガル・コスタ&カエターノのデュエットのようでした。

a:嬉しいな。あれは去年の10月くらいに書いたんだ。彼女のことを想って……。その本人に「参加して」って頼むのも、考えてみると変な話なんだけどね。で、彼女がヴァースの部分を書いてくれて、二人で一緒にギターのパートを書いたのが2月くらいだったと思う。そうやってできた曲さ。彼女のやることすべてが、どんな時も刺激的だし、ギターを弾かせたら、もう凄いとしか言いようがないよ。

──二人でいる時は、音楽の話をして、一緒に音楽を聴いて、ギターを持って過ごしている。

a:うん。今日も午前中、5時間くらい、そうやって過ごしてたよ。でも、そういう時に弾いているのは、音楽と呼べるほどのものでもなくて。ただギターを爪弾いているだけだったりするね(笑)。

──ドディーとの共演も印象的です。あなたは彼女のUK/ヨーロッパツアーに、オープニング・アクトと彼女のバンドのギタリストとしての両方で参加しています。彼女とのツアーで得たこと、「Call When You Can」が生まれた背景などをおしえてください。

a:ミドルスクールの頃、ドディーの大ファンだったんだ。もちろん今もだよ。彼女の音楽を初めて聴いて、そのソングライティングの素晴らしさやクールなコードに衝撃を受け、それからずっと聴き続けてきた。彼女が僕のヴィデオを監督してくれた時は、思わず母親に「驚かないでよ!」って報告したら「すごい!」って言われた。そして、彼女のツアーにも参加した。最高の経験だったよ。「Call When You Can」を書いた時、一ヶ所だけスペースを空けておいたので「ここを埋めてくれる?」と頼んだんだ。すぐに「いいよ」と言ってもらえた。ほんと、最高の彼女だよ。かっこいいクラリネットのパートも吹いてくれてる。というか、僕とDodieの二人でクラリネットを吹いてるんだ。管楽器って、人の声にすごく似てると思うんだ。まるでバックヴォーカルのような役割をしてくれて、それが実にかっこいい。それに、指摘してくれてるように、僕は40年代、50年代のビッグバンドの音楽が大好きなので、ホーン・アレンジにはすごく興味があって。ついつい夢中になってしまう。なので、ホーンセクションのスコアを書く機会があるたびに「これはどうかな。うまく行くか試してみよう」っていう実験なんだ。うまくいかなければ、またやり直す……その繰り返しさ。一つ言えるのは、クラリネット奏者って、昔の人も含めてみんなうますぎるんだよ。だから、僕とはまるで音色が違う。まるで別の楽器かと思えるくらい。だから、僕みたいな音を出そうと思ったら、ちょっと下手なくらいがちょうどいいんだ(笑)。

──ジャケットはウィリアム・テルのオマージュです。これにはどういう意味がこめられているのでしょうか。ウィリアム・テルは父が息子の頭の上のリンゴを射抜いていますが、あなたはこのリンゴを誰に射抜いてもらっているのでしょう。

a:僕の場合、父の代わりに、恋の弓矢を持っているのは、キューピットってことになるね。恋のキューピットの矢に射抜かれようとしてて、「恋に落ちるぞ」と言われてるわけさ。で、実際にそうなってしまうっていうね。

──アルバムの曲はどの曲も大風呂敷を広げず、あくまでカジュアルで、日常的で、敷居の低いポップスであろうとしています。しかも、1曲1曲がとても短い。名門レーベルからのリリースですし、もっと豪華な作品にしようと思ったらできたところを、意識的に行きすぎないようにシンプルにとどめたのでしょうか。

a:うん。あまりに「金をかけ過ぎたように聴こえる音」は、僕は好きじゃない。今の時代、やろうと思えばいろんなことができる。でもその中であえてシンプルにまとめることに挑戦するのも、一つの面白さなんだと思うんだ。曲が、その曲に必要なことをすべてやり切れたなら、それが一番。それができたなら、曲は完成なんだもの。僕が何よりも好きなのは音楽だし、一番大切なのもそこだから。周りで何が起ころうと、いいことならもちろんそれでいいし、悪いことがあったとしても「それでもいいんだ」って思えるくらいの方がいいんじゃないかな。


<了>


 

Text By Shino Okamura

Photo By Marisa Bazan

Interpretation By Kyoko Maruyama


aron!

『Too Close For Running』

LABEL : Verve / ユニバーサルミュージック
RELEASE DATE : 2026.9.18
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