Review

Mitski: The Land Is Inhospitable and So Are We

2023 / Dead Oceans / Big Nothing
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アメリカーナを見つめ、そこに見出すもの

28 September 2023 | By Riko Maeda

ミツキが再び変化を遂げている。7枚目のアルバム『The Land Is Inhospitable and So Are We』は、華美なディスコ・マナーが印象的だった前作からさらに舵を切り、アメリカーナと呼ばれるジャンルに大きく足を踏み入れた作品だ。同時に、痛みを知っているものだけが生み出すことができる深い慈愛に満ちている。

本作でミツキは、長年タッグを組むパトリック・ハイランドと共に、ラナ・デル・レイやエンジェル・オルセンの作品も手がけるドリュー・エリクソンが指揮するオーケストラと計17人のフル・クワイアを率いる。録音はカントリー音楽の中心地であるテネシー州ナッシュビルのスタジオと、ロサンゼルスで敢行。デビュー当時から通底する彼女の孤独や不信から生まれた痛切たるリリシズムは、自身が住むアメリカの大地に投影されている。

冒頭の「Bug Like an Angel」で、静謐な弾き語りの中から立ち上がる重厚なクワイアが旅の始まりを告げる。続く「Buffalo Replaced」は『Bury Me At Makeout Creek』(2014年)の頃を思わせるグランジが香るフォークだ。かつてバッファローが生息していた平原を、貨物列車が警笛を鳴らしながら横切る──そんな歌世界は不穏なストリングスと共に荒涼とした風景へと誘う。そして3曲目の「Heaven」から一気にカントリー音楽のムードが流れ込む。ペダル・スティールの調べ、天鵞絨のような歌声と甘美なメロディ、フルートの彩りが織り成す、スローで柔らかなナンバーだ。

ミツキの表現がカントリー音楽と接近したのは初めてのことではない。例えば『Be The Cowboy』(2018年)収録の「Lonesome Love」はカントリー調のフォーク・ロックであるし、アルバム名に掲げた“カウボーイ”も象徴的だ。だが、前作『Laurel Hell』(2022年)に収録された「Working for the Knife」のヴィデオでテンガロン・ハットを脱ぎ去った彼女の、本作における“アメリカ”的なものへの向き合い方は過去作とは異なっている。ここで浮かび上がるのは、ミツキ自身の痛みに留まらない、アメリカ南部の大地に宿る地霊や亡霊の存在だ。収録曲には常に彼女以外の何かが潜み、蠢んでいる。何者かが悪魔に魂を売る姿を描いた「The Deal」の、激しく吹き付ける雨のようなドラミング。精霊たちを思わせるコーラスと犬の群れが吠える声が交差し、痛ましい悲鳴のような声で終わる「I’m Your Man」。自身のアイデンティティや名声に揉まれ、孤独に魂をすり減らしてきたミツキのもがきは、この地で血を流し、生を耐えた者たちの物語と生々しく共鳴する。

それでも本作がミツキのディスコグラフィの中で最も温かい作品のように感じられるのは、彼女が旅の途中で希望や愛を拾い上げているからに他ならない。<ずいぶん遠くまで旅したけど/せめて私は残り火を灯し続ける/そしたら上を向いていられるよね/耐える価値があるでしょう>──オルガン・ドローンが天高く広がる「Star」でミツキは歌う。プレスリリースで語っている「人生で最高のことは人を愛すること」、「自分が死んだ後もこの愛を輝かせたい」という言葉ともリンクする一節であり、本作を読み解くための1つの要であろう。この作品に込められた叫びや痛みの影でもなお、灯され続けてきた光を見逃さないでほしい。(前田理子)


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