今日はThouを聴いて寝るのが一番よかった
ルイジアナ州のスラッジ・メタル・バンド、Thou(ザウ)の新作が良かった。わたしはメタルの主流なリスナーではないし、過去に彼らが共作しているThe Bodyのことも、最近までノイズ/インダストリアル系のユニットだと思っていたくらいの無頓着さだ。それでも年に数枚は好きなメタルの新作に出会うことができているし(最近だとDeparture Chandelier、Ragana、Liturgyは素晴らしかったですよね)、なにもメタルの教義やらポピュリズムやらに迎合しなくたって、たまに自分の好きなものをキャッチできるだけのアンテナがあればいいのかななんて思っている。わたしの狭小なメタル観では、作品のフックとなる部分は音色の場合もあればコンセプトの場合もある。ピンとくるポイントは作品の数だけあると言っていい。……こうして書いていると、そもそもメタルなんて「ハウス」とか「ポップ」と同じくらい広くてあいまいな区切りなのに、それをジャンル論的に語っていいんですかね?な気分にもなってくるな。
ともかくThou『Umbilical』の場合、そのフックは、bandcampのキャプションや《Pitchfork》のレヴューにも書かれているとおり、作品のインスピレーションがグランジに依拠しているところにある。アンプリファイアの電気回路にタワシで直接磨きを入れているようなノイジーなギター・サウンドや、やたらキャッチーなリフは、グランジのそれらを感じさせる。『Bleach』期のニルヴァーナだってポストハードコアと同時にスラッジ・メタルの要素を持ち合わせていたことも、改めて認識しなければならない。ヴァース-コーラスという基本的なポップソングの形式にのっとっているのも、Thouの音楽の耳なじみがいい理由の一つだろう。
2020年発表の、ニルヴァーナ以外のカヴァーを集めたコンピレーション『A Primer of Holy Words』(ニルヴァーナのカヴァーのみを集めた『Blessings of the Highest Order』と対をなしている)では、シェラックやヤー・ヤー・ヤーズといったグランジに限らないアーティストの楽曲も演奏しているが、やはりグランジに聴こえてしまう不思議さもあるアルバムだった。また2018年のEP『Rhea Sylvia』でも、「Non-Entity」のような楽曲にニルヴァーナ「Heart-Shaped Box」の影を感じたりと、グランジからの影響を隠せない様子にはチャーミングささえ感じる。
しかし『Umbilical』の魅力はそういう、引用とか形式といったものは副次的なものでもある気もする。やっぱり心がひかれるのは、音の質感そのものである。「Narcissist’s Prayer」ではギターもヴォーカルも、ごく安価なマイクで拾ったように音が悪く、テレビの砂嵐のようなグリッチノイズが終始聴こえている。ブラック・メタルの音にも近い。わたしはスラッジ・メタルに詳しくないので、同ジャンルの代表的な存在=MastodonやBaronessと聴き比べてみたが、やはりThouの音は意図して汚されているようだ。
「Emotional Terrorist」のイントロではベースの倍音とキックが同調することで、インダストリアルに近い重金属サウンドが生み出され、背後ではブルドーザーのようなギターが唸り声をあげる。「I Feel Nothing When You Cry」はBPM130程度のアッパーなテンポで、もはやギターやベースは弦のアタック感はぼかされてしまい、ひと繋がりの持続するノイズやドローン音となっている。その前面では跳ねるドラムだけが正確にリズムを刻んでいる。
2000年代前半ごろまでに出現したatomospheric sludge metalやdoomgaze(ドゥームメタルとシューゲイザーの間にある何か)といったサブジャンルも、近年は存在感を増しているようだ。ブラック・メタルがアンビエントやインダストリアルやシューゲイザーと結びついたように、スラッジ・メタルもまた、その音響や録音という側面での新たな表現を試みている。空間に侵食していくようなギターノイズから、わたしには自分が過ごした工業都市=浜松や豊橋の風景が見えてくる。Thouの音楽はシューゲイザーやアンビエントとは異なる形で、聴き手の安心の触媒になってくれるだろう。そこにはかつてカート・コバーンが激しさと同時に持ち合わせた、しなやかさや繊細さをも思い出す。けれども今はthink I’m just happy、think I’m just happy……。(髙橋翔哉)