あなたの目の前にいる私
権威あるメディアの殆どが彼の音楽に正当な評価を下すことを避けている。過去の行いを見れば、確かに犯罪者かもしれないし、サイコパスかもしれない。でもどうだろう、『?』を聴いて思うのは、彼が私たちと同じ、1人の人間だという事実に他ならない。
若干17才のプロデューサー、Dell Sodaの重苦しいビートの上で怒りを吐き出す「Floor 555」も、精神的暗がりに寄り添う「Pain=BESTFREIND」も、可愛らしくラテンのリズムに乗る「I don’t even speak spanish lol」も……悲しくて、苦しくて、心地よくて、ときどき楽しい、私たちの持つ感情と変わらない。また、「俺だって出来るぞ」とばかりにオーセンティックなフロウをみせる、ジョーイ・バッドアスとの二度目のコラボ曲「Infinity (888)」や、フロリダの高校で起きた銃乱射事件の被害者へのメッセージを込めた「Hope」からは、彼にも競争心や慈愛といった社会性が備わっていることが伝わる。誰にも負けたくない。でも同時に誰かに手を差し伸べたい。その姿は今を生きる私たちと何ら違わない。
親から愛されずに育ち、混血がゆえにアイデンティティのよりどころがなかった彼は、人とうまく接する方法がわからなかっただけなのかもしれない。そう、音楽以外では。引退宣言の撤回はそれを自覚し、責任を見出したことの表れともいえるだろう。自分が作る音楽で自分と同じように孤独を抱える若者に、1人じゃないと伝えなければいけない。”遅すぎないことを願う”と歌う最終曲「before I close my eyes」はそんな使命感に満ちている。
XXXTENTACIONの想いに応えるようにこのアルバムは全米アルバム・チャート初登場1位を記録した。若者たちが求めたのは、どんな過去より、今あなたの目の前にいる自分を、あなたと同じ1人の人間としてみることだったのだ。決して目を逸らさずに。(高久大輝)