人生最大の失恋を乗り越えて
鬼才が垣間見せた新たな一面
10歳の頃から曲を作り続けてきたアッシャー・ホワイトにとって、音楽は日記のようなものなのかもしれない。今年(2026年)2月には大好きなジェシカ・プラットのファースト・アルバム『Jessica Pratt』(2012年)を全曲カヴァーした『Jesica Pratt』をリリース。そこにはアルバムへの想いがアッシャーらしい自由奔放な筆致で綴られていたが、ほぼ同時期にオリジナルの新作『Love Aggregates』に着手していた。『Jesica Pratt』は酔っ払って思いつきで言ったアイデアが実現したイレギュラーな作品だったが、『Love Aggregates』は日記的な色合いが濃い。というのも、当時、アッシャーは長年連れ添っていたパートナーと破局。それはこれまでの人生で最も深刻な失恋だったらしく、その余波のなかでアルバムは制作された。
カヴァー・アルバムの『Jesica Pratt』に対して、本作は赤裸々に傷ついた内面を描いたアルバム、と分析したい誘惑に駆られるが、表面的にはこれまでの作品との間に大きな違いは感じられない。アコースティック・ギター、ベース、ドラム、オムニコード、グロッケンシュピール、ヴァイオリン、トランペット、フィールド・レコーディングetc……アッシャーはいつものごとく多彩な音のパレットを使い、その音色を自由自在に散りばめている。アッシャーは感情をむき出しにした失恋アルバムを作るのは避けて曲作りに集中したという。
「失恋したからって全曲で泣きわめているっていうのも恥ずかしいからね」とアッシャーは海外のインタヴューで話しているが、失恋についてストレートに歌詞に綴った「My day at the casino」は、ファンクを取り入れ始めた80年代のクイーンにインスパイアされたサウンドでホーンが高らかに鳴り響く。2019年に発表した曲を再構築した「Nightingale Version (Sailor’s Moon)」は自家製の60年代ポップスのようにキャッチーだし、ファズギターが炸裂する「Stage Diva」はガイデッド・バイ・ヴォイシズやシャープ・ピンズに連なる甘酸っぱいローファイ・ギター・ポップを聞かせてくれたりと、アルバムに“泣きわめいている曲”はない。
それでも、ジェシカ・プラットのようにアコースティック・ギターで弾き語る「White Castle Sad」。ストリングスがさざ波のように静かに揺れる「Atoll」といった音数を絞って、呟くように歌う曲にアッシャーが受けた傷跡を探ってしまいそうになる。そのせいか、本作では美しいメロディーが印象に残るが、そのメロディーから伝わってくるのはアッシャーの繊細さだ。そして、メロディーを際立たせるサウンドになっているのは、アッシャーが喪失感から逃れるように曲作りに集中したことも関係があるだろう。
アッシャーは「こんなに激しい感情が揺れ動くなかで曲を作ったのは初めて」とも語っているが、そこで感情に溺れずに音楽と向き合った。その結果、いつものタガが外れたような演奏や荒れ狂うノイズは抑えめで、全体を通して内省的な雰囲気が漂っている。泣きわめいてはいないけど、一音一音がエモーショナルで静かな曲ほど胸に迫る。シンガー・ソングライター色が強く、ギターの弾き語りだけのアルバムを聴いてみたくなる。もしかしたら本作は、アッシャーにとってキャリアの分岐点になるアルバムかもしれない。(村尾泰郎)
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【REVIEW】
Asher White『Jesica Pratt』
https://turntokyo.com/reviews/jessica-pratt-asher-white/

