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Harji-Professor: REDIAL -Just me and you-

2025 / HELL'S KITCHEN CARTEL
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いまこの親密なムードに浸らない手はない

22 May 2025 | By Shin Futatsugi

MIX CD(やミックステープ)とは、青春時代の記憶と共にある。少なくとも私にとっては。だからいまでも愛着がある。MIX CD/ミックステープは、いまや一部のマニアの文化かもしれない。が、昔は違った。むしろMIX CD/ミックステープは気軽に音楽にアクセスできるメディアだった。友達の家や溜まり場に行けば、誰かが自作やそのとき話題のDJのミックステープを何気なくかけていて、それが遊びのムードを作ったし、新しい音楽への扉を開いてくれた。クラブに頻繁に行けない年齢のころはミックスを聴いて、暗闇の遊び場のイメージを膨らまして部屋のなかで踊ったものだ。

1枚や1本のミックスが人生の流れを変えることさえあった。これは何も大げさな煽りや比喩ではなく、特に90年代あるいは00年代前半ぐらいからヒップホップ/ラップ、クラブ・ミュージックを熱心に聴いてきた人間にとってのごく一般的な実感ではないだろうか。誰しも思い出と切り離すことのできないお気に入りのMIX CDやミックステープのひとつやふたつは必ずあるはずだ。自分に関していえば、高校生のころに、キッド・カプリや、友達からまわってきた隣町の土浦の先輩のDJが作ったアンダーグラウンド・ヒップホップのミックステープを聴かなければ、DJを始めていなかっただろうし、デリック・メイの『MIX-UP VOL.5』(1997年)でハチャメチャにぶっ飛ばなければ、テクノのファンキーさを知ることはなかっただろう。

MIX CD/ミックステープは、こうした開放的かつ親密な音楽との付き合いを演出する。自分が、下手なくせしていまだにDJをしつこくやっているのも、好きな音楽をその場にいるわずかな人たちと共有して記憶に残る音楽体験を共にしたい、というごくごくシンプルな動機が大きい。MIX CD/ミックステープは、その影響力の範囲を広げられる魔法の代物だ。

前置きが長くなったが、ここで紹介するHarji-Professor『REDIAL -Just me and you-』にも、MIX CD/ミックステープを介して、好きな音楽を仲間たちと共有した思い出を呼び起こすような親密なムードがある。タイトルがそのことを示唆しているし、甘美な多幸感にみちあふれ、ソウルフルかつファンキーであることに、まずなによりこの作品の魅力がある。しかも、何かしら仲間への密かなメッセージがあるのではないかと思わせる。

ただソウルフルでファンキーと言っても、70、80年代のソウルやファンク、レア・グルーヴではない。むしろ、近年のネオ・ソウルやR&B、ラップ・ミュージックが厳選されている。それが肝だ。本作は誰もが知る、数年前に大ヒットした至極のソウル・ミュージックのレゲエ・カヴァーから勢いよく始まる。カリ・ウチスとブーツィー・コリンズ、サマー・ウォーカー、タイラー・ザ・クリエイター、ケンドリック・ラマー、マック・ミラー、ケラーニ、ヴィクトリア・モネ……といった名前を挙げれば、音のイメージが湧くだろうか。PファンクやAOR、レゲエの要素も随所にちりばめられている。

それらを、ロング・ミックスとカット・インを駆使して、流麗に力強くミックスしていく。そのスキルが見事だ。ロマンチックな瞬間を積み重ね、体の芯を突き動かすメロウなグルーヴを紡ぎ、そのうえで音の鳴りは太く、厚い。それは、このミックスで使われているすべての楽曲がヴァイナルから録音されているからだろう。近年の国内の物価の高騰を考えても、27曲74分のミックスのために、これだけの新譜のヴァイナルを買い集めること自体、それなりの気合いがなければできない。ここに熟練者の美意識と信念が感じられる。

ここで、このMIX CDを作ったHarji-Professorについて説明しておくべきだろう。彼は埼玉北部/熊谷のヒップホップ・シーンにおけるベテランで、1994年からDJを開始、ビートメイカーとして初期の舐達麻や、熊谷の重鎮であるラッパーのTIPをはじめ地元のラッパーたちに楽曲を提供してきた人物だ。ゆえにこのMIX CDは、舐達麻を育てた埼北のシーンの美意識の一端を伝えているともいえる。私は幸運にも、舐達麻のメンバーに彼らの地元をじっくり案内してもらう機会に恵まれたことがある。その取材での印象的な出来事のひとつは、最終地点の彼らの秘密基地で、選び抜かれたアンプ、スピーカー、ミキサーを通して、微かな音量で、アンビエントやニューエイジといったノンビートの音楽が、煙が漂うようにゆっくりと流れていたことだ。「昨日今日明日明後日」(「GOOD DAY」)という、過去と未来が織り込まれた、たったいまという現在を生きる舐達麻のあの豊かな時間感覚に触れる思いがした。

Harji-Professorの本作からも、そうした、周囲の喧騒や時流に惑わされず、独自の創造性を育むための、同様の時間感覚と美意識が感じられる。後半のBPM68~70程度の展開なんかには本当にうっとりする。この『REDIAL -Just me and you-』には続編も準備されているという。この親密なムードにいま浸らない手はない。(二木信)

※ご購入はお近くのレコード店、またはオンラインストアにて。


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