Review

St.Vincent: New York

2017 / Loma Vista / HostessEntertainment
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約3年ぶりのニュー・シングル到着
セイント・ヴィンセントというひとりの人間の、喪失と帰還

03 July 2017 | By Nami Igusa

 ニューヨークから羽ばたいた、セイント・ヴィンセント。同じ出身のアーティストたちが新たな船出を迎えている今年、彼女はこの街に、再び夢を見ようとする。

 前作『セイント・ヴィンセント』(2013年)では、歪みまくりのギターやエレクトロ・サウンドがファンキーに踊っていたが、“教祖”というキャラを纏った彼女は、そのパーフェクトな経歴から言っても、得体の知れない存在として君臨していた。  新曲「New York」には、その彼女のギターがない。が、緻密な音場の設計にコンポーザーとしてのセンスが際立つ。ピアノやストリングスを基軸にしたシンプルな構成とともに「ヒーローを失った / 友を失った」と歌うパートが感傷的だ。だが、暗喩の作詞家である彼女が本当に喪ったものとはーー。

 この約3年で、デヴィッド・ボウイやプリンスというヒーローを喪った。トランプが大統領になり、彼女は“Good luck.”とつぶやいたーー音楽的な拠り所の喪失や行く末の不透明な社会への不安が、彼女を“教祖”から彷徨うひとりの女性というシンプルな表現へ“帰還”させたのかもしれない。アパートメントの一室から街へ飛び出していくようなポップでドラマティックな展開の「New York」。だとすると「私を扱うことができるマザーファッカー」は彼女の依って立つポップネスのようにも思える。彼女はそれをもう1度、その街に見つけ出したのだ。(井草七海)

■セイント・ヴィンセント OFFICIAL SITE
http://ilovestvincent.com/

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