無常。
エンディングになったと思ったらまたオープニングが始まるような、毎日、同じ映画を見続けているような気分になることが私にはある。たとえ日々の中で自身の人生に何か出来事が起きたとしても結局はまた見覚えのある毎日に戻っていく。そしてただただ連続する日々に対してつい意味のようなものを探してしまうことがあってそれに疲弊する。
今作の「Lifetime」を聴いて思ったことがある。昨日と今日は違うということ。それもほんの少しの、気づかないくらいの変化かもしれないということ。この曲の歌詞に耳を傾けてみると、私は私のことについてよく知らず、他人の方が私の変化に気づいているのかもと思えてくる。そういうことは実際にあったりする。この曲のミュージック・ヴィデオに登場するフェイ・ウェブスターのように、私自身の顔にも気づかぬうちに皺が増えているかもしれない。歯を磨くときに毎日見ているから、顔の皺が深くなっていても伸びていても気づかないかもしれない。けれど変化は少しずつ起きている。気づかないうちに。低音が長く響く。それはどこかで途切れ、また始まる。劇的な変化はない構成で、音数も少なめで、BPMも遅めで、だからこそこれらの要素の一つ一つに気づくことができる。この曲は、加速主義の真逆に存在しているかもしれない。聴いている私は自分の人生の無常に耳をすましてみたくなっている。
國分功一郎とドミニク・チェンが対談したWIREDの〈消費されないリトリートはいかにして可能か?〉という記事で、浪費について語られていたことを思い出す。私の理解では、特定の目的を持った消費的な活動が存在する一方で、目的のない浪費的な活動をすることが重要だという内容だった。これを読んで、ふいにゲームがやりたくなってNintendo Switchを購入して、ひたすらに「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」(2017年)をやってみたら普段と違う気分になった。ゲームを進めたところで現実の私には何も起こらない。変わるのは少しの気分だけ。それは目には見えなくて、何が変わったかは明確に分からない。現実社会に照らし合わせたら無意味かもしれないが、私の気分はいつもと違っていたはず。
フェイ・ウェブスターがライヴでポケモンのゲーム音楽をカヴァーしている様子を観た。本作の「Lego Ring(feat. Lil Yachty)」でもリル・ヨッティとゲームをする様子がミュージック・ヴィデオに映し出されていて、実際にそのゲームをオンライン上でプレイすることもできる。レゴの指輪がほしいと繰り返し歌う。一瞬で叶いそうな願いだからか、この曲からは執念のようなものを感じない。スーパーマーケットの食玩コーナーで軽い気持ちでポケモンのフィギュアを買って、大切なものになったときのような気持ちに似ている。ロックとスローなR&Bが入れ替わり立ち替わり現れる様子は、気軽さとマイブーム的なものへの感情のその二つが、一曲の中で出入りしていて遊び心のようなものに感じられる。
「eBay Purchase History」の至極個人的であろう、ebayの購入履歴。ナイロン弦のギターが歌と絡み合い、ヨッシーアイランドのBGMのようにほのぼのとしている。「Feeling Good Today」での、エレキギターの弾き語りとオートチューンのかかった声は、くだらないものを買うかもしれないこと、新しい趣味を見つけることを歌う、日々の覚書のような曲。
マイブームはみうらじゅんによる造語で、自分の中だけで流行っている物や出来事を指す言葉だ。ヨーヨーをしてみたり、ゲームをしてみたり、HarmonyのギターStratotone Jupiter H49を使い続けたり、レゴの指輪を欲しがったり、ebayでの購入履歴、新しい趣味を見つけようとすることは、ウェブスター自身のマイブームの痕跡だ。マイブームは何か特定の価値観と照らし合わせて意味なんかを問う必要がないものだろうし、本人がどんな気分になるかが大切なはず。だとすると、このアルバムは、ウェブスター自身を含むマイブームを持つ人間への讃歌集かもしれない。
また、ウェブスターは寂しさを感じさせる曲を書く人だと私は思っている。今作からもその感情は伝わってくる。「Thinking About You」はまるでウィルコの「Jesus, Etc.」(2002年)のようで、ギターとギターのアンサンブルと歌のメロディに、ウィルコと同様の物悲しさを感じる。あなたへの想いと死を並べて書かれた歌詞。時は過ぎ、人は段々と変容し、老いに向かうことが頭をよぎる。アウトロに鳴らされるグロッケンシュピール(鉄琴)の残響音は、寂しさが訪れたこととこのアルバムが始まることを知らせる音。
終盤の「Underdressed at the Symphony」のペダル・スティール・ギターの伸びやかな音に交わる歌声は、ウェブスターの作家性を象徴している。本作の時間の経過と無常と寂しさが締めくくりに向かうことを知らせる曲。突如現れるストリングスのアンサンブル、そして次の瞬間の歌詞〈Crying to Songs(曲に涙する)〉。繰り返しの日々に、たまに訪れる音楽を聴いたときのあの瞬間のことかもしれない。
続く「Tttttime」は最後の曲。遠くの方で鳴っているペダル・スティール・ギターに誘われて、まるで白昼夢のような空間に導かれる。アルバムが終わり、また出口のない現実へと迷い込んで、日々が過ぎるのを横目に、これからは少しの変化に気づけるだろうか。(加藤孔紀)
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