Review

Kenny Beats: Louie

2022 / XL
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編まれ紡がれる”Beats for My Father”

29 September 2022 | By Fumito Hashiguchi

ヒップホップのビートには「編む」や「紡ぐ」といった動詞が似合う。制作時のデスクトップ上の縦軸と横軸の存在がそのイメージを補強する。DAWの画面は機織り機に似ている。しかしこれらの日本語にうっすらと含まれる、それを為す者の想いがそこに込められるというニュアンスはこの人の軽やかな創作ぶりからは少し遠いものかもしれない。いや、そうかもしれなかったのだが、ここで聴ける彼の新しいビートにはそういった動詞がふさわしいようだ。それは確かに紡がれ編まれている。

ケニー・ビーツは現在31歳。ヴィンス・ステイプルズ、ジェイペグマフィア、デンゼル・カリーら数多くのラッパーたちにビートを提供し、さらには英国のバンド、アイドルズのプロデュースも手掛け、エド・シーランとも1曲コラボをものにするという、いま最も成功したビートメイカー/プロデューサーの1人である。そういった立場の人物が満を持して発表する最初のソロ・アルバムと聞けば、人脈を活かした豪華なゲストを1曲ごとにフィーチャーしたある種デコラティヴな内容のものを想像してしまうが、実際にはかなり趣の異なるものになっている。確かにゲストは豪華で、ヴィンス・ステイプルズ、ジェイペグマフィア、ピンク・シーフ、スロータイ、マック・デマルコ、ベニー・シングス、オマー・アポロ、レミ・ウルフ、サンダーキャットらが各所で顔を出すのだが、どの曲にもフィーチャリングのクレジットはなく、ラッパーたちはそれぞれ軽くヴァースをスピットしては立ち去り、シンガーやプレイヤーたちに関しても同じく強く印象に残る者はいない(Claire Cottrill、つまりクレイロもどこかに参加しているようだが判らなかった)。要はあくまでビートテープ作品なのである。そしてこれらのビートはあるひとりの人物に捧げられている。Beats for My Father。本作を一言で表せばこうなる。

ケニー・ビーツはそもそもソロ作を作る気などなかったという。しかし2021年12月、父親がすい臓がんと診断されたことを知った彼は、それを契機にこのアルバムを制作し始め、結果的にそれを世界とシェアした。これまでの彼にはTR-808の音を魅惑的に響かせるトラップの名手といった印象があったが、ここでは70年代ソウルに代表される温かみのある音像のサンプル音源がより前景化しており、その理由も彼の父親の年齢を考えれば納得がいく。父と子のイメージはこの作品のすべてを覆っている。父親本人は冒頭から登場し、アルバムタイトルの「ルーイ」とは何なのか、誰なのかを呑気に説明してみせている。以降の楽曲では要所で少年の歌声(定番キッズ・ソウルのフォスター・シルヴァーズからオブスキュアなものまで)が意図的にサンプリングされているようにも思える。後半では少年期のケニーと父親との会話も聞ける。アルバム・ジャケットは公園のベンチにたたずむ父と子の姿。アルバム全編33分の実写映像作品も作られており、内容は公園の様子をワンショットで撮ったもので、カメラは冒頭から10分半をかけて様々な人たちの表情をゆっくりと捉えていった後は父子の座るベンチの背後にフィックスして2人の姿を最後まで写し続ける。

このように本作は非常にパーソナルな物語性の下で作られている作品であるが、そこに安易な共感誘導などはなく、ただ気分を心地よく弾ませてくれるビート集としても充分過ぎるほど機能する。それはケニー・ビーツのソーシャルに向けて開かれたシェアの感覚と、彼の人生哲学であるというD.O.T.S.(=Don’t Over Think Shit. つまらないことを考え過ぎるな)によるものかもしれない。(橋口史人)


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